元構造解析研究者の異世界冒険譚

犬社護

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最終章【ハーゴンズパレス−試される7日間】

黒幕の住処

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あの部屋のトラップはシャンデリアのみであったため、正直少し拍子抜けしたけど、私達は気を取り直して先へ進むことにした。

部屋入口付近で見取り図を広げると、次の進路は部屋の窓から外に行くよう矢印が表記されている。ネルマが何か言いたそうにしているけど、とりあえず黙秘したまま窓から外へ出ることにする。

私たちの背丈でも、窓から地面へ余裕で降りれる程の高さだったため、私達は躊躇うことなく足を地面につける。

「これって、行儀が悪くないですか?」

外へ出た途端、ネルマの開口一番クレームが入った。
《窓から外へ出ろ》だもんね。
貴族なら絶対に行わない行為だよ。

「ここは、ダンジョン化された遺跡だから気にしちゃダメ。でも、帰還して以降、絶対にやってはいけない事項の1つだから注意してね」

「はい!」
ネルマは元気に頷く。
彼女の場合、いつか実行しそうで怖いよ。

「う、寒い。春用の学生服だから、この寒さはきつい。ネルマは大丈夫?」

この感覚、久しぶりだ。《状態異常耐性スキル》を身につけてから、暑さや寒さにも平然としていたけど、このまま長時間外にいると低体温症を誘発するかもしれない。長いは禁物だね。

「寒いです! 半袖半ズボンだから、この寒さはキツイです! あの女、これだけ寒いのなら、せめて一言言いなさいよ!」

ルクスさんは、【見取り図】【私達の替えの服や下着の場所】【外出方法】など屋敷内について色々と教えてくれたけど、外の様子については何1つ教えてくれなかった。

「いや……私達が悪い」
「え、どうしてですか!?」
ネルマは驚いた顔で私を凝視する。

「ここは、ランダルキア大陸北方地方に位置するハーゴンズパレス遺跡。初めて訪れる場所なのだから、私達自身がもっと警戒すべきなんだよ。毒の影響もあって、早く外に出ることばかりを考え、外気温のことを完全に失念していたわ」

寝室内で窓を開け周囲の状況を把握したにも関わらず、1番基本的なことを疎かにしていた。脳内では【もっと警戒しろ!】と警笛を鳴らしているのに、私自身が全く対応出来ていない。経験不足のネルマを守れるのは《私》しかいないのに……何をやっているのよ。

「ネルマ、ルクスさんはメイドだけど、試験官でもある。だから、一部分のことしか教えてくれない。今後は、何か行動を起こす時、私達だけで対処していこう」

「冒険って……大変なんですね」

このままだと、ネルマを死なせてしまう。
今の私だと、何か起きてからでは手遅れとなる。
平和に過ごせていた2年というブランクと、ステータス全封印がここまで響くなんて。

ハーモニック大陸での冒険を思い出せ!
あの時は強くなっていても、常に周囲への警戒を怠らなかった。

仲間を死なせるな!
ネルマを守るんだ!


○○○


この寒さのため、薄着では遠出できない。かといって戻ってしまうと、また何らかの試練を受ける可能性もある。頭を冷やすため、私達は屋敷の周囲だけを散策することにした。5分程歩いていると、大きな丘があり、ここからだど頂上から先が見えなくなっている。

「ネルマ、あの丘の頂上まで行こう」
「いいですね。何が見えるんだろう。行ってきま~~~す」
「あ、こら! 先行しないの! 魔物がいたらどうするの!?」
「あ……そうでした」

危ない危ない。
好奇心旺盛もいいことだけど、ここでその行動は危険極まりない。
私も、人のこと言えないけど。
丘を登り頂上に到着すると、私達のいる場所は比較的高所のようだ。

「ほおお~気持ちのいい風~~、しかも絶景だ~~~~~~!!!」
「これは……」

冷たい風が私の皮膚に当たるけど、そんなものを吹き飛ばすくらいの光景が私の視界を捉える。

なんて…光景、こんな素晴らしい景色を見るのは久しぶりだよ。

ただ、地面がここから少し先で途切れており、途切れた場所までゆっくりと歩いていき、下を覗くとかなりの断崖絶壁となっていた。

「シャーロット様! あの青く輝いているのが《海》というものなんですか?」

真っ直ぐ数キロ程離れた場所には、半円形の湾状となっている地形があり、そこから先に見える景色は間違いなく海だ。

ネルマはスキルエラーの件で、海を見たことがない。
彼女にとっては、感慨深いものがあるだろう。

「ええ、あれが海よ。ほら、海に近い部分が黄色くなっているでしょ? あれが砂浜だよ。エルディア王国一帯は温暖な気候だから、多くの人達は暑い季節になると、砂浜から海に入って泳いだりするの」

「ほえ~~~、あれが海か~~~。試験とかがなくて、厚手の服を着ていれば今すぐにでも行ってみたいのに~~~」

ネルマの悔しそうな顔も可愛いね。
あれ?
砂浜から近い位置に、小さな家らしきものが見える。
あそこに誰か住んでいるのかな?
何処かの貴族の【プライベートビーチ】だろうか? 

左右を見渡すと、この周囲一帯が長閑な平野だと認識できるけど、あの家以外の建物が見当たらない。自由時間があったら、あの家へ繋がる道を捜したい。

「気になるのは、半円形の湾を形成しているあの砂浜周辺だけかな?」

え…気のせいかな?
小さな点が動いているように見える。
人? 魔物?

「うえ!?シャ…シャーロット様、もう1つあります。どう見ても悪の本拠地という場所が……」

え、そんな場所なんかあったっけ?
ネルマを見ると砂浜とは正反対の方向を凝視している。そっちには、私達の滞在する屋敷があるよね?

私が真後ろを振り向くと、ネルマの言った意味を理解した。寝室の窓からは、砂浜もアレも見えなかったから、見る方向が違っていたんだね。あんなのが見えていたら、転移時の印象が大きく違っていたよ。

屋敷のかなり後方に、大きな塔が悠然と真上へとそびえ立っている。存在感が、これまで見てきたダンジョンや遺跡よりも遥かにある。上空を見上げていくと、途中雲で覆われているため、天辺が見えない。距離が遠いこともあって、これ以上のことはわからないか。今後、屋敷の外に出る機会があるのなら、あの塔付近に行ってみたい。

あんな悠然と聳え立つ塔に関しては、フェルボーニさんの情報に記載されていない。何らかの魔法で、見えなくなっているのかな?

あの場所には、必ず何かある。

「かなりの高さの塔だね。頂上に到達できれば、ハーゴンズパレスの全貌を見渡せるかもしれない」
「シャーロット様! 私達を転移させた犯人は、絶対あの塔の天辺にいますよ! 私達の試験の様子を見て、ほくそ笑んでいるに決まってます!」

奴は毒で死にかけた私を見て、どんなことを思っているのだろう? 
ここまでの時点で、私の欠点が露見されているから大笑いしているかもしれない。

「身体がかなり冷えてきたね。ネルマ、そろそろ屋敷に戻ろう」
「は、言われてみれば! う~今すぐにでもあの塔へ行きたいですけど、まずは用意を整えないと行けませんよね! 俄然やる気が出てきました!」

おそらく、あの塔の中はダンジョンだろう。凶悪な魔物達もいるはずだ。
あの屋敷内で、私の力を少しでも取り戻せればいいのだけど。

「ロット~~~」
え?

「ネルマ、今誰か私の名前を叫ばなかった?」
「いえ?特に聞こえませんでしたが?」
気のせい?
誰かが、私を呼んでいたような気もするけど?

結局、しばらく待っても誰もここへ訪れることはなかった。


○○○


私達は屋敷へと戻った後、寝室で夕食時の食事方法について相談し合った。

毒を発見させる定番な方法としては、銀の食器類を料理に使用すればいいのだけど、それだと特定の毒にしか反応しないし、コップ類に塗られていたら防ぎようがない。今の私は普通の人間、ネルマのみが魔法の使用が可能となっている。

そうなると、毒を突破するには2通りの方法がある。一つ目はネルマ頼りで、私は何もしない。二つ目の方法は、私とネルマが協力することで夕食を食べるのだけど、私への身体的精神的負担がかなり大きい。

効率重視を選択するのなら迷うことなく前者なのだけど、これは試験なのだ。
後者の案を採用しよう。

私が【毒味役】となって、1つ1つの料理を少しだけ食べていこう。その後、ネルマが私の使用したコップやナイフ類を利用していけば、食器類からも料理からも毒を摂取することはない。仮に私が毒を食べたとしても、ネルマがその直後に【イムノブースト】を使用すれば、その場で完全回復してそのまま料理を食べていける。

この試練において、ネルマは私の命綱といえる存在だ。彼女を死なせてしまったら、私自身も《死》を意味する。先程のパックントラップ(音瀬認識トラップ)のようなヘマを2度としてはいけない。ネルマは私の案に対してかなり涙目だったけど、渋々ながら了承してくれた。


そして夕食時……私は3度死にかけた。


毒が、前菜・オードブル・メインの3種に盛られていたのだ。私が倒れ、ネルマが治療する。1度経験したからか、彼女の対処速度も向上し、私をすぐに回復させたのだけど、3回目ともなると、彼女は頻りに『もう、やめましょう。シャーロット様が壊れます!』と必死に抗議してくれた。しかし、私はフラつきながらも必死に拒否して彼女と共に食事を続けた。

3回目以降、ネルマはルクスさんを《親の仇》といえるくらいの睨みを利かしながら、料理を食べ続けていった。夕食前、私が『必ず料理を完食すること!』と念を押しておいたので、彼女は私の言いつけ通り完食した。

「シャーロット様、ネルマ様、お疲れ様でした。1日目の試験、終了となります」

本当に終わったの?
正直、ルクスさんの言葉を信用できない。

毒が混入されている食事を完食するなんて、生まれて初めてだよ。毒の効果が身体に現れる感覚、正直2度と味わいたくない。ケルビウム山では、思考力皆無の状態で毒を吸っていたこともあり、完全回復するまでの時間は長いようで短く感じたけど、こっちの毒の方が体感的に長く感じる。

「ねえ! 本当に終了なの!? シャーロット様をこんなフラフラにさせて満足なの!」

必死にやせ我慢していてもバレるようだ。
やはりこの試練、精神的にキツすぎる。
ネルマの必死の訴えにも関わらず、ルクスさんは冷たい目で私達を見つけてくる。

「終了です。もうおわかりかと思いますが、初日の試験課題は【警戒度】。点数としては40点、正直課題がこれだけの場合なら、間違いなく不合格です。ただ、最後の毒料理の突破だけはお見事です。あえて危険な道を選び、ネルマ様との関係性を強固にするとは…お見事です」

その毒料理を平然と出してくるあなたも凄いよ。
いや、当初見たあの震えは本物だ。
彼女自身も私への行為に怯え、必死で感情を押し殺しているんだ。

「なんで、そんな平然とした顔で言えるの!」
「2日目の試練は、朝食後からのスタートとなります。なお、寝室にも冷蔵庫と呼ばれる魔導具がありますから、お飲み物に関してはご自分で用意してください。それでは失礼致します」
「無視するな~~~!!!」

やはり、ルクスさんの足が若干震えている。
冷静さを保たせるためにも、あえてネルマを無視しているんだ。

ハーゴンズパレスの主人は自分との謁見に相応しいかどうか、本気で私達を試している。

2日目以降も気を抜けない。
私とネルマの精神力が、どこまで保てるかが【鍵】となりそうだ。


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