50 / 50
それでも日は昇る
しおりを挟む
俺は有休をとって、二月の寒空の中、社長に言われた出版社に行ってみた。
そこは子供向けの本出している老舗の会社で、なるほど会社も赤い屋根で黄色の壁、いわさきちひろの絵がかけられていて可愛らしい。俺の会社の雰囲気とは大違いだ。俺はチャイムを押す。
「すみません、十四時に予約していた日向ですけれども」
俺は精いっぱいの慣れない笑顔を作る。
「あ、はいお待ちしておりました」
受付のお姉さんがエレベーターで下まで送り来てくれた。
「こちらでお待ち下さい」
俺は待合室みたいなところに通された。待合つのテーブルも赤で、丸く可愛らしいデザインになっている。受付の方がコーヒーとミルクを持ってきてくれた。俺はそれを飲んで待った。ふと横を見ると、作家と編集者らしき人がもう一つのテーブルで何か話し合っていた。
「いや、ここは逆に抑えた方がいいんですよ。そうじゃないと後々のシーンでの感動が薄れると思います」
女の人の声だ。ここは(まだわからないが)女性の編集者も多いみたいだ。
「いや、でもここはビビが感情を初めて出す重要なシーンなんです、挿入させてください。長くなるかもしれませんが、まるまる一話使いたいのです。そうすることで逆に後々のビビの決闘シーンが盛り上がります。人物の背景を知らないと知っているでは教官の度合いが全く違うと思うんです」
高い声がした。懐かしい、いつか昔聞いたような声だった。
「なるほどねえ、一話まるまる、か。悪くないね。連載は一年だけど、それは大丈夫?」
「だから、主人公のバックグラウンド部分を減らしたんです、本当はもっと書きたいこともありました。魔法の説明もありましたが、省きました。読者にはマジックリアリズム的手法として、それはそういう世界のものだと最初から思い込ませます。世界観の背景説明を極力省くのです」
「あーい、『百年の孤独』みたいな」
女性編集者が耳をポリポリ掻いた。
「そうですそうです」その女性作家は興奮していた。
「子供たちがその世界に浸るにはある程度の仕掛けと言うか導入が必要ですが、それが助長的になっているきらいもあったと思うので、半分に最初の方をフィックスします」
「たしかになあ」
編集者が腕汲みをする。
「でも、半分にはできる?やりすぎじゃない?」
「私は、この作品自体、とても助長的だと思うのです。もっと簡潔に書きたいのです」
その作家は言った。
「わかりやすく、でも奥深く。これが私のやりたいことです。私のやりたいことは今も昔も変わりません。ただ、文字で誰かをちょっとでも救ったり、いやしたりしたいんです。そのためにはわかりやすくなくてはならいと思います」
「なるほどなあ、相変わらず熱いねえ」
女性編集者は笑う。俺もその様子を見てくすくす笑う。作家は俺の存在に気付かず、夢中で編集者に話しかけている。
俺は今でも馬鹿だし、未熟者だと思う。あの頃から、俺は一貫して伊月にも鈴木にも頭が上がらない。あいつらを尊敬しなかった日は一度も無い。それでも、俺は未熟者だった。俺は鈴木の言うことを、言わんとしていることを全く理解できていなかった。
鈴木が感じていることを真に理解できる人は、あの頃誰にもいなかった。今でも、そうそういないんじゃないかと思う。
結局俺たちは、人と分かり合えないから物語を書くのだし、たとえ何かを書いたとしても、人と分かり合える訳では無いのだ。むしろ書くことで、俺たちはより一層自分たちが違う人間であることを実感する。
不思議だ。
誰にも共感できる話を書くと言うことは、結局のところ、誰にも理解されないと言うことなのかもしれない。
俺たちは、皆が知っている言葉を使って、みんながわかるようなことを言って、みんなが経験したことがあるようなことを書いて、それでも、俺たちは一人で悩んでる。
それでも作品を書く。伝えたいことがあるからだ。何か悩んでいる人もそうでない人も、同じように心が少し軽くなってくれればいいと思う。そうやって、俺たちは今日も書く。まだ見ぬ誰かに手紙を届けるために已むに已まれず。
「日向様、こちらへどうぞ」
受付の係の人に呼ばれた。俺は
「はい」
と元気良く返事をした。
「今回はどんな作品を?」
目の前の人が俺に聞く。
「二つあります。一つはこども向けの童話。
もう一つは自伝的になってしまうんですが、文芸部の高校生の話です。一見中高生向けなんですけど、本当は物語を愛するすべての人のために書きました」
ぼんやりとかすかに遠くに、光が見える。
気がする。
そこは子供向けの本出している老舗の会社で、なるほど会社も赤い屋根で黄色の壁、いわさきちひろの絵がかけられていて可愛らしい。俺の会社の雰囲気とは大違いだ。俺はチャイムを押す。
「すみません、十四時に予約していた日向ですけれども」
俺は精いっぱいの慣れない笑顔を作る。
「あ、はいお待ちしておりました」
受付のお姉さんがエレベーターで下まで送り来てくれた。
「こちらでお待ち下さい」
俺は待合室みたいなところに通された。待合つのテーブルも赤で、丸く可愛らしいデザインになっている。受付の方がコーヒーとミルクを持ってきてくれた。俺はそれを飲んで待った。ふと横を見ると、作家と編集者らしき人がもう一つのテーブルで何か話し合っていた。
「いや、ここは逆に抑えた方がいいんですよ。そうじゃないと後々のシーンでの感動が薄れると思います」
女の人の声だ。ここは(まだわからないが)女性の編集者も多いみたいだ。
「いや、でもここはビビが感情を初めて出す重要なシーンなんです、挿入させてください。長くなるかもしれませんが、まるまる一話使いたいのです。そうすることで逆に後々のビビの決闘シーンが盛り上がります。人物の背景を知らないと知っているでは教官の度合いが全く違うと思うんです」
高い声がした。懐かしい、いつか昔聞いたような声だった。
「なるほどねえ、一話まるまる、か。悪くないね。連載は一年だけど、それは大丈夫?」
「だから、主人公のバックグラウンド部分を減らしたんです、本当はもっと書きたいこともありました。魔法の説明もありましたが、省きました。読者にはマジックリアリズム的手法として、それはそういう世界のものだと最初から思い込ませます。世界観の背景説明を極力省くのです」
「あーい、『百年の孤独』みたいな」
女性編集者が耳をポリポリ掻いた。
「そうですそうです」その女性作家は興奮していた。
「子供たちがその世界に浸るにはある程度の仕掛けと言うか導入が必要ですが、それが助長的になっているきらいもあったと思うので、半分に最初の方をフィックスします」
「たしかになあ」
編集者が腕汲みをする。
「でも、半分にはできる?やりすぎじゃない?」
「私は、この作品自体、とても助長的だと思うのです。もっと簡潔に書きたいのです」
その作家は言った。
「わかりやすく、でも奥深く。これが私のやりたいことです。私のやりたいことは今も昔も変わりません。ただ、文字で誰かをちょっとでも救ったり、いやしたりしたいんです。そのためにはわかりやすくなくてはならいと思います」
「なるほどなあ、相変わらず熱いねえ」
女性編集者は笑う。俺もその様子を見てくすくす笑う。作家は俺の存在に気付かず、夢中で編集者に話しかけている。
俺は今でも馬鹿だし、未熟者だと思う。あの頃から、俺は一貫して伊月にも鈴木にも頭が上がらない。あいつらを尊敬しなかった日は一度も無い。それでも、俺は未熟者だった。俺は鈴木の言うことを、言わんとしていることを全く理解できていなかった。
鈴木が感じていることを真に理解できる人は、あの頃誰にもいなかった。今でも、そうそういないんじゃないかと思う。
結局俺たちは、人と分かり合えないから物語を書くのだし、たとえ何かを書いたとしても、人と分かり合える訳では無いのだ。むしろ書くことで、俺たちはより一層自分たちが違う人間であることを実感する。
不思議だ。
誰にも共感できる話を書くと言うことは、結局のところ、誰にも理解されないと言うことなのかもしれない。
俺たちは、皆が知っている言葉を使って、みんながわかるようなことを言って、みんなが経験したことがあるようなことを書いて、それでも、俺たちは一人で悩んでる。
それでも作品を書く。伝えたいことがあるからだ。何か悩んでいる人もそうでない人も、同じように心が少し軽くなってくれればいいと思う。そうやって、俺たちは今日も書く。まだ見ぬ誰かに手紙を届けるために已むに已まれず。
「日向様、こちらへどうぞ」
受付の係の人に呼ばれた。俺は
「はい」
と元気良く返事をした。
「今回はどんな作品を?」
目の前の人が俺に聞く。
「二つあります。一つはこども向けの童話。
もう一つは自伝的になってしまうんですが、文芸部の高校生の話です。一見中高生向けなんですけど、本当は物語を愛するすべての人のために書きました」
ぼんやりとかすかに遠くに、光が見える。
気がする。
0
お気に入りに追加
1
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました
フルーツパフェ
大衆娯楽
とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。
曰く、全校生徒はパンツを履くこと。
生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?
史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。
校長先生の話が長い、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。
学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。
とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。
寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ?
なぜ女子だけが前列に集められるのか?
そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。
新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。
あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
ハーレムフランケン
楠樹暖
ライト文芸
神達(かんだち)学園高等部は女学校から共学へと変わった。
しかし、共学へと変わった年の男子生徒は入江幾太ただ一人だった。
男子寮は工事の遅れからまだ完成しておらず、幾太は女子寮の一室に住むことになる。
そんな折り、工事中の現場で不発弾が爆発。
幾太をかばって女生徒たちが大けがを負った。
幾太は奇跡的に助かったが、女生徒達の体はバラバラになり、使える部位を集めて一人の人間を作ることに……。
一人の女の子の体に六人分の記憶と人格。女子寮ハーレムものが一転してフランケンシュタインものに――
後悔と快感の中で
なつき
エッセイ・ノンフィクション
後悔してる私
快感に溺れてしまってる私
なつきの体験談かも知れないです
もしもあの人達がこれを読んだらどうしよう
もっと後悔して
もっと溺れてしまうかも
※感想を聞かせてもらえたらうれしいです
就職面接の感ドコロ!?
フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。
学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。
その業務ストレスのせいだろうか。
ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる