うちのばあちゃん

ネメシス

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僕はばあちゃんが苦手だった

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うちのお父さんとお母さんは、いつも朝から晩まで忙しく働いている。
朝ご飯や晩ご飯を一緒に食べたのだって、そんなに多くはない。
僕が起きる前にはもう家を出てるし、帰って来るのもだいたいは僕が寝た後だからだ。
そんな感じだから、学校の行事なんか1回も来てくれたことはない。
運動会の日も、授業参観の日も、皆が家族と一緒にいる中、僕は1人ぼっち。
家族と一緒に楽しそうにしている皆が羨ましくて、妬ましくて、何だか自分が惨めに思えてくる。

だからいつも学校が終わったら、クラスの誰かが遊びに誘っても何か理由をつけては断って、まっすぐ家に帰っていた。
遊びに誘ってくれるのは嬉しいと思う反面、1人ぼっちの僕を哀れんでいるようにも思えてなんだかムカムカしたからだ。
……本心を言えば、本当は僕だって誰かと一緒に遊びたかった。
友達の家に行ってゲームしたり、外でサッカーして遊んだり。
だけどそんな楽しい時間を過ごせば過ごすほど、帰ってきた時の1人ぼっちの寂しさが大きくなって泣きたくなってしまいそうになる。
だから皆が楽しそうに遊んでいるのを横目に、いつも早足にうちに帰る。
そして静かな部屋の中で、僕は1人ぼっちになる。
寂しさはもちろんあるけど、こんな日々を続けていたからか自然と慣れて来たような気がする。
これなら大丈夫。
これならきっと1人ぼっちの寂しさなんて、だんだん気にならなくなっていくだろう。
僕は一人ぼっちでも大丈夫だ……大丈夫、なんだ。

そんなある日のこと。
いつもと変わらず静かな僕の部屋の扉が、大きな音を立てて開かれた。
僕の居場所に土足で踏み込んできたのは、ばあちゃんだった。

「まったく、男の子のくせにこんな薄暗い所で縮こまっちまって。そのうちキノコでも生えてきそうじゃないか? えぇ?」

静かな部屋の中は、ばあちゃんの登場で一気に喧しくなった。

「……なんで、ばあちゃんがうちにいるの?」

ばあちゃんが住んでるのはここよりも田舎、結構遠くのはずなのに。
僕は、ばあちゃんが苦手だった。
声が大きく、意地悪そうな笑みを浮かべてて、話せば嫌味のような事ばかり口にする。
僕も、もっと小さなころから、何度も言われたことがある。
住んでる場所が離れていてよかったって、用事があってばあちゃんの家に行くたびに毎度そう思わされた。
そんなばあちゃんが、どうしてうちにいるんだ。
そんな疑問を口にするとばあちゃんは、にやっとあの意地悪そうな笑みを浮かべる。

「今日から一緒に住むことになったんだよ。バカ息子どもがろくに面倒も見れないみたいだから、仕方なくあたしが面倒を見てやろうって思ってね。まぁ、せいぜい感謝するがいいさね」

ひぇっひぇっひぇっ、そう悪い魔女のように笑うばあちゃん。
そんなばあちゃんに圧倒されて、僕はただただ呆然とするしかなかった。





「……んぁ?」

「おや、起きたのかい?」

ボンヤリと重たい目を開くと、ばあちゃんが目の前でお茶を啜っていた。
こたつに入っているうちに、いつの間にか寝てしまっていたらしい。

「(……懐かしい夢を見たなぁ)」

僕とばあちゃんが一緒に住むことになった日の夢だ。
懐かしい、あれからまだそんなに経ってないっていうのに変な話だ。
ばあちゃんと暮らし始めたのが、もうずいぶん昔のことのように思える。
時間の流れって不思議だ。

「こたつに入ったまま寝てたら、そのうち風邪ひいちまうよ?」

「……こたつが暖かくて気持ちいいのが悪い……ふぁ~」

欠伸を1つ。
ごろんと横になり、こたつの中に潜り込む。

「まったく、そんなダラダラとみっともない。そんなんじゃ、女にモテないよ? シャキッとしな!」

「……そういうのは、もっと大きくなってからでいいよ」

「かぁーっ! これが近頃の草食系男子ってやつかい! あたしがあんたくらいの齢の頃なんて、男子はみんな色事に目がなかったっていうのに。クラスで一番可愛いって言われてたみち子なんて、断っても断っても何度も告白してくる男子がいたもんだ。あんたも見習いなよ、そいつの気概をさ」

「いや、僕知らないし、その人の事」

見ず知らずの人のことなんて、見習おうにも見習いようがないだろう。
そういう挫けない心意気っていうのだろうか、そういうのは確かに見習うところはあるかもしれないけど。

「まぁ、結局そいつの努力も報われず仕舞いだったがねぇ。そいつも悪い奴じゃなかったんだが。いかんせん、みち子は年上の金持ちが好きだったから」

「えぇ……性格とかはよかったの?」

「あー、性格は二の次だって言ってたっけか? まぁ、男も女も結局のところ、顔がよくて、金が沢山ある奴が好かれるもんだ。特に金は大事だよ? なんせ、生活がかかってるからねぇ。優しさだなんだってのが、二の次三の次になっちまうのも仕方ないさ。あんたもよく覚えときな。そんで、せいぜい稼ぎのいい仕事見つけるんだよ」

「まだ小学生の僕に言うことじゃなくない? というか、男の子の夢をあっさり壊して楽しいの? もう少し夢を見せてくれてもいいじゃないか」

「ふんっ、男も女も性別以外たいして変わりゃしないさ。理想を持ち過ぎたバカは、ただ食い物にされるだけだよ。むしろ早いうちから現実を教えてやったあたしに感謝してもいいくらいさね」

「……もう少し、夢見る男の子でいたかったよ」

「別に夢を見るのは悪いことじゃないさ。ただ夢を見過ぎるのがダメだって言ってんだよ、何事も程々が肝要さ。それに人にそこまで期待し過ぎるのもよくないね。そんなの相手にとっても自分にとってもしんどいだけだよ」

「……そう、かもね」

ばあちゃんの言ってることは正しいのかもしれない。
だけど子供に対して、もう少し手心をくれてもいいんじゃないかなとも思う。
学校の先生も言っていた。
将来に夢を持ちなさいって、夢はきっと叶うんだって……ばあちゃんの話しを聞いてると、先生の言ってた言葉のほとんどが胡散臭く感じてくるから困る。

「(ほんと、初めて家に来てからばあちゃんは相変わらずだよなぁ)」

でも、そんなばあちゃんと過ごす日々は、最初に思っていたより全然悪くない。
少なくとも寂しさとは無縁な日々だ。
だから……

「……ばあちゃん」

「ん? なんだい?」

「……あー、えっと……僕、お腹減ったな」

「あん? まだ夕飯には早い時間じゃないか。ま、そういうところは男の子だねぇ。待ってな。今、何かつまめるもんでも作ってきてるやるよ。ほんと、手間のかかる子だよ、あんたって子は」

よいしょっと言いながら立ち上がり、台所へ歩いていく。
そんなばあちゃんの後ろ姿を見ながら、さっきは恥ずかしくて言えなかった言葉を小さく投げかけた。

「……いつも、ありがと」

「ん? なんか言ったかい?」

「ううん、何も言ってないよ」

僕は、ばあちゃんが苦手だった。
だけど、今はそこまで苦手でもない。


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