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エンディング

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3階建てのマンション、俺の部屋はその2階の一番奥にある。
財布や携帯といった貴重品はバッグに入れたまま、あの学校の体育館に置いてきてしまった。
だけど。

「バッグに入れてなくてよかったわ、ほんと」

胸ポケットのボタンを外し、中から鍵を取り出す。
いつでも取り出せるように、普段から鍵は服のボタンのついてるポケットに入れるようにしていたのだ。
それはここに越して来てからだから、高校時代からの習慣になる。

「ただいまーっと……あぁ、やっぱり我が家はいいなぁ。少し埃っぽいけど」

事件が起きて、避難所に行くために家を出てから半月ほどか。
空き巣にはあってなかったようで、室内は出た時のままの状態だが、しばらく掃除をしてないから僅かに埃が積もっていた。
通路にうっすらと足跡を残しながら歩き、リビングのソファーにドサリと座る。
いつも家に帰るとスーツを脱いでこのソファーに座っていたから、こうしていると本当に返ってきたんだという実感が湧いてくる。
慣れ親しんだ感触を噛み締めながら、テーブルの上にあるリモコンに手を伸ばしてテレビの電源を入れる。
このマンションはソーラーパネルを利用しているため、周囲が停電していても普通に電気を使うことができるのだ。
とはいえ。

「……やっぱり、どの局もやってないか。こんな状況だしな」

殆どのチャンネルが砂嵐状態。
唯一写っている国営放送では、各所にある避難所の場所が繰り返し放送されているだけだ。
その中には俺がいた避難所もある。
情報の伝達が滞っているのか、そもそも放送する人がすでにいないのか。
どちらにしろ、正しい情報は放送されていないようだ。

「まだ無事な避難所って、どれだけあるんだろうなぁ」

この放送を見て、今から避難所に行く人は大変だな。
そう思いながら腰を上げ、テレビの傍に置いておいた映画のディスクをあさる。
避難する少し前に借りたままの奴だ。
すでに返却日は過ぎてるが、こんな状況だしもう返すこともないだろう。
取り出したのは、俺が子供の頃に作られたアニメーション映画。
もう何度も見ているが、たまに無性に見たくなる時があってその度に借りている。
他にも見たい作品はあるが、最期をこれで飾るのも悪くない。
ディスクをレコーダーに入れて映像が流れ始めるのを確認し、本編が始まる前に色々準備をする。
早足で台所に向かい、棚から誕生日のために買っておいたウィスキーを取り出す。

「おー、これこれ! いやぁ、もう飲めないかと思ったけど、家に帰る選択は間違ってなかったな。最期に間に合って良かった良かった」

食器棚からグラスを取り出し、冷凍庫の氷を2個入れてリビングに戻る。
ソファーに座り直してテレビを見ると、丁度本編が始まったところだった。
グラスにウィスキーを注ぐ。
琥珀色の液体がトクトクと注がれ、僅かに氷が浮くくらいで止める。
グラスを軽く揺らすと、ほのかに感じるバニラのような甘い香り。

「やっぱ高い酒だけあっていい香りだ……まぁ、貧乏性な俺には、高くても安くてもよくわからないんだけどな」

飲み易いか飲み難いか、それくらいしかよくわからないのだ。
味音痴ではないと思うけれど。
一通り香りを楽しんだところで一口、といく前にポケットから煙草とマッチを取り出す。

「酒を飲む前に一服……っと、灰皿もうないんだった」

禁煙をすると決めてから、灰皿もライターもタバコと一緒に処分したのを忘れていた。
せっかく座ったのに面倒だけど、もう一度台所に行って適当な小皿を手にリビングに戻る。
普段醬油とかを入れるのに使ってたけど、今はこれが灰皿代わりだ。
再度ソファーに座り、今度こそ一服。
タバコを口に咥え、マッチを箱から取り出し火をつける。
その火をタバコの先に近づけて点火。
ゆっくりと吸って口の中に煙を貯めて、深く息を吸い込みながら肺に煙を落としていく。

「……ふぅ」

ゆっくりと息を吐きだせば、煙が天井に向かってゆっくりと昇っていった。

「……久しぶりだけど、やっぱいいなタバコ」

マッチを軽く振って火を消し、小皿に放る。
ソファーに背を預けて深く座り、久しぶりにタバコを吸う喜びに酔いしれる。
これまでの苦労がようやく報われた、そんな達成感を体中で感じていた。
テレビに目を向けながらタバコを1本ゆっくりと吸い終え、ようやく酒の出番だ。
グラスを手に取り、口に軽く酒を含む。

「……うん、美味い……多分?」

一口飲んだ感想がそれだ。
香りはいいし飲み易いとは思うけど、結局味の違いが今一わからない貧乏舌な俺だった。
まぁ、何にしろアルコールが回って体が火照るこの感覚は、何度経験してもいいものだ。
酒もゆっくりと時間をかけて1杯を飲み終え、氷だけがグラスに残った。

「はぁ、にしても今日は本当に疲れたわ。多分、これまでで一番大変な1日だったかもな……」

ソファーの手掛けを枕に横になる。
酒とタバコでボーっとしてきた頭で、映画を見ながらこれまでの事に想いを馳せる。
実家で生活していた時の事、学生時代の事、職場での事……。
そして事件が起きてから、今日までの事。
思い残しは色々とある。
やって後悔したこと、やらずに後悔したことも色々ある。
だけど、これまでの人生を振り返って思うことは。

「俺もこれでお終いか。思い描いてた最期とは全然違ったけど……まぁ、そう悪くない人生だったかな」

最高の人生だったとはとても言えないけれど、悪くない人生ではあった。
それに最期に人助けもできたし。
できれば彼らには、これからも俺の分まで元気に生きて欲しいものだ。

「……ふぁ……あー、ねむ……」

唐突に強い眠気に襲われる。
この頃はよく眠れない日が続き、今日なんて朝早くから忙しかった。
その疲労が、一気に出てきたのだろう。
眠気で意識が遠くなっていくのを感じる。
いや、もしかしたら、これがゾンビ化の兆候なのかもしれない。

「……せめて、この映画が終わるまで……持ってくれたら、いいんだけど、な」

目蓋が重くなってくる。

「……あぁ、眠たい、なぁ……」

物語が進んでいく中、我慢できずに目蓋を下ろす。
聞き慣れた台詞、音楽だけが耳に届くが、それもどんどんと遠くなっていく。

「……」

そして耳に届いていた音さえ、いつしか聞こえなくなり。
俺の意識はプツリと途切れた。







「……ウゥ」

街の明かりが消え、暗闇に支配された夜。
ゾンビの唸り声が響く中、とあるマンションの一室で影がうごめく。

「……ふ……ふぁ~……あー、よく寝た……あれ?」

そう、俺だ。
外はすでに真っ暗。
月明かりを頼りに壁に掛けてある時計を見れば、9時を少し過ぎた時間。
体調を確認する

「……頭はボーっとしてる……ゾンビになる予兆、というか二日酔いっぽい? 手の傷は……血、止まってるな。ちょっと、かさぶたになってる……」

聞かされた情報では、長く持っても半日でゾンビ化するということだった。
だけど俺は半日過ぎても、いまだに意識を保っている。
月明かりだけではっきりとは分からないが、傷口もほとんど塞がっているようで、ゾンビ特有の血色の悪い肌色にもなっていないようだ。

「……どういうこと?」

俺の疑問に答える声はない。
頭を悩ませるが、俺にわかるはずもなく。

「……とりあえず、もう一本タバコ吸うか」

タバコを吸って落ち着くことにした。







薄暗い学校の体育館、その奥にある倉庫の中。

―――カラン

軽い音が、静まり返った倉庫の中に小さく響く。
ボロボロになった屍の口から、ポロッと“入れ歯”が床に転がり落ちた。


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