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俺の義妹がなんか変だ
前編
しおりを挟む俺には義妹がいる。
彼女は父さんの再婚相手である、義母さんの連れ子だ。
実の母さんは俺がまだ小さい頃に病気で亡くなって、それからもう十年以上が過ぎる。
母さんのいない生活は最初は寂しかったけど、父さんと二人三脚で一緒に頑張ってきた今ではもうこの生活にも慣れてしまった。
きっとそれは父さんも同じだろう。
そう思っていただけに、父さんが再婚したいと俺に打ち明けて来た時は少しだけ驚いたものだ。
だけど俺は反対はしなかった。
そりゃ、俺たち家族だけの空間に、他の誰かが入ってくるなんて抵抗がないと言えば嘘になる。
だけど母さんが亡くなってずいぶん経つし、父さんだってまだまだ若い。
男手一つで俺を育ててくれて、いつも仕事に明け暮れる日々だった父さんだ。
新しい恋をしたって罰は当たらないだろう。
どんな相手なのか、どんな性格をしてるのか、何が好きで、何が嫌いか、これからちゃんと一緒にやっていけるのか……。
不安は上げて行けばキリがないが、これも父さんの幸せのため。
父さん自身が好きになった人だ、きっと悪い人ではないのだろう。
そう思い、真剣な顔で再婚話をしてきた父さんに対し、俺は快く賛成の言葉を送った。
拒否されると思っていたのか、少し驚いたように目を見開いた父さんは、小さく一言だけ「ありがとう」と呟き静かに泣いた。
それから実際に義母さんとなる人と会い、色々話をして我が家で一緒に暮らすことになった。
新しい家族が増えた新生活に最初はどうなる事かと思っていたけど、それも結構あっさりと払拭することが出来た。
思っていた通り、父さんの選んだ再婚相手である義母さんが、優しくて良い人だったことも理由だろう。
だけど、もう一つ理由はあった。
なんというか、柔らかく温かい雰囲気が母さんと似てる気がしたのだ。
似ていると言えば、名前も少しだけ母さんと似ていた。
義母さんの名前は木ノ本縁(きのもとゆかり)で、母さんの名前は吉永百合香(よしながゆりか)。
字は全然違うけど読み方が少し似ている、これも何かの縁なのだろうか。
そう思うのと同時に、名前と雰囲気が似ているせいで、父さんが間違って母さんの名前を呼んでしまい、悪い空気にならないかが少し心配だった。
……まぁ、“だった”である。
「はい、あなた。あーん♪」
「おいおい、流石にこの歳でそれは恥ずかしいぞ?」
「いいじゃない、別に。あ、ほら。ほっぺにご飯粒ついてる」
「……相変わらず、仲がいいこって」
「……うん、そうだね」
とまぁ、俺の心配を他所に、二人は新婚ほやほやな若い夫婦のようなラブラブっぷりだ。
ほんと、見てるこっちが恥ずかしくなるくらい仲がいい。
自分たちの齢を考えろよ、何歳だお前らは……などとは言わないが。
父さんも義母さんも楽しそうというか、嬉しそうだし、まぁ、気が済むまでやってくれと。
義母さんも同じ境遇で、ずっと昔に旦那を亡くしてから母娘で暮らしてきたらしいし。
そんなだから今、再び好きな人と一緒に生活出来ていることに、父さんも義母さんも幸せを実感しているのだろう。
……で、それはそれとして、だ。
「……お前もほっぺたに、ご飯粒ついてるぞ」
「……うん、ありがと」
「……いや、まぁ……おぉ」
短く答えて、我が義妹は自分でご飯粒を取って食事を続行した。
別に父さん達のようにご飯粒を取って、なんてやり取りをしたかったわけではないが、この淡泊な反応はどうにかならないもかと、毎度のことながら思い悩まされる。
ラブラブな父さん達とは裏腹に、俺と義妹の関係は微妙だった。
義妹の名前は木ノ本優子(きのもとゆうこ)、苗字が替わって吉永優子だ。
別に俺が優子を嫌ってるというわけではない、ただどうにも接し方がわからないのだ。
優子は俺の一つ年下で、元々口下手な性質なのか、物静かで積極的に口をきかない子だった。
俺から話しかけても、「うん」「はい」「別に」「そう、だね」と、あまり会話が長続きしない。
そもそも会話と言えるレベルの会話をしたことはあっただろうか? そう疑問に思うほどに、優子の口数は少なかった。
会話がないのを苦痛に思う性質ではないけど、流石にこれには少しだけ苦手意識が生まれても仕方ないだろう。
とはいえ優子も俺を避けてる様子はないし、嫌われてるわけでないのはわかるのだけど……。
◇◇◇◇◇
仲がいいのか悪いのかわからない関係が変わらないまま、時間だけはあっさりと過ぎていく。
俺は高校2年、優子は1年になった。
いつもと変わらない、そんな日々を送っていたある日。
優子が交通事故にあって入院したという知らせが入った。
急いで病院に駆けつけるとすでに手術は終えていて、まだ目は覚ましていないが命に別状はないらしい。
面会謝絶ながらも家族ということで病室に入れてもらうと、優子は体中に包帯を巻いてベッドの上で静かに眠っていた。
「……優子……ったく、女の子にこんな傷負わせやがって」
見るからに痛々しい姿。
丁度この病院で看護師をしていた義母さんに優子の様態を聞くと、片足が骨折しているらしい。
事故当時、頭も打っていたそうだが、検査で異常は見られないそうで、おそらく後遺症もないだろうということだった。
骨折のほうもしっかり元通りになるし、体中にいくつもある擦り傷も綺麗に治るらしい。
それを聞いてほっと胸をなでおろした。
女の子の体に傷でも残ったら大変だ。
もしそうなったら、怪我を負わせた奴を今以上に恨むことになっただろう。
それから少しの間、優子の見舞いをしてから病室を後にした。
優子のことは義母さんが様子を見てくれている。
俺には目が覚めたら連絡をくれるということで、学校と家を行き来する日々に戻ることになった。
「……これからしばらく、優子はいないんだな」
家に帰り、自分の部屋のベッドで寝転がりながら、少しだけ物寂しい気持ちが湧いてくるのを感じた。
父さんと義母さんは遅くまで仕事、優子は図書委員で帰りは遅く、俺は帰宅部。
元々、いつもうちに帰ると一人だった。
だけど夜もしばらく優子が帰らないと思うと、この家の温度がいつもより寒くなったように錯覚する。
元々、会話なんてないに等しかったというのに、なんとも不思議なものだ。
◇◇◇◇◇
数日後、ようやく優子が目を覚ましたという知らせが入った。
俺は放課後、見舞いの品を手に病院へ向かう。
病室に入ると殆どの包帯は取れていて、優子自身も本当に事故にあったのかと思うほどケロッとしていた。
「……心配させやがって。まぁ、無事に目も覚めてよかったよ」
「えっと、心配させてごめん、ね?」
「いいさ、お前が悪いわけじゃないだろ……食欲も、あるみたいだな」
「うん、プリン美味しいよ」
「そっか、そりゃよかったな」
見舞いの品らしきプリンを頬張っていたことから、ちゃんと食欲もあるのだろう。
ようやく俺も本当の意味で安心出来た気がした。
見舞いの品を床頭台の上において、そばにあった丸椅子に座り優子と話す。
「いつ退院とかって、話はもう聞いてるのか?」
「2週間は入院だって。それでリハビリとか色々して、家に帰れるのは1ヶ月くらい先みたい」
「1ヶ月か……まぁ、長いけど、それで治るってんだからな。退屈でも我慢するんだぞ」
「うん。少し早い夏休みだと思って、ベッドでゴロゴロしてるよ」
「……リハビリ、ちゃんとするんだぞ?」
「わかってるよ~」
本当にわかってるのか、少し不安になる態度にため息が漏れる。
まぁ、義母さんも付き合うだろうし、そこはしっかりさせるだろう。
「あ、そういやぁ、リンゴ持ってきたんだけど食うか? プリン食って腹いっぱいなら、むくの止めるけど」
「ううん、食べる! 目が覚めたばかりだからって、あんまりご飯食べさせてもらえなくて、もうお腹ペコペコだよぉ!」
「一気に腹いっぱい食ったら、腹がビックリするだろうが……まぁ、食欲もしっかりあるみたいだし、心配ないか」
少し考えたが、リンゴの入った袋を食べたいオーラで見つめている。
そんなに食べたいならいいかと、俺はリンゴをむいてやることにした。
「……ほれ、むけたぞ。慌てないで、ゆっくり食うんだぞ」
「わーい、ありがとー!」
「へいへい、どういたしまして……ん?」
元気そうでなによりだ……と思ったのだが、今更ながらに違和感が。
(……優子の奴、こんなに明るいやつだったっけ?)
不思議に思い優子を見ると、モグモグと、まるでリスの頬袋のように頬一杯にリンゴを詰め込んでいる。
やっぱりおかしい。
いつもはもう少し上品、というか大人しい感じに食べてた気がするのだが。
(もしかして事故で頭を打った時に、何かあったのか? ……でも、検査で異常はなかったって言ってたし……)
優子を担当した医者は、以前義母さんが腕のいいお医者さんだと言っていた人だ。
その医者が言っているのだから、検査の結果に間違いないとは思うけど。
(なにかしらの心境の変化でもあったのかもな)
所詮素人の俺があれこれ考えてもわかるわけもないし、とにかく元気なのは良いことだと納得しておいた。
―――コンコンコン
そんな時、入り口を叩くノックの音がした。
「ん? 客か? どうぞ」
「お邪魔しまーす!」
「失礼します」
入ってきたのは二人の少女だった。
その二人のことは俺もよく知っている。
「あぁ、灯里ちゃんに、夏凛ちゃんか。いらっしゃい、よく来てくれたな」
「ムグムグ……ッ!? ……灯里ちゃん? 夏凛ちゃん?」
一人は表情豊かな元気な女の子で春日灯里(かすがあかり)、もう一人は物静かで少し大人びた雰囲気のある渋谷夏凜(しぶやかりん)という。
二人とも優子と同じクラスの友達で、テニス部に所属している。
ダブルスでペアを組んでいて、名前の春と夏からとって春夏コンビと呼ばれている。
性格が真逆な二人ではあるが、だからこそなのか互いの足りない所を補い合うプレースタイルで、部内でも随一のコンビネーションと実力を誇るという。
「優子ちゃん! 目が覚めたって聞いて、お見舞いに来たよ!」
「無事でよかったわ、優子。これ貴方が休んでいた間の授業内容、コピーしてきたから。後で見て」
「あ、うん。二人ともありがと」
灯里ちゃんは少し涙を浮かべて優子に抱き着き、夏凛ちゃんは薄っすらと微笑み安堵の息を漏らしている。
二人とも優子の無事を心から喜んでくれている。
そのことが兄として、とても嬉しかった。
「……灯里、来たばっかりだけど、そろそろお暇しましょう。病み上がりなのだし、長居するのも悪いわ」
「えぇー? うーん、もう少しお話ししたかったけど、それもそうだよね。優子ちゃん、また来るからね!」
「うん、待ってる」
灯里ちゃんが少し名残惜しそうにしていたけど、目覚めたばかりの優子のことを考えてくれたのだろう。
優子から離れて、今度は俺の方に目を向ける。
「お兄さんも、優子ちゃんが無事でよかったですね!」
「あぁ、ほんとに。二人とも、優子を心配してくれてありがとな」
「そんなぁ、当然のことですよ! 私達、友達ですから!」
「えぇ」
「うんうん、優子はいい友達を持ったもんだ。これからも優子の事、よろしくな」
「はい!」
「はい……その、また明日、来てもいいですか?」
「あぁ、もちろんだ。その方が優子も嬉しいだろうしな」
チラッと優子を見ると、凄い目を輝かせて首を縦に振っている。
……そんなに見舞いに来てくれるのが嬉しかったのだろうか。
「……お兄さんも、明日は来るんですか?」
「ん? まぁ、そのつもりだけど」
「……そう、ですか」
「えへへ、楽しみが増えたね!」
「ちょ、あ、灯里!」
「?」
少し慌てた様子の夏凛ちゃんと、そんな夏凜ちゃんを見てニヤニヤと笑う灯里ちゃん。
よくわからず、どうしたんだろうと俺はただ首を傾げる。
「そ、その、何でもありませんから! また明日!」
「お兄さん、また明日来ますね! 優子ちゃんも!」
「あ、あぁ」
「……うん」
そういうと夏凛ちゃんは少し速足で病室を出て行き、それを追って灯里ちゃんも出て行った。
「……なんというか、慌ただしかったな。病み上がりとはいえ、もう少しゆっくりして行ってもよかったのに」
来てから、まだ十分も経っていないというのに……しかし、それも仕方ないことだとも思う。
なんというか夏凜ちゃんは、どうにも俺のことを苦手に思っているようだし。
俺が近くにいるとソワソワして、目が合うと急いで視線を逸らす。
たまに近くにいて手が触れることがあると、急いで離れるということもあった。
もはや苦手というか、若干嫌われてるんじゃないかとすら思えて少し悲しくなってくる。
(何かしちまったのかねぇ。覚えてる限りだと、これと言って嫌われるようなことをした覚えはないんだけど……)
まぁ、取り合えずだ。
明日も来てくれるというのだし、明日はなるべく3人の邪魔をしないように隅の方にいるか、席を外すかしておこう。
口下手で積極的に話をしない優子だから、高校に入って友達が出来るか不安だった。
だけどあんなに心配してくれる友達がいるのだ、これからの高校生活もきっといいものになるだろう。
それを俺がいて邪魔なんてしたら、優子に悪い。
「……ところで義兄さん。灯里ちゃんや夏凛ちゃんと、なんか妙に仲が良くない? どんな関係なの?」
「は? 仲が、良い? いや、灯里ちゃんはともかく、夏凛ちゃんは違うだろ。てか、どんな関係って……普通に先輩後輩の関係だろ? もしくは優子の兄と、優子の友達の関係」
俺と彼女たちの関係なんて、いつも一緒にいる優子なら普通に知ってるはず。
なのに何で急にそんなことを聞いてくるのか、まるで分らなかった。
「ほんとにそれだけ? ねぇ、本当の本当に?」
「な、なんだよ、しつこいなぁ。それ以外に何があるってんだよ」
妙にぐいぐい来る優子。
いつもと違うと思っていた矢先にこれで、俺も戸惑ってしまう。
すると優子はどこか座った目で俺を見ながら、グイッと顔を近づけてきた。
「……私さぁ、百合の間に男が入るのって嫌いなんだよね。むしろ害悪、みたいな?」
「はぁ?」
「義兄さんさぁ、ないとは思うけど、あの二人にそういう目を向けてるなんてこと……ないよね?」
「そういうって?」
「だからぁ、男が女の子に向ける目なんて決まってるでしょ? 好意よ好意! 恋愛感情! ラブ!」
「……えーと」
いきなり声を上げて変なことをのたまう優子に押され、なんと返せばいいか迷って頭を掻く。
それがいけなかったのか、優子の目つきがキッときつくなった。
それは今まで見たことのない優子の表情だった。
「……義兄さん、ちょっと屋上いこうよ。義兄さんには、お話し(肉体言語)が必要みたいだからさ」
「……えぇー」
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