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無垢な命と汚い私
しおりを挟む「具合はどうだい?」
そうマルガを労わる声をかけたのは穏やかな空気を纏った老人といって差し支えない高齢の男性だった。
初対面の人物だが治癒術師独特の穏やかな雰囲気に、特に警戒することもなくマルガは聞かれた事に返事をした。
「今は、大丈夫です」
先程まで止まない嘔吐感に苦しんでいたのが嘘みたいに症状が止まっている。
目の前の治癒術師が何か処置してくれたのかと考えながら目を真っすぐに見つめて言えば、「それはよかった」と人の好さが滲み出ている皺をより深めて治癒術師の老人は微笑んだ。
そのまま一通り挨拶を交わし終わると老治癒術師ハイルングは遠慮がちに、そしてどこか反応を伺う様に「体調を崩した原因なんだけどね」とマルガに起きている事について口にする。が、決意の籠った声でマルガはそれを遮った。
「産みます」
たった一言。
でもその一言が全てだった。
虚を突かれたのか元々細い目を丸くさせたハイルングだが、ゆっくりと目元を深い笑みの形に変えていく。
それは患者に向ける笑みではなく、ただ純粋に命の誕生への喜びを表していた。
「そうかい。今から会えるのがとても楽しみだ」
ハイルングの心からの言葉に、マルガは眩しいものを見る心地だった。
マルガの心に浮かんだのは新たな命をただ純粋に喜べるほど、清らかな感情ではない。
過去あった家族への喪失を埋める為、孤独からの脱却、誰に咎められる事もなく愛することが出来る存在への歓喜。果てには子供が出来た経緯はとてもじゃないが人に言える方法ではない。子供の存在自体、明かすことはタブーだ。
全てがなんと自分勝手な理由なんだろう。
だがマルガはその全てを飲み込んで笑う。
口角を上げた口元とまだ薄い腹を優しく撫でるその様子はこの誕生を楽しみにしている母そのものだ。
俯くことで昏い感情を映す瞳を隠しているからこそ、か。
そんなマルガに気が付かないハイルングは微笑ましそうに目を細め満足そうに一度頷く。
「女将さんを呼んでくるよ」
とても心配しているから元気な顔を見せておやりなさい。そう言うと年の割にしっかりとした足取りで部屋から出ていった。
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