それでも日は昇る

阿部梅吉

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それでも日は昇る

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 俺は有休をとって、二月の寒空の中、社長に言われた出版社に行ってみた。
 そこは子供向けの本出している老舗の会社で、なるほど会社も赤い屋根で黄色の壁、いわさきちひろの絵がかけられていて可愛らしい。俺の会社の雰囲気とは大違いだ。俺はチャイムを押す。

「すみません、十四時に予約していた日向ですけれども」

俺は精いっぱいの慣れない笑顔を作る。

「あ、はいお待ちしておりました」

受付のお姉さんがエレベーターで下まで送り来てくれた。

「こちらでお待ち下さい」

俺は待合室みたいなところに通された。待合つのテーブルも赤で、丸く可愛らしいデザインになっている。受付の方がコーヒーとミルクを持ってきてくれた。俺はそれを飲んで待った。ふと横を見ると、作家と編集者らしき人がもう一つのテーブルで何か話し合っていた。

「いや、ここは逆に抑えた方がいいんですよ。そうじゃないと後々のシーンでの感動が薄れると思います」

女の人の声だ。ここは(まだわからないが)女性の編集者も多いみたいだ。

「いや、でもここはビビが感情を初めて出す重要なシーンなんです、挿入させてください。長くなるかもしれませんが、まるまる一話使いたいのです。そうすることで逆に後々のビビの決闘シーンが盛り上がります。人物の背景を知らないと知っているでは教官の度合いが全く違うと思うんです」

高い声がした。懐かしい、いつか昔聞いたような声だった。

「なるほどねえ、一話まるまる、か。悪くないね。連載は一年だけど、それは大丈夫?」

「だから、主人公のバックグラウンド部分を減らしたんです、本当はもっと書きたいこともありました。魔法の説明もありましたが、省きました。読者にはマジックリアリズム的手法として、それはそういう世界のものだと最初から思い込ませます。世界観の背景説明を極力省くのです」

「あーい、『百年の孤独』みたいな」

女性編集者が耳をポリポリ掻いた。

「そうですそうです」その女性作家は興奮していた。

「子供たちがその世界に浸るにはある程度の仕掛けと言うか導入が必要ですが、それが助長的になっているきらいもあったと思うので、半分に最初の方をフィックスします」

「たしかになあ」

編集者が腕汲みをする。

「でも、半分にはできる?やりすぎじゃない?」

「私は、この作品自体、とても助長的だと思うのです。もっと簡潔に書きたいのです」

その作家は言った。

「わかりやすく、でも奥深く。これが私のやりたいことです。私のやりたいことは今も昔も変わりません。ただ、文字で誰かをちょっとでも救ったり、いやしたりしたいんです。そのためにはわかりやすくなくてはならいと思います」

「なるほどなあ、相変わらず熱いねえ」

女性編集者は笑う。俺もその様子を見てくすくす笑う。作家は俺の存在に気付かず、夢中で編集者に話しかけている。



 俺は今でも馬鹿だし、未熟者だと思う。あの頃から、俺は一貫して伊月にも鈴木にも頭が上がらない。あいつらを尊敬しなかった日は一度も無い。それでも、俺は未熟者だった。俺は鈴木の言うことを、言わんとしていることを全く理解できていなかった。
 鈴木が感じていることを真に理解できる人は、あの頃誰にもいなかった。今でも、そうそういないんじゃないかと思う。
 結局俺たちは、人と分かり合えないから物語を書くのだし、たとえ何かを書いたとしても、人と分かり合える訳では無いのだ。むしろ書くことで、俺たちはより一層自分たちが違う人間であることを実感する。
不思議だ。
 誰にも共感できる話を書くと言うことは、結局のところ、誰にも理解されないと言うことなのかもしれない。
 俺たちは、皆が知っている言葉を使って、みんながわかるようなことを言って、みんなが経験したことがあるようなことを書いて、それでも、俺たちは一人で悩んでる。

それでも作品を書く。伝えたいことがあるからだ。何か悩んでいる人もそうでない人も、同じように心が少し軽くなってくれればいいと思う。そうやって、俺たちは今日も書く。まだ見ぬ誰かに手紙を届けるために已むに已まれず。


「日向様、こちらへどうぞ」

受付の係の人に呼ばれた。俺は

「はい」
と元気良く返事をした。

「今回はどんな作品を?」

目の前の人が俺に聞く。

「二つあります。一つはこども向けの童話。
もう一つは自伝的になってしまうんですが、文芸部の高校生の話です。一見中高生向けなんですけど、本当は物語を愛するすべての人のために書きました」


 ぼんやりとかすかに遠くに、光が見える。
 気がする。
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