新選組 終焉の語部

逢瀬あいりす

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死に場所は【後編】(斎藤一)

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「新選組」の名は會津藩に由来する。それは藩士である彼らならもちろん知っているはずだ。
 しかし躊躇することなく、彼らは俺たちを「新選組」とよんだ。
「複雑な気持ちにならないんですかね?」
 俺は気になって聞いてみた。
「俺に聞くな。当人たちに聞けばいいだろう」
 土方さんは不機嫌そうに答えた。
 足を怪我してからの療養生活がよほど気に入らないのだろう。この状況下で温泉に入るのは武士として、指揮官として許されないと思っているはずだ。しかし自由に動けないのだから治療に専念してもらうしかない。
 俺は状況の報告がてら、機嫌伺いに来ていた。
 浴衣姿もよく似合う色男。自覚しているからタチが悪い、とよく総司も言っていた。
「聞けませんよ。急に態度が変わって怒鳴られたら面倒です」
「それはないと思うが…そうだな。確かに、まだ腹の中に抱えてるもんは、教えてくれねぇだろうな。會津の人間にとって、俺たちはまだ余所者だ」
「そうですね」
 この地に陣を置いてしばらくたつが、土方さんはこの調子で、俺みたいなのが局長代理になっている有様だ。いくら松平公が京で後ろ盾になっていたとはい、すぐに認められないだろう。
「時間が解決しますかね」
「…なぁ斎藤。お前は時間が解決するまで、ここにいるつもりか?」
「え?」
「この地は要だ。守らなければならない一線がある。だが、守りきれない時はどうする?」
 土方さんは足をさすりながら、俺に問いかける。
 実に珍しい。部下の意見を聞くなんて、今まであっただろうか。驚いて一瞬言葉を失った。
 それをみて、土方さんの方が苦笑いをしている。
「お前でもそんな顔するんだな。ま、俺だって弱気になるさ。もう近藤さんはいない。総司も」
 先日、近くにある天寧寺で近藤さんを供養したところだ。思うところもあったのだろう。
 かつて、試衛館で同じ釜の飯を食べた昔馴染みは、この2人しか残っていないのだ。
「ここはいい土地だな。きっと近藤さんも来たかっただろう。総司は、そうだな。あいつはどこでも笑ってついてくるか」
「総司は近藤さんと土方さんがいれば喜んでついていきますよ」
「そうだな。寂しがりだからな。今は近藤さんが一緒だから楽しくやってるだろうが」
「ええ。そうですね」
 総司は近藤さんの死を知らなかったはずだが、結果的に追いかけるように逝ってしまった。総司を知っている人は「仕方ないやつだ」と呆れて泣いた。
「ここが最後というなら徹底的にやる。だが、俺はここではないと思っている。まだ、先があるんだ」
「仙台ですか」
「ああ。どこまで動いてくれるかわからないが、行く価値はある」
 俺はすぐに同意できなかった。もちろん、命令されれば従うつもりはある。あるのだが。
「お前は総司と似ているようで似てねぇな」
「?」
「いいさ。お前はもう選んでるんだ。無理強いはしねぇよ」
「俺は選んでますか?」
「ああ。やるだけやってみろよ。無駄死にはするなよ?」
「…はい」
 土方さんは「また人手不足だ」と肩をすくめたが、不機嫌さはいつの間にか消えていた。
 俺はもう一つだけ、聞いてみることにした。
「俺と総司はどこが違いますか?」
「さてね」
 肝心なところで、この上司は答えをくれることはなかった。


 時は流れて、土方さんは會津を離れた。
 俺は會津の仲間たちと奮戦し、一進一退の日々を過ごしてた。明日どころか、一刻先も見えないような日々だった。
 しかし、それもまもなく終わるだろう。
 如来堂に立て篭もった俺とわずかな新選組の同志、そして會津の仲間達は、すでにここが敵に囲まれていることに気づいていた。残りの薬莢もわずか。切り込むにしても戦力不足だ。道はない。だが最後を惜しむ気持ちもない。
 総司、俺はお前の望んだ戦場で死ぬことになりそうだ。
 そう考えると不謹慎にも笑みが溢れた。
「斎藤さんはこんな時でも笑えるのですね」
「すまない。気を引き締める」
「いえ、すごい、という意味で言ったのです。私は震えが止まりませんよ」
 會津藩士の若者は、初めて本音を漏らした。いかに質実剛健な會津の者でも、最後が近づけば心のうちを晒してくる。俺は今がその時、とかつて土方さんに尋ねた質問を投げてみた。
「君、俺たちを新選組と呼ぶことに抵抗はないのか?そちらの名を借りて、好き勝手やっているんだぞ」
 若者は驚いたように目を見開く。
「まさか!抵抗なんてありませんよ。今日まで共に戦ってきた仲間ですよ!」
 他の者も頷いていた。
「確かに會津が与えた名でしょう。しかし、その意味を広めたのはあなた方です。私たちはお会いできて、今日この日も共に戦えて、嬉しいと思っているのですよ」
「そうか」
「最後を共にできたことが誇りです」
「…」
 若者は確かに震えていたが、その眼差しは本物だった。
 死を恐れずに戦う誠の姿。このまま、彼はきっと…

 その時、総司と土方さんの言葉が蘇った。

『僕と一さんは少し違うと思いますよ』

『お前は総司と似ているようで似てねぇな』
 
 ああ、どうして今なのだろう。
 どうして今、気づいてしまったのだろう。

 俺は如来堂に身を寄せた仲間達を見渡し、そして言った。
「ここで潔く果てるのは武士の道かも知れない。だが、城には守るべき方々がいる。終わってはいない。だから俺たちの死に場所はここではないのだ」
 みな、息を呑んだ。
「死ぬな。生きる道を探して走り抜け」

 ※  ※  ※

 島田はすっかり黙って俯いてしまった。鼻を啜る音が聞こえるから、酔い潰れたわけではなさそうだ。
 俺は、ずっと思っていたことを初めて声にのせた。
「総司はさ、きっと苦しんで死んだよ。でもそれは病気のせいじゃない。畳の上で、守りたかったものを守れずに死んだからだ」
 島田は真っ赤な顔をあげた。
「斎藤さん…」
「俺はあいつの首根っこを掴んで、無理やり刀握らせて、戦場に引きずってでも連れて行くべきだった。そうしたら、あいつは笑って死ねただろうな」
「そうですね。沖田さんはそういう人でしたね」
「ああ。俺とは違って、自分の死に場所をわかっていたからな」
 島田は小さく首を振った。それは違うと。
「斎藤さん。あなたも死に場所をわかっているでしょう」
「何?」
「あなたはいつだって、その時に立っている場所が死に場所だった。ただ、死なずに生き残っただけだ」
「立っている場所…?」
「新選組にいるときも、御陵衛士で密偵をしていたときも、伏見や甲府、會津へ進軍したときも。いつだってあなたは死の上に立っていましたよ。私にはそう見えました。きっと土方副長もです」
 島田は自分の胸元をぐっと握りしめた。
 彼は、土方さんの戒名が書かれた紙を、常に懐に入れていると聞いたことがある。
「蝦夷にいるとき、斎藤さんが會津で亡くなったという情報が入りました。それを聞いた土方副長は「ここに連れて来なくてよかった」と言っていましたよ」
「…」
「理由を尋ねたら、「そこがあいつの死に場所だったからだ。そうじゃなければ、あいつは殺しても死なねぇよ」って」
 …ああ。くそ。
 胸が熱い。涙が込み上げて、前が霞んでくる。
「まったく…無茶をいう人だなあ…土方さんは…」
「本当に」
 俺と島田は笑い合って。
 そして死んだ仲間の分まで酒を飲んで、真っ赤な顔でぼろぼろ泣き続けた。



 なあ、総司。土方さん。
 俺はあの日々を生き残ってしまった。
 新選組がいなくなった時代を生き続けている。
 それでも。

 俺はまだ、死に場所に立っているか?

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