【完結】片腕の聖女

月森冬夜

文字の大きさ
上 下
11 / 23

11.霹靂一声

しおりを挟む
 ——ナタ・デ・ココ聖女就任から一年後。

「ははは! どうだココ、もう圧倒的におれのほうが高いぞ」

 王太子アルバートは十三歳になった。
 その誕生パーティーの最中、彼はナタ・デ・ココの隣に立って言った。
 たしかに、圧倒的というほどではないが、この一年で拳ひとつ分ほどアルバートの身長のほうが高くなっていた。

「わたしは伸びないのですから勝負になりません。戦わない相手に対して勝ち誇らないでください」

 ちなみにココは二十一歳になっている。彼女は孤児だったので誕生日は不明だった。聖女学校では、孤児たちは新年に全員まとめて歳をとることになっていた。
 ココの右肩には金属の義手が付けられていた。身体にベルトで固定しているのでなるべく軽く、それでいて手で掴んだくらいでへこむほど弱くてはいけない。そのため、エキドナで随一と言われる鍛冶職人が製作した。
 これのおかげで、服を着て手袋をすれば片腕であることはだいぶ目立たなくなった。



 ——聖女就任から三年後。

「ははは、ココはいつまでも小さくて可愛らしいな」

 ここ一、二年で王子の身長はかなり伸びていた。

「褒めるかけなすかどちらかにしてください」

「貶すところがどこにある。そなたの美しさを全面的に賞賛しておるのだ」

「そ、そうなのですか……ありがとうございます」

 ココのほうは成長しないままだった。髪や瞳の色もそのままである。
 唯一の利点は、義手のサイズ調整の必要がなく、最初に作ったものをそのままつかいつづけることができることくらいであった。



 ——十年後。

「ははは、ココは今日も美しいな」

「はいはい」

 毎朝部屋に来てはおなじことを言われる。もはや社交辞令でもなく、朝の挨拶のようなものだ。
 エキドナ王国ではどうか知らないが、南国の男は挨拶がわりに女を口説くという。王子にはそんな浮ついた男にならないでほしいものだとココは心底願った。
 アルバートは二十二歳になった。身長はずいぶんと伸びて、おなじ年頃の男たちと比べてもずっと高い。艶やかな黒髪とおなじ色の瞳は黒曜石のような怜悧な光をたたえている。ただし、ココとふたりのときは少年時代のようなくりっとした愛らしい輝きを見せることもあった。
 ココは三十歳。見た目はエキドナに来たときから変わらない。まるで、彼女のまわりだけ時間が止まっているかのようであった。
 小さくても教育係としては問題ないが、見た目に十二歳の女子が青年王子の遊び相手というのはいかがなものか。もう自分が隣にいるのはふさわしくないのではないかと思う。しかし、王子はあいかわらずココのところへ遊びにくるのだった。そもそも、臣下のほうが挨拶に行くべきであるはずだが、もうそれは毎朝の日課になっていた。
 彼女がエキドナに来てから十年は、なにごともなく過ごしていた。
 森で暮らしていた六年間のことを思えば、食事に困ることもなく何不自由なく生活できることがどんなにありがたいことか身にしみて感じていた。
 この十年というのは世界的にも平和だった。いろんな思惑を持ち、裏で暗躍しているものたちもいるのであろうが、表面的には平穏な日々がつづいていた。
 そこに、ココ自身を驚愕させる出来事が起きた。



「ココ、おれと結婚してくれ!」

「へ……?」

 アルバートがいつもの朝の挨拶に来て、いつもとはちがうことを言った。
 最初、ココは王子が演劇かなにかの練習をしているのかと思った。

「ココ、おれと、結婚してくれ!」

 よく聞こえなかったと思ったのか、王子は言葉を切ってはっきりと言った。

「え……」

 ココはまだうまく言葉の意味を飲み込めなかった。

「ココ……その、おれの妻になってくれ……嫌じゃなければ」

 ココが即答しないので、アルバートも断られるのではないかと不安になってきたようである。

「えぇーっ!」

 ココが突然大声を出したので、王子はびくんと大きく肩を震わせた。



 しばらくして、ココは謁見の場にいた。
 正面の大きな玉座にレイモンド王が座っている。その向かって左側には一段下がって——玉座よりは——小さめの椅子に王妃ケイト、反対側にはやはり一段下がって王太子アルバートが、こちらはかなり緊張した面持ちで座っていた。

「せがれにはどこぞの王家の娘をと考えておったし、実際申し出も多かったのだが、どうしてもそなたでなければ嫌だと言ってな」

 王族の結婚となれば政治が絡んでくる、そういうものである。

「はあ……」

 ココは、いまだに状況が理解できないといったふうに、気のない返事をした。
 あまりに急だった。結婚を希望しているなら普通はもっとふだんからそういう素振りを見せるものではないだろうか。
 たとえば、どこにいても相手を目で探してしまうとか、ボディタッチが多くなるとか、である。
 そこまで考えて、そういえば思い当たることがあったことに気づいた。
 王子が見える範囲にいるとき、彼はよくこちらを見ていたのである。ボディタッチに関しては、一度子どものように抱え上げられて高い高いされたので怒ったら二度としなくなった。
 もしかして、王子が発信していなかったのではなく、こちらが受け止められていなかったのだろうか。
 ココは孤児で物心ついたときには聖女学校の生徒だった。聖女になるための学校なので当然生徒は女子しかおらず、そのうえ孤児は寄宿舎に住んでいたので男子とかかわることはまずなかった。生徒の中には、納入業者のだれとかという青年が格好いいとかそんな話で盛り上がっているものもいたが、ココは勉強一筋だった。学校を卒業しても孤児が食べていくには、そうするしかないと思っていた。さらに、十代の半分以上をたったひとり森の中で過ごしていたため、恋愛ごとにはうとかったのである。

「その前に——」

 王が口を開いた。

「ひとつだけ聞いておきたいことがあるのだが……ええと……その……」

 王は助けを求めるようにチラッと王妃を見た。
 視線を受けて王妃は席を立つと、ココのそばに行き、姿勢を低くして顔を寄せ小声で話しかけた。
 ココは、サッと頰を赤らめコクコクと頭を縦に振った。
 王妃は王のほうを向いてコクリとうなずくと、自分の席にもどった。

「ふむ。跡継ぎの心配は必要なさそうだな」

「お忘れかも知れませんので申し上げますが、わたしは殿下より八歳年上ですよ」

「そうは見えんがのう」

「見た目はそうですが」

「八歳年上でも、見た目に十歳年下でも王家の婚姻にはよくあることだ。わしとケイトなぞ十六離れておる」

「はあ……」

 そう言われると返す言葉がなかった。

「ココ、嫌なのか? おれはてっきり快諾してくれるものとばかり思っていたのだが」

 王太子が身を乗り出すようにして言った。
 その根拠と自信がどこにあるのか問いただしたい気分であったが、王や王妃も含め、恋人としてではなくても身内のような扱いを受けていたことは確かだった。

「アルバート、正式に嫁にしたいなら毎日褒めておけとあれほど言っておいたろう」

「はい……父上の助言通り毎日褒めていたのですが、なかなか真に受けてもらえなくて……女人の気持ちは私には測りがたく」

「むぅ」

 王が頭をかく横で、王妃だけがくすくすと笑っていた。

「気持ちはちゃんと届いてますよね、ココ」

「はあ……」

 ココは、王子が毎日褒めていたのはそういうことだったのかと合点がいった。しかし、うまく伝わらなかったのは、王と王子のやり方が稚拙なのか、自分が鈍感なのか。おそらく、その両方なのだろう。

「しかし、わたしはこんな身体ですし、殿下の横に座るにはふさわしくないかと存じます」

「つまり、ココはオーケーで、あとはおれしだいということだな」

 王子が安堵したように言った。

「ええと……そうなっちゃいます?」

 逆に、そちらがいいのならココにもはや断る理由はなかった。
 この時代、結婚というものは本人の意志とは関係なく親が決めるものだった。本来、ココにもアルバートにも選択肢はなかった。そこをアルバートは自分の意志を貫いてココを選んだのである。
 王と王妃にしても、結婚させるつもりで王宮に入れたわけではなかっただろうが、ココには臣下ではなく娘のように接してくれた。
 彼女はこの家族が好きだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私は聖女(ヒロイン)のおまけ

音無砂月
ファンタジー
ある日突然、異世界に召喚された二人の少女 100年前、異世界に召喚された聖女の手によって魔王を封印し、アルガシュカル国の危機は救われたが100年経った今、再び魔王の封印が解かれかけている。その為に呼ばれた二人の少女 しかし、聖女は一人。聖女と同じ色彩を持つヒナコ・ハヤカワを聖女候補として考えるアルガシュカルだが念のため、ミズキ・カナエも聖女として扱う。内気で何も自分で決められないヒナコを支えながらミズキは何とか元の世界に帰れないか方法を探す。

【完結】混沌の森 - 邪神と呼ばれる少女 -

月森冬夜
ファンタジー
王子の婚約者だった十五歳のミア・ブラックウッドは、国王の死を機に王子に婚約破棄だけでなく国外追放まで宣告されてしまう。 魔物たちが棲むという深い森の奥でなんとかひとり暮らしをしていたミアだが、そんな辺境にまでも王子の魔の手がせまる。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

嘘つきと言われた聖女は自国に戻る

七辻ゆゆ
ファンタジー
必要とされなくなってしまったなら、仕方がありません。 民のために選ぶ道はもう、一つしかなかったのです。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

追放された聖女の悠々自適な側室ライフ

白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」 平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。 そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。 そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。 「王太子殿下の仰せに従います」 (やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや) 表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。 今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。 マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃 聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。

処理中です...