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罪と喜ぶ浅ましい私
しおりを挟む胃液でひりつく喉が緊張から乾く。身体が勝手に少しでも潤そうと飲み込んだ唾が鋭い痛みを起こすがそれに気付く余裕もないほど張り詰めたマルガは女将さんの瞳から目が離せなかった。
女将さんが口が動くのが、その口が何か言葉を紡ぐのが、ただただ恐ろしい。
「マルガ、一度きちんと治癒術師に診てもらおうか」
優しい声が労りを口にする。それはありふれた言葉のはずなのに、マルガは今すぐに逃げ出したい衝動に駆られた。
女将さんは自分を凝視したまま固まり、何の返事もしないマルガを不快に思うどころか益々慈愛の籠った眼差しを返すと、今度は諭す様に声をかける。
「過去なんてどうでもいいのさ。これからのマルガの事を考える為にちゃんと診てもらおう?」
それは決定的な一言だった。
その一言は張り詰めていた糸を容易く断ち切り、マルガは足から力が抜けるとその場に膝から崩れ落ちた。
咄嗟に女将さんが受け止めてくれたのが霞がかった意識でもわかったが、すぐに暗闇に飲まれた。
目が覚めると、知らない部屋の寝台に横になっていた。
意識を失ったことを理解していたマルガはここが治癒所だろうと考えるられるほど、不思議な事に心が落ち着いていた。
まるで凪いだ湖面のような穏やかな心の今、自身に起きた原因を正確に把握できていた。
それより原因の正体を知ったなら、もっと自分は取り乱すと思っていたので今の穏やかな心境にマルガ自身驚いていた。
子供が出来たのだろう。
落ち着いている今なら少し考えれば分かる事だ。
新しい環境に馴染む為、いや、夢描いていたそのままの生活が送れて浮かれていて全く気が付かなかったのだ。月の物がきていない事に。
子供。私の赤ちゃん。
口が裂けてもベーネとの子とは言えない。言える訳がない。友人のベーネは女性でなければいけない。
それでも嬉しいと思ってしまうとは何と罪深いのだろうか。
私の子だ。
一度失った家族、それがまた持てる。
ああ、自分はなんて自分勝手で浅ましい女なんだろう。これがベーネとの子でなくても喜んだと、腹に子を宿している今でこそマルガは確信できた。
純粋に命が宿った事を喜ぶだけではない昏さを含んだ複雑な、それでいて泣き顔にもみえる笑顔をしたマルガは、ただ優しく手で腹を擦った。
そこに遠慮がちなノックが部屋に響く。マルガは返事はせずにただ開いていく扉に視線を向けていた。
その目には覚悟が決まっていた。
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