それでも日は昇る

阿部梅吉

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物を教えると教える側が更に上達する

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 翌日、鈴木と佐伯は何やらずっと小説について語っていた。佐伯は小説を書いてみたいものの、いまいちそのノウハウが掴みきれていない様だった。昔の俺と同じ状態だ。最初の一文さえ書ければあとは殆ど考えずに書けるのだが、その最初の一歩が踏み切れずにいた。俺には佐伯の気持ちが痛いほどわかった。

「正直、私は自分がどうやって小説を書いているのかわかんないの、ごめんね」
と鈴木は言った。

佐伯に質問攻めにあっていて、ちょっと困っていた。

「私は書きたいことがあるから書いているだけなの。佐伯さんが本当に書きたいことを書けばいいんだよ」

鈴木は少し弱弱しい声で言う。

「書きたいこと……」

佐伯が言った。

「うん」

鈴木はちょっと困ったような、無理やり笑顔を作ったような表情をした。

「難しいよな」
と俺も口を挟む。

「俺たちも去年、必死でネタ帳に書き込んでたしな」

伊月も加勢する。

「懐かしいな。でも俺にはわかるよ。小説って、書き始めが難しかったりするよな」

「そうかも……ね、うん」

鈴木が言う。

「無理して意見合わせなくていいから」と、俺が諭す。鈴木がにこ、と笑う。

「とりあえず思いつくシーンをノートに書いてみたら?」

鈴木が優しく言った。

佐伯はその言葉を皮切りに黙々と何かを書き始めた。エンジンがかかったみたいだ。

 帰り道、俺は久々に伊月と鈴木の三人で地下鉄に乗っていた。夕方だけど、人は少ない。席は十分に空いていたが、俺たちはいつもドアの少し横で立ちながらお喋りしていた。

「正直、いろいろと小説の書き方を聞いてくる子って、本当の意味で小説を書きたいわけじゃない気がするの」

鈴木が珍しく自分の意見を言った。

「本当に小説を書きたかったら、とにもかくにも文章を作ってしまうものだと思うの。なんて言うか、うまく言えないけど」

「わかるような気がするよ」

俺も同じような意見だった。佐伯の気持ちも痛い程分かるが、鈴木の意見も俺には納得できた。

「要するに、どうしても書きたいっていう気持ちがまだ佐伯の中には無いってことか?」

伊月がまとめる。

「平たく言うと……その、そうだと思う」

鈴木が言葉を探すように答える。

「でも、俺には佐伯の気持ちも分かる」

俺は言った。

「実は、俺も小説に挑戦したんだ」

何の恥ずかしげも無く、自然と言葉がこぼれ出た。今まで恥ずかしがっていたことが自分が嘘のように。

「そうか」

伊月はそれを聞いて、特に感情を示さなかった。

「じゃあ、それを乗り越える方法を知っているのは日向だけなんだな」

「そうかもしれない」

「どうやって乗り越えるんだ?」

「そうだな、自分をひたすら見つめなおして、普段自分が理不尽に思っていることとか、疑問に感じていることを書けばいいんじゃないのかな。俺にもわからない」

「そうか」

伊月は何かを考えながら言った。こいつは何かを考えるとき、左手を握り、それを顎に押し当てる。

「結局のところ、自分で乗り越えるしかないんだな」

伊月が結論を言う。

「そうだと思う」

鈴木が悔い気味に言う。

「答えってそれだけだよな、ほんと」

「多分、待つしかない」

鈴木が言った。俺は頷いた。伊月は何も言わなかった。電車が、地下のトンネルを走り続ける。暗闇の中を走り続ける。何処かに行きつくまで。

「今度、作品ちゃんと見せてね」

鈴木が電車を起きるときに言った。

「ああ」

俺は頷く。

「それが約束だから」


 「なかなか面白いじゃん」

数日後、伊月が俺に言った。

「お前がこんな小説書けるなんて思ってもみなかった」

「俺もこんな風になるとは思ってもみなかった」

「そういうものだよねえ」

鈴木だけがマイペースに返答する。鈴木は新しい小説を二作同時に書いていた。相変わらずマイペースがハイペースだ。

「でもこの小説、校正する人がいないよ」

鈴木が心配そうに言う。

「伊月、頼むわ」

丸投げ。

「はいはい、わかってる」

伊月がにっこりと笑った。

「俺も今、小説考えてるんですよ!」

若狭君が楽しげに言う。

「どんな感じ?」鈴木が優しく聞く。

「うーん、今考えているのは、海の事故で弟を亡くした兄のお話です」

「へえ、現代ものなんだ。ファンタジーじゃないの?」

鈴木がしみじみ言う。

「本当はもっとマジックリアリズム的なものにしたかったんすけど、なんかこんな風になっちゃってしまって……」

「なかなかうまくいかないよね」

鈴木、若狭、俺がため息をついた。
 一方、伊月と梶、高橋はパソコンで動画を見ていた。去年のビブリオバトル全国大会の映像だ。

「やはり導入は大事なんですね」

高橋が冷静に言う。高橋はおとなしそうな顔をしているが、芯はしっかりしていそうだ。

「五分って意外と長いですね」

梶が率直な感想を言う。

「まあ、対策は二週間くらいあれば行けると思う」

伊月が真面目な顔で語る。

「それまではお互い、一冊でも多く本を読むしか無いな。楽しんで」

「そうですね」

高橋が笑う。きっとこの子は純粋に本が好きなんだろう。

「僕も大会のために、『坂の上の雲』を読み返してみます」

梶も冷静に言う。

「私はどうしよう……」

高橋が本棚を眺める。

「そういえば、今日、佐伯さん来てないね」

鈴木が言う。

「何か買い物の用事があるって連絡が来た」

「そっか。小説、進んでるかな」

鈴木が窓に目をやりながら言う。

 季節は巡る。桜の花びらは散り、だんだんと木は葉をつけていく。今は試験もないし、自分たちのスキルを磨くには絶好のチャンスだった。

「そういえば、日向さんは国語の成績がいいそうですね」

思い出したように、梶が俺に話しかける。

「国語だけな。それ以外は伊月に聞けよ。あいつは秀才だから」

「何か言った?」

伊月が飄々と答える。

「何も」

「今度、勉強教えてください」

梶が伊月に頭を下げる。

「あ、うん。わかった」

伊月が身構える。

「鈴木さん、今回の作品はどこに応募するんですか?」

若狭が質問する。

「一作はH新聞で、もう一つはY文芸賞」

「え、すげえっすね」

「若狭君は応募しないの?」

「うーん、わかんないです。小説作るのは初めてなんで」

「そっか。日向君は?」

「S県文芸賞。俺はそこから始める」

俺は感情を込めずに言う。

「そっか、楽しもうね」

鈴木が笑った。

「あたりまえだろ」

 佐伯が部活に来なくなってから一週間後、彼女は突然現れた。彼女は放課後、両手いっぱいに原稿用紙を持って部活に来た。

「すみません、長く休んでて」

佐伯は笑顔で言った。

「佐伯、これ」

俺は勝手に原稿用紙を盗み見る。百枚くらいの原稿用紙に、文字が印刷されていた。

「読んでくださいよ、日向さんに校正してもらいたいんです」

「わかった」

言うより早く、俺は原稿を読んでいた。

「わあ、すごいです」

若狭君が感心する。

「佐伯さん」

高橋も無邪気に笑う。

「突破したんだな」

伊月も少し驚いているようだ。
ふと鈴木の方を見ると、心なしか笑っているような気がした。
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