新選組 終焉の語部

逢瀬あいりす

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華は咲く(井上源三郎)

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 どんなに美しい華だって、咲かなければ誰にも褒めてはもらえない。

 初めから落第点のつけられた人生だった。
 私は咲かない蕾で終わるはずだった。
 だから。

 ここまで辿り着いただけも『よくやった』と自分を褒めてやりたいじゃないか。

 

 つめたい。さむい。いたい。いたくない。
 
 立ち上がりたいのに足の感覚がない。
 まだ足はあるのか?
 頬には冷たい大地を感じる。
 頭は体に繋がっているのか?
 …全てがわからない。
 (ここまでか) 
 ああ。
 悔しいなぁ。土方くん。近藤さん。
 必死についてきたが、私はここまでのようだ。
 でも、我ながらよくやったよ。
 思っていたより少し早いが、向こうにいって待とうじゃないか。
 山南くんがいる。藤堂くんもいる。
 久々の再会に話は尽きないはずだ。時間もたくさんあるだろう。
 それもきっと悪くない。

 わるく、ない…



 千人同心を知っているか?
 家康公の御霊廟がある日光で、火の番、警護をしている名誉あるお役目だ。
 我が家もそのお役目を背負っている。
 しかし例に漏れず、武士の家は長兄が継ぐもの。
 三男の私に、千人同心の名誉が回ってくることはまず、ない。
 しかし、心は常に武士として誇り高くありたかった。
 近藤さんたちは私の考えに同意してくれた。
 全く同じことを考えていたのだ。
 そう。
 私たちは誰よりも武士でありたかった。


 試衛館で剣の修行をしていた日々は楽しかった。
 私に天武の才は無かったが、修行すればするほど剣の腕は上達した。
 時間がかかったが、天然理心流の免許皆伝を許された。
 誰かあにがいなくなるまで回ってこない名誉な役目を待つより、自分を磨いている時間の方がずっといい。
 私の考えを的確に指摘したのは、意外なことに同郷で一番隊組長の沖田総司という男だった。
「源さんは野心家ですよね」
「初めて言われたな」
「おや、そうですか?六番隊組長は誰より1番になりたい人ですよねぇ。僕もですけど」
「沖田くんは1番になりたいのかい?」
「ええ。僕は、剣だけは1番でありたいと思ってますよ」
「剣だけか」
 沖田くんは迷いなく頷いた。
「他はいりません。厄介なことはみんなにお任せします」
「そう言ってサボるのか、総司」
 いつの間にか背後に土方くんが立っていた。
「見つかったかぁ」
「総司、1番でも2番でもいいから他の奴らに稽古をつけろ」
「はいはい。源さんもいこうよ」
 沖田くんは私の袖を引っ張り道場へ促した。
「私は雑用をしなくては」
「だめだよ。源さんも上を目指す同士なんだから修行しないと」
「いや、しかし」
「源さんも頼むよ。雑用はこっちでやっとく」
「土方くんが?」
「たまには良いだろう。
 それに、こっちは源さんを頼りにしてるんだ。
 腕を鈍らせねぇよう励んでくれ」
 鬼の副長となった土方くんも、常に前を走り続ける沖田くんも志は変わらない。もちろん近藤さんもだ。 
 武士でありたい。
 強くありたい。
 生まれなんて関係ない。
 みな気持ちは同じところにある。
 ここが、私の居場所だ。


 ただ、どうしても超えられない壁はある。
 長男に生まれ直せないように、天性の才能を持った沖田くんや齋藤くんを超えることは私にはできない。
 いくら努力しても叶わない。
「やはりそうか」と思ってしまう、自分にも腹は立つのだが。


「叔父上!」
「よく来たな」
 11歳になった甥の泰助が、新選組に入隊した。
 最後に会った時はまだほんの子供だった。思わず自分の歳を考えてしまう。
「家はいいのか?」
「はい!父上からよく励めと言われてます!叔父上を見習えと」
「私を?」
「叔父上は井上家の誇りです。お前もそういう男になれと言われてきました」
「私が誇り、か」
 言葉に出してみると、違和感しかなかった。私はそんなたいそうな人間だったか?
 しかし泰助は、幼さの残る顔で無邪気に笑う。
「みんなでよく話しています」
 まさか。
 あの家に居場所がなかったわけではない。
 皆、仲の良い家族で、私が剣術の修行に明け暮れても邪険にすることはなかった。
 ただ、私が勝手に『居心地が悪い』と感じていた。
 だから、浪士組に参加した。
 家を飛び出したことは、家族から非難されても仕方ないと思っていたのに。
 私が誇りだったのか。
 なんとなく、兄上の顔が無性に見たくなった。




「……」
「……」

 声が聞こえるのに、理解することができない。
 自分が話しているのか。誰かが話しているのか。
 敵か?味方?
 ああ、泰助は無事だろうか。
 あの子には悪いことをした。
 兄上、最後まで面倒みれなくてごめん。
 生きて帰ってくれればいいが。
 私も帰ったら話したいことがたくさんあったよ。
 でも叶わなかったな。
 それが私の人生だ。
 望んだもの、欲しかったものは、ほとんど手に入らなかった。
 生まれた時から『手に入らない』と決まっているものさえあった。
 
 でも兄上。
 私はこの瞬間まで武士として戦場で戦い続けたよ。
 な、それは兄上にはできなかったことだろ?
 私だからできたのだろう?


 私の人生は、咲かない蕾のはずだった。
 でもちゃんと咲かせたよ。
 ほら、見てくれ兄上。
 満開の華が。
 私だけの華が。

 一面に咲き誇っているだろう。

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