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大事なのは出会いでは無くそこから一歩踏み出すかどうかだ 4
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「で、文芸部って結局何するの?」
放課後、俺たちは図書室の一角にある休憩スペースに集まっていた。
「好きな本読んだり、作品作ったりでいいんじゃないか?」
伊月が鈴木の新作原稿を読みながら言う。
「はい」
鈴木は一心不乱に自分のノートパソコンに向かっている。
「ふうん」
俺は普段通り、本に向かう。
「そう言えばさ、鈴木さん、こいつさあ、結構、批評能力あるんだよ」
伊月が突然俺に振る。
「そうなんですか?」鈴木が食いつく。
「佐近樹忠と同じような感覚を持っているし、悔しいが知識だけは抜群だからな」だけ、の部分に伊月は力を込めたのを、俺は聞き逃さなかった。
「俺はどうせ知識だけですよお」
「こいつは結構小説を見る目があるからな。だてに三六五日本を読んでるわけじゃない」
「本当ですか?すごいです」
鈴木は純粋に俺を尊敬しているみたいだが、そういう姿を見せられると却ってへこむ。
「そうか?俺は自分の好きなことに没頭してるだけだし。鈴木の方がすげえじゃん、あんな小説書けるんだし」
鈴木の手が止まる。
「読んだんですか?」
「ああ」
「一日で?」
「当たり前だろ」
いつの間にか俺にも、伊月の口調が移っている。
「すごい」
また、鈴木の尊敬の眼差し。
「面白かったからな、一気に読めた」
鈴木の表情と体が固まった。
「本当?」
声が上ずっていた。
「ああ」
「当たり前だろ」
伊月も加勢する。
「日向は口が悪いけど、本当のことしか言わないよ」
伊月がにこやかに言う。
「ありがとうございます!」
鈴木が超高速で頭を下げた。勢いで俺は一瞬たじろいだ。
「私の作品、正直もう何を書いたのかも曖昧なんですけれど、それでも、私が書いたものを褒めてもらえるなんて嬉しいです」
「いや、正当な評価だよ」
「そうそう」
今日はやけに伊月がニコニコしている。
「俺は本がただ好きで読んでるだけだけどさ、そういう人を没頭させる世界を作れるって本当にすごい事だと思うよ。お世辞抜きに」
鈴木は俺に顔を近づけた。かすかにシャンプーの香りがする。ああ、こいつはすごい奴だけど、やっぱり女なんだなあ。鈴木は俺の手を両手で握った。
「そんなこと言われたの、人生で初めてです」
「んな大げさな」
「光ちゃん、俺の方がこの作品を褒めたのは先だったよ」
伊月の虚しい発言が図書室に響いたが、スルーされた。
「本当にありがとうございます!新作もやる気凄く出ました!私、頑張ります」
瞬間、鈴木は高速でキーボードをたたき始めた。
「あ、そのことだけどさ、光ちゃん。もし新作が出来たら、真っ先に日向に見てもらったらどうだ? こいつならすごく的確なアドバイスできると思うし。俺より適任だから」
日向が俺の肩に手を回す。俺は払いのける。
「でも私、伊月君の率直な感想も知りたいよ」
「俺の率直な感想も良いけどさ、こいつの批評は一流だと思うよ。だから、光ちゃんさえ良ければ、こいつに先に読ませてあげてよ。今俺が読んでいる分は俺が責任を持って先に読むけど、」
伊月が俺の目の前に、A4の原稿用紙の分厚い束を移動させる。
「今度からはこいつが先に読むべきだと思う」
「日向君さえ良ければ私はお願いしたいです」
鈴木は俺の目をまっすぐ見て言った。
「いいよ、別に」
そんな目で見られたら断る理由がない。
「文字なら何でも読む」
「流石だな」
伊月がため息交じりに笑う。
「ありがとうございます」
またも鈴木は無邪気に喜ぶ。
「率直な感想お待ちしてますね」
鈴木が満面の笑みで言う。
「わかった」
「ところでヒカルン、次の賞の締め切りっていつだっけ?」
伊月が何気なくあだ名を言う。鈴木の手が止まり、表情が曇る。
「……六月三十日です」小さな声で鈴木が言う。
「なんだ、あと一カ月以上もあるじゃねえか。何かやばいのか?」
俺はそう言ってしまってから後悔した。鈴木の目は死に、伊月の原稿を追う目が止まった。
「そうですよね、一か月もありますもんねえ、伊月君?」
鈴木が小さな声で言う。
「そ、そうだね、ヒカルン」
二人とも、目が笑っていない。なんとなく時間がない事だけが俺にも伝わった。恥ずかしい話だが、正直、一冊の本を作るのにどれくらいの時間を要するものなのか、甚だ見当もつかない。読むのは一日、されど作るのは……。
「あのさ、わかった。悪かった。じゃあ、今書いている小説のアウトラインだけ先に教えてくれ。そうすればアドバイスしやすい。俺も鈴木の作品を六月までに読み込んでみる」
「あ、はい」
心なしか声の小さい鈴木。
「そうだな、どうせ概要も出版社に一緒に送らなくちゃだし、先に大まかな所だけまとめて書いちゃえば?」伊月が俺の意見を綺麗に救い上げる。
「あ、はい。でも、正直、まだわかんない、です。どうなるか」
「今考えている部分まででいいよ」
伊月が優しく言う。なんか鈴木のオカンみたいだな、こいつ。
「わかりました、明日まででいいですか?」
「うん。俺も読みたいし」
伊月が優しく言う。
「日向に負けてらんねえしな」
「何だよ、勝ち負けって」俺は奴の肩をどついた。
放課後、俺たちは図書室の一角にある休憩スペースに集まっていた。
「好きな本読んだり、作品作ったりでいいんじゃないか?」
伊月が鈴木の新作原稿を読みながら言う。
「はい」
鈴木は一心不乱に自分のノートパソコンに向かっている。
「ふうん」
俺は普段通り、本に向かう。
「そう言えばさ、鈴木さん、こいつさあ、結構、批評能力あるんだよ」
伊月が突然俺に振る。
「そうなんですか?」鈴木が食いつく。
「佐近樹忠と同じような感覚を持っているし、悔しいが知識だけは抜群だからな」だけ、の部分に伊月は力を込めたのを、俺は聞き逃さなかった。
「俺はどうせ知識だけですよお」
「こいつは結構小説を見る目があるからな。だてに三六五日本を読んでるわけじゃない」
「本当ですか?すごいです」
鈴木は純粋に俺を尊敬しているみたいだが、そういう姿を見せられると却ってへこむ。
「そうか?俺は自分の好きなことに没頭してるだけだし。鈴木の方がすげえじゃん、あんな小説書けるんだし」
鈴木の手が止まる。
「読んだんですか?」
「ああ」
「一日で?」
「当たり前だろ」
いつの間にか俺にも、伊月の口調が移っている。
「すごい」
また、鈴木の尊敬の眼差し。
「面白かったからな、一気に読めた」
鈴木の表情と体が固まった。
「本当?」
声が上ずっていた。
「ああ」
「当たり前だろ」
伊月も加勢する。
「日向は口が悪いけど、本当のことしか言わないよ」
伊月がにこやかに言う。
「ありがとうございます!」
鈴木が超高速で頭を下げた。勢いで俺は一瞬たじろいだ。
「私の作品、正直もう何を書いたのかも曖昧なんですけれど、それでも、私が書いたものを褒めてもらえるなんて嬉しいです」
「いや、正当な評価だよ」
「そうそう」
今日はやけに伊月がニコニコしている。
「俺は本がただ好きで読んでるだけだけどさ、そういう人を没頭させる世界を作れるって本当にすごい事だと思うよ。お世辞抜きに」
鈴木は俺に顔を近づけた。かすかにシャンプーの香りがする。ああ、こいつはすごい奴だけど、やっぱり女なんだなあ。鈴木は俺の手を両手で握った。
「そんなこと言われたの、人生で初めてです」
「んな大げさな」
「光ちゃん、俺の方がこの作品を褒めたのは先だったよ」
伊月の虚しい発言が図書室に響いたが、スルーされた。
「本当にありがとうございます!新作もやる気凄く出ました!私、頑張ります」
瞬間、鈴木は高速でキーボードをたたき始めた。
「あ、そのことだけどさ、光ちゃん。もし新作が出来たら、真っ先に日向に見てもらったらどうだ? こいつならすごく的確なアドバイスできると思うし。俺より適任だから」
日向が俺の肩に手を回す。俺は払いのける。
「でも私、伊月君の率直な感想も知りたいよ」
「俺の率直な感想も良いけどさ、こいつの批評は一流だと思うよ。だから、光ちゃんさえ良ければ、こいつに先に読ませてあげてよ。今俺が読んでいる分は俺が責任を持って先に読むけど、」
伊月が俺の目の前に、A4の原稿用紙の分厚い束を移動させる。
「今度からはこいつが先に読むべきだと思う」
「日向君さえ良ければ私はお願いしたいです」
鈴木は俺の目をまっすぐ見て言った。
「いいよ、別に」
そんな目で見られたら断る理由がない。
「文字なら何でも読む」
「流石だな」
伊月がため息交じりに笑う。
「ありがとうございます」
またも鈴木は無邪気に喜ぶ。
「率直な感想お待ちしてますね」
鈴木が満面の笑みで言う。
「わかった」
「ところでヒカルン、次の賞の締め切りっていつだっけ?」
伊月が何気なくあだ名を言う。鈴木の手が止まり、表情が曇る。
「……六月三十日です」小さな声で鈴木が言う。
「なんだ、あと一カ月以上もあるじゃねえか。何かやばいのか?」
俺はそう言ってしまってから後悔した。鈴木の目は死に、伊月の原稿を追う目が止まった。
「そうですよね、一か月もありますもんねえ、伊月君?」
鈴木が小さな声で言う。
「そ、そうだね、ヒカルン」
二人とも、目が笑っていない。なんとなく時間がない事だけが俺にも伝わった。恥ずかしい話だが、正直、一冊の本を作るのにどれくらいの時間を要するものなのか、甚だ見当もつかない。読むのは一日、されど作るのは……。
「あのさ、わかった。悪かった。じゃあ、今書いている小説のアウトラインだけ先に教えてくれ。そうすればアドバイスしやすい。俺も鈴木の作品を六月までに読み込んでみる」
「あ、はい」
心なしか声の小さい鈴木。
「そうだな、どうせ概要も出版社に一緒に送らなくちゃだし、先に大まかな所だけまとめて書いちゃえば?」伊月が俺の意見を綺麗に救い上げる。
「あ、はい。でも、正直、まだわかんない、です。どうなるか」
「今考えている部分まででいいよ」
伊月が優しく言う。なんか鈴木のオカンみたいだな、こいつ。
「わかりました、明日まででいいですか?」
「うん。俺も読みたいし」
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