15 / 21
第2部
3.
しおりを挟む
放課後。
蛍子は、担任の教師に呼び止められて体調やら気分やらをたずねられた。教師も職員室などで蛍子のことを聞かれたりするだろうし、報告の義務があるのかもしれない。早く美術室に行きたかったのだが、教師の立場に配慮してしばらく質疑応答に付き合った。
(ふたりともまだ居るのかな……?)
担任とわかれて、蛍子は廊下を歩きながら考えた。
非現実的な出来事だったが、夢でも幻でもなく、会話した記憶はしっかりと残っていた。
しかし、もしかすると幻だった可能性もある。ひとりだけ生き残った負い目を払拭するため、自分で自分に許しをあたえるために生み出した幻想だったのかもしれない。なにしろ頭を強く打っていることだし。
蛍子は美術室のドアをそっと開けて中を見た。
「おつかれさまです」
部活に出ていた部員たちが部長である蛍子に気づいて挨拶した。
蛍子が退院明けであることと、明里と魅那子がいないことで、いつもより静かな挨拶だった。みな神妙な態度でどの部員にも笑顔はない。
「あ、おつかれさま」
蛍子が部員たちに挨拶を返し、自分が座る席を見ると、いつも通り明里と魅那子はその後ろの机に座っていた。姿は「いつも通り」ではなかったが。
「いるし」
「いるし、じゃねーよ」
魅那子がすかさず言い返す。その声や姿にはだれも気づいていない。
蛍子はイーゼルとキャンバスを引っ張り出した。美術室は各クラスが使用するので、美術部の作品は毎回教室の隅にかたつけておかねばならない。
「ほかの人にはあたしたちは見えてないのかな」
蛍子が席につくと、明里が後ろからささやいた。
「見えてたらみんな気絶してるか逃げ出してるわよ」
蛍子も小声で答えた。頭を打ったことは部員たちに知られているだろうから、ひとりでぶつぶつしゃべっていたら「退院が早かったんじゃないか」と思われてしまう。
「蛍子がひっくり返るほどだからなあ」
魅那子が人ごとのようにつぶやいた。
「なんかもう、ヒドイかっこうよね。あたしなんて腕折れちゃってるし。どーすんのこれ」
明里は折れているほうの腕をプラプラさせた。
「死んでるのにケガの心配はいまさらすぎるだろ」
「でも、なんか不便」
蛍子のほうは後ろの会話にいちいち反応することもできない。
ほぼ無視した状態で完成した絵をながめていた。
ふと足もとを見る。
床にあったはずの血溜まりがなかった。
血が止まっている。
「そうだ」
思わず声をあげた。
大きな声ではなかったが、部員たちの視線が一斉に蛍子に向いた。
「ああ、いや」
蛍子は片手を軽く上げて、文化祭の案を練っていただけだとごまかした。
そして背後をふり返り、痛ましい状態の友人と彼女らが座る机の下を見た。
部員たちから見れば親友を懐かしがっているように見えるかもしれない。
「みんな、遅くならないうちに帰っていいよ」
とりあえず、部員たちを帰すことにした。
ちゃんと部活に出てきている部員たちは、それぞれひとつは作品を仕上げている。文化祭まであと五日しかないのでどうせもうひとつは無理だし、あとは文化祭前の展示をしてもらえばいいだろう。
「部長、大丈夫ですか?」
部員たちは心配して声をかけてくれる。
「ああ、うん、大丈夫よ。ありがと」
蛍子は心配させないように笑顔で答えた。
幽霊が見えている自分が本当に大丈夫かどうかは判断がつかないが、頭を打つ前から九多良木紫苑の幽霊は見えていたのだから、脳の異常や精神疾患ではないのではないかとも思う。
「あなたち、見た目は変えられないの?」
部員たちがいなくなると、蛍子は明里と魅那子のほうを向いて言った。
「ええ? 見た目を変えるってどういうこと」
明里が目を丸くした。もともと大きい目がさらに大きくなるととても可愛らしい。残念ながらいまは片方の目しか確認できない。
「最初に見たとき、あなたたちもっと出血してたじゃない、床に血が溜まるほど。でもいまは出てないわよね」
「時間が経ったから、血が止まったんじゃない?」
「いや、だから……」
どう説明すればいいのかと、蛍子は頭をかいた。
「ふむ……なるほど」
魅那子のほうは理解したようである。自分の身体をしげしげと見ながら言った。
「自分の意思で、あるいは無意識に血を止めてるなら身体もなんとかならないかってことだな?」
「そうそう、そういうこと」
蛍子はコクコクとうなずいた。
「でも、どうやって?」
明里が当然の疑問を口にした。
「わかんないけど、とりあえず怪我する前の自分の姿を強く思い浮かべてみたら?」
「じゃ、ダメモトでやってみよう。どうせ暇だし」
魅那子は意識を集中するように目を閉じた。
蛍子は、担任の教師に呼び止められて体調やら気分やらをたずねられた。教師も職員室などで蛍子のことを聞かれたりするだろうし、報告の義務があるのかもしれない。早く美術室に行きたかったのだが、教師の立場に配慮してしばらく質疑応答に付き合った。
(ふたりともまだ居るのかな……?)
担任とわかれて、蛍子は廊下を歩きながら考えた。
非現実的な出来事だったが、夢でも幻でもなく、会話した記憶はしっかりと残っていた。
しかし、もしかすると幻だった可能性もある。ひとりだけ生き残った負い目を払拭するため、自分で自分に許しをあたえるために生み出した幻想だったのかもしれない。なにしろ頭を強く打っていることだし。
蛍子は美術室のドアをそっと開けて中を見た。
「おつかれさまです」
部活に出ていた部員たちが部長である蛍子に気づいて挨拶した。
蛍子が退院明けであることと、明里と魅那子がいないことで、いつもより静かな挨拶だった。みな神妙な態度でどの部員にも笑顔はない。
「あ、おつかれさま」
蛍子が部員たちに挨拶を返し、自分が座る席を見ると、いつも通り明里と魅那子はその後ろの机に座っていた。姿は「いつも通り」ではなかったが。
「いるし」
「いるし、じゃねーよ」
魅那子がすかさず言い返す。その声や姿にはだれも気づいていない。
蛍子はイーゼルとキャンバスを引っ張り出した。美術室は各クラスが使用するので、美術部の作品は毎回教室の隅にかたつけておかねばならない。
「ほかの人にはあたしたちは見えてないのかな」
蛍子が席につくと、明里が後ろからささやいた。
「見えてたらみんな気絶してるか逃げ出してるわよ」
蛍子も小声で答えた。頭を打ったことは部員たちに知られているだろうから、ひとりでぶつぶつしゃべっていたら「退院が早かったんじゃないか」と思われてしまう。
「蛍子がひっくり返るほどだからなあ」
魅那子が人ごとのようにつぶやいた。
「なんかもう、ヒドイかっこうよね。あたしなんて腕折れちゃってるし。どーすんのこれ」
明里は折れているほうの腕をプラプラさせた。
「死んでるのにケガの心配はいまさらすぎるだろ」
「でも、なんか不便」
蛍子のほうは後ろの会話にいちいち反応することもできない。
ほぼ無視した状態で完成した絵をながめていた。
ふと足もとを見る。
床にあったはずの血溜まりがなかった。
血が止まっている。
「そうだ」
思わず声をあげた。
大きな声ではなかったが、部員たちの視線が一斉に蛍子に向いた。
「ああ、いや」
蛍子は片手を軽く上げて、文化祭の案を練っていただけだとごまかした。
そして背後をふり返り、痛ましい状態の友人と彼女らが座る机の下を見た。
部員たちから見れば親友を懐かしがっているように見えるかもしれない。
「みんな、遅くならないうちに帰っていいよ」
とりあえず、部員たちを帰すことにした。
ちゃんと部活に出てきている部員たちは、それぞれひとつは作品を仕上げている。文化祭まであと五日しかないのでどうせもうひとつは無理だし、あとは文化祭前の展示をしてもらえばいいだろう。
「部長、大丈夫ですか?」
部員たちは心配して声をかけてくれる。
「ああ、うん、大丈夫よ。ありがと」
蛍子は心配させないように笑顔で答えた。
幽霊が見えている自分が本当に大丈夫かどうかは判断がつかないが、頭を打つ前から九多良木紫苑の幽霊は見えていたのだから、脳の異常や精神疾患ではないのではないかとも思う。
「あなたち、見た目は変えられないの?」
部員たちがいなくなると、蛍子は明里と魅那子のほうを向いて言った。
「ええ? 見た目を変えるってどういうこと」
明里が目を丸くした。もともと大きい目がさらに大きくなるととても可愛らしい。残念ながらいまは片方の目しか確認できない。
「最初に見たとき、あなたたちもっと出血してたじゃない、床に血が溜まるほど。でもいまは出てないわよね」
「時間が経ったから、血が止まったんじゃない?」
「いや、だから……」
どう説明すればいいのかと、蛍子は頭をかいた。
「ふむ……なるほど」
魅那子のほうは理解したようである。自分の身体をしげしげと見ながら言った。
「自分の意思で、あるいは無意識に血を止めてるなら身体もなんとかならないかってことだな?」
「そうそう、そういうこと」
蛍子はコクコクとうなずいた。
「でも、どうやって?」
明里が当然の疑問を口にした。
「わかんないけど、とりあえず怪我する前の自分の姿を強く思い浮かべてみたら?」
「じゃ、ダメモトでやってみよう。どうせ暇だし」
魅那子は意識を集中するように目を閉じた。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
それなりに怖い話。
只野誠
ホラー
これは創作です。
実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。
本当に、実際に起きた話ではございません。
なので、安心して読むことができます。
オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2025/3/15:『きんこ』の章を追加。2025/3/22の朝4時頃より公開開始予定。
2025/3/14:『かげぼうし』の章を追加。2025/3/21の朝4時頃より公開開始予定。
2025/3/13:『かゆみ』の章を追加。2025/3/20の朝4時頃より公開開始予定。
2025/3/12:『あくむをみるへや』の章を追加。2025/3/19の朝4時頃より公開開始予定。
2025/3/11:『まぐかっぷ』の章を追加。2025/3/18の朝4時頃より公開開始予定。
2025/3/10:『ころがるゆび』の章を追加。2025/3/17の朝4時頃より公開開始予定。
2025/3/9:『かおのなるき』の章を追加。2025/3/16の朝8時頃より公開開始予定。
『ゴーゴン(仮題)』
名前も知らない兵士
ホラー
高校卒業後にモデルを目指して上京した私は、芸能事務所が借り上げた1LDKのマンションに居住していた。すでに契約を結び若年で不自由ない住処があるのは恵まれていた。何とか生活が落ち着いて、一年が過ぎた頃だろうか……またアイツがやってきた……
その日、私は頭部にかすかな蠢き(うごめき)を覚えて目を覚ました。
「……やっぱり何か頭の方で動いてる」
モデル業を営む私ことカンダは、頭部に居住する二頭の蛇と生きている。
成長した蛇は私を蝕み、彼らが起きている時、私はどうしようもない衝動に駆られてしまう。
生活に限界を感じ始めた頃、私は同級生と再会する。
同級生の彼は、小学生の時、ソレを見てしまった人だった。
私は今の生活がおびやかされると思い、彼を蛇の餌食にすることに決める。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【Vtuberさん向け】1人用フリー台本置き場《ネタ系/5分以内》
小熊井つん
大衆娯楽
Vtuberさん向けフリー台本置き場です
◆使用報告等不要ですのでどなたでもご自由にどうぞ
◆コメントで利用報告していただけた場合は聞きに行きます!
◆クレジット表記は任意です
※クレジット表記しない場合はフリー台本であることを明記してください
【ご利用にあたっての注意事項】
⭕️OK
・収益化済みのチャンネルまたは配信での使用
※ファンボックスや有料会員限定配信等『金銭の支払いをしないと視聴できないコンテンツ』での使用は不可
✖️禁止事項
・二次配布
・自作発言
・大幅なセリフ改変
・こちらの台本を使用したボイスデータの販売
【短編】怖い話のけいじばん【体験談】
松本うみ(意味怖ちゃん)
ホラー
1分で読める、様々な怖い体験談が書き込まれていく掲示板です。全て1話で完結するように書き込むので、どこから読み始めても大丈夫。
スキマ時間にも読める、シンプルなプチホラーとしてどうぞ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる