それでも日は昇る

阿部梅吉

文字の大きさ
上 下
46 / 50

こめたろうのたび

しおりを挟む
「『こめたろう』は『ごはんのくに』で、クッキーを見つけたんだ。米太郎は親切だから、貴方はチョコレートの国に行った方が活躍できますよ、って言うんだ。
 でもクッキーは言うんだ。『あそこは優秀なチョコレートに合う官僚になる訓練もあるし、規律ばかりで好きじゃない、こちらの国の方が気楽でいい。それに、俺はもう向こうの国でおいしい書庫レートに会うクッキーの配合を考えるビジネスで儲けて、リモートワークをしているのさ』と」

「何それ、面白い」

鈴木が笑った。

「急に近代的だね」

「それで、こめたろうは驚愕するんだ。浅はかだった自分のことを鑑みるんだ。というのも、そのクッキーは別に優秀にならなくても生きて楽しく過ごせていればそれでいいという考えを持っていたからなんだ。
 『チョコレートの国』の住人はほとんどが優秀な官僚や政治家や軍人にならなければならないと確信している。まるで宗教みたいに妄信して、そのために生きている。
 でもそのクッキーは違った。権力にはまるで興味がなく、自分自身がいいと思う生き方を追求していた。何より、自分の国と他の国を知って比較しうえで自由な生き方を選択していた。そんな者に出会ったのは初めてのことだったから、こめたろうはかなりショッキングだったんだ。だから、こめたろうは写真と文章を使って、いろんな国を旅して本を作ることにした」

「うんうん」

「こめたろうは、いろんな国と価値観と選択肢があるってことを、みんなに知らせるべきだと考えた。そのためには各地を旅して、それを書き留めて本にするのが一番いい方法だと思ったんだ。だから、それからはいろんな人を聞き、いろんな生き方と文化を学ぶことにした」

「へえ、面白い」

鈴木が相槌を打つ。

「ごめん、これでおしまい」

「あああ、続き、気になるなあ。もうこれで完結なの?」

「わからない。またパッと内容が思いつくかもしれないからね」

「へえ、すごいなあ、日向君はパッと話を思いつくタイプか」

まあ、今回の話は優理愛のセリフから着想を得たのだが、それは黙っておこう。

「鈴木もそうだろ」

「私はどうやってアイディアが生まれるのか、自分でもわからないからなあ。書いているうちに思いつくんだ」

「そんなもんなのか?」

でも、確かにわかるかもしれない。俺も最初はこんな話になるとは思ってもいなかった。

「天才って、そういうものなのかもな」

俺はぽつりと言う。

「そうかなあ」

「うん」

俺は言う。

「将棋の羽生善治さんが言っていたよ。努力ってのは、報われるか報われないかわからないところで持続的に情熱をもって勝負することだって。鈴木にはその力があるし、何より夢中になれる力があると思う」

「そうかなあ、でも書くのは楽しいよ、とても苦しい時もあるけど、たまあにね」

「うん、さっき言っていたみたいに、誰もが孤独を抱えていると思うんだ。俺だって、鈴木みたいにうまく小説が書けなくて、かといって伊月みたいに行動力があるわけじゃないから悩んだ時期もあった。でも、俺は、自分が生きたいように生きようと思うんだ」

「そっか」

鈴木が柔らかい声で言った。

「うん」

「あのね」

鈴木が唐突に言った。

「日向君は本当に」

そこで沈黙が流れた。難病かはわからない、時間が止まってしまったかと一瞬錯覚するほど、長く感じられた。

「すごい人だと思う」

 その日はその後、他愛もない話をして電話を切った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

病気呼ばわりされて田舎に引っ越したら不良達と仲良くなった昔話

ライト文芸
弁護士の三国英凜は、一本の電話をきっかけに古びた週刊誌の記事に目を通す。その記事には、群青という不良チームのこと、そしてそのリーダーであった桜井昴夜が人を殺したことについて書かれていた。仕事へ向かいながら、英凜はその過去に思いを馳せる。 2006年当時、英凜は、ある障害を疑われ“療養”のために祖母の家に暮らしていた。そんな英凜は、ひょんなことから問題児2人組・桜井昴夜と雲雀侑生と仲良くなってしまい、不良の抗争に巻き込まれ、トラブルに首を突っ込まされ──”群青(ブルー・フロック)”の仲間入りをした。病気呼ばわりされて田舎に引っ越したら不良達と仲良くなった、今はもうない群青の昔話。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

ハーレムフランケン

楠樹暖
ライト文芸
神達(かんだち)学園高等部は女学校から共学へと変わった。 しかし、共学へと変わった年の男子生徒は入江幾太ただ一人だった。 男子寮は工事の遅れからまだ完成しておらず、幾太は女子寮の一室に住むことになる。 そんな折り、工事中の現場で不発弾が爆発。 幾太をかばって女生徒たちが大けがを負った。 幾太は奇跡的に助かったが、女生徒達の体はバラバラになり、使える部位を集めて一人の人間を作ることに……。 一人の女の子の体に六人分の記憶と人格。女子寮ハーレムものが一転してフランケンシュタインものに――

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

処理中です...