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何かを成し遂げれば必ず誰かが批判する
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新学期になってすぐ、俺は不思議なツイッターアカウントを見つけた。正確には、佐伯が見つけたものだった。たまたま部活に早く来たのが俺は、佐伯に携帯を見せられて愕然とした。
それは桜木ヒカルを中傷するために作られたアカウントだった。
桜木ヒカルの正体が鈴木であることも平然と書かれていた。中には鈴木の写真が隠し撮りされてアップされているものもある。俺は完全に頭に血が上っていて、見つけ次第こいつを縛り首にしたい気分だった。
「許せねえ」
「この人、おそらく鈴木先輩の顔見知りですよ。学校も名前もばれてますし。しかもこれ、完全に個人攻撃です」
「特定できないのか?」
「そうですね、このアカウントには鈴木さんの高校名と、ついでにクラスの番号まで割れています。おそらく、先輩の中学か高校の知り合いかと思われます」
「もう少し解析し
「久しぶり」
鈴木が部室に現れた。反射的に、佐伯が携帯を隠す。俺と佐伯は目を合わせる。俺は首を軽く振った。
「鈴木、夏休みのうちに原稿は完成したのか?」
「うん。おかげさまで殆ど完成したよ。明日には印刷できると思う」
鈴木はいつも通りだった。
「そっか」
俺はなるべく平静を装ったが、その実、鈴木を中傷する人間をボコボコにして全校生徒に知らしめたかった。俺の腸は尋常じゃないほど煮えくり返っていた。隣にいる佐伯は俺に携帯で連絡を送ってきた。
【どーします?鈴木さんには言わない方が良いですよね?】
【絶対言うな 言ったらお前もボコる 気づかれてもボコる】
【先輩の方が怖いっすよ】
【とにかく俺たちでそいつを見つけて潰す】
【潰……】
(猫が怯えているスタンプ)
俺は横にいる佐伯を睨む。佐伯は知らんふりを決める。
「二人は小説、まとまった?」
鈴木はいつになく穏やかだった。
「俺の方はなんとか捻り出したけど、佐伯はあんまり進展してないよなあ」
佐伯がぎくりとして言う。
「でも、鈴木さんに言われた通り毎日アイディア出ししてますよ」
「それならいつか上手く行くと思う」
鈴木は無邪気だ。
「こんちはー」
若狭が来る。若狭も厄介だ。こいつは思っていることが犬のように顔に出やすいから、今回の件はこいつに教えない方が良いだろう。そのあと続々と部員が集まって来た。
「今日、梶は?」
俺が若狭に聞く。
「あいつは今日、理学部です」
「うす」
伊月が来る。俺はタイミングを見計らう。
「ちょっと、そろそろ例の出版社への電話をかける日を決めようと思う。まず、俺と伊月で少し席を外させてほしい」
と俺は言った。
「そうだな、ちょっと悪いが、二人で話し合う。そのあと、皆の出来を見てもう一度修正しよう」
伊月は俺の言葉に何の疑いも無く従った。みんなも従った。俺は部室を出ると、素早く佐伯に携帯で連絡をする。
【お前は何もするな】
俺は伊月を学校の玄関まで連れて行った。
「そんなに離れなくてもいいだろう」
と言う伊月の言葉は無視した。
俺はそっと、例の携帯の画面を奴の目の前に突き付けた。次第に伊月の表情が曇る。目が俺の携帯の一点に集中する。段々と目は見開かれ、口は下がっていく。
「なんだこいつ、きもいな」
それが伊月の率直な感想だった。
「俺はこいつを見つけてとっちめる。それでこのアカウントを消させる」
「鈴木はこのアカウント、知っているのか?」
「多分知らない」
「それなら」
「あ、先輩お疲れさまです」
後ろからちょっとだけ高い男の声がした。見ると、白衣を着た集団の中に梶がひっそりと立っていた。
「梶、何やってるの?」
梶の手には雑草が握られている。他の白衣を着た人たちは外に出て行った。
「いえ、ちょっと虫を捕まえていまして」
俺はその答えを聞いて逆に疑問が十個ほど思い浮かんだが、とりあえずスルーした。
「へえ」
「あ、すみません。なんでしょう、それ」
梶は俺の携帯を指さした。俺は事情を説明し、くれぐれも内密に、と誓わせた。
「これは頂けませんね」
梶の表情は変わらないが口調は冷ややかだ。
「最低最悪の野郎だ」
伊月が半ばあきれ口調で言う。
「実はこのアカウント、佐伯が見つけたんだよ。俺はついさっき知った。鈴木には絶対に言うなよ」
「勿論言いません」
梶は冷静に答えた。
「実は俺と佐伯と伊月とで、こいつを特定しようと思っている。方法はわからないけど、アカウントを停止させる」
「なるほど」
暫く沈黙したあと、
「それならばそうですね、中谷さんに聞いてみると良いかもしれません」
梶が思いついたように言う。
「中谷?」
「理学部の三年生です。今連れてきます、ちょっと待っててください」
そうすると、梶は外へ飛び出して行った。一分もかからずに、白衣を着た小さな男が俺たちの前に現れた。俺と並ぶと、中谷は自然と俺を見上げる格好になった。
「アカウントの特定?」
中谷と呼ばれる男は、身長百六十センチ未満の、細身の男だった。申し訳ないが、とても高校三年生には見えない。見た目は見るからに中学生だ。
「文芸部の日向です、このアカウントを、同じ部活の鈴木を中傷しているのでやめさせてほしいんです」
俺は携帯の画面を見せる。
「あーー、この子ねえ。あの賞、獲った子だっけ?」
中谷の喋り方は、いかにもけだるげだ。声に力が入っていない。
「そうですね」
「そっかそっか……うん、わかった。このアカウントの特定ね。うんうん。この『桜木ヒカル氏ね』(それがアカウント名だ)さんの特定をすればいいのね?」
「できれば」
「うんうん、わかった。一応、日向君の連絡先、教えてくれる?」
俺は言われた通り教えた。
「わかったら連絡するね。あ、虫取り一緒にやる?」
「虫取りはご遠慮しますが、お願いします」
「はいはーい」片手を振って、梶と中谷は消えて行った。俺らはお辞儀をし、その姿が見えなくなるまで見送った。
「あの男、信用していいのか?」
伊月は二人がいなくなったところで俺に聞いてきた。
「するしかないだろ、今は。少なくとも俺、梶は誠実な人間だと思っている。梶が信頼している人間だから、とりあえず信用するしかないだろ」
伊月は二秒考え込んだ。こぶしを顎に抑えている。こいつが考えるときの仕草だ。
「ま、そうだな。考えても仕方ねえ」
「そうそう」
「でも、犯人わかったあとはどうするんだ?」
「ボコる」
「やめろ」
喰い気味に伊月が言う。
「っていうのは冗談だけどさ」
「お前が言うと冗談に聞こえねえんだよ」
「アカウントを停止させる。これが目標だ」
俺はきっぱりと宣言した。
「わかった、それ以外に条件は?」
「鈴木に知られない」
「そうだな」俺らは笑った。
「とりあえず部室に戻ろう。みんな待ってる」
俺は部室に戻る。伊月もそれについてくる。
「でも、マジな話、人なんて有名になればなるほど変なこと言う奴がこの先ごまんと出てくるぞ?」
伊月が歩きながら言う。
「まあそうだろうな」
「この世の虫をすべて駆逐するのは無理だ」
「そうだろうな。でもだからと言って、何もしないわけにはいかないだろ?」
「まあな」
「プライドの問題なんだ」
俺は伊月の顔を見ずに言った。薄炉で奴がどんな顔をしているかは、知ったこっちゃない。
「わかるけどさ」
伊月がため息をつく。
「言われっぱなしは良くねえよな」
俺は指の関節の音を鳴らす。
「お前のそういうとこ、嫌いじゃないけど」
伊月はため息をつきながらも笑う。
「だからって、ボコるなよ」
「それはわかってるよ。ただ、俺は俺のために戦う」
「鈴木のためじゃなく?」
「ああ。そんなん、エゴの押し付けだろ? 俺がやろうとしていることを知ったら、きっと鈴木は嫌がるだろうからさ」
「わかってんじゃねえか」
伊月の声が、少し高くなる。
「俺のために奴をボコる」
「だからボコるなって」
それは桜木ヒカルを中傷するために作られたアカウントだった。
桜木ヒカルの正体が鈴木であることも平然と書かれていた。中には鈴木の写真が隠し撮りされてアップされているものもある。俺は完全に頭に血が上っていて、見つけ次第こいつを縛り首にしたい気分だった。
「許せねえ」
「この人、おそらく鈴木先輩の顔見知りですよ。学校も名前もばれてますし。しかもこれ、完全に個人攻撃です」
「特定できないのか?」
「そうですね、このアカウントには鈴木さんの高校名と、ついでにクラスの番号まで割れています。おそらく、先輩の中学か高校の知り合いかと思われます」
「もう少し解析し
「久しぶり」
鈴木が部室に現れた。反射的に、佐伯が携帯を隠す。俺と佐伯は目を合わせる。俺は首を軽く振った。
「鈴木、夏休みのうちに原稿は完成したのか?」
「うん。おかげさまで殆ど完成したよ。明日には印刷できると思う」
鈴木はいつも通りだった。
「そっか」
俺はなるべく平静を装ったが、その実、鈴木を中傷する人間をボコボコにして全校生徒に知らしめたかった。俺の腸は尋常じゃないほど煮えくり返っていた。隣にいる佐伯は俺に携帯で連絡を送ってきた。
【どーします?鈴木さんには言わない方が良いですよね?】
【絶対言うな 言ったらお前もボコる 気づかれてもボコる】
【先輩の方が怖いっすよ】
【とにかく俺たちでそいつを見つけて潰す】
【潰……】
(猫が怯えているスタンプ)
俺は横にいる佐伯を睨む。佐伯は知らんふりを決める。
「二人は小説、まとまった?」
鈴木はいつになく穏やかだった。
「俺の方はなんとか捻り出したけど、佐伯はあんまり進展してないよなあ」
佐伯がぎくりとして言う。
「でも、鈴木さんに言われた通り毎日アイディア出ししてますよ」
「それならいつか上手く行くと思う」
鈴木は無邪気だ。
「こんちはー」
若狭が来る。若狭も厄介だ。こいつは思っていることが犬のように顔に出やすいから、今回の件はこいつに教えない方が良いだろう。そのあと続々と部員が集まって来た。
「今日、梶は?」
俺が若狭に聞く。
「あいつは今日、理学部です」
「うす」
伊月が来る。俺はタイミングを見計らう。
「ちょっと、そろそろ例の出版社への電話をかける日を決めようと思う。まず、俺と伊月で少し席を外させてほしい」
と俺は言った。
「そうだな、ちょっと悪いが、二人で話し合う。そのあと、皆の出来を見てもう一度修正しよう」
伊月は俺の言葉に何の疑いも無く従った。みんなも従った。俺は部室を出ると、素早く佐伯に携帯で連絡をする。
【お前は何もするな】
俺は伊月を学校の玄関まで連れて行った。
「そんなに離れなくてもいいだろう」
と言う伊月の言葉は無視した。
俺はそっと、例の携帯の画面を奴の目の前に突き付けた。次第に伊月の表情が曇る。目が俺の携帯の一点に集中する。段々と目は見開かれ、口は下がっていく。
「なんだこいつ、きもいな」
それが伊月の率直な感想だった。
「俺はこいつを見つけてとっちめる。それでこのアカウントを消させる」
「鈴木はこのアカウント、知っているのか?」
「多分知らない」
「それなら」
「あ、先輩お疲れさまです」
後ろからちょっとだけ高い男の声がした。見ると、白衣を着た集団の中に梶がひっそりと立っていた。
「梶、何やってるの?」
梶の手には雑草が握られている。他の白衣を着た人たちは外に出て行った。
「いえ、ちょっと虫を捕まえていまして」
俺はその答えを聞いて逆に疑問が十個ほど思い浮かんだが、とりあえずスルーした。
「へえ」
「あ、すみません。なんでしょう、それ」
梶は俺の携帯を指さした。俺は事情を説明し、くれぐれも内密に、と誓わせた。
「これは頂けませんね」
梶の表情は変わらないが口調は冷ややかだ。
「最低最悪の野郎だ」
伊月が半ばあきれ口調で言う。
「実はこのアカウント、佐伯が見つけたんだよ。俺はついさっき知った。鈴木には絶対に言うなよ」
「勿論言いません」
梶は冷静に答えた。
「実は俺と佐伯と伊月とで、こいつを特定しようと思っている。方法はわからないけど、アカウントを停止させる」
「なるほど」
暫く沈黙したあと、
「それならばそうですね、中谷さんに聞いてみると良いかもしれません」
梶が思いついたように言う。
「中谷?」
「理学部の三年生です。今連れてきます、ちょっと待っててください」
そうすると、梶は外へ飛び出して行った。一分もかからずに、白衣を着た小さな男が俺たちの前に現れた。俺と並ぶと、中谷は自然と俺を見上げる格好になった。
「アカウントの特定?」
中谷と呼ばれる男は、身長百六十センチ未満の、細身の男だった。申し訳ないが、とても高校三年生には見えない。見た目は見るからに中学生だ。
「文芸部の日向です、このアカウントを、同じ部活の鈴木を中傷しているのでやめさせてほしいんです」
俺は携帯の画面を見せる。
「あーー、この子ねえ。あの賞、獲った子だっけ?」
中谷の喋り方は、いかにもけだるげだ。声に力が入っていない。
「そうですね」
「そっかそっか……うん、わかった。このアカウントの特定ね。うんうん。この『桜木ヒカル氏ね』(それがアカウント名だ)さんの特定をすればいいのね?」
「できれば」
「うんうん、わかった。一応、日向君の連絡先、教えてくれる?」
俺は言われた通り教えた。
「わかったら連絡するね。あ、虫取り一緒にやる?」
「虫取りはご遠慮しますが、お願いします」
「はいはーい」片手を振って、梶と中谷は消えて行った。俺らはお辞儀をし、その姿が見えなくなるまで見送った。
「あの男、信用していいのか?」
伊月は二人がいなくなったところで俺に聞いてきた。
「するしかないだろ、今は。少なくとも俺、梶は誠実な人間だと思っている。梶が信頼している人間だから、とりあえず信用するしかないだろ」
伊月は二秒考え込んだ。こぶしを顎に抑えている。こいつが考えるときの仕草だ。
「ま、そうだな。考えても仕方ねえ」
「そうそう」
「でも、犯人わかったあとはどうするんだ?」
「ボコる」
「やめろ」
喰い気味に伊月が言う。
「っていうのは冗談だけどさ」
「お前が言うと冗談に聞こえねえんだよ」
「アカウントを停止させる。これが目標だ」
俺はきっぱりと宣言した。
「わかった、それ以外に条件は?」
「鈴木に知られない」
「そうだな」俺らは笑った。
「とりあえず部室に戻ろう。みんな待ってる」
俺は部室に戻る。伊月もそれについてくる。
「でも、マジな話、人なんて有名になればなるほど変なこと言う奴がこの先ごまんと出てくるぞ?」
伊月が歩きながら言う。
「まあそうだろうな」
「この世の虫をすべて駆逐するのは無理だ」
「そうだろうな。でもだからと言って、何もしないわけにはいかないだろ?」
「まあな」
「プライドの問題なんだ」
俺は伊月の顔を見ずに言った。薄炉で奴がどんな顔をしているかは、知ったこっちゃない。
「わかるけどさ」
伊月がため息をつく。
「言われっぱなしは良くねえよな」
俺は指の関節の音を鳴らす。
「お前のそういうとこ、嫌いじゃないけど」
伊月はため息をつきながらも笑う。
「だからって、ボコるなよ」
「それはわかってるよ。ただ、俺は俺のために戦う」
「鈴木のためじゃなく?」
「ああ。そんなん、エゴの押し付けだろ? 俺がやろうとしていることを知ったら、きっと鈴木は嫌がるだろうからさ」
「わかってんじゃねえか」
伊月の声が、少し高くなる。
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