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最終章【ハーゴンズパレス−試される7日間】

クロワッサンと動く床

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私とネルマは、あれから塔1階を1時間程散策している。塔内の作り自体は、ハーモニック大陸の洋風城エリアのものと似ている。室内であるものの、周囲は明るく歩きやすい。外気温とほぼ同じであるため、厚着をしていれば体調も問題無い。幸い、ダンジョンのセーフティーエリア内で寝泊り可能な寝袋なども事前に屋敷内で準備している。

私はハーモニック大陸で多くのダンジョンを経験してきたけど、ハーゴンズパレス遺跡はこれまでのものと大きく異なっている事象が1つある。

通常、ダンジョン内で入手可能なアイテムは、全て宝箱内に保管されている。宝箱内にあるため、箱を開けない限り中身もわからない。稀に、宝箱自体が罠の危険性もあるため、こういったものを見かけた場合、細心の注意を払わないといけない。

しかし、このダンジョンに至っては、その常識が一切当てはまらないようだ。

これまでに《ショートソード》・《ポーション》・《短剣×2》・《錆びたロングソード》という4つのアイテムを入手しているのだけど、全てが床へ無造作に置かれていたのだ。罠なども、一切配備されていない。

これまでに襲いかかってきた魔物達は、スカルラットやスカルウルフなどのスカル(骨)系、ゾンビウルフやゾンビラビットなどのゾンビ系となっており、どの魔物もE~Fランクのため今の私でも単独行動をしなければ、なんとか立ち向かえる。


無造作に置かれているアイテム、動物や魔物の死体から作り出されるスカル系とゾンビ系の魔物達、何か微妙な違和感を感じたまま、私達は前へと進んでいる。


「あれ? 何か良い匂いが漂っていませんか?」
「うん、確かに何か匂うね。この甘い匂いって、まさか………」

私達の10m前方に十字路がある。
匂いは、左右の通路のどちらかから漂ってくる。

「シャーロット様…あれって…出来立てホクホクのパンですよね? その隣のコップの中身は水かな?」

パンというか、クロワッサンが床に置かれているよ!
クロワッサン自体から、ほのかな煙も立っている。
出来立てで間違いないけど、意味がわからないよ!

剣やポーションとかならわかるけど、何故2人分のパンとコップが床に置かれているの? 

あれを食べて満腹度を増やせってこと!?

「シャーロット様、ルクスさんは《私達の食事に関しても塔内にあります》と言っていましたけど、まさか……アレを食べるのですか?」

未だかつて、料理だけはダンジョン内で見たことがない。
そもそも、あのクロワッサンの原料って何?

剣とかポーションとかなら実践済だから遠慮なく使用できるけど、さすがに料理だと躊躇してしまう。

「ネルマ、ダンジョンの中だからヒールによる浄化はダメだよ。今は、魔力を回復させる手段がないわ。どうやら、食事は塔内の宝箱なんかじゃなく、地べたにそのまま用意されているようだね。これは、完全に試されている」

現実において、ダンジョン内の床に落ちている食物を食べることは絶対ない。

冒険者であっても相当追い詰められない限り、ダンジョンの床に置かれている食物を食べないと思う。カレーライスなどの見知ったものであっても、絶対躊躇するよ。

「でも………シャーロット様に拾い食いさせるわけには……」

う!?
あえて言わないでおいたのに!?

貴族の令嬢が道端に落ちている食べ物を拾い食いするイベントなんて、今後早々起きない。ネルマに成長してもらうためにも、私が率先して………《拾い食い》をしようじゃないの!

「ネルマ、貴族としてのプライドを全て捨てなさい。ダンジョン内で、私達を助けてくれる人は誰もいない。私達は拾い食いしてでも、生き残らなければならないの。まずは、私が毒味するわ。何かあった時は宜しく」

「あ…はい」

流石の彼女も、少し引いている。
私だって、抵抗はあるよ。

でも、ダンジョン内にある料理を食べてお腹を膨らませないないと、今後魔物達とも戦えない。

いきなり毒に侵される可能性もあるから、覚悟を決めて食べよう。
恐る恐るクロワッサンを拾い、付着しているゴミを排除してから口に入れる。

「嘘…美味しい!」
「え!?」

なにこれ、すごく美味しいんだけど!?
日本で食べたものと遜色ないレベルだ!

「わ、私も………美味しい!」

甘く香ばしい匂いと味、オヤツの時間帯ということもあって、少し小腹を空かせていたんだけど、程良くお腹を満たせてくれたし、喉の渇きも潤わすことができた。

夢中で食べて忘れていたけど、私もネルマも、身体に異常はない。
普通のクロワッサンと水だったのね。

「シャーロット様、冒険者達って凄いですね。どこの誰が調理したのかわからない料理を拾い食いしながら探索し、魔物と死に物狂いで戦い、人々に必要な物をダンジョンから採取してくる。彼らが命懸けで入手した宝石とかを、職人さんが煌びやかなアクセサリーへと加工して、貴族達がそれらを商人さんから購入しお茶会とかで披露していく。根っこの冒険者達がいなければ、アクセサリーとかも入手不可ですよね。はあ~冒険者って凄い」

うん、概ね正しいよ。
でもね、普通のダンジョンとかでも料理だけは入手不可だから!
それとなく彼女に伝えると………

「え…それじゃあ、ここが特別?」
「そうだよ。精霊様や精霊様に認められた高位の魔物が管理するダンジョンであれば、ここと似たケースがあるかもしれないけどね」

この5日間、ダンジョン内で制作された料理を食べないといけないのか。
深く考えるな!
この環境に適応するんだ!

「あれ? 私達って十字路のど真ん中で食べていったけ?」

おかしいな? 
クロワッサンは十字路を右に曲がり、10m程歩いたところに置かれていたはず。

「え、シャ、シャーロット様!この床、少しずつ動いていませんか!?」

あ、さっきまで十字路のど真ん中にいたのに、もう左側へと移動している。
ネルマの言う通り、床が動いているんだ!

「ネルマ、初めの道に戻るよ!」

あのクロワッサンと甘い水、トラップ発動の鍵だったんだ。私達は急いで立ち上がり、元の道に戻ろうと床の動きに逆らい走る。
《ドーーーーーーン》

「「え!?」」

嘘でしょ!? 
十字路に戻った途端、壁が天井から落下してきて両脇の道を塞いだ!
これじゃあ、《動く床の通り進む》か《逆走しながら先へ進む》かのどちらかしか行動できない!

《ハアーーーー》
今度は何!?
音のする方向は、動く床の進行方向だ。
あ、何か白いモヤがこちらに向かってくる!

「え…くっさ~~~~~~~!!!」

まだ、白いモヤが到達していないのに、刺激臭が届いたよ。
あまりの臭いのため咄嗟に両手で鼻を摘む。

「じゃ、ジャーロット様~~~ぐざいです~~~~」

なんなの、この臭いは!
臭いの元を見ても、暗闇だけが続いており、何も認識できない。

「ネ、ネルマ、あの暗闇に捕われたら、この臭いが服に染みつく。逆走するよ!」
「は……はい」

ここからあの暗闇までの距離は、約20m程だ。
このまま動かなければ、私達は、その場所へ向かってしまう。
あの白いモヤは、多分臭いの集合物だ。
アレに捕われたらアウトだ!

「やっぱり、あの白いモヤが近づくにつれ、臭さが酷くなっていく」
「シャーロット様、逃げましょう!?」

こういった類の罠は、ナルカトナ遺跡で経験している。
でも、あの時の方が臭さもキツかった。
これなら逃げることも可能だ!

臭さから逃れるため、私達は床を全速力で逆走していく。今の私でも、少しずつ前方へ進むことができる。でも、能力差のせいもあって、ネルマがどんどん先行していき、距離が次第に開いてくる。

「シャーロット様!?」
「ネルマ、先行して通路を探してきて」
「わ…わかりました。必ず、通路を見つけて戻ってきます」

ネルマの息は、全く乱れていない。
それに対して、私の方は少し乱れている。

私の力は環境適応スキルのせいもあって、どんどん強くなっていった。ステータス9999を超えてからは、力の暴走を抑えるべく、ず~っと制御することに専念していた。アストレカ大陸に帰還して以降の2年間、フレヤやオーキスと共にスキルや魔法の訓練を行っていたけど、今になって肝心な訓練を怠っていたことに気づいたよ。

それは………この身体そのものに備わる【基礎体力】訓練だ。

普通の人達は、こういった訓練を地道に重ねていくことで、【体力】【持久力】【瞬発力】などがレベルに合わせて鍛えられていく。でも、私の場合は特殊で、そういったものは全て環境適応スキルによりシステム上無理矢理体内に与えられているため、ステータス自体が封印されてしまうと、これまでに得た強さそのものが無かったことになってしまう。

つまり、今の私は全く運動していない10歳児ということになる。

【身体制御】スキルも貰っているのだから、ステータスを大きく減退させての体力強化とかもやっておくべきだった!

「はあ、はあ」

息が少しずつ乱れてきてる。

「やった~~階段だ~~石碑もある~~床も動いていないよ~」

前方50m程先にいるネルマが、2階への階段と石碑を見つけたようだ。
今の床の逆走速度ならば、私の体力もギリギリ保つ。

「シャーロット様~~ぎゃああああ~~~~」

え、何!?
ネルマがこちらを見た瞬間、悲鳴をあげたんだけど!

「シャーロット様がいる~~~~~~」

がく!?

「ネルマ! 何…当たり前のことを…言っているの!」

あっぶない。
危うく、転ぶところだった。

「違います。シャーロット様…後ろ、後ろ!」
後ろ?

私が後方を振り向くと、それはいた。

「気持ち悪!? なによ、あれ!」

どうして、巨大な顔だけの【私】が遥か後方にいるのよ!
しかも、白い息を吐き出し口を猛然と動かしながら、こちらへ向かってきている!

って…ちょっと待て!
あの臭いの元は、白い煙だよね?
あれじゃあ、私の口臭が臭いと誤解されるじゃないの!

「私に食べられてたまるか~~~~」
「シャーロット様、ゴールまでもう少しなので、頑張ってください!」
「わか………え!?」

嘘、床の速度が少しずつ速くなっている!
こうなったら対応できなくなる前に、全速力でゴールまで駆け抜けてやる!

「うあああーーーー」

少しずつだけど、ゴールに近づいてきている。
足が…肺が…もう少し…もう少しの我慢…頑張れ私の身体!

「シャーロット様、あと5mです!」

やった、ギリギリだけど保ってくれたよ。

「はあ…はあ…はあ…ゴー」
《ガパ》

え?
私がゴール手前にある床を踏んだ瞬間、床が………突然消えた。まずい…頭では理解しているのに、身体が全然反応してくれない。このままだと、地下へと落下する!

「な!? シャーロット様、手を!」

ネルマが右手を差し出し、少しずつ落下していく私も彼女の手を掴もうと必死に右手を伸ばしたものの、ほんの少し届かなった。

このままだと…ここで死ぬ?

「シャーロット~~~」

え、この声はまさか………オーキス?
あ、オーキスがネルマの横に突然現れ、私の手を掴んでくれた!

「オーキス!」
「もう大丈夫だ! この階に留まっていて正解だった。さあ、引き上げるよ」

オーキスが、私を軽々と引っ張ってくれた。
彼もネルマと同じで、ステータスを封印されていないの?

なんにしても助かったよ。
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