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第一部 空の城
第4章 遠い記憶(1)
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フレイヤの家に住まわせてもらえることにはなったものの、魔女としてやっていけるかどうかはわかりません。使い魔と話せること以外でも魔女の素質があるところを見せておかないと、フレイヤの気が変わってしまうことも考えられます。
サディは、今日も空いた時間にほうきで空を飛ぶ練習をしていました。例によって、使い魔たちが見守るなか、ほうきにまたがって中腰でなにかぶつぶつ言っています。しかし、一向にほうきが動き出す気配はありませんでした。
狼のシンラが、さすがに退屈してあくびを噛み殺していると、家の中からフレイヤが出てきました。サディもいまの自分の姿勢があまり格好の良いものではないとわかっているので、慌てて股のあいだからほうきを引き抜いてフレイヤに向き直りました。
「ちょっといいかい?」
「は、はい、なんでしょうか?」
「いや、ちょっと、魔女になるための心構えというか、そんなものを教えとこうかと思ってね。ただ、その結果お前さんのほうから『魔女にはなりたくない』と言い出すかもしれないが」
最後の一言が引っかかりました。魔女になるということは、サディが想像する以上に厳しいものなのでしょうか。
「こっちへおいで」
サディは緊張してフレイヤとともに家の中に入っていきました。
「ここへお座り」
フレイヤが自分の座るテーブルの向かい側を指差しました。
「手を出してごらん」
フレイヤが両手をそれぞれテーブルの上に乗せたので、サディもそのとおりに差し出しました。
「じゃあ、目を閉じて。なるべくなにも考えないようにするんだよ」
フレイヤが正面からサディの手首のあたりをつかみ、自分もゆっくりと目を閉じました。
やがて、目を閉じているにもかかわらず、サディの目の前に風景が浮かび上がりました。スケッチしたようにはっきりとした景色ではなく、どこか、ぼんやりとしています。それでいて、そこになにがあり、なにが起こっているのかは理解できるのです。たとえるなら、起きたまま夢を見ているようでした。
突然、サディの身体がこわばりました。頭の中に浮かび上がるそれは、想像したこともない恐ろしい光景でした。
サディの視点は、とある広場の中にありました。そこにはたくさんの人がいて、中央に向かって輪を作っています。心配そうにながめている人や、怒声を浴びせかけている人など様々でしたが、楽しそうにしている人はいませんでした。
サディの目は、彼女の意志と関係なく人々をかき分け、広場の中央に向かいました。ある程度前に来たとき、人々が見ているものがサディにもわかりました。そこでは、三人の女がそれぞれまっすぐに立った木材にくくりつけられていました。うなだれて、ぴくりとも動かず生きているのか死んでいるのかわからない女、うつろな目でなにかぶつぶつ言っている女、狂ったように泣き叫んでいる女、みんな一様に全身を血と泥にまみれさせ、ぼろぼろになった服をまとい、露出した身体のほとんどに痛々しい痣と傷がありました。彼女たちの足もとには焚き木が積まれていました。
取り囲む兵士の中の一人が、大声でなにか文書のようなものを手に持ち、読み上げています。それが終わると焚き木に火がつけられました。
「助けて! 助けて!」
磔にされた女の声が鮮明に響きました。
続けて群衆の声がかぶさります。
「黙れ、魔女め!」
「裁きを受けろ!」
罵声を受けながら、ひとりの女が近くの兵士に哀願している声が聞こえてきました。
「お願いです……もっと、焚き木をくべてください……」
生きたまま彼女たちを焼いている炎は、あえて燃えにくい生木を使い、激しく燃え上がるのを抑えています。それは、魔女はなるべく苦しめて殺したほうが、現世での罪が償われるので良いという理屈からでした。哀願する女性はすでに観念しているのか、死によってこの責め苦がなるべく早く終わることを願っているのでした。
場面が変わり、サディは牢屋のような場所にいました。さきほど、磔にされていたような惨めな格好をした女たちが格子の向こうでうごめいていました。別室には、ありとあらゆる拷問を受けて絶叫している女がいました。
「魔女じゃない、あたしは魔女じゃない!」
悲痛な訴えは、激痛のために放つ自らの叫び声にかき消されました。
魔女かどうかを最終的に決定するのは自白でした。しかし、いったん魔女の疑いをかけられると、死んだほうがまし、と思えるような拷問を受け続け、たいていの人は「自白」に追い込まれるのです。それに、自白を拒めば拒んだで「これほどの拷問にたえられるのは、魔女だからに違いない」と、結局火あぶりにされるのでした。
さらにべつの部屋に入ったとき、そのあまりにも悲惨な光景に、サディの身体はなんとか目をそらそうとして硬直し大きく震えました。そこは、拷問に絶えきれず死んだ者たちが山のように積んでありました。
フレイヤが放さないようにしっかりと手をつかんでいると、やがて急に力が抜けサディはテーブルに倒れ込みました。
大陸歴元年――。
長い戦乱の後、大陸は最終的に三つの国に分かれ、それぞれが不可侵の条約を結び、一応の平和がおとずれました。サディが生まれる百年以上前のことです。
しかし、平穏な日々は三十年ほどで終わり、再び大陸に暗雲が立ちこめました。かつての戦乱以上に人々を恐怖におとしいれたのは、「黒死病」と呼ばれる伝染病でした。黒死病とは、後世ではいくつかの説がありますが、「ペスト」と呼ばれるネズミなどがかかる伝染病ではなかったかと言われています。ネズミにつくノミから感染し、感染者の咳などによって飛散し広がってゆく病気で、感染のしかたによって何通りかの症状がありますが、たいていは全身が黒いあざだらけになって、発病からわずか一週間足らずで死亡するので、黒死病と呼ばれ怖れられました。
黒死病は、たちまちのうちに大陸全土に広がり、兵士や民間人、金持ちや貧乏人にかかわらず次々に命を奪いました。
サディは、今日も空いた時間にほうきで空を飛ぶ練習をしていました。例によって、使い魔たちが見守るなか、ほうきにまたがって中腰でなにかぶつぶつ言っています。しかし、一向にほうきが動き出す気配はありませんでした。
狼のシンラが、さすがに退屈してあくびを噛み殺していると、家の中からフレイヤが出てきました。サディもいまの自分の姿勢があまり格好の良いものではないとわかっているので、慌てて股のあいだからほうきを引き抜いてフレイヤに向き直りました。
「ちょっといいかい?」
「は、はい、なんでしょうか?」
「いや、ちょっと、魔女になるための心構えというか、そんなものを教えとこうかと思ってね。ただ、その結果お前さんのほうから『魔女にはなりたくない』と言い出すかもしれないが」
最後の一言が引っかかりました。魔女になるということは、サディが想像する以上に厳しいものなのでしょうか。
「こっちへおいで」
サディは緊張してフレイヤとともに家の中に入っていきました。
「ここへお座り」
フレイヤが自分の座るテーブルの向かい側を指差しました。
「手を出してごらん」
フレイヤが両手をそれぞれテーブルの上に乗せたので、サディもそのとおりに差し出しました。
「じゃあ、目を閉じて。なるべくなにも考えないようにするんだよ」
フレイヤが正面からサディの手首のあたりをつかみ、自分もゆっくりと目を閉じました。
やがて、目を閉じているにもかかわらず、サディの目の前に風景が浮かび上がりました。スケッチしたようにはっきりとした景色ではなく、どこか、ぼんやりとしています。それでいて、そこになにがあり、なにが起こっているのかは理解できるのです。たとえるなら、起きたまま夢を見ているようでした。
突然、サディの身体がこわばりました。頭の中に浮かび上がるそれは、想像したこともない恐ろしい光景でした。
サディの視点は、とある広場の中にありました。そこにはたくさんの人がいて、中央に向かって輪を作っています。心配そうにながめている人や、怒声を浴びせかけている人など様々でしたが、楽しそうにしている人はいませんでした。
サディの目は、彼女の意志と関係なく人々をかき分け、広場の中央に向かいました。ある程度前に来たとき、人々が見ているものがサディにもわかりました。そこでは、三人の女がそれぞれまっすぐに立った木材にくくりつけられていました。うなだれて、ぴくりとも動かず生きているのか死んでいるのかわからない女、うつろな目でなにかぶつぶつ言っている女、狂ったように泣き叫んでいる女、みんな一様に全身を血と泥にまみれさせ、ぼろぼろになった服をまとい、露出した身体のほとんどに痛々しい痣と傷がありました。彼女たちの足もとには焚き木が積まれていました。
取り囲む兵士の中の一人が、大声でなにか文書のようなものを手に持ち、読み上げています。それが終わると焚き木に火がつけられました。
「助けて! 助けて!」
磔にされた女の声が鮮明に響きました。
続けて群衆の声がかぶさります。
「黙れ、魔女め!」
「裁きを受けろ!」
罵声を受けながら、ひとりの女が近くの兵士に哀願している声が聞こえてきました。
「お願いです……もっと、焚き木をくべてください……」
生きたまま彼女たちを焼いている炎は、あえて燃えにくい生木を使い、激しく燃え上がるのを抑えています。それは、魔女はなるべく苦しめて殺したほうが、現世での罪が償われるので良いという理屈からでした。哀願する女性はすでに観念しているのか、死によってこの責め苦がなるべく早く終わることを願っているのでした。
場面が変わり、サディは牢屋のような場所にいました。さきほど、磔にされていたような惨めな格好をした女たちが格子の向こうでうごめいていました。別室には、ありとあらゆる拷問を受けて絶叫している女がいました。
「魔女じゃない、あたしは魔女じゃない!」
悲痛な訴えは、激痛のために放つ自らの叫び声にかき消されました。
魔女かどうかを最終的に決定するのは自白でした。しかし、いったん魔女の疑いをかけられると、死んだほうがまし、と思えるような拷問を受け続け、たいていの人は「自白」に追い込まれるのです。それに、自白を拒めば拒んだで「これほどの拷問にたえられるのは、魔女だからに違いない」と、結局火あぶりにされるのでした。
さらにべつの部屋に入ったとき、そのあまりにも悲惨な光景に、サディの身体はなんとか目をそらそうとして硬直し大きく震えました。そこは、拷問に絶えきれず死んだ者たちが山のように積んでありました。
フレイヤが放さないようにしっかりと手をつかんでいると、やがて急に力が抜けサディはテーブルに倒れ込みました。
大陸歴元年――。
長い戦乱の後、大陸は最終的に三つの国に分かれ、それぞれが不可侵の条約を結び、一応の平和がおとずれました。サディが生まれる百年以上前のことです。
しかし、平穏な日々は三十年ほどで終わり、再び大陸に暗雲が立ちこめました。かつての戦乱以上に人々を恐怖におとしいれたのは、「黒死病」と呼ばれる伝染病でした。黒死病とは、後世ではいくつかの説がありますが、「ペスト」と呼ばれるネズミなどがかかる伝染病ではなかったかと言われています。ネズミにつくノミから感染し、感染者の咳などによって飛散し広がってゆく病気で、感染のしかたによって何通りかの症状がありますが、たいていは全身が黒いあざだらけになって、発病からわずか一週間足らずで死亡するので、黒死病と呼ばれ怖れられました。
黒死病は、たちまちのうちに大陸全土に広がり、兵士や民間人、金持ちや貧乏人にかかわらず次々に命を奪いました。
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