涙目のサディ - 小さな魔女の物語 -

月森冬夜

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第一部 空の城

    翼のはえた使者(3)

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 サディはエニシダのほうきに——脱臼の件もあるので、なににもぶつかることがないよう、なるべく庭の中央で——またがりました。今回は三匹の使い魔だけではなくフレイヤも玄関先で見ていました。
 サディは静かに目を閉じて、カエルが飛び出してきたあのときの感覚を思い出そうとしました。しばらくそうして集中していると、目に見えないなにかがくるりと身体全体を巻き込むような奇妙な感覚に包まれました。そして、一瞬体重が感じられなくなったかと思うと、ゆっくりと身体が浮き、つま先が地面から離れました。

(浮いてる!)

 サディが驚いたような嬉しいような表情でフレイヤをふり返ったとき、まるで空から吊っていた糸が切れたようにすとんと身体が落ち、前のめりに地面に倒れてしまいました。

「気を散らすんじゃないよ、集中しな」

「は、はいっ……!」

 フレイヤに言われて、サディは土をはらいながら再びほうきにまたがりました。
 コツをつかむと早いもので、二度目はすぐに浮かび上がりました。それだけではなく、ふだん立っている目線まで上がると、歩くくらいの速さで前に進んだり、方向転換したり、みるみるうちに動きは多彩になっていきます。よそ見をしても今度は落ちることはありません。
 玄関先でうなずくフレイヤを見て、サディは安堵あんどの笑みを浮かべました。彼女は、ほうきに乗って飛べるようになることが魔女見習いとしてここで暮らしていくための最低条件だと思っていたので、飛べたことへの「喜び」というよりは「安心」に近い笑顔でした。

「まるで、魔女みたいだぜ」

 隣を歩きながらシンラが言うと、サディはめったに見せることのない笑顔のままうなずきました。
 シンラは足を止めると、かたわらにいたヨルに「見ろよ、天使の微笑みだ」と言いました。

「おまえは大げさなんだよ」

 カラスは大して感銘かんめいを受けたようすはなく、狼の少々過保護な意見には賛同しかねるようでした。
 いまのところ歩くくらいの早さですが、サディは飛ぶことが歩くことよりはるかに疲れることに気づきました。これでは、せっかく飛べてもあまり意味がありません。せいぜい、小川を靴を濡らさずに渡れるようになった程度です。

(もっと高く、もっと速く)

 この能力を有効に使うには、このふたつが肝心なのはすぐにわかりました。
 サディは徐々じょじょに高度を上げていきました。しかし、ふだんの目線より少し高くなると、サディの身体はブルブルと震えだしました。

「た、高い……」

 どうやら高いところが苦手なようです。ほうきを握る手にも思いきり力が入っています。

「おい、あまり無理はするなよ」

 下からシンラが心配そうに見上げています。

「だ、だいじょうぶ……」

 サディはもうよそ見をする余裕もなく、正面を見たまま答えました。高所に対する恐怖心はあっても、やっと飛ぶことができたこのときに、なるべく要領をつかみたいと思っていました。

「もっと高く……もっと、はや……!」

 突然、サディは矢のように飛び出しました。初めて空を飛んで木の枝にぶつかったときのように、目にも止まらぬ速さで森の中へ突っ込んでいきました。ほうきにしがみついている姿から見て、自分の意志でコントロールできていないのはほかの者の目にもあきらかでした。
 フレイヤは自分のほうきにまたがり、すぐにあとを追いました。

「サディ!」

 ツキも、ヨルも、シンラも、森の中に飛び込みました。

「サディ、どこに行くんだよ!」

 一番早く追いかけることができるのは、唯一翼を持つヨルでした。しかし、サディは「これが初めて空を飛んだ者か?」と思うほどのスピードで森を突き進み、なかなか距離が縮まりません。

「わ、わ、わ、わからないわ!」

 ほうきに必死にしがみついてサディはなんとか答えました。

「ちゃんと前を見ろ、ぶつかるぞ!」

 小枝に打たれながら木々をうように飛んではいますが、いつぞやのように地面に叩きつけられるのは時間の問題のようでした。今度も脱臼ですむとはかぎりません。

「それにそっちはやばい!」

 この先にあるものを思い出して、ヨルは叫びました。

「崖だ!」

 もはやヨルの言葉は届いていませんでしたが、急に視界が開けたことでそれを確認することはできました。サディは木の葉をまき散らしながら森の中から飛び出しました。目の前にはどこまでも青い空が広がっていました。森は、はるか崖下につづいていました。

「た、高い……」

 そのまま気が遠くなり、サディはほうきを手放してしまいました。そして、放物線を描きながら落ちていきました。
 崖下では無数の木のこずえがまるで槍を立てたようにサディを待ち構えていました。まもなくそれらに切り刻まれ、地面に叩きつけられ、彼女の人生は終わるはずでした。
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