デイ・ウォーク

たかや もとひこ

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第36話  抵抗

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 タンゴは屋上から乱戦状態の地上に、ひと飛びで着地した。それはヴァンパイアの力をもってしても考えられない離れ業だった。しかしチョウヨウを助けたい一心の彼にはそれを異常なことだと考える余裕すらなかった。
「待ってなよ、すぐ楽にしてあげるから」
「あんた変だよ」チョウヨウはタンゴの腕の中でうめいた。
「喋っちゃいけない」
「いいや、変だよ。いつものあんたじゃない」
「そんなことないよ。君は大怪我をして混乱してるんだ。さぁ、もう僕に任せて」
「駄目。あんたは気付いてないんだ」
 さすがのタンゴも怪訝そうに眉を寄せた。
「なにに気付いてないんだい?」
「変わったってことよ」
「僕が変わったって?」
「そう」チョウヨウは痛みに顔をしかめた。「さっきの、あたいみたいに」
「そんなことないよ」 
 チョウヨウはタンゴの分厚い胸を掴んだ。
「よく聞いてよ。あたいが言いたいのは、あんたは自分から進んで人間をあやめようなんて口にすらしない男だったってことだよ」
「僕は君を助けたい。必死なだけだ」
「それでも、あんたは筋の通らないことは決してしない男だ。あたいは知ってる。あんた自身も知ってる」
「僕が変わったって言うのか?」
 チョウヨウは頷いた。
「でも、あんたが、そう仕向けられてんなら……」
「誰に?」
「あたいに憑りついてた奴さ。もしそうなってんなら、また元の自分に戻ればいいんだよ、だから……」
「違う。これは自分の意思だ」
「そうは思わない」
「僕は君が死ぬのが耐えられない!」
「でも、あたいはイヤ。さっきみたいに自分を失うんなら、このまま死ぬ方がいい」チョウヨウはタンゴの胸を小突いた。「下ろして」
「怪我してるんだ。大怪我なんだよ……」
「さっさと下ろして、お願いだから」
 抱き上げていたチョウヨウを建物の壁にそっともたれかからせたタンゴの声は震えていた。
「心配してるんなら、大丈夫さ。君はもう、さっきみたいにはならない。僕が守るから任せてくれ」
「馬鹿を言わないで」
「でも、そうしないと死ぬんだよ。血を呑むんだ。デイ・ウォークだって、まだ終わってないだろ。姉さんのためにも、やり切るんじゃないのかい。だから死んじゃダメなんだ……」
 チョウヨウは、なおも説得する言葉を見つけようとするタンゴを制した。
「あたいは誰かの言いなりになって、奴隷のように自分の爪先見ながら、人生をとぼとぼ歩きたくない。あんたがやろうとしてることは、あたいを、またとんでもないモノに引き渡すことだ。絶対にイヤだよ、そんなこと」
 チョウヨウの懇願にタンゴは目を伏せ、頭を左右に振り続けた。
「わかってるだろ。あたいがどんな女だか知ってるはずだよ、本当のあんたなら」
「僕はデイ・ウォークの後も君と一緒にいたいんだ」
「お願い、タンゴ」
 両手で頭を抱え込んで「くそっ」とうめいたタンゴの背中から黒いもやが染み出した。チョウヨウの心は、その向こうに確かな意思を見た。全てを委ねてしまえると思わせるほど力強く魅力的だが、それでいて決して受け入れてはいけないと本能が大声で警告を発する邪悪極まりない意思を。彼女はそれと一体になって自分がしたことを再び思い出すと、あまりの嫌悪感に嘔吐しそうになった。そして最愛の青年が持つ純真さを利用しただけでなく、汚そうとしたそれを心底憎悪した。タンゴからそれを引き剥がすためにチョウヨウは自分ができることなら、どんなことでもしようと決意した。しかし自由の利かない身体にできることは限られている。だが方法はある。なんとかもう一度、この邪悪なモノを体内に取り込むことさえできれば、今まさに二人に焦点を結ぼうとしている人間の武器で自分の身体ごとそれを焼き滅ぼすのだ。意志の力で相手をがっちり捕まえ、そいつが灰になるまでしっかり抑え込んでおくのだ。自分がたおれても、タンゴがデイ・ウォークをやり遂げてくれさえすれば、それで満足だ。自分のことは彼が覚えてくれているだけでいい。
「さぁ、もう一度来るがいい。あたいは薄汚いあんたのことをよく知ってるよ。誰かの助けがないと何もできない臆病者のあんたをね。それとも、あたいが怖いのかい。こんな死にかけの、ちっぽけな存在が」チョウヨウは心の中で邪悪な存在を強く挑発しながら、すぐそこまでやって来ている雲の切れ間を仰ぎ見た。
 収束された陽光と、それによってもたらされた真っ青な炎の波は、タンゴとチョウヨウがいる大通りをあまねく舐め取った。跡には炎に巻き込まれて黒く焼け焦げた戦士の焼死体が所々に散乱して燻りつづけていた。陽光が届く一瞬前。建物の陰に突き飛ばされたタンゴは彼と同じように建物の陰にいて陽光の難を逃れた一握りの吸血鬼バイターたちを見た。彼らは人間たちの第二撃を待つ愚を犯さず、焼け跡から移動を開始した。移動先は誰に命令されるともなく決定していた。彼らは本能の赴くまま、新たな血の臭いに吸い寄せられて雪の大通りを闘技場へ向けてひた走った。
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