14 / 50
センスはインプットとアウトプットの量で決まる 2
しおりを挟む
「じゃあ、俺から。今日は特別に海外路線じゃないのを選んで来たわ。最近の日本の作家さんのエッセイだけど」
「こんなのも読むんだ」鈴木が思わず口を挟む。
「最近っていつだ?」伊月も思わず聞く。
「五年前」俺は正確にそれを答えることが出来る。
「この作家さんも賞を獲ってる。直木賞。皆知っていると思う。この作家さんの作品はドラマ化もされてるしね。
シリアスなミステリーとか恋愛とかを書いてる。
けど、俺がこの作家さんの作品で好きなのは、意外にもエッセイなんだよな。あまり有名ではないけど。
この人の作品は基本的に暗い。どちらかと言えば重い内容がテーマになる事が多い。スクールカーストとかレイプ問題だとか。それに引き換え、エッセイでは本当にくだらない、笑えることしか書いていない。ちょっと拍子抜けというか、あんな作風からは考えられないような著者の意外な日常を描いている。食が細くて肉があまり食べられないとか、姪に職業を偽っているとか。
雑誌に投稿していたエッセイらしいが、どの話も笑える。ついつい目を通してしまう。エッセイでの文章は流れるような感じかな。力が良い意味で抜けているから、彼の小説を読み疲れた時に、息抜きで読める。
このエッセイの凄い所は、意図して毎回の話にメッセージ性を込めていないところかな。自分が主張したいことは小説で主張するタイプなんだろうな、エッセイではあまり教訓のようなものが前面に出されていない。しかし彼は何といっても第一線で活躍している作家だから、文章は上手いし、ついつい無意識的に俺たちは何かを学ばされている。
なんだろうな、読者に自分の理想像や思想を押し付けるんじゃなくって、自らの体験を吐露することで進んで反面教師になろうとしていると言うか。面白おかしく、俺みたいにはならないでくれって言うんだ。それが共感できる。普段の作風からは全く想像できない彼の日常を通じて、いつのまにか俺らは彼に踊らされてる」
「へえ、面白そう」
今日の鈴木はおしゃべりだ。
「話も毎回面白いよ。姪っ子の話とかが多いかな。姪っ子のプリキュアごっこに付き合ったりしている話とかね。でも、文章が超絶にうまいから何気ない日常が凄く面白くなるんだよな。文体に無駄がないっていうか。他の小説の合間にもサクサク読めるよ」
「他の小説を読む合間に本読むのはお前しかいねえよ」
伊月が突っ込む。
「いるだろたくさん」
俺も突っ込み仕返す。鈴木が笑う。
「で、トリは?」
鈴木が伊月の目を見て促す。
「これ。みんな知ってるだろ?」
伊月が取り出したのは、ある有名な児童書シリーズの一作目だった。どこの小学校の図書館にも置いてある。絵がたくさんあって、文字が大きい。
「うわ、懐かしい」
「読んでた読んでた」
鈴木も思わず笑顔になる。
「改めて考えてみるとさ、これ、すごく面白いんだよな」
伊月も笑う。にやにや顔ではない、優しい表情だ。
「話はみんな知っている通り。あるクリスマスの日に、少年が自分の友達を欲しいと言う。翌朝起きて見ると自分の部屋に大きな人形がいくつか置いてある。それが突然喋り出し、動き出し、少年は色々な冒険に連れ出す」
「うんうん」
鈴木は伊月の話にのめり込んでいた。
「そこで少年は色々な体験をする。いろいろな国や世界に行って、理不尽なことをたくさん目の当たりにする。その話の一つ一つがこれまた面白い。このシリーズはもう十五冊にも及ぶ。でも、大人になってからこの話を読んでみると、また発見があるのよな。
ある国ででは戦争をしているし、ある国では他の国との親交を一切断っている。ある国と国が条約を結びながら、裏ではお互いを裏切っている。独裁国家もあれば、民主国家もある。でもそれぞれの国で、それぞれの問題を抱えている。主人公たちは冒険の中で迫害を受けたり、差別されたり、はたまた歓迎されたり、無視されたり、多くのレッテルを貼られながらも戦いを潜り抜けていく。
この作品の凄い所は、以前別の国で出てきた登場人物も、大人になって登場する点にある。かつて喧嘩しあっていた奴らが仲直りしていたり、主人公に遭って生活が一変した奴もいたり、或いは別の夢を追って成功した奴もいる。依然として、主人公たちを好きになれない奴らもいる。
登場人物たちは、基本的に前しか見ていない。問題を解決するために全力で戦っている。平和のためには、時にある種の暴力も行使している。面白い事に、彼らが暴力を使う時は必ず理由があるんだ。主人公も、暴力を使うことを本当はしたくなんだ。彼らは基本的に誰かを殺したりしない。殺さない罰を考えるんだ。でもまあ、物事は、どう単純じゃない。この作品では少なからず人が死ぬ。そういうのは、やっぱり避けられないんだろうな」
「物語の都合上?」
俺は聞く。
「そうだろうね」
伊月が言う。鈴木だけが口に力を入れて黙っている。
「この物語は、子供向けに書かれてはいるが、その実、内容は深い。現代社会に通じるものもたくさんある」
「確かに、今読んでみたらまた違うかもな」
その意見には俺も賛成だった。
「物語にはね、どうしても避けられないことってあるんだよね」
鈴木が突然口を開いた。あまりにも滑らかな会話のパスだった。
「最後の結末にかなり悩むときもあるし、出来上がって見たらまるきり違う作品になっていることもしばしばだけど、それでも、変えられない幾つかのポイントみたいなのがあると思う。だから、必然的な死っていうのはやっぱりあるのよね。どう転んでも同じ結果になってしまうっていうか」
「そういうもんなの?」
無知な俺は言う。
「そういうもんでしょ?」
鈴木が俺にいたずらっぽく笑う。二人だけの約束を、彼女はまだ守ってくれているみたいだ。
「避けられないポイント、か。そういうのって確かにあるかもな」
伊月が納得したようにゆっくり言う。
「あるの」
「うん」
伊月がじっと考え込んだ。俺にはその感覚が全く分からなかった。俺だけが置いてけぼりになった感覚がした。
「書こうとしたことは、何でも書けるもんじゃないのか?」
鈴木が悲しいような目で笑った。
「そんなわけないでしょう?」
そういうもんかな。
「で、誰の本が一番面白そうだった?」
伊月が聞いた。
「こんなのも読むんだ」鈴木が思わず口を挟む。
「最近っていつだ?」伊月も思わず聞く。
「五年前」俺は正確にそれを答えることが出来る。
「この作家さんも賞を獲ってる。直木賞。皆知っていると思う。この作家さんの作品はドラマ化もされてるしね。
シリアスなミステリーとか恋愛とかを書いてる。
けど、俺がこの作家さんの作品で好きなのは、意外にもエッセイなんだよな。あまり有名ではないけど。
この人の作品は基本的に暗い。どちらかと言えば重い内容がテーマになる事が多い。スクールカーストとかレイプ問題だとか。それに引き換え、エッセイでは本当にくだらない、笑えることしか書いていない。ちょっと拍子抜けというか、あんな作風からは考えられないような著者の意外な日常を描いている。食が細くて肉があまり食べられないとか、姪に職業を偽っているとか。
雑誌に投稿していたエッセイらしいが、どの話も笑える。ついつい目を通してしまう。エッセイでの文章は流れるような感じかな。力が良い意味で抜けているから、彼の小説を読み疲れた時に、息抜きで読める。
このエッセイの凄い所は、意図して毎回の話にメッセージ性を込めていないところかな。自分が主張したいことは小説で主張するタイプなんだろうな、エッセイではあまり教訓のようなものが前面に出されていない。しかし彼は何といっても第一線で活躍している作家だから、文章は上手いし、ついつい無意識的に俺たちは何かを学ばされている。
なんだろうな、読者に自分の理想像や思想を押し付けるんじゃなくって、自らの体験を吐露することで進んで反面教師になろうとしていると言うか。面白おかしく、俺みたいにはならないでくれって言うんだ。それが共感できる。普段の作風からは全く想像できない彼の日常を通じて、いつのまにか俺らは彼に踊らされてる」
「へえ、面白そう」
今日の鈴木はおしゃべりだ。
「話も毎回面白いよ。姪っ子の話とかが多いかな。姪っ子のプリキュアごっこに付き合ったりしている話とかね。でも、文章が超絶にうまいから何気ない日常が凄く面白くなるんだよな。文体に無駄がないっていうか。他の小説の合間にもサクサク読めるよ」
「他の小説を読む合間に本読むのはお前しかいねえよ」
伊月が突っ込む。
「いるだろたくさん」
俺も突っ込み仕返す。鈴木が笑う。
「で、トリは?」
鈴木が伊月の目を見て促す。
「これ。みんな知ってるだろ?」
伊月が取り出したのは、ある有名な児童書シリーズの一作目だった。どこの小学校の図書館にも置いてある。絵がたくさんあって、文字が大きい。
「うわ、懐かしい」
「読んでた読んでた」
鈴木も思わず笑顔になる。
「改めて考えてみるとさ、これ、すごく面白いんだよな」
伊月も笑う。にやにや顔ではない、優しい表情だ。
「話はみんな知っている通り。あるクリスマスの日に、少年が自分の友達を欲しいと言う。翌朝起きて見ると自分の部屋に大きな人形がいくつか置いてある。それが突然喋り出し、動き出し、少年は色々な冒険に連れ出す」
「うんうん」
鈴木は伊月の話にのめり込んでいた。
「そこで少年は色々な体験をする。いろいろな国や世界に行って、理不尽なことをたくさん目の当たりにする。その話の一つ一つがこれまた面白い。このシリーズはもう十五冊にも及ぶ。でも、大人になってからこの話を読んでみると、また発見があるのよな。
ある国ででは戦争をしているし、ある国では他の国との親交を一切断っている。ある国と国が条約を結びながら、裏ではお互いを裏切っている。独裁国家もあれば、民主国家もある。でもそれぞれの国で、それぞれの問題を抱えている。主人公たちは冒険の中で迫害を受けたり、差別されたり、はたまた歓迎されたり、無視されたり、多くのレッテルを貼られながらも戦いを潜り抜けていく。
この作品の凄い所は、以前別の国で出てきた登場人物も、大人になって登場する点にある。かつて喧嘩しあっていた奴らが仲直りしていたり、主人公に遭って生活が一変した奴もいたり、或いは別の夢を追って成功した奴もいる。依然として、主人公たちを好きになれない奴らもいる。
登場人物たちは、基本的に前しか見ていない。問題を解決するために全力で戦っている。平和のためには、時にある種の暴力も行使している。面白い事に、彼らが暴力を使う時は必ず理由があるんだ。主人公も、暴力を使うことを本当はしたくなんだ。彼らは基本的に誰かを殺したりしない。殺さない罰を考えるんだ。でもまあ、物事は、どう単純じゃない。この作品では少なからず人が死ぬ。そういうのは、やっぱり避けられないんだろうな」
「物語の都合上?」
俺は聞く。
「そうだろうね」
伊月が言う。鈴木だけが口に力を入れて黙っている。
「この物語は、子供向けに書かれてはいるが、その実、内容は深い。現代社会に通じるものもたくさんある」
「確かに、今読んでみたらまた違うかもな」
その意見には俺も賛成だった。
「物語にはね、どうしても避けられないことってあるんだよね」
鈴木が突然口を開いた。あまりにも滑らかな会話のパスだった。
「最後の結末にかなり悩むときもあるし、出来上がって見たらまるきり違う作品になっていることもしばしばだけど、それでも、変えられない幾つかのポイントみたいなのがあると思う。だから、必然的な死っていうのはやっぱりあるのよね。どう転んでも同じ結果になってしまうっていうか」
「そういうもんなの?」
無知な俺は言う。
「そういうもんでしょ?」
鈴木が俺にいたずらっぽく笑う。二人だけの約束を、彼女はまだ守ってくれているみたいだ。
「避けられないポイント、か。そういうのって確かにあるかもな」
伊月が納得したようにゆっくり言う。
「あるの」
「うん」
伊月がじっと考え込んだ。俺にはその感覚が全く分からなかった。俺だけが置いてけぼりになった感覚がした。
「書こうとしたことは、何でも書けるもんじゃないのか?」
鈴木が悲しいような目で笑った。
「そんなわけないでしょう?」
そういうもんかな。
「で、誰の本が一番面白そうだった?」
伊月が聞いた。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
校長先生の話が長い、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。
学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。
とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。
寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ?
なぜ女子だけが前列に集められるのか?
そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。
新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。
あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
深紅の愛「Crimson of love」~モブキャラ喪女&超美形ヴァンパイアの戀物語~
大和撫子
ライト文芸
平和主義者、かつ野菜や植物等を食材とするベジタリアンなヴァンパイア、異端なる者。
その者は1000年以上もの間探し求めていた、人間の乙女を。
自他(?)共に認めるモブキャラ喪女、武永薔子《たけながしょうこ》は、美人の姉麗華と可愛い妹蕾を姉妹に持つ。両親どもに俳優という華やかなる家族に囲まれ、薔子は齢17にして自分の人生はこんなもんだと諦めていた。とは言うものの、巷で言われているモブキャラ喪女に当てはまる中にも、ポジティブ思考かつ最低限の対人スキルと身だしなみは身につけている! 言わば『新しい(自称)タイプのモブキャラ喪女』と秘かに自負していた。
そんなある日、不思議な男と出会う。彼は何か深く思い悩んでいる様子であった……。彼は薔子の通う学園のスクールカウンセラーとして赴任すると言うのだが?
モブキャラ喪女と超美形ヴァンパイアに芽生えたのは恋??? 果たして……?
就職面接の感ドコロ!?
フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。
学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。
その業務ストレスのせいだろうか。
ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる