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選択の道の先
しおりを挟むそれからはあっという間だった。極限まで世界を停滞させていた反動なのか一瞬で物事が進んでここ数年抱いていた罪悪感はなんだったのかと呆気に取られる程、色鮮やかに世界が動き始めた。
私がした事と言えば部屋を出た足そのままに騎士隊詰所に行き、一言告げるだけだった。
張り出されている似顔絵の男を知っている、と。
情報を渡す代わりに少しだけ条件を付けた私は昔より打算という賢さを手に入れられただろうか。情報提供者である私の事は絶対に他言しない事。生まれ育った村までの護衛をして欲しい事。たったその二つだけだ。私の言葉が真実かどうかの確認に教会の神官と面会させられたがその神官は私を一目見るや両手を胸元に当て膝を床に着き、腰を深く曲げ頭を垂れるという最上級の、いや、神に傅く体勢を取って感謝の言葉を一言だけ発した。それを見ていた騎士隊の面々は慌ただしく動き始めた。
情報さえあれば彼を見つけるのは簡単だ。討伐協会で全身頭まで覆い尽くす鎧を装備している単独の討伐者。それが彼だ。丁度依頼に向かう所を大勢の騎士達に囲まれ、どうする事も出来ないまま連れていかれる。私はそれを死角からただ眺め、彼が見えなくなってからやっと詰めていた息を吐いた。そんな私に何を言う訳でもなく同行というより監視目的で一緒にいた騎士は一枚の書簡を私に寄越す。これを討伐協会に持って行けば村までの護衛員を雇える手筈になっていると説明を受けた。流石に私も騎士様自ら送り届けてくれるとは期待していなかったので了承の意味を込めて頷き書簡を受け取ると、彼が来ることのなくなった討伐協会に足取り軽く向かった。
討伐協会の受付員に書簡を渡し、少し待つように言われ手持無沙汰にただ立って時間を潰す。ようやく受付員に呼ばれ、護衛を受けてくれた討伐者達を紹介される。
受付員が手を向けている方向にゆっくり視線を向け、目に映った光景に私はそのまま動けなくなった。
「なんだあ? ビビッちまったか?」
粗野で猛々しいという言葉を体現したような筋骨隆々な大男が印象そのままの粗暴な言葉を吐く。
「挨拶くらいちゃんとして下さい。すみません、仲間が失礼を。この通り外見も内面もアレな者ですが腕は良いので安心して下さい」
柔和な顔をして仲間にちくりと毒を混ぜながら気遣う言葉を私にかける神官風の男。神官独特の挨拶で男の胸元に添えている手には不釣合いな傷痕。
「……チッ」
大きな舌打ちをした男はこげ茶のローブでフードを目深にかぶった魔術師。神経質そうに引き結んだ口元と両腕を組んでいて威圧的だ。その両手を覆うのは黒の革手袋。
ああ、なんて事だろう。やはりあの夢は私の願望などではなかった。
だから私がした事は間違いではなかったのだ。
薄っすらと滲む視界に慌てて乱暴に目元を拭い、震えて情けない声で護衛である三人に言葉を返す。
道中、よろしくお願いします、と。
あの見せられた夢の通りになるかは分からない。ただ、もう二目と会わぬだろう彼への罪悪感は薄れ霧散するようにどこかへ行き、ようやく前を向けた心持ちだった。
徒歩で村に向かうのでほぼ一日がかりになるだろう。その間に期待に少しだけ高鳴る胸を鎮め、音沙汰なく数年も行方をくらませていた娘が帰っても父が許してくれるだろうかという恐怖と向き合わなくては。
神官風の男に促されて討伐協会の出入り口に向かい、私は足を一歩踏み出す。
もう、後ろは振り返らない。前だけを見つめよう。
だって私は自分で決めたのだから。
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