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2.Edge of Ouroboros
Ⅲ.
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その一言でその場に居た全員が身構えた。
最終手段として危険分子を排除する。
言ってやめるような相手ではないので、たいていはこの方法を取らざるをえない。
ウロボロス調停官の仕事は本来、争いを未然に防ぐことにある。
そう先代に教わっていたサディとしては、毎度のことではあるが不本意な展開だった。
「面白い、今後なにかと邪魔になるだろうからな。今のうちに殺っとくか」
サディの落胆にもかかわらず、当事者たちはやる気十分である。
「今度はこっちのほうが人数が上だ、さっきのようにはいかないぜ」
ヨルとシンラの横にガルシアも並ぼうとする。
サディは身構えるガルシアの胸をそっと抑えるように手を出した。戦いに参加するな、という意思表示である。
「ここはふたりに任せて」
戦えば処罰の対象になることは前もって言ってある。
「おい、そこの毛深いの」
ヨルが正面を向いたままガルシアに声をかけた。
「怪我してるんだろ? 下がっていろ」
「失礼な言いようだな、毛深くはないぜ」
ワーウルフの青年が包帯をさすりながら憮然として呟くと、サディが後方に下がりながら「ごめんなさい、あとで叱っておくから」と詫びた。
(人間がヴァンパイアを叱る?)
「……ケッサクだ」
不機嫌ではあったが、ガルシアはその光景を想像して思わず吹き出しそうになった。
一触即発の雰囲気を察して、サディがさらにガルシアを下がらせる。
「……はじまってるわ」
サディが呟く。
「ああ、とっくにはじまってるさ、何千年も前からな……」
ガルシアもまた、独り言のように答える。
しかし、その言葉の内容は調停官の耳に引っかかった。
「かつてのウロボロス戦争がまだ終結していない」と取れるもので、最近問題を起こす者たちがよく口にする言葉である。
サディは横目でガルシアを見た。
そのとき彼女の長い黒髪がふわりと揺れた。
風は吹いていない。
人間なら見過ごす程度のかすかな揺れだった。
しかし、ガルシアには見えていた。
調停官をとり巻く「風」が。
「シルフか……?」
ガルシアの問いにサディは黙ってうなずいた。
風は彼女の周囲をひとまわりすると、すぐにどこへともなく消えていった。
「伝令よ……ツキが心配してるの、大丈夫かって」
風の精霊シルフが伝言を伝えに来たのであった。
「精霊を使役しているとは聞いていたが……初めて見たぜ」
「彼らは人間に使われたりしないわ。利害が一致しているから協力してくれているだけ」
闇の住人たちのバランスを崩さないため精霊たちが調停官に力を貸すのは、ウロボロスの協定に基づくものであった。
人間も含め、ひとつの種族が増えすぎると自然界に多大な悪影響を及ぼすことを精霊たちは知っているのである。
睨み合いに痺れを切らして最初に動くのが最も気性の荒い者であるとするなら、この四人の中でそれはヴァンパイアのレッドタロンであった。
巨体に似合わない敏捷な動きで、目の前にいるシンラに掴みかかる。
シンラは上体を半歩分反らして避けた。
レッドタロンは動きも素早いが腕力にかけてはヴァンパイア随一を誇る氏族である。
どこであろうと掴まれれば、その箇所を握り潰されかねない。
「シンラ、でかいのは任せたぞ!」
ヨルが横へ飛んだ。
「面白い!」
サイレント・アサシンがそれを追う。
二対二だが、ワーウルフに比べていまひとつ協調性に欠けるヴァンパイアは共闘することを好まない。
ならば、ヨルとしては、ヴァンパイアの特性を十分に活かして戦う手管に長けたサイレント・アサシンより、力押し一辺倒のレッドタロンのほうがシンラには御しやすいと考えたのである。
とはいえ、その破壊力は決して「御しやすい」とは言い難かった。
レッドタロンの剛腕が続けざまにシンラを強襲する。
無造作に振りまわされるだけだが、空を切った拳が建物にぶつかると、レンガの壁がビスケットのように抉られていく。
「嫌だね、体育会系のヴァンパイアなんて……」
シンラは粉砕されたレンガの礫を避けながら呟いた。
To be continued...
最終手段として危険分子を排除する。
言ってやめるような相手ではないので、たいていはこの方法を取らざるをえない。
ウロボロス調停官の仕事は本来、争いを未然に防ぐことにある。
そう先代に教わっていたサディとしては、毎度のことではあるが不本意な展開だった。
「面白い、今後なにかと邪魔になるだろうからな。今のうちに殺っとくか」
サディの落胆にもかかわらず、当事者たちはやる気十分である。
「今度はこっちのほうが人数が上だ、さっきのようにはいかないぜ」
ヨルとシンラの横にガルシアも並ぼうとする。
サディは身構えるガルシアの胸をそっと抑えるように手を出した。戦いに参加するな、という意思表示である。
「ここはふたりに任せて」
戦えば処罰の対象になることは前もって言ってある。
「おい、そこの毛深いの」
ヨルが正面を向いたままガルシアに声をかけた。
「怪我してるんだろ? 下がっていろ」
「失礼な言いようだな、毛深くはないぜ」
ワーウルフの青年が包帯をさすりながら憮然として呟くと、サディが後方に下がりながら「ごめんなさい、あとで叱っておくから」と詫びた。
(人間がヴァンパイアを叱る?)
「……ケッサクだ」
不機嫌ではあったが、ガルシアはその光景を想像して思わず吹き出しそうになった。
一触即発の雰囲気を察して、サディがさらにガルシアを下がらせる。
「……はじまってるわ」
サディが呟く。
「ああ、とっくにはじまってるさ、何千年も前からな……」
ガルシアもまた、独り言のように答える。
しかし、その言葉の内容は調停官の耳に引っかかった。
「かつてのウロボロス戦争がまだ終結していない」と取れるもので、最近問題を起こす者たちがよく口にする言葉である。
サディは横目でガルシアを見た。
そのとき彼女の長い黒髪がふわりと揺れた。
風は吹いていない。
人間なら見過ごす程度のかすかな揺れだった。
しかし、ガルシアには見えていた。
調停官をとり巻く「風」が。
「シルフか……?」
ガルシアの問いにサディは黙ってうなずいた。
風は彼女の周囲をひとまわりすると、すぐにどこへともなく消えていった。
「伝令よ……ツキが心配してるの、大丈夫かって」
風の精霊シルフが伝言を伝えに来たのであった。
「精霊を使役しているとは聞いていたが……初めて見たぜ」
「彼らは人間に使われたりしないわ。利害が一致しているから協力してくれているだけ」
闇の住人たちのバランスを崩さないため精霊たちが調停官に力を貸すのは、ウロボロスの協定に基づくものであった。
人間も含め、ひとつの種族が増えすぎると自然界に多大な悪影響を及ぼすことを精霊たちは知っているのである。
睨み合いに痺れを切らして最初に動くのが最も気性の荒い者であるとするなら、この四人の中でそれはヴァンパイアのレッドタロンであった。
巨体に似合わない敏捷な動きで、目の前にいるシンラに掴みかかる。
シンラは上体を半歩分反らして避けた。
レッドタロンは動きも素早いが腕力にかけてはヴァンパイア随一を誇る氏族である。
どこであろうと掴まれれば、その箇所を握り潰されかねない。
「シンラ、でかいのは任せたぞ!」
ヨルが横へ飛んだ。
「面白い!」
サイレント・アサシンがそれを追う。
二対二だが、ワーウルフに比べていまひとつ協調性に欠けるヴァンパイアは共闘することを好まない。
ならば、ヨルとしては、ヴァンパイアの特性を十分に活かして戦う手管に長けたサイレント・アサシンより、力押し一辺倒のレッドタロンのほうがシンラには御しやすいと考えたのである。
とはいえ、その破壊力は決して「御しやすい」とは言い難かった。
レッドタロンの剛腕が続けざまにシンラを強襲する。
無造作に振りまわされるだけだが、空を切った拳が建物にぶつかると、レンガの壁がビスケットのように抉られていく。
「嫌だね、体育会系のヴァンパイアなんて……」
シンラは粉砕されたレンガの礫を避けながら呟いた。
To be continued...
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