新選組 終焉の語部

逢瀬あいりす

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局長として【後編】(相馬主計)

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 広くはない台場の中で、俺たちは銃や刀を抱えるよううずくまっていた。
 もう、何日もまともに食べてはいないし、水も最低限しかとっていない。
 銃は持っていても、撃つ為の玉がない。
 
 弁天台場に立て篭もって数日。絶望的な状況は続いていた。
 敗戦濃厚。
 とうにわかっていた。
 いくら蝦夷で独立するといっても新政府は黙ってはいない。
 圧倒的な数で攻めてくることは分かっていたし、それに立ち向かう力に欠けていることは下っ端だってわかっていた。
 それでも、僅かな勝機を拾い集めて今日まで来たのだが。
「土方歳三、戦死」
 その一言で、全てが崩れ去った。
 
「弁天台場に新選組隊士が取り残された。退路を断たれた」
 それを聞いて救援に向かう途中で撃たれたと言う。
 どうして、なんで、と声が漏れていた。
 自分たちなんて捨て置けばいい。土方局長さえいれば、まだ立て直せる。どんな状況でもそう思えた。
 
 しかし、もう、あの人はいないのだ。
 
 この無力感に皆立ち上がる気力を失っていた。
 もし今、猛攻に合えば全滅するだろう。
 しかし停戦の話し合いが進んでいる今、敵も無理な攻撃はしてこなかった。
 俺も刀を抱えて座り込んでいた。隣には島田魁が同じように座っている。
 ふと見上げると、夕刻にさしかかり空は赤く染まっていた。
 「血のような色」と夕日を称することがあるが、実際の血はこんな色ではない。もっと残酷な色だ。
 きっとまともに血を見たことが無い者が言ったのだと思う。
「相馬さん、腹が減りませんか?」
「いや。不思議と減りませね。島田さんは?」
「私も減らないんですよ。なんだか生きてる実感もないのです。もう死んでしまったのかもしれませんね」
「なるほど。そうかもしれません」
 島田は年下の俺にも敬語で話す。
 おかしな気もするが、それにもすっかり慣れてしまった。
「驚きました。相馬さんがそういう冗談を言うなんて」
「言いますよ。野村とはそんな話ばかりしていた」
「野村くんか。そうでしたね。2人はよく一緒いましたね。
 戦場であっても、2人でいる時は楽しそうに笑って話していると、土方さんも感心していましたよ」
「はじめて聞きました」
「はじめて言いました」


 野村の名前を久々に呼んだ。
 野村は、宮古湾で決行した艦船の奪取作戦の時に戦死した。
 天候が悪かったとか、こちらの戦艦の不備とか。あの日は全てが悪い方に傾いた。
 その結果、野村は死んだ。遺体も海に飲み込まれていった。
 最後に、野村はどんな顔をしていたのか…見ていたはずなのに、思い出せなかった。
 覚えていないのは自分が弱いせいだ。
 あの時隣にいた土方局長も野村の最後を見ていたが、結局、その時のことを話せないまま逝ってしまった。
 死んだ仲間のことを語る人さえも、減っていく。


「島田さん、俺、野村に言ったことがあるんです」
「はい」
 島田は数少ない、語り合える人間だ。
「死んだら近藤局長に謝りに行こうと。
 許してくれるまで、何度でも。
 だから、きっと今頃、あいつは近藤局長のところで…」
「おかしなことを言いますね」
「え?」
「近藤局長に謝る?つまらない話だ」
「…そうでしょうか」
「はい。だって、あなたたちが謝ることなど何一つないでしょう。
 近藤局長も困ってしまいますよ。なんで謝るんだって」
「…」
「土方さんや沖田さんは、笑いながらそれを見ているのでしょうね。
 でも野村くんは変に真面目だから、なかなか引かなくて。
 そのうち沖田さんが「無駄なことする暇があるなら稽古をつけてあげる」って木刀を持ち出すんですよ。
 近藤局長も土方さんも「ほどほどにしておけ」って言いながら止めはしない。いつもそうだった」
 島田の口からは、懐かしい光景が語られる。
 気がつくと周囲も耳を傾けていた。
 頷いたり、小さな笑いが漏れていた。

 俺は目を閉じた。
 瞼の奥に映るのは京の日常。
 平和な日々ではなかったが、絶望ばかりではなかった。
 目を開けて、周囲を改めて見渡した。
 ここには、食料も、水も、薬莢も、勝機もない。
 あるのは自分と、仲間と、過去の記憶と。
 これほど頼りないものはないが、それでも十分だと思った。
 そうだ、大切なものはまだ残っているではないか。
「なぁ、聞いてくれ」
 俺の声に、皆が顔を上げた。
「俺が新選組の局長になってもいいだろうか。反対があるなら言って欲しい」
 唐突な問いに、否というものはいなかった。
 かわりに島田が皆を代表するようにいった。
「あなたが最後の局長です。それは土方さんも望んでいたことだ」
 もしもの時のことは、すでに話していた。
 だから。
「相馬局長。これからどうしますか?」
 皆の命は俺の手にあった。
 もし玉砕といえば最後まで戦う。
 全員で切腹といえばすぐに切る。
 局長の命令は絶対だ。
 俺は息を吐いた。
「俺たちは弁天台場を放棄する。全員で、新政府軍へ投降する」



 局長として投降したとき、俺は皆の助命を願い1人死ぬ覚悟をしていた。
 それなのに、なぜか島流しという沙汰が下り生き延びてしまった。
 それからは俺にとって、生きることは、後悔と喜びのせめぎ合いでもあった。
 あれだけ死ぬ覚悟をした日々だったのに、いざ戦場を離れると命が惜しくなるものらしい。
 だが、不安に飲み込まれそうな瞬間がある。
 胸がざわめき、死んだ仲間のことを思い出す。
 すると、立っていられないほどに自分が曖昧になるのだ。
 そんな時、俺は刀を取り出して眺めていた。
 答えはここにあるのではないか。
 持ち歩かなくなって久しいが、手入れを欠かさなかった刀。
 抜いてみれば自然と心が落ち着いた。

「謝ることなど、何一つない」と島田はいった。
「腹括って俺の下で働いて死んでくれ」と土方局長はいった。
「生き残れ」と近藤局長はいった。
 いつだって仲間の声が俺を導いてきた。

「顔を拭け、局長に笑われるぞ」

 いつの間にか濡れていた頬を乱暴に拭った。

「そうだな。野村」

 俺は新選組の局長だ。
 先代の局長たちに恥じない生き方をしないと笑われてしまう。
 抜き身の刀を鞘にしまうと、そばに置いていた脇差を手に取った。自然と背筋が伸びる。
 作法通りに。
 腹に突き立てた刃は冷たいはずなのに、すぐに熱い痛みにすり替わる。
 ダメだ。
 手を止めるな。
 やるべきことを終えると、力の入らなくなった頭が自然と落ちた。
 
 ぼやけた視界に映る血を見て、ふと思い出す。
 やはり、あの日の夕日は血の色じゃなかった。
 血の赤はもっと…

 
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