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10歳〜アストレカ大陸編【旅芸人と負の遺産】
フレヤの涙
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○○○ フレヤ視点
私とシャーロットが寮の談話室でみんなと寛いでいる時、私の持つグローバル通信機が突然ブルった。2年前、シャーロットが【マナーモード】や【着信履歴】機能を追加したことで、突然聞こえる相手の声に驚くことはなくなったのだけど、常時制服のポケットに入れていることもあって、突然震えだすとどうしてもビクついてしまうわ。
着信相手を確認するとオーキスだったので、私は一旦自分の部屋へと戻った。私のルームメイトがシャーロットだから、部屋の中では気軽にグローバル通信機でみんなとお話しできる。
「オーキス、どうしたの?」
「フレヤ、負の遺産の1つを見つけたかもしれない」
「え!?」
オーキスからの爆弾発言、今まで何の前触れもなかったのに、どうやって発見できたのかしら?
「さっき、アーバンからクディッチス家の悩みを聞いたんだ。その内容が……」
オーキスからアーバンの悩みを聞いた時、私は耳を疑った。医学については私も教会内で勉強したけど、ステータスにも表示されない病気なんて聞いたことがないわ。
「僕やリーラの時、ステータスには【弱者】、【両手両足欠損】、【瘴気病】という表示が確かにあった」
オーキスとリーラの身に降りかかった不幸の殆どは、私の責任ね。2年前、私は多くの人々に大怪我を負わせ、数えきれない人々を死なせてしまった。
もう誰にも、あんな悲しい思いをさせたくない。
させるものですか!
「アーバンの妹、ネルマさんにはそういった表示がないにも関わらず、病気なのね?」
「ああ、聞いた限りじゃあ、触れた者の生気を吸い取る病気らしい」
その効果は、もしかして……
「ネルマさんのスキルに、【ライフドレイン】はあるの?」
「家族もそういった【スキル】または【魔法】がないかを教会のステータスチェッカーで調べたらしいけど、怪しいものはないらしい」
どういうことなの?
ステータスにも表示されない未知の病気?
でも、症状から察すると、ウイルスや細菌による病気じゃないわ。エリクサーでもダメだとすると、回復魔法【マックスヒール】でも効果はないかもしれない。
「シャーロットの【構造解析】スキルに賭けるしかないわね」
「僕もそう思うよ。明日、明後日は学校も休みだから、王都内にあるクディッチス家に泊まろうと思うんだけど、どうかな?」
惑星ガーランドの1週間は7日、曜日の名称も地球と同じ。多分、過去の日本の転生者が地球と同じ自転と公転であることに気づいて、週の区切りも同じにしたのね。明日は土曜日、学園も休講だから私達も自由に動ける。
ただ、土日休みであっても、私やシャーロットが王都の中で動く場合、ヘンデル教皇と国王陛下の許可がいるし、護衛も必要となる。護衛に関しては、ムックとカムイやドール軍団に任せればいいわよね。
「わかった。シャーロットに相談してから、ヘンデル教皇と国王陛下に通信するわ」
「アーバンには、僕から言っておくよ」
内容を聞いた限り、負の遺産だと思う。
でも、何が原因で触れた者の生気を吸い取るのかしら?
とにかく、急いでシャーロットに連絡しましょう。
昔と違って、聖女を出動しやすい制度を施行しているから、ヘンデル様達もすぐに許可してくれるはず。
2年前から、エルディア王国では教会を存続維持させるため、毎年一定の金銭を教会へと寄付する制度が、貴族と平民の資産家限定で始まっている。貴族側からすれば、《額面が少し大きい》というデメリットもあるけど、《一貴族が聖女の要請を何度行っても治療費を請求されない》というメリットもある。これは、一定以上の税金を納めている資産家にも適用される。
それ以外の人達には、各店やギルドに設置されている寄付金箱に任意でお金を求めている。貴族と資産家から集めた寄付金は教会の存続に使われ、一般の人達から集められた寄付金は貧民街への人達への炊き出しなどに利用される。だから今回の要請で、教会側がクディッチス家の当主に対し、治療費を請求するということはない。金銭面でのトラブルも起こらないから、私達も出動しやすくなっている。
○○○
寮の自室でシャーロットに状況を説明した後、私達は国王陛下→ヘンデル教皇という順番で事情を説明していき、【聖女】と【聖女代理】としての出場許可を貰った。
クディッチス家ネルマさんの抱える病気が【負の遺産】の可能性もあるので、国王陛下もヘンデル様も頻りにシャーロットだけでなく、私のことを心配してくれていたのが気にかかるわ。私はシャーロットの代わりに過ぎないから、そこまで気にされることもないと思うのだけど?
最後の通信相手でもあるエルバラン公爵様も、シャーロットと同じくらいか、それ以上に私のことを気にかけてくれているわ。どうしてか不思議に思い、エルバラン公爵様に尋ねると…
「皆にとって、フレヤも大切な存在なんだよ。それは、【聖女代理】という意味じゃない。君は過去の事件を悔い、これまで多大な善行を積み、勉学や魔法訓練にも励んできた。私やエルサだけじゃなく、国王陛下やヘンデル教皇も、この2年で君への見方を改めたんだ」
え? それって……みんなが私を1人の人間として認めてくれたの?
私の犯した罪は、永遠に消えない。
だからこそ、この2年、私自身の心を鍛え直すため死に物狂いで頑張った。
「今だからこそ、《秘密》を話してあげよう。ヘンデル教皇は王都から遠く離れた場所に住んでいる君のご両親に、毎月1回必ず手紙を送っている。君がどれだけ頑張っているのかを教えているんだよ」
「え、ヘンデル様が!?」
私自身、もう両親に会える資格を失っているから、何処に住んでいるのかも把握していない。だから、《私は王都で頑張っているよ》という思いを伝えるためにも、多くの人達を治療してきた。
ヘンデル様が、《私の思い》を父と母に伝えてくれていたんだ。
「かなり辺境にある村だから、周囲の村人達はあの2人がイザベルの両親であることを知らない。そのため、現在でも君の両親は健康で、平和に暮らせている。これは、全てヘンデル様から聞いたことだ」
ヘンデル様は、私や両親のことをずっと気遣ってくれていたの?
父も母も、無事に暮らせているんだ……良かった。
「あの事件から約2年半、ヘンデル教皇は君自身の生き方をずっと見てきた。そして、今の君ならば、手紙でこれまでの思いを両親に伝えても構わないと仰っていた」
嘘!
私自身が、父と母に手紙を送っていいの!?
……嬉しい。もう生涯会うことはないと思っていた両親と、連絡を取れるんだ。
「そして、年数回程度となるだろうが、両親とも再会できるよう手配を整えているところだ。シャーロットの力を借りて、フレヤと御両親をエルバラン家に招待すれば問題も起こらないだろう」
え、嘘!?
父と母に直接会えるの?
「近日中に、ヘンデル教皇ご自身が君に通達するだろう。実は、ヘンデル様が私を経由して、予めフレヤに伝えてもらえないかと頼まれていたんだよ。あの方も、フレヤに直接全てを言うのは恥ずかしかったようだ。今のフレヤは、多くの人から愛されている。だから……これからも頑張るんだ」
ヘンデル様は……ずっと私のことを見守ってくれていたんだ。
イザベルだった時、ヘンデル様は聖女としての教育を1番熱心に私に施してくれた。でも、少し怖い顔ということもあって、私は苦手意識を持っていて、彼から目を背けていた。
フレヤになった今は苦手意識も無くなったとはいえ、それでも時折怒られたりもする。でも、不思議とヘンデル様の言葉は心に響く。何故怒られたのかを熱心に、私に諭してくれる。
この感覚、まるで……祖父のようだ。
私の心から、涙が溢れ出てくる。
「は…はい。教えて…頂き…ありがと…ございます」
ヘンデル様だけじゃない。
みんなが…みんなが…私のことをそっと見守ってくれていた。
私は…私は…
「フレヤ、あなたの両親は今も元気に生きている。あなたは、もう一人じゃない」
シャーロットも、ヘンデル様やエルバラン公爵様から聞いていたんだ。
「ありがと…う…う…」
シャーロットが私をそっと抱きしめてくれた瞬間、私は溢れかけていた涙を一気に流した。
○○○
翌朝、私、オーキス、シャーロットの3人は私服を着て、クディッチス家の用意した貴族用馬車に乗り、アーバンのいる本邸へと向かう。私達の護衛として、ムックとカムイが屋根に乗り周囲を警戒してくれている。あの2体がいるから、私達も安心してネルマさんについてお話しすることもできるわ。
「シャーロット、ネルマさんの奇妙な病気について、どう思う?」
私の力では、彼女の病気を治せない。
シャーロットの率直な意見を聞きたい。
「ここまでの情報だけを整理すると、彼女の症状は【ライフドレイン】の効果と似ている。でも、ステータスのスキル欄には症状と同じ効果を示すものはない。こういった病気があることを、私自身精霊様から聞いていない。だから、現状対処方法がわからない。まずは【構造解析】スキルを実行して、彼女の情報を深く解析し、何か手掛かりを見つけないと」
シャーロットの持つ【構造解析】と【構造編集】、特に【構造編集】の使用にはステータスの情報が必須となる。もし、何の手掛かりも残されていない場合、彼女でも治療不可能……つまり完全に手詰まりとなる。クディッチス家の人達にとって最後の希望でもあるから、彼女にかかるプレッシャーも重い。
「最悪、【簡易神人】となって、【簡易神具】で治療するしかない」
【簡易神人化】スキルを使用するかもと聞き、オーキスが真っ先に口を開いた。
「その2つはシャーロットにとっての切り札だろ? それに、かなりの身体的負担が掛かると聞いているけど?」
私も、シャーロットから2つの危険性を聞いているわ。
【簡易神人】と【簡易神具制作】は完全なチートスキルだけど、制限時間も短かく、時間オーバーになったら、シャーロット自身が崩壊する。強大すぎるが故に、その分リスクも高い。相当追い詰められた時以外、使用を控えた方がいい。
「制限時間を超えると、私は崩壊する。だから、出来る限り使いたくない。仮に使うにしても、病気に関わる情報を少しでも得てからだね」
【構造解析】と【構造編集】の2つだけで救えたらいいのだけど。
馬車がゆっくりと広場を通り過ぎた時、大きな紙が壁際の掲示板に貼られていた。
「あ、もうすぐお祭りなのね」
「「え」」
私の呟きに、オーキスとシャーロットが反応して、2人も掲示板を見た。
………………………………
エルディア王国四代祭りの1つ【春蘭祭】 開催場所:王都中央公園付近
2週間後の3連休、3日連続で開催します! 露店、オークション、旅芸人、パレード、数々のイベントが催されます!
………………………………
お祭り……エルディア王国では季節ごとのお祭りがあって、開催地もその都度異なるわ。そういえば、教会や孤児院の大人達も、祭りの会合で忙しそうにしていたわね。
「春蘭祭……オーキス、フレヤ、必ずネルマさんの病気を治してあげよう!」
あ……私達は普通に参加できるけど、彼女の病気のことを考えたら、アーバンだって参加しないはず。
「ああ、アーバンやネルマさんを笑顔にさせたい」
「シャーロット、私に出来ることがあったら言ってね!」
ネルマさんだって、お祭りに参加したいはずだもの。
私も、自分に出来る限りのことをやろう!
「皆様、クディッチス家本邸に到着しました」
馬車が馭者さんの声と共にゆっくりと止まり、執事服を着た若い男性が馬車の扉を開けてくれたのだけど、降りようとした私達は扉から見える光景に絶句した。変に立ち止まってしまうと、失礼な行為ととられるので、私もオーキスもシャーロットも馬車から静かに下りていく。
ここは、クディッチス家の中庭中央付近に位置するのね。
敷地内入口から本邸入口までの直線ルートは横幅4m程の石畳で敷き詰められていて、私達のいる中央付近だけは直径10m程の正円状となっているわ。石畳だけをみれば、かなり立派な作りだと思うのだけど……、それ以外の場所が所々砂漠化していた。
私とシャーロットが寮の談話室でみんなと寛いでいる時、私の持つグローバル通信機が突然ブルった。2年前、シャーロットが【マナーモード】や【着信履歴】機能を追加したことで、突然聞こえる相手の声に驚くことはなくなったのだけど、常時制服のポケットに入れていることもあって、突然震えだすとどうしてもビクついてしまうわ。
着信相手を確認するとオーキスだったので、私は一旦自分の部屋へと戻った。私のルームメイトがシャーロットだから、部屋の中では気軽にグローバル通信機でみんなとお話しできる。
「オーキス、どうしたの?」
「フレヤ、負の遺産の1つを見つけたかもしれない」
「え!?」
オーキスからの爆弾発言、今まで何の前触れもなかったのに、どうやって発見できたのかしら?
「さっき、アーバンからクディッチス家の悩みを聞いたんだ。その内容が……」
オーキスからアーバンの悩みを聞いた時、私は耳を疑った。医学については私も教会内で勉強したけど、ステータスにも表示されない病気なんて聞いたことがないわ。
「僕やリーラの時、ステータスには【弱者】、【両手両足欠損】、【瘴気病】という表示が確かにあった」
オーキスとリーラの身に降りかかった不幸の殆どは、私の責任ね。2年前、私は多くの人々に大怪我を負わせ、数えきれない人々を死なせてしまった。
もう誰にも、あんな悲しい思いをさせたくない。
させるものですか!
「アーバンの妹、ネルマさんにはそういった表示がないにも関わらず、病気なのね?」
「ああ、聞いた限りじゃあ、触れた者の生気を吸い取る病気らしい」
その効果は、もしかして……
「ネルマさんのスキルに、【ライフドレイン】はあるの?」
「家族もそういった【スキル】または【魔法】がないかを教会のステータスチェッカーで調べたらしいけど、怪しいものはないらしい」
どういうことなの?
ステータスにも表示されない未知の病気?
でも、症状から察すると、ウイルスや細菌による病気じゃないわ。エリクサーでもダメだとすると、回復魔法【マックスヒール】でも効果はないかもしれない。
「シャーロットの【構造解析】スキルに賭けるしかないわね」
「僕もそう思うよ。明日、明後日は学校も休みだから、王都内にあるクディッチス家に泊まろうと思うんだけど、どうかな?」
惑星ガーランドの1週間は7日、曜日の名称も地球と同じ。多分、過去の日本の転生者が地球と同じ自転と公転であることに気づいて、週の区切りも同じにしたのね。明日は土曜日、学園も休講だから私達も自由に動ける。
ただ、土日休みであっても、私やシャーロットが王都の中で動く場合、ヘンデル教皇と国王陛下の許可がいるし、護衛も必要となる。護衛に関しては、ムックとカムイやドール軍団に任せればいいわよね。
「わかった。シャーロットに相談してから、ヘンデル教皇と国王陛下に通信するわ」
「アーバンには、僕から言っておくよ」
内容を聞いた限り、負の遺産だと思う。
でも、何が原因で触れた者の生気を吸い取るのかしら?
とにかく、急いでシャーロットに連絡しましょう。
昔と違って、聖女を出動しやすい制度を施行しているから、ヘンデル様達もすぐに許可してくれるはず。
2年前から、エルディア王国では教会を存続維持させるため、毎年一定の金銭を教会へと寄付する制度が、貴族と平民の資産家限定で始まっている。貴族側からすれば、《額面が少し大きい》というデメリットもあるけど、《一貴族が聖女の要請を何度行っても治療費を請求されない》というメリットもある。これは、一定以上の税金を納めている資産家にも適用される。
それ以外の人達には、各店やギルドに設置されている寄付金箱に任意でお金を求めている。貴族と資産家から集めた寄付金は教会の存続に使われ、一般の人達から集められた寄付金は貧民街への人達への炊き出しなどに利用される。だから今回の要請で、教会側がクディッチス家の当主に対し、治療費を請求するということはない。金銭面でのトラブルも起こらないから、私達も出動しやすくなっている。
○○○
寮の自室でシャーロットに状況を説明した後、私達は国王陛下→ヘンデル教皇という順番で事情を説明していき、【聖女】と【聖女代理】としての出場許可を貰った。
クディッチス家ネルマさんの抱える病気が【負の遺産】の可能性もあるので、国王陛下もヘンデル様も頻りにシャーロットだけでなく、私のことを心配してくれていたのが気にかかるわ。私はシャーロットの代わりに過ぎないから、そこまで気にされることもないと思うのだけど?
最後の通信相手でもあるエルバラン公爵様も、シャーロットと同じくらいか、それ以上に私のことを気にかけてくれているわ。どうしてか不思議に思い、エルバラン公爵様に尋ねると…
「皆にとって、フレヤも大切な存在なんだよ。それは、【聖女代理】という意味じゃない。君は過去の事件を悔い、これまで多大な善行を積み、勉学や魔法訓練にも励んできた。私やエルサだけじゃなく、国王陛下やヘンデル教皇も、この2年で君への見方を改めたんだ」
え? それって……みんなが私を1人の人間として認めてくれたの?
私の犯した罪は、永遠に消えない。
だからこそ、この2年、私自身の心を鍛え直すため死に物狂いで頑張った。
「今だからこそ、《秘密》を話してあげよう。ヘンデル教皇は王都から遠く離れた場所に住んでいる君のご両親に、毎月1回必ず手紙を送っている。君がどれだけ頑張っているのかを教えているんだよ」
「え、ヘンデル様が!?」
私自身、もう両親に会える資格を失っているから、何処に住んでいるのかも把握していない。だから、《私は王都で頑張っているよ》という思いを伝えるためにも、多くの人達を治療してきた。
ヘンデル様が、《私の思い》を父と母に伝えてくれていたんだ。
「かなり辺境にある村だから、周囲の村人達はあの2人がイザベルの両親であることを知らない。そのため、現在でも君の両親は健康で、平和に暮らせている。これは、全てヘンデル様から聞いたことだ」
ヘンデル様は、私や両親のことをずっと気遣ってくれていたの?
父も母も、無事に暮らせているんだ……良かった。
「あの事件から約2年半、ヘンデル教皇は君自身の生き方をずっと見てきた。そして、今の君ならば、手紙でこれまでの思いを両親に伝えても構わないと仰っていた」
嘘!
私自身が、父と母に手紙を送っていいの!?
……嬉しい。もう生涯会うことはないと思っていた両親と、連絡を取れるんだ。
「そして、年数回程度となるだろうが、両親とも再会できるよう手配を整えているところだ。シャーロットの力を借りて、フレヤと御両親をエルバラン家に招待すれば問題も起こらないだろう」
え、嘘!?
父と母に直接会えるの?
「近日中に、ヘンデル教皇ご自身が君に通達するだろう。実は、ヘンデル様が私を経由して、予めフレヤに伝えてもらえないかと頼まれていたんだよ。あの方も、フレヤに直接全てを言うのは恥ずかしかったようだ。今のフレヤは、多くの人から愛されている。だから……これからも頑張るんだ」
ヘンデル様は……ずっと私のことを見守ってくれていたんだ。
イザベルだった時、ヘンデル様は聖女としての教育を1番熱心に私に施してくれた。でも、少し怖い顔ということもあって、私は苦手意識を持っていて、彼から目を背けていた。
フレヤになった今は苦手意識も無くなったとはいえ、それでも時折怒られたりもする。でも、不思議とヘンデル様の言葉は心に響く。何故怒られたのかを熱心に、私に諭してくれる。
この感覚、まるで……祖父のようだ。
私の心から、涙が溢れ出てくる。
「は…はい。教えて…頂き…ありがと…ございます」
ヘンデル様だけじゃない。
みんなが…みんなが…私のことをそっと見守ってくれていた。
私は…私は…
「フレヤ、あなたの両親は今も元気に生きている。あなたは、もう一人じゃない」
シャーロットも、ヘンデル様やエルバラン公爵様から聞いていたんだ。
「ありがと…う…う…」
シャーロットが私をそっと抱きしめてくれた瞬間、私は溢れかけていた涙を一気に流した。
○○○
翌朝、私、オーキス、シャーロットの3人は私服を着て、クディッチス家の用意した貴族用馬車に乗り、アーバンのいる本邸へと向かう。私達の護衛として、ムックとカムイが屋根に乗り周囲を警戒してくれている。あの2体がいるから、私達も安心してネルマさんについてお話しすることもできるわ。
「シャーロット、ネルマさんの奇妙な病気について、どう思う?」
私の力では、彼女の病気を治せない。
シャーロットの率直な意見を聞きたい。
「ここまでの情報だけを整理すると、彼女の症状は【ライフドレイン】の効果と似ている。でも、ステータスのスキル欄には症状と同じ効果を示すものはない。こういった病気があることを、私自身精霊様から聞いていない。だから、現状対処方法がわからない。まずは【構造解析】スキルを実行して、彼女の情報を深く解析し、何か手掛かりを見つけないと」
シャーロットの持つ【構造解析】と【構造編集】、特に【構造編集】の使用にはステータスの情報が必須となる。もし、何の手掛かりも残されていない場合、彼女でも治療不可能……つまり完全に手詰まりとなる。クディッチス家の人達にとって最後の希望でもあるから、彼女にかかるプレッシャーも重い。
「最悪、【簡易神人】となって、【簡易神具】で治療するしかない」
【簡易神人化】スキルを使用するかもと聞き、オーキスが真っ先に口を開いた。
「その2つはシャーロットにとっての切り札だろ? それに、かなりの身体的負担が掛かると聞いているけど?」
私も、シャーロットから2つの危険性を聞いているわ。
【簡易神人】と【簡易神具制作】は完全なチートスキルだけど、制限時間も短かく、時間オーバーになったら、シャーロット自身が崩壊する。強大すぎるが故に、その分リスクも高い。相当追い詰められた時以外、使用を控えた方がいい。
「制限時間を超えると、私は崩壊する。だから、出来る限り使いたくない。仮に使うにしても、病気に関わる情報を少しでも得てからだね」
【構造解析】と【構造編集】の2つだけで救えたらいいのだけど。
馬車がゆっくりと広場を通り過ぎた時、大きな紙が壁際の掲示板に貼られていた。
「あ、もうすぐお祭りなのね」
「「え」」
私の呟きに、オーキスとシャーロットが反応して、2人も掲示板を見た。
………………………………
エルディア王国四代祭りの1つ【春蘭祭】 開催場所:王都中央公園付近
2週間後の3連休、3日連続で開催します! 露店、オークション、旅芸人、パレード、数々のイベントが催されます!
………………………………
お祭り……エルディア王国では季節ごとのお祭りがあって、開催地もその都度異なるわ。そういえば、教会や孤児院の大人達も、祭りの会合で忙しそうにしていたわね。
「春蘭祭……オーキス、フレヤ、必ずネルマさんの病気を治してあげよう!」
あ……私達は普通に参加できるけど、彼女の病気のことを考えたら、アーバンだって参加しないはず。
「ああ、アーバンやネルマさんを笑顔にさせたい」
「シャーロット、私に出来ることがあったら言ってね!」
ネルマさんだって、お祭りに参加したいはずだもの。
私も、自分に出来る限りのことをやろう!
「皆様、クディッチス家本邸に到着しました」
馬車が馭者さんの声と共にゆっくりと止まり、執事服を着た若い男性が馬車の扉を開けてくれたのだけど、降りようとした私達は扉から見える光景に絶句した。変に立ち止まってしまうと、失礼な行為ととられるので、私もオーキスもシャーロットも馬車から静かに下りていく。
ここは、クディッチス家の中庭中央付近に位置するのね。
敷地内入口から本邸入口までの直線ルートは横幅4m程の石畳で敷き詰められていて、私達のいる中央付近だけは直径10m程の正円状となっているわ。石畳だけをみれば、かなり立派な作りだと思うのだけど……、それ以外の場所が所々砂漠化していた。
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