肥満体型のおじさんが異世界で日常を謳歌する話

ネメシス

文字の大きさ
上 下
4 / 9

4話

しおりを挟む
人、それはこの社会を動かしていくために必要な歯車の一つである。
身の回りにある、目につくほぼ全ての物には人の手が加えられている。
昔、それこそ人が誕生した時代ならともかく、こと文明の利器に頼り切った現代においては、それを生み出す人がいなければ社会は回らない。
それ故に、人はこの社会にとって必要な存在である。

ただ必要とは言っても、決して代用が出来ないものではない。
掃いて捨てるほどとは言わないまでも、簡単に代用できてしまうものと俺は思う。
子供の頃、親でも学校の先生でもいいが、彼らは時々こんなことを言ってくる。

『皆は一人一人、違う良いところを持っている』

『皆は掛け替えのない存在なんだ』

もう何年も前のことだから詳しくは覚えていないが、おおよそこんな感じだったはずだ。
確かに彼らが言ってることも、間違いではないのだろう。
一人一人同じ人間ではないし、一人一人得意なことも違ってくるし、それぞれの家族にとっていえば、その一人一人は間違いなく掛け替えのない存在なのだろう。

……しかし、社会においてはどうだろうか?
子供が大人になると、社会の一員として働かなくてはならない。
家族のため、あるいは恋人のため、あるいは自分のため……。
理由は様々だろうが、誰であっても働いて金を稼がなくては生きていくことは出来ない。
まぁ、日本の社会福祉制度は世界で一番とは言えないまでも上位に入るもので、働かなくても最低限死なない程度に生きていくことは出来るだろうが、それは今は横に置いておこう。
ともかく稼がなくては生きていけないというのに公務員などの特殊な職種以外、サラリーマンなどはまさにそれだが、本当にちょっとしたことで何とも簡単に首を切られる。
経営がおぼつかないからか、個人に問題があったからか、他に何か問題が起きたからか。
何にしてもその理由は様々ではあろうが、首を切られるのは決まってその会社で下位にいる者。
すなわち下っ端だ。

社会は人がいなくては成り立たない、その意味では確かに一人一人は必要な存在なのだろう。
だがその一人、その個人が何が何でも必要か? その個人以外では成り立たないものか?
そう聞かれれば、答えは否だろう。
どこでも下っ端なんて一部の例外を除けば、誰でも大体は同じくらいの能力を持っているものだ。
だからこそ、その個人がいらなくなったら簡単に捨てられるし、入れ替えることもまた同様に出来るだろう。
それこそ時計の歯車のように。
壊れたら取り換えれば済むだろうと、簡単に取り換えることができる。
そして歯車を取り換えたら、何の問題ものなくまた時計は動きだす。
まさにこの社会は、今例えた時計のようだ。
……ここまで長々と言ってきたが、要するに俺が何を言いたいかというとだ。

「……とうとう、リストラされちまったかぁ」

リストラされた、この一言に尽きた。
別に会社で不真面目だったというわけではない、何か問題を起こしたというわけでもない、経営不振だったわけでもなかったはずだ。
いったい何が原因だったのか……。
いまだに俺自身もよくわからないが、恐らく俺に原因があったのだろう。

俺は今年で27歳になる、とある会社で働くサラリーマンで今まで営業活動に勤しんでいた。
少し前までは同じ部署の中でも、トップクラスとはお世辞にも言わないが、上司に不評とならない程度の成績は出せていた。
だが最近、些か伸び悩んでいたのだ。
何が問題だったのか、残念ながらそれは俺にもよくわからない。
気のいい上司に酒に誘われたついでに相談をしたこともあるが、結局何も解決できないままだった。
そしてとうとう1ヶ月前、俺に会社から退職の勧告が来た。

「……俺も何とかしようって、色々頑張ってみたんだけどなぁ」

人間、どんなに努力しても報われないこともある、そういうことだろう。
まぁ、今更考えたところで後の祭り、もうどうしようもないことだ。
幸いなことに、まだ俺は27歳。
やり直そうと思えば、まだまだやり直しが付く年齢だろう。
これが30代後半とか40代にリストラされていたらと思うと……あぁ、ゾッとする。

「新しい仕事、早く探さないと……あぁ、でも。そういえば、ここ数年は忙しくて、ろくにゲームも漫画も楽しめてなかったな」

今住んでいる所はそれほど広くはなく、部屋の本棚は仕事の資料で一杯になり、入りきらなかったものが床に適当に置かれている有様。
そんな我が家だが、押し入れの中には実家から持ってきたゲームや漫画がひっそりと仕舞われている。
引っ越した時に持ってきたのだが、予想以上の忙しさに滅多に出さなくなってしまい、ここ最近ではその存在すら忘れかけていた品々。

「これを機に、ってのも変な話だけど。少しくらい遊んでもいいよな」

ただでさえ日本人は働きすぎと言われてるのだし、ここは俺も海外の人に倣うとしよう。
骨休めは大切だ。
どうせ仕事が始まれば、また忙しい日々に逆戻りだろうし。
ならばここは1週間……いや、思い切って1ヶ月くらい、めいいっぱい楽しんでおこう。
新しく買うのもいいが、まずは仕舞ってあるゲームや漫画を見て、懐古心に浸るのも悪くはない。

「そういえば、まだやってる途中のゲームあったっけ。だけど話の内容はもう、ほぼほぼ忘れてるし……よし、最初からもう一回やるか」

久しぶりにやってみたいゲーム、見てみたい漫画やアニメが脳内に色々浮かび出てくる。
時間は有限だが、少ないわけでもない。
どうせなら思い浮かぶあれこれを、全部楽しむつもりで行こう。
先程会社を辞めてきたばかりだというのに、その陰鬱な気持ちはもうなくなっていた。
ルンルン気分、と言えばいいのだろうか。
もう今から家に帰るのが楽しみで、鼻歌でも歌いそうな気分だった。
そんな時。

―――ピカッ

「うお、まぶし!? って、体が動かねぇ!? な、なんだこれ!?」

いきなり地面が光りだし、同時に体も動けなくなってしまった。
足元を見れば、なんか変な模様が浮かんでいて、それが強く光り輝いているようだ。

「な、なんか沈んでってないか!? なんだよこれ!? だ、誰か、誰か助けてくれぇ!!!」

突然の事態にパニックになりながらも、誰かに助けを求める。
こんな時こそ助け合いの精神だ。
しかしなんと運のないことか、今俺がいる通りには人っ子一人、見当たらない。

「うっそだろ、おい! 助けてくれぇ! だ、誰かぁぁぁぁ!!!」

それでも、諦めず声を上げる。
俺にはそれしか出来ることはなかったから。
その努力も虚しく、誰も通りかかることなく、誰にも気づかれることなく。
俺は完全に光に飲み込まれてしまった。



◇◇◇◇◇



一人の男が光に飲み込まれていく。
その姿を見た者は誰一人としていない。
……そう、人間では。

「……人の縁とは奇なるもの。一度交わればどのような形であれ、いずれまたどこかで交わることもあるだろう」

屋根の上、そこに黒い猫が一匹座っていた。
猫は先ほど男が消えた場所を、薄笑いを浮かべながら見下ろしている。

「次にあの少年を招き入れる時、また邪魔されることもあるやもしれん。邪魔者を亡き者にするのは容易いが、それはそれで面白みに欠けるというもの。故に、貴様も招いてやろう」

猫は立ち上がると、今度こそ目的のために行動に移る。
ただただ自身が楽しむために。

「……とはいえ、ただ送るのもつまらんな」

ピタッと立ち止まり、些か面倒くさそうにため息を漏らす猫。
見る限り、あの男が“かの世界”を無事に生き抜ける力も、何らかの才能もあるようには見えない。

「このままでは、どこぞで野垂れ死にが関の山だろう。それはそれで見ものだが、面白みに欠ける……しかたない、奴にも力をくれてやろう」

どうせ送るのならば、死ぬとしても生きていくとしても、僅かでも自分が楽しめるようにするべきだ。
猫にとってどうせ大した労力でもない、ただ持っている“モノ”を与えるだけ。
今後の楽しみのための一手間と考え、ゆらりと尻尾を振るう。
すると黒い粒のような何かが飛んで行き、男が消えた場所にいくと空間に解けるように消えた。

「“種”は植えてやったぞ。どのような“芽”が出るか、それは貴様次第だ」

その先に待つのは悲劇か、はたまた喜劇か。
どのような形であれ、猫にとって一時の退屈凌ぎくらいはさせてくれるだろう。

「せいぜい我を楽しませろ。そして貴様も楽しむといい。我が母の見た、泡沫の夢の世界を」



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシャリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

豊穣の巫女から追放されたただの村娘。しかし彼女の正体が予想外のものだったため、村は彼女が知らないうちに崩壊する。

下菊みこと
ファンタジー
豊穣の巫女に追い出された少女のお話。 豊穣の巫女に追い出された村娘、アンナ。彼女は村人達の善意で生かされていた孤児だったため、むしろお礼を言って笑顔で村を離れた。その感謝は本物だった。なにも持たない彼女は、果たしてどこに向かうのか…。 小説家になろう様でも投稿しています。

婚約破棄?一体何のお話ですか?

リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。 エルバルド学園卒業記念パーティー。 それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる… ※エブリスタさんでも投稿しています

Re:Monster(リモンスター)――怪物転生鬼――

金斬 児狐
ファンタジー
 ある日、優秀だけど肝心な所が抜けている主人公は同僚と飲みに行った。酔っぱらった同僚を仕方無く家に運び、自分は飲みたらない酒を買い求めに行ったその帰り道、街灯の下に静かに佇む妹的存在兼ストーカーな少女と出逢い、そして、満月の夜に主人公は殺される事となった。どうしようもないバッド・エンドだ。  しかしこの話はそこから始まりを告げる。殺された主人公がなんと、ゴブリンに転生してしまったのだ。普通ならパニックになる所だろうがしかし切り替えが非常に早い主人公はそれでも生きていく事を決意。そして何故か持ち越してしまった能力と知識を駆使し、弱肉強食な世界で力強く生きていくのであった。  しかし彼はまだ知らない。全てはとある存在によって監視されているという事を……。  ◆ ◆ ◆  今回は召喚から転生モノに挑戦。普通とはちょっと違った物語を目指します。主人公の能力は基本チート性能ですが、前作程では無いと思われます。  あと日記帳風? で気楽に書かせてもらうので、説明不足な所も多々あるでしょうが納得して下さい。  不定期更新、更新遅進です。  話数は少ないですが、その割には文量が多いので暇なら読んでやって下さい。    ※ダイジェ禁止に伴いなろうでは本編を削除し、外伝を掲載しています。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

聖女として召還されたのにフェンリルをテイムしたら追放されましたー腹いせに快適すぎる森に引きこもって我慢していた事色々好き放題してやります!

ふぃえま
ファンタジー
「勝手に呼び出して無茶振りしたくせに自分達に都合の悪い聖獣がでたら責任追及とか狡すぎません? せめて裏で良いから謝罪の一言くらいあるはずですよね?」 不況の中、なんとか内定をもぎ取った会社にやっと慣れたと思ったら異世界召還されて勝手に聖女にされました、佐藤です。いや、元佐藤か。 実は今日、なんか国を守る聖獣を召還せよって言われたからやったらフェンリルが出ました。 あんまりこういうの詳しくないけど確か超強いやつですよね? なのに周りの反応は正反対! なんかめっちゃ裏切り者とか怒鳴られてロープグルグル巻きにされました。 勝手にこっちに連れて来たりただでさえ難しい聖獣召喚にケチつけたり……なんかもうこの人たち助けなくてもバチ当たりませんよね?

冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判

七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。 「では開廷いたします」 家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。

処理中です...