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4話

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人、それはこの社会を動かしていくために必要な歯車の一つである。
身の回りにある、目につくほぼ全ての物には人の手が加えられている。
昔、それこそ人が誕生した時代ならともかく、こと文明の利器に頼り切った現代においては、それを生み出す人がいなければ社会は回らない。
それ故に、人はこの社会にとって必要な存在である。

ただ必要とは言っても、決して代用が出来ないものではない。
掃いて捨てるほどとは言わないまでも、簡単に代用できてしまうものと俺は思う。
子供の頃、親でも学校の先生でもいいが、彼らは時々こんなことを言ってくる。

『皆は一人一人、違う良いところを持っている』

『皆は掛け替えのない存在なんだ』

もう何年も前のことだから詳しくは覚えていないが、おおよそこんな感じだったはずだ。
確かに彼らが言ってることも、間違いではないのだろう。
一人一人同じ人間ではないし、一人一人得意なことも違ってくるし、それぞれの家族にとっていえば、その一人一人は間違いなく掛け替えのない存在なのだろう。

……しかし、社会においてはどうだろうか?
子供が大人になると、社会の一員として働かなくてはならない。
家族のため、あるいは恋人のため、あるいは自分のため……。
理由は様々だろうが、誰であっても働いて金を稼がなくては生きていくことは出来ない。
まぁ、日本の社会福祉制度は世界で一番とは言えないまでも上位に入るもので、働かなくても最低限死なない程度に生きていくことは出来るだろうが、それは今は横に置いておこう。
ともかく稼がなくては生きていけないというのに公務員などの特殊な職種以外、サラリーマンなどはまさにそれだが、本当にちょっとしたことで何とも簡単に首を切られる。
経営がおぼつかないからか、個人に問題があったからか、他に何か問題が起きたからか。
何にしてもその理由は様々ではあろうが、首を切られるのは決まってその会社で下位にいる者。
すなわち下っ端だ。

社会は人がいなくては成り立たない、その意味では確かに一人一人は必要な存在なのだろう。
だがその一人、その個人が何が何でも必要か? その個人以外では成り立たないものか?
そう聞かれれば、答えは否だろう。
どこでも下っ端なんて一部の例外を除けば、誰でも大体は同じくらいの能力を持っているものだ。
だからこそ、その個人がいらなくなったら簡単に捨てられるし、入れ替えることもまた同様に出来るだろう。
それこそ時計の歯車のように。
壊れたら取り換えれば済むだろうと、簡単に取り換えることができる。
そして歯車を取り換えたら、何の問題ものなくまた時計は動きだす。
まさにこの社会は、今例えた時計のようだ。
……ここまで長々と言ってきたが、要するに俺が何を言いたいかというとだ。

「……とうとう、リストラされちまったかぁ」

リストラされた、この一言に尽きた。
別に会社で不真面目だったというわけではない、何か問題を起こしたというわけでもない、経営不振だったわけでもなかったはずだ。
いったい何が原因だったのか……。
いまだに俺自身もよくわからないが、恐らく俺に原因があったのだろう。

俺は今年で27歳になる、とある会社で働くサラリーマンで今まで営業活動に勤しんでいた。
少し前までは同じ部署の中でも、トップクラスとはお世辞にも言わないが、上司に不評とならない程度の成績は出せていた。
だが最近、些か伸び悩んでいたのだ。
何が問題だったのか、残念ながらそれは俺にもよくわからない。
気のいい上司に酒に誘われたついでに相談をしたこともあるが、結局何も解決できないままだった。
そしてとうとう1ヶ月前、俺に会社から退職の勧告が来た。

「……俺も何とかしようって、色々頑張ってみたんだけどなぁ」

人間、どんなに努力しても報われないこともある、そういうことだろう。
まぁ、今更考えたところで後の祭り、もうどうしようもないことだ。
幸いなことに、まだ俺は27歳。
やり直そうと思えば、まだまだやり直しが付く年齢だろう。
これが30代後半とか40代にリストラされていたらと思うと……あぁ、ゾッとする。

「新しい仕事、早く探さないと……あぁ、でも。そういえば、ここ数年は忙しくて、ろくにゲームも漫画も楽しめてなかったな」

今住んでいる所はそれほど広くはなく、部屋の本棚は仕事の資料で一杯になり、入りきらなかったものが床に適当に置かれている有様。
そんな我が家だが、押し入れの中には実家から持ってきたゲームや漫画がひっそりと仕舞われている。
引っ越した時に持ってきたのだが、予想以上の忙しさに滅多に出さなくなってしまい、ここ最近ではその存在すら忘れかけていた品々。

「これを機に、ってのも変な話だけど。少しくらい遊んでもいいよな」

ただでさえ日本人は働きすぎと言われてるのだし、ここは俺も海外の人に倣うとしよう。
骨休めは大切だ。
どうせ仕事が始まれば、また忙しい日々に逆戻りだろうし。
ならばここは1週間……いや、思い切って1ヶ月くらい、めいいっぱい楽しんでおこう。
新しく買うのもいいが、まずは仕舞ってあるゲームや漫画を見て、懐古心に浸るのも悪くはない。

「そういえば、まだやってる途中のゲームあったっけ。だけど話の内容はもう、ほぼほぼ忘れてるし……よし、最初からもう一回やるか」

久しぶりにやってみたいゲーム、見てみたい漫画やアニメが脳内に色々浮かび出てくる。
時間は有限だが、少ないわけでもない。
どうせなら思い浮かぶあれこれを、全部楽しむつもりで行こう。
先程会社を辞めてきたばかりだというのに、その陰鬱な気持ちはもうなくなっていた。
ルンルン気分、と言えばいいのだろうか。
もう今から家に帰るのが楽しみで、鼻歌でも歌いそうな気分だった。
そんな時。

―――ピカッ

「うお、まぶし!? って、体が動かねぇ!? な、なんだこれ!?」

いきなり地面が光りだし、同時に体も動けなくなってしまった。
足元を見れば、なんか変な模様が浮かんでいて、それが強く光り輝いているようだ。

「な、なんか沈んでってないか!? なんだよこれ!? だ、誰か、誰か助けてくれぇ!!!」

突然の事態にパニックになりながらも、誰かに助けを求める。
こんな時こそ助け合いの精神だ。
しかしなんと運のないことか、今俺がいる通りには人っ子一人、見当たらない。

「うっそだろ、おい! 助けてくれぇ! だ、誰かぁぁぁぁ!!!」

それでも、諦めず声を上げる。
俺にはそれしか出来ることはなかったから。
その努力も虚しく、誰も通りかかることなく、誰にも気づかれることなく。
俺は完全に光に飲み込まれてしまった。



◇◇◇◇◇



一人の男が光に飲み込まれていく。
その姿を見た者は誰一人としていない。
……そう、人間では。

「……人の縁とは奇なるもの。一度交わればどのような形であれ、いずれまたどこかで交わることもあるだろう」

屋根の上、そこに黒い猫が一匹座っていた。
猫は先ほど男が消えた場所を、薄笑いを浮かべながら見下ろしている。

「次にあの少年を招き入れる時、また邪魔されることもあるやもしれん。邪魔者を亡き者にするのは容易いが、それはそれで面白みに欠けるというもの。故に、貴様も招いてやろう」

猫は立ち上がると、今度こそ目的のために行動に移る。
ただただ自身が楽しむために。

「……とはいえ、ただ送るのもつまらんな」

ピタッと立ち止まり、些か面倒くさそうにため息を漏らす猫。
見る限り、あの男が“かの世界”を無事に生き抜ける力も、何らかの才能もあるようには見えない。

「このままでは、どこぞで野垂れ死にが関の山だろう。それはそれで見ものだが、面白みに欠ける……しかたない、奴にも力をくれてやろう」

どうせ送るのならば、死ぬとしても生きていくとしても、僅かでも自分が楽しめるようにするべきだ。
猫にとってどうせ大した労力でもない、ただ持っている“モノ”を与えるだけ。
今後の楽しみのための一手間と考え、ゆらりと尻尾を振るう。
すると黒い粒のような何かが飛んで行き、男が消えた場所にいくと空間に解けるように消えた。

「“種”は植えてやったぞ。どのような“芽”が出るか、それは貴様次第だ」

その先に待つのは悲劇か、はたまた喜劇か。
どのような形であれ、猫にとって一時の退屈凌ぎくらいはさせてくれるだろう。

「せいぜい我を楽しませろ。そして貴様も楽しむといい。我が母の見た、泡沫の夢の世界を」



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