俺の変な義妹の話

ネメシス

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俺の義妹は面倒臭い

前編

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「あー……」

―――ゴロゴロ

「うー……」

―――ゴロゴロ

ベッドの上をゴロゴロと、気怠い声を出しながら転がっている。
クーラーの利いた室内、夏の暑い日には天国と言っても過言じゃないマイルーム。
ここで冷たいコーラでもあれば文句なしだ。
後で持ってこよう。

“あたし”からしたらこんな日には、キンキンに冷えたビールが断然最高なのだけど。
子供になって人生を再スタートするうえで何が一番苦労しているかというと、やはり大人ならではの楽しみが味わえないということだろう。
たばこはやってなかったけど、“あたし”はお酒が滅茶苦茶大好きな人間だったのだ。

お酒を飲みながら、ほろ酔い気分で好きなゲームや漫画やアニメを楽しむ。
これが“あたし”の休日の過ごし方。
独り身でろくに女としての幸せなんて味わったことない人生だったけど、あの慣れ親しんだ小さな部屋で、誰彼構わず好きに生きていた日々が懐かしいと感じる。

とはいえ流石に私としては、高校のうちから飲酒なんて不良行為する気は毛頭ない。
“あたし”が味わっていた酒の味にも興味はあるけど、それは20歳になってからの楽しみだ。
今は今だからこそ出来る楽しみを存分に満喫しよう。

―――フワッ

冷たい風が私の肌を撫でる。

「ふへぇ、気持ちいぃ……こんな日に外に出るなんて、馬鹿みたいよね~」

―――ゴロゴロ

今だからこそ出来る楽しみ、それはこの天国でゴロゴロすることだ。
今日は補講も休みで、友達と遊ぶ約束もしていない完全にフリーな日。
こんな日こそ、日々の勉強地獄で溜まった疲労を癒すチャンスなのだ。

「そんな馬鹿に、お前をしに来たぞ」

「あ、義兄さん」

むわっと、廊下からの生暖かい空気と一緒に義兄さんが入ってきた。

「義兄さん、せっかく涼しいんだからドア閉めてよ」

「やれやれ、年頃の女の子が休日にだらだら過ごしやがって」

ため息混じりにドアを閉める義兄さん。
これでやっとまた涼しくなる。

「それで、さっきのはどういうこと? もしかして私をこの灼熱地獄に放り出すつもり? なんて極悪非道な! 可愛い妹に辛い責め苦を味合わせるなんて、この鬼、悪魔、義兄さん!」

「その2つと同列に扱われる程かよ。てか、そんな地獄でお前の友達は今も戦ってるんだぞ。1人だけこんな涼んでて、罪悪感はないのか?」

「彼女達の分まで私は生きなくちゃいけないの! 草葉の陰で、皆も微笑んでくれているはずよ!」

「……いや、勝手に殺すなよ」

「てへぺろ。でも、ちゃんとノッてくれるなんて、義兄さんも結構ノリいいよね」

流石は私の義兄さん。
ちなみに私は今日は休みだけど、灯里ちゃん達は今もこの暑い中でも部活に精を出している。
ご苦労なことだ、今晩にでもご苦労様のメールでも送っておこう。
自分だけ涼しい部屋でゴロゴロしてることに罪悪感? そんなものはない。
戦場が違うだけで、彼女たちとは違う場所で私も勉強という名の難敵と戦ってるのだから、たまの癒しくらい満喫しても許されてしかるべきだ。

「ねー、義兄さんも遊ぼーよー。ゲームしようゲーム、じゃなかったらこのままゴロゴロさせてー」

「ゲームはともかく、ゴロゴロってなにするんだ?」

「ゴロゴロー、ゴロゴロ―って、ただまったり転がるだけ。ベッドの上で何を考えるでもなく、ただゴロゴロゴロゴロ……これぞ休みの日の至高の過ごし方」

「……ある意味贅沢な過ごし方、なのか? 俺なら夏休みの宿題進ませるか、バイトでも入れて少しでも金稼ぐけどなぁ」

「もう、また義兄さんはそんなこと言って! こんな若い時から金、金、金って! そんなんじゃ、将来いい大人になれないよ!」

「一応、遊ぶための金だから、金の亡者ってつもりはないんだけど……あと、ゴロゴロと怠惰を貪っている妹に、いい大人の何たるかを語られたくはない」

失敬な。
これでも私は、いや“あたし”は立派な成人女性だぞ。
義兄さんよりも大人に関しては、よく理解しているつもりだ。
……まぁ、一般的に世間に胸を張れるような、立派な大人だったかどうかはさておくけど。

「とにかく、義兄さんもゴロゴロしよーよー。なんなら、私が正しい休みの過ごし方を教えてあげようか?」

「正しい休みの過ごし方、ねぇ。お前のそれを“正しい”という一例にはしたくない俺がいるわけだが」

「人それぞれ、休み方もそれぞれ。なんでも経験してみないと、本当の良さはわからないものですよ。ふふ、義兄さんもやっぱりまだまだだね」

「……いつもの突っかかってくるのとは違うけど、これはこれでめんどい」

「可愛い義妹にめんどいとか言わないでよー」

「……はぁ」

面倒臭そうに溜息を吐くと、義兄さんは私に近づいてくる。

「え、なに、どうしたの義兄さん……って、きゃぁ!」

義兄さんは寝転がる私に手を伸ばし、そのままベッドから転がり落とした。
勢いはついてないし、そこまで高くもないからあまり痛くはないけど、後ろ頭を打って地味に痛い。

「酷い! 義兄さん酷いよ! 女の子の体に傷でも出来たらどうするの!?」

「出来ないように優しくやっただろう。ほら、とっとと起きて支度しろよ」

「いたた、もぉ……って、支度? さっきも言ってたけど、どこ行くの?」

「どこって、駅前のデパートだよ」

「デパート?」

どうしてデパートなんかにと、頭に?マークを浮かべる。
そんな私に、義兄さんはやれやれと腰に手を当てる。

「前に言ってただろ? 祭りの時に着ていく浴衣、買いに行くって」

「……おぉ!」

そうだ、思い出した。
今日は日曜に開かれる夏祭りに着ていく浴衣を買いに行く日だった。







百合吉(ゆりよし)デパート、それは駅前にあるここらでも大きなデパートだ。
玩具屋、本屋、日用品、スポーツ用品、ゲームセンター等々、大きいだけあって様々な店がある。
にしても百合系作品の世界にあるデパートだから百合が吉って、なんとも安直すぎる。

「ふんふふーん♪」

「ずいぶん機嫌がいいな、出かけるって言った時はあんなに嫌そうだったのに」

「いやぁ、だってデパートだよ? 百合吉デパートなんだよ?」

「なんだよ? って、優子ってそんなにデパート好きだっけ?」

「涼しいし、いろんなものがあって見てて飽きないし、最高じゃない?」

「……こいつ、昔はあんまり外に出たがらない奴だったのに」

成長したなと、義兄さんはどこか感慨深げだ。
これも“あたし”の影響なのだろうけど、確かに以前よりは外に出ることが増えたとは思う。
考えがあるとはいえ、友達を率先して遊びに誘うとか昔の私では出来なかっただろうし。
……いや、それにしたって以前の私も、言うほど引きこもり染みた過ごし方はしてなかった気がするけど。

ちなみにこのデパート、ゲームでも何度もお世話になった店だったりする。
しかもどういうルートを選ぶプレイヤーであっても、まず間違いなく頻繁に利用しているはずの場所だ。
それもそのはず、なにせこの店ではゲームに置いて重要な要素が、色々と詰め込まれているのだから。

まずはゲームセンター。
ここでは様々なミニゲームがあり、友達を誘って来ることで好感度を上げることが出来る。
百合ゲーの側面としてあるテニスゲームらしく、ストラックアウトのミニゲームなんてのもあって、得点によって様々な景品も貰える。
その中にはパラメーター上昇アイテムや、普通に買うと滅茶苦茶高価なラケットまで出てくることもあり、純粋に主人公の強化を中心にプレイしてる人にとっても挑戦する価値はあるだろう。

次に玩具屋ではガチャガチャがあるのだが、そこでは登場人物のフィギュアが手に入る。
ゲームを一度攻略した後、スタート画面のお楽しみモードが解放され、手に入れたフィギュアはその中の鑑賞画面で楽しむことが出来るというコレクション要素もあるのだ。
その鑑賞がまたよくて、様々な角度からそのキャラを堪能できるというファン心をくすぐる作りになっている。

しかしこのゲームの欠点の1つがここにあり、なんとスカートの中は暗くなって覗けないのだ。
「おい、百合ゲーだろ!」、「アンダースコートは見せてるくせに」、「パンツ見せろ!」、「本当はR18作品で出そうか思案されていた作品だろ!?」等々、ネットでは紳士淑女達の悲痛な叫びがいくつも上げられた。
その中に、私の声も混じっていたのは言うまでもないだろう。

他にもスポーツ用品店でテニス用具を新調したり、トレーニング用具を買ったり、本屋で勉強用具を買ったり、フードコートで食事したり等々。
他の場所でも買い物をすることは出来るけど、正直ここだけでほとんどの必要なものは手に入れることが出来るから、他で買い物をするメリットはあまりない。
まぁ、デパートより他の店の方が少し安いこともあるから、お金が無かったり、もしくは好きなキャラとコミュを取りたいという人なら別の店で買うだろうけど。

「……義兄さん義兄さん、玩具屋いかない?」

「は? 何か欲しいもんでもあるのか?」

「いやぁ、ちょっとガチャガチャに新作出てないかなぁって」

「……お前、ガチャガチャなんてやってたっけ?」

「興味はある! 可愛い女の子のフィギュアとか、義兄さんも興味あるでしょ? いや、男の子なら興味あるはず!」

「俺、漫画とかゲームとかは買うけど、それ以外のグッズは買わない主義なんだよ」

「えぇ!? なんで!?」

「好きな作品が出るごとに買ってたら、金がいくらあっても足りないしな。置く場所も無くなるだろ?」

そう言えば、義兄さんの部屋には漫画とかゲームとかはあるけど、フィギュアとか音楽のCDとか他のグッズは一切見たことない。
円盤もあるけど、それも片手で数えられるくらい少ない。
内容は美少女が出てくる日常系が好きな私とは違い、どちらかというとバトル物が好きらしい。
男の子として間違ってはいない気もするけど、年頃の男の子としては間違ってる気がする。
もう少し女の子に興味を持ってもいいのではないだろうか。

「つうか、今日は浴衣買いに来たんだから、まずそっちからな。他のは後にしろ」

「えー」

「とっとと決めちまって、時間に余裕があれば付き合ってやるから」

流石に登場人物のフィギュアはないだろうけど、どんなガチャガチャがあるか興味はあったのに……。
しかたない、まずはやることをやってからか。
後で絶対行ってやる。

とは言いつつも、興味を引かれるものを見つける度にフラフラと寄り道をしてしまう。
いろんなことに興味津々な年頃の女の子だもの、仕方ないよね。
しかしリードで引かれる犬のごとく、すぐさま義兄さんに手を引かれて軌道修正されてしまう。
それが3度も続けば、自分が本当に犬になったような気さえしてくる。

「お前さぁ、ほんとすぐどっか行くのやめろよ」

「デパートだもん、仕方ないよ」

「仕方なくないっつうの……仕方ねぇな」

「ほえ?」

おもむろに義兄さんに手を繋がれる。

「ほれ、とっとと行くぞ」

「え、ちょ、義兄さん!?」

目を離すとすぐどこかに行くと思われたのか。
しかし、流石にこれは恥ずかしい。

「はーなーせー! 私は小さい子供か!」

「自分の行動を顧みろ、子供にしか見えねぇだろ」

「私は大人だ―!」

中身はね。
腕をぶんぶん振り回したり、もう片方の手で何とか離れないかと抵抗する。

「いいから行くぞ、後で他にも回るんだろ?」

「う、ぐ、ぐぐ……っ!」

「残念、それくらいじゃあ放れませーん」

「……義兄さんの意地悪!」

これも男と女の差か、義兄さんの手は全然放れなかった。
これ以上の抵抗は労力の無駄と諦め、義兄さんに手を引かれながら歩いていく。
本当に小さい子供みたいで、滅茶苦茶恥ずかしい。
なんだか周りから見られているような気がしてきて、羞恥心で熱くなる顔を俯かせる。
今、私に出来るのは、ただ早く目的地についてくれと願うばかりだ。

エレベーターを上がって、やってきたのは4階。
そこに私達の目的地である洋服店がある。
ようやく義兄さんは手を放してくれた。

「むー!」

「流石は夏だな、いろんな浴衣がある」

「むー! むー!」

「子供向けに大人向け、お年寄り向けってのもあるのか」

恨みがましく睨みつける私のことは放っておいて、義兄さんは商品を眺めている。
じー、じー、と視線を合わせるように動いても、義兄さんはさっ、さっ、と視線を外してくる。
取り合う気はないらしい。
暫く続けて疲れてきた私は、このまま睨んでいても仕方ないと渋々諦めて義兄さんに倣う。
今日はなんだか義兄さんに負けてばかりだ。
……いつものことだけど。

「……ほんと、色々あるんだね」

「俺としたら、あんまり派手なのはパスだな……どっちかって言ったら、これなんだけど……」

「義兄さん、結構渋いよね」

「……うっせ」

店頭では今年の流行となっている浴衣がピックアップされていた。
しかし義兄さんは今時の流行にあまり興味がないのか、普通に男性向け、というよりお年寄り向けの浴衣を見ている。
若者向けのとは違い派手ではなく、良く言えば落ち着いた、悪く言えば地味なデザインの浴衣だ。
普段着からして、義兄さんはあまり派手な服は好きじゃないみたい。

今日の義兄さんの服は、白い無地のTシャツに黒いジーンズ
派手過ぎるのも考え物だけど、年頃の男の子として、もう少しくらいお洒落してもいいんじゃないだろうか。
私だって半袖に短パン姿だけど、女の子らしく可愛いデザインの入ったものを着ているつもりだ。
まぁ、男と女では感覚が違うのかもしれないけど。

とりあえず地味な趣味の義兄さんは置いておいて、改めて自分の浴衣を探す。
しかし店頭に並ぶもので新商品的なものだからか、値段もそれなりのものが多い。
浴衣、帯、下駄、他にも付属品として簪、扇子、団扇などもあり、一式買い揃えるとなると万は軽く超えるだろう。
庶民肌な私や“あたし”としては、少し手を出すのに躊躇してしまう。

「……やっぱり、ちょっと高いね」

「ま、そうだな。だけど、あんまり値段は気にしなくていいぞ。父さんから予算はたんまり貰ってるから」

「んー、そう言われてもねぇ」

年頃の女の子なら、値段を気にしなくていいと言われたら喜ぶのかもしれない。
だけど色々と金銭感覚がついている“あたし”としては、やはり一定の値段以上になると手を出すのに躊躇してしまう。
好きな作品のグッズが出たら迷わず買うのだけど、それはそれこれはこれというやつだ。
しかし逆にここで遠慮して買わなければ、お金を出してくれたお義父さんにも悪いし……。

「……あ、義兄さん。こういうのとか、どうかな?」

「ん? どれどれ」

ふと目についた浴衣。
それを興味本位で義兄さんに見てもらう。

「……なんだこりゃ? ずいぶん丈が短いけど、これも浴衣なのか?」

「浴衣ドレスっていうのみたい。結構、可愛いくない?」

普通の浴衣と違い、膝上くらいの丈でスカートのようにひらひらしている。
デザインは白を基調としていて、淡いピンク色の花々が散りばめられている。
ドレスというには全然派手じゃなく、清楚というか落ち着いたデザインだ。
それにフリルもたくさんついていて可愛らしく、どこかアイドルなんかが夏の時期の衣装として着そうなイメージが湧いてくる。
“あたし”的には少し幼過ぎる感じで手を出さないだろう一品だが、私的には一目見てから結構気に入っていた。

しかし義兄さんにとっては、いまいち好みとは離れている浴衣だったのか。
その浴衣をじっと見て、次に私と浴衣をチラチラと見比べている。
……よくわからないけど、なんだかその視線には少しばかりイラっとするものがあった。

「なに? なんか言いたいことがあるなら、ちゃんと言ってよ」

「いや、な。なんというか……小柄な優子が着ると、実年齢より子供っぽく見えそうだなって」

「……」

「……」

「……ちなみに、何歳くらい?」

「……これ着てたら、小学生って言っても通じそうなくらい?」

「ふんっ!」

「いてっ! お、おい、蹴るなよ!」

「知らない! 義兄さんのバカッ!」

つい義兄さんの脛を蹴ってしまった私は悪くないだろう。
普段は避けられる攻撃を当てた喜びはなく、今はただただ腹立たしい気持ちしか湧いてこない。
たしかに周りより小柄なのは自覚しているけど、流石に小学生は言い過ぎだ。
ぷんすかと怒る私は、義兄さんから離れて他の場所を見に行くのだった。



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