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第1部
6.
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懸案だった体育祭は結局日程どおり行われた。
職員室では、ぎりぎりまで自粛案も検討されたが、生徒たちを元気づけるためにも開催しようという意見のほうが多かった。
それを非難する声はわずかにあったが、ほとんどが外部からのものであった。世論は気になるところだが、所詮なんの責任も負わない部外者の勝手な意見である。学校側は生徒第一と考えて、それらの否定的な言葉は受け流すことにした。
死者を悼む気持ちは大切だが、生者はこれからも生きていかなければならないのだ。平穏な日常をとりもどすためには年中行事の開催は必要なことだとの判断だった。
とはいえ、やはり例年にくらべれば盛り上がりに欠けたかもしれない。
冴木祥子は代休をまたいだ翌々日まで体育祭のあとかたつけをしながら思った。
とくに自分たちのクラス三年一組は南原茜を失って覇気がなかったように感じる。うわべだけは声が出ていたが、ふとしたことで彼女のことを思い出すのであろう。どこかうしろめたい気持ちがあって、心から楽しめないでいるようだった。
それは、九多良木紫苑がいた三年三組も同様の印象を受けた。
それでも、こういった違和感を飲み込みながら少しずつ日常へ帰っていくのだろう。
祥子は教室に飾っていた体育祭用ののぼりをたたみながらそんなことを考えていた。
南原茜の死から二週間が経っていた。
「ねえ、これどうするの?」
たたむのを手伝ってくれている女子生徒がたずねた。
みんなでイラストを描いたのぼりである。思い出があるので捨てがたいが、大きいので持ち帰って部屋に飾れるようなものでもない。
「可燃ゴミ……かな」
祥子はほかにどうしようもないといったふうに答えた。
「いらないなら、俺もらってこうかなあ」
体育祭の熱が冷めやらぬ男子生徒が言った。
「どうぞ」
どうせ持てあますだろうが、本人がほしいのなら持って帰ってくれていい。ゴミ置場まで運ぶ手間がはぶける。
祥子はちらりと男子生徒の顔を見た。ふざけて言っているのではないようだ。
そういえば、こののぼりにはクラス全員の名前が書いてある。みんな自分で書いたものだ。南原茜も死ぬ前に書いていた。
茜は性格に雑なところはあったが、だれとでも気安く接するため男女問わず好かれていたようだった。もしかして、この男子生徒は茜のことが好きだったのではないだろうか。しかし、それをたずねても本当のことを言ってくれるとはかぎらないし、いまさらそんなことを聞いてもなんにもならない。また暗い話を蒸し返してクラスの空気を重くするだけだ。
祥子はたたんだのぼりを黙って男子生徒のほうへ押しやった。
「サンキュー……」
男子生徒はさらに小さく折りたたむと大事そうに抱えて自分の席にもどっていった。
放課後、祥子は下校前に美術室に向かった。
「ちゃんと返しといてって言ったのに……」
ぶつぶつ言いながら廊下を歩く。
のぼりなどを作る際に借りた画材などが、まだ教室に置きっぱなしになっていたのだった。
「……こんにちわあ」
美術室のドアを開けると三人の女子生徒がいて、いっせいに祥子を見た。
ひとりがキャンバスに向かっている。あとふたりは、その後ろの机に腰かけていた。
「はあい?」
キャンバスに向かっている女子生徒が応えた。美術部部長の比良坂蛍子だ。後ろにいるのは、月見里明里と小嶋魅那子、全員三年二組のはずだ。
「すみません。これ、借りっぱなしになってて……」
「ああ、はいはい」
蛍子がちらりと明里を見ると、明里はぴょんと机から降りて、とことこと祥子の前に歩いてきた。
「遅くなってごめんなさい」
「あ、ぜんぜんだいじょうぶ」
祥子が画材一式をわたすと、明里は微笑んで受け取った。まっすぐなセミロングの美人だが、笑うとやたらと愛嬌があり幼く見える。
机に座ったままの魅那子は逆にすらりと背が高く大人っぽい。スポーツ万能だが、どの運動部に請われてもずっと美術部に属している。そのくせ部活動じたいは積極的にやっていないという変わり者だ。ショートカットの巻き毛とクールな目もとが女子にも人気らしい。
部長の蛍子は、一番祥子とイメージが近く、美人だが派手さを好まず真面目な印象だった。
「少ないのね」
祥子は室内を見渡して言った。
体育祭が終われば、ひと月後は文化祭である。文化部は部員総出で忙しくしているはずであった。
「そうなのよお」
蛍子が眉を寄せて言った。
「体育祭が終わったばっかりで、みんな筋肉痛だなんだって理由をつけて休んでるの」
もともと運動部が盛んな高校で、文化部の人数は少ない。それも、運動部からの勧誘を避けるために入部したというようなやる気のない幽霊部員たちばかりだった。
現状、三人が部活に出てきているが、そのうちふたりは遊んでいるように見える。
「ふうん。たいへんね。じゃあ、帰宅部は帰宅しますので。画材、ありがとうございました」
「はあい。おつかれさまあ」
祥子は挨拶して美術室をあとにした。小嶋魅那子のことはよくわからなかったが、比良坂蛍子や月見里明里とはもっと前から会話をしておいてもよかったと思った。
高校生活はあと半年もないのだから。
職員室では、ぎりぎりまで自粛案も検討されたが、生徒たちを元気づけるためにも開催しようという意見のほうが多かった。
それを非難する声はわずかにあったが、ほとんどが外部からのものであった。世論は気になるところだが、所詮なんの責任も負わない部外者の勝手な意見である。学校側は生徒第一と考えて、それらの否定的な言葉は受け流すことにした。
死者を悼む気持ちは大切だが、生者はこれからも生きていかなければならないのだ。平穏な日常をとりもどすためには年中行事の開催は必要なことだとの判断だった。
とはいえ、やはり例年にくらべれば盛り上がりに欠けたかもしれない。
冴木祥子は代休をまたいだ翌々日まで体育祭のあとかたつけをしながら思った。
とくに自分たちのクラス三年一組は南原茜を失って覇気がなかったように感じる。うわべだけは声が出ていたが、ふとしたことで彼女のことを思い出すのであろう。どこかうしろめたい気持ちがあって、心から楽しめないでいるようだった。
それは、九多良木紫苑がいた三年三組も同様の印象を受けた。
それでも、こういった違和感を飲み込みながら少しずつ日常へ帰っていくのだろう。
祥子は教室に飾っていた体育祭用ののぼりをたたみながらそんなことを考えていた。
南原茜の死から二週間が経っていた。
「ねえ、これどうするの?」
たたむのを手伝ってくれている女子生徒がたずねた。
みんなでイラストを描いたのぼりである。思い出があるので捨てがたいが、大きいので持ち帰って部屋に飾れるようなものでもない。
「可燃ゴミ……かな」
祥子はほかにどうしようもないといったふうに答えた。
「いらないなら、俺もらってこうかなあ」
体育祭の熱が冷めやらぬ男子生徒が言った。
「どうぞ」
どうせ持てあますだろうが、本人がほしいのなら持って帰ってくれていい。ゴミ置場まで運ぶ手間がはぶける。
祥子はちらりと男子生徒の顔を見た。ふざけて言っているのではないようだ。
そういえば、こののぼりにはクラス全員の名前が書いてある。みんな自分で書いたものだ。南原茜も死ぬ前に書いていた。
茜は性格に雑なところはあったが、だれとでも気安く接するため男女問わず好かれていたようだった。もしかして、この男子生徒は茜のことが好きだったのではないだろうか。しかし、それをたずねても本当のことを言ってくれるとはかぎらないし、いまさらそんなことを聞いてもなんにもならない。また暗い話を蒸し返してクラスの空気を重くするだけだ。
祥子はたたんだのぼりを黙って男子生徒のほうへ押しやった。
「サンキュー……」
男子生徒はさらに小さく折りたたむと大事そうに抱えて自分の席にもどっていった。
放課後、祥子は下校前に美術室に向かった。
「ちゃんと返しといてって言ったのに……」
ぶつぶつ言いながら廊下を歩く。
のぼりなどを作る際に借りた画材などが、まだ教室に置きっぱなしになっていたのだった。
「……こんにちわあ」
美術室のドアを開けると三人の女子生徒がいて、いっせいに祥子を見た。
ひとりがキャンバスに向かっている。あとふたりは、その後ろの机に腰かけていた。
「はあい?」
キャンバスに向かっている女子生徒が応えた。美術部部長の比良坂蛍子だ。後ろにいるのは、月見里明里と小嶋魅那子、全員三年二組のはずだ。
「すみません。これ、借りっぱなしになってて……」
「ああ、はいはい」
蛍子がちらりと明里を見ると、明里はぴょんと机から降りて、とことこと祥子の前に歩いてきた。
「遅くなってごめんなさい」
「あ、ぜんぜんだいじょうぶ」
祥子が画材一式をわたすと、明里は微笑んで受け取った。まっすぐなセミロングの美人だが、笑うとやたらと愛嬌があり幼く見える。
机に座ったままの魅那子は逆にすらりと背が高く大人っぽい。スポーツ万能だが、どの運動部に請われてもずっと美術部に属している。そのくせ部活動じたいは積極的にやっていないという変わり者だ。ショートカットの巻き毛とクールな目もとが女子にも人気らしい。
部長の蛍子は、一番祥子とイメージが近く、美人だが派手さを好まず真面目な印象だった。
「少ないのね」
祥子は室内を見渡して言った。
体育祭が終われば、ひと月後は文化祭である。文化部は部員総出で忙しくしているはずであった。
「そうなのよお」
蛍子が眉を寄せて言った。
「体育祭が終わったばっかりで、みんな筋肉痛だなんだって理由をつけて休んでるの」
もともと運動部が盛んな高校で、文化部の人数は少ない。それも、運動部からの勧誘を避けるために入部したというようなやる気のない幽霊部員たちばかりだった。
現状、三人が部活に出てきているが、そのうちふたりは遊んでいるように見える。
「ふうん。たいへんね。じゃあ、帰宅部は帰宅しますので。画材、ありがとうございました」
「はあい。おつかれさまあ」
祥子は挨拶して美術室をあとにした。小嶋魅那子のことはよくわからなかったが、比良坂蛍子や月見里明里とはもっと前から会話をしておいてもよかったと思った。
高校生活はあと半年もないのだから。
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