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日常編

よーし、お姉ちゃん頑張っちゃうぞ~!

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 あれからマチルダが見慣れない硬貨を数枚出した後の今現在、私はもう大満足です。お腹も一杯です。
 あとその硬貨、金貨10枚分の硬貨なんですって。日本で例えれば金貨が諭吉さん的な感じだ。やべえ、流石に奢りだといっても飲み過ぎたか。マチルダさん本日だけでこの硬貨何枚出しましたっけ?

 カウンターにダラしなく伏せった体勢のまま集中しないとすぐにとっ散らかる思考を総動員して左隣で同じ様に、いや、肘をついて私よりはマシではあるがダラしない体勢なマチルダに今更だが詫びを入れる。

「ごめんマチルダ、飲み過ぎた」

 主に金銭的な意味で。そのつもりで言ったのに酔ったマチルダはかなりポンコツなのかこちらに目も向けずに「吐くなら、向う」と手洗い場の方をやる気なく指差した。ちげーよ。吐かねえよ勿体ない。
 言い直す言葉を考える思考はとっくに霧散したのでもうそれでいいやと口を噤めば、唯一本当の意味を理解してくれたバーバラが口を開く。

「大丈夫ですよ、ちびさん。マチルダ、というより魔術師は基本散財しないのでかなり懐は温かいんです」

 とっても慈愛に満ちた笑顔で「だから気にしないで下さい」と言うバーバラの言葉にへーそうなのかーと素直に納得する。そりゃそうか、石鹸買うだけであんな大事になるなら散財したくても出来ないよね。
 なら大丈夫だねえと返せばどっかでジョン君がお前好き勝手言われてんぞ! と焦った声を上げていたがどうしたんだろう。

 ああ、それにしても。完全に酔いが回っているのが自分でも分かる。
 来たくなかった依頼仲介所にいるのにそれをすっかり忘れる位には出来上がっている。それに加えて時間的にはお昼を少し過ぎたあたりでぽかぽかとあたる日差しが心地よい。上等な酒と肴、気を許した仲間との楽しい、ん? 楽しい? まあ楽しい会話。うん、最高だ。このご機嫌の気持ちのまま、そろそろお開きにしたい。正直眠い。もう帰ってリビングでお昼寝したい。でもその前にしなくちゃいけない事がある訳で。

「ジョン君、色々説明してくれたお礼になんかしてあげよう」

 そう、ジョン君先生にお礼がまだだった。途中からマチルダがポンコツになったせいか年若い、聞けば成人したてなジョン君先生には大変お世話になった。私で力になれる事はないだろうかと言葉をかければジョン君先生のご指名はマチルダだった。

「ならこのおっさんに陣生成のコツを聞きたい」

 おっさんは魔術陣作れんだろ? とジョン君はダラしない姿勢のままゆっくりとシャーパンを味わっているマチルダに声をかけるが、これ使い物になるか? 一見普通に見えるが中身かなりポンコツになってるぞ。

「作れるさ。だがジョン君は説明の対価をすでに楽しんでるじゃないか」

 俺が力を貸す必要性は感じないなあ、と歪に口の端を持ちあげながら嫌味ったらしい声音で言うマチルダに溜息しか出ない。言われたジョン君は手に持つ何杯目か分からないグラスに向け苦々しい顔をした。まるでいつもしてやられている自分を見てるようで居た堪れない。やだ私可哀想。助けなきゃともはや使命感のように口を挟む。

「またそうやって意地悪する」

 ジョン君に対して多大な同情とマチルダへの若干の呆れを隠さない声のまま「子供相手にやめなよ」と仲裁に入ったはいいが「俺はもうガキじゃねえ!」とジョン君を怒らせてしまった。あ、うん。ごめん。つい自国の価値観で考えてしまった。

「マチルダ、ジョン君にそれ教えたらお開きにして帰ろう」

 ほら、と促す。逆を言えば教えないと帰らないという意味なのだが如何せんポンコツ状態だ。ちゃんと伝わってるか不安すぎるので右隣にいる表情に全く酔った様子を見せないバーバラにも視線で援護を頼めば、諌める声音で一言マチルダと名を呼んだ。二対一での不利な状況にマチルダはわざとらしく大きな息を吐く。

「仕方ないな」

 不本意だと伝わる声で了承した。決して褒められた態度ではないのにジョン君は素直にフードから見えている口元を嬉しそう緩め、やったぁと小さく溢した。ン゛ンッ可愛い。ジョン君可愛い。

 うきうきと弾む声でジョン君は「ならこっちだな!」と酔いを感じさせない足取りで長テーブルに移動する。何故そっちなのか分からないが補佐をしようと私もスツールから立つ。が、立とうとした足に全く力が入らず崩れ落ちる所を座ったままのマチルダが咄嗟に伸ばした腕だけで支えてくれた。

「立てない、だと!? っお前ら気を付けろ、これ足に来るぞ!!」

 マチルダの腕と肩に手を置き、なんとか自分で自分を支えようとするが全く足が言う事を聞かない。私の言葉を受け確認する為にバーバラもスツールから立つ、が、普通に立ってる。私からは普通に見えるがバーバラには違ったのか眉を困った様に少し下げながら「これは結構きますね」とそう感じさせない態度でいう。マチルダも確かめるのか立ったままのバーバラを呼び、そのまま私を渡した。あれ、これに近い事を昨日もされた気がする。いや、もう忘れよう。あとジョン君、言いたい事は分かるけどそんな複雑そうに口元歪めないで。

 両腕の二の腕辺りを支点にバーバラが支えてくれながら二人でマチルダが立つのを眺める。マチルダは軽々とスツールから立つ。立った瞬間、片足の膝が折れ、それと同時に片腕が盛大にカウンターを殴った。殴ったにしか見えないが慌て過ぎて手じゃなく拳でカウンターに縋った感じだがその衝撃で鳴った音が存外大きく、依頼を終わらした同業者が地味に帰ってきている依頼仲介所にいい感じに響いてしまった。なんだ? 喧嘩か? と野次馬の視線を向けるのはやめて。もうお腹いっぱいです。

「自覚出来ずにこうもくるのか。参ったな」

 カウンターに置いた腕で支えながらもなんとか自立しているマチルダが心底困ったという声音で呟く。良い酒は美味いがこういう怖さもあるよね。ジョン君がどうしたらいいかとマチルダや私を交互に見ているのに気が付いたバーバラが私を支える腕を一本外し、今度は背中も経由して両脇の下を通す支え方に変えた。自由になった腕をマチルダに差し出せばマチルダは躊躇わずバーバラの肩を掴み、支えにしてジョン君の待つ長テーブルに向う。自動で私もバーバラに運ばれる。わー、凄い楽ちん。

 少し集めていた注目は一連の流れを見て、なんだ酔っ払いかと言う声と共に興味を無くしたのか視線は感じなくなった。ホッとしたのもつかの間、すぐにジョン君の元に着くとバーバラはジョン君を挟む様にマチルダと私を長椅子に降ろした。ジョン君が凄い勢いでマチルダに隙間もないほど引っ付く。マチルダはうんざりした顔をしてるがマチルダだって同じ事をさっき石鹸屋さんでバーバラにしているのを思い出してつい笑いがこぼれてしまった。なるほど、これが魔術師か。マチルダにも普通な部分があったのかと楽しい気分になる。

 男に引っ付かれる趣味は無いとマチルダがジョン君から少し離れる。悪戯心を擽られた私は空いた分だけジョン君に近付けば、ジョン君は悲鳴を上げながら今度はマチルダの背中に腕を回して抱き付く。その反応に耐え切れずにとうとう声を出して笑ってしまったが、私の後ろからもバーバラの押し殺したような笑い声が聞こえてきた。私だけじゃなかった。いやあ、ジョン君可愛いなあ。

「ちびちゃん。からかいたいのは分かるが、もう勘弁してくれ」

 縮こまったジョン君を胸に収めて心底嫌そうな顔をしたマチルダからの降参の言葉に、近付けていた上半身を元に戻し距離を取る。まあバーバラが座れる位の空間だけどさっきよりはマシだとばかりにジョン君がマチルダから腕を外した。ピッタリくっ付いてるのは相変わらずだが抱き付かれるよりはいいのかマチルダは何も言わずに盛大な溜息だけで済ました。

「ジョン君、陣生成のどこで躓いているんだ」
「あ、うん、ここなんだ」

 マチルダはジョン君の気を逸らす様に本題に入ればすぐに思考を切り替えられたのか長テーブルに指を差し、なんだか魔術師にしか分からない事をしはじめる。魔力適正が最底辺の私から見る光景はジョン君とマチルダがテーブルを指差し空を指でクルクル回したり力を入れたり。おい誰かCG合成してくれ。ぶっちゃけ見ててもつまらない。

「バーバラには何をしてるか見えてる?」 

 謎のやり取りを指差して後ろに立つバーバラに振り向けば「はい」と返事がくる。いいなあと溢せば優しく微笑まれ「今日はお休みですし自分の為に言霊を使ってもいいのでは?」と勧められた。いいかな? と聞けば「いいですよ」とバーバラは了承してくれたので早速バーバラを対象に魔力視認と言霊を発する。範囲効果は勿論私も入るようにする。

「おお、こうなってたんだ!」

 謎の指くるくるに目を向ければ突如としてCG合成が加わった。マチルダの指が差すテーブルにはゲームやアニメでみる円形状の小さな魔方陣みたいなものが光を発しながら絶えずクルクルと回っている。一方ジョン君の指の下は光る煙というか、もやが漂っている。ああ、これが何も弄られてない純粋なままの魔力なのかな。少し感動した。私にもファンタジーを感じることができたよ。

 しばらくそのままやり取りを眺めていてもジョン君の指の下は相変わらずぽてっとした魔力があるだけ。マチルダの様に文様を刻む事はないし動く事もない。マチルダがあーと草臥れた声を上げるのを合図に口を挟む。

「スパルタ習得になるけど、お手伝いしようか?」

 そう言えばジョン君は意味が分からないと首を傾けるが、マチルダはもうそれでいこうかと同意した。

「ジョン君に言霊を付与して習得の支援をするから、抵抗しないでね」

 これからする事を説明すれば幾分かホッとしたジョン君は分かったと返事をした。試しに一つ付与するよと断りを入れて「《明解》」と言霊を付与し、ジョン君に抵抗で弾かれなかった事を確認した。ジョン君があれ? と付与の効果に戸惑いの声を上げたが無視する。ここからはスピード勝負だ。

「マチルダ、どんどん行くから始めて」
「ああ。ジョン君、生成を最初からだ」
「えっ、あ? うん」

 マチルダの返事を合図にどんどん言霊を付与していく。

「《集中》《理解上昇》《習得率向上》」

 ここまでジョン君に付与してジョン君の指下に目を向ければ、ぽってりした魔力が姿を変えていた。歪ながらも陣独特の文様を円形に刻んでいる。

「ジョン君そのまま浮かせるイメージで起動させるんだ」
「それ、が、出来たらっ、やっ、てる!」

 見本で生成したマチルダの陣の様に動き出さないジョン君の陣。ここが難所なのかな? なら第二段階入りまーす!

「超スパルタ入りまーす! 《超集中》《超理解上昇》《超習得率向上》《効率上昇》《直感》《洞察力》《根性》」

 習得支援とかやった事ないのでどの言葉が一番適切で効率がいいか私も掴めていない。後半は思いついた言葉をお試し感覚で付与してみたがどうだろうか。さっきとは比べ物にならない量の付与でジョン君が一瞬だけ呻いたが直ぐに歯を食いしばり耐えた。お、いいねえ。さすが男の子! かっこいいぞ!!

 マチルダは動き出さない陣は直ぐさま解除させてジョン君に最初から生成させる。指導するマチルダもかなりスパルタだけどまあしょうがない。そのまま何回か解除と生成を繰り返し、ジョン君の息が荒くなり肘をついて自身の上体を支えるくらい疲れ切った頃。ようやく待ち望んだマチルダの声が上がった。

「よし。合格だ、ジョン君」

 その言葉を聞くと同時にジョン君は長テーブルに突っ伏した。そんなジョン君に私は「《全解除》」と言葉を紡いでジョン君に付けていた言霊を解除した。
 整わない荒い呼吸のジョン君に慈愛を感じさせる微笑を浮かべたバーバラがゆっくり近付き「おめでとうございます。よく頑張りましたね」と祝福と労わりの言葉をかけると回復術を発動させた。

「あり、がとう、ございます」
「ふふ。私だけではなくマチルダやちびさんにも言ってあげて下さい」

 徐々に整ってきた呼吸でジョン君がバーバラにお礼を言うがバーバラにそう促される。マチルダと私に顔を向け、ジョン君が口を開きかけては閉じるを繰り返すが最終的には俯いてとても恥ずかしそうに「ありがとう」と言葉にした。

「やだなにこの子めちゃくちゃ可愛いんですけど」

 無意識にノンブレスでそう言い、持って帰っていい? とバーバラを見れば笑顔のまま首を振られた。次にマチルダを見れば同じく笑顔のまま首を振られた。その浮かべている笑顔が胡散臭すぎて気持ち悪ッ!!

 あーあ、キャサリンなら一緒にこの気持ちを分かり合ってくれるんだけどなあ。そう考えて、あのとびっきりに明るい笑顔を思い出したらキャサリンが恋しくなった。よし、帰るか。

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