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第56話 謝罪の言葉
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「すまなかった」
開口一番、アークレイから放たれた言葉はそれだった。
両手を後ろに組んでシメオンの斜め前に立ち、こちらを見ることなく、アークレイの視線は真っ直ぐ前へと向けられていた。
視線の先には、感動的な再会を果たす、センシシア国王夫妻とシルフィアの姿がある。
国王夫妻とともにシルフィアを囲むのは、シルフィアの実兄であるオスカー、それともう一人、エルガスティン王国の末王子だという少年だ。
シルフィアと抱き合って再会を喜ぶその少年は、綺麗な顔立ちをしており、シルフィアとはまた違った意味でどこか惹きつけられる魅力があった。
彼らの様子を伺っていたシメオンは、アークレイを見上げてふう・・・と肩を落とす。
「『すまなかった』と・・・それは、私に対するお言葉であると考えてよろしいでしょうか?」
わずかに強い口調で問えば、アークレイは瞳だけをこちらに向けて眉を顰めた。
口を閉ざし、無言を貫くアークレイに、シメオンはあからさまなほどに大きなため息を漏らす。
「陛下、恐れながら申しあげます。昨日、陛下自らが仰ったお言葉を、よもやお忘れになられたわけではございませんよね?」
「・・・・・・」
眉を顰めたまま、だがやはりアークレイは沈黙を続ける。
こちらに向けられた背が、シメオンの言葉に『それ以上は言うな』と言っているようにも見える。
だが、シメオンは黙っているつもりはなかった。
「覚えておられますか?陛下は殿下に対してこのように仰りました。『後のことは任せてゆっくり休まれよ』と・・・・・・」
シメオンはこめかみを指で押さえて頭を振り、呆れたように肩を竦めた。
「私は臣下として、常々、陛下は常識的な感性と節度ある紳士だと思っておりました。いえ、今でもそのように思っております・・・・・・それがまさか、貴方様が・・・・・・」
「もうよせ、シメオン」
アークレイが言葉を遮るように右手を挙げた。
「お前に言われるまでもなく、俺が一番わかっている。だが・・・・・・」
ゆっくりと振り返ったアークレイの顔が、ようやくシメオンに向けられる。
「俺は後悔などしていない」
その視線はまっすぐにシメオンをとらえ、よく通るアークレイのその声は、淀みなくゆるぎないものだった。
「俺はシルフィアを失いたくなかった。生きている証を確かめたかった。だから俺はシルフィアを求め、シルフィアも俺を求めてくれた。故に、何を畏れる必要がある?」
「陛下・・・・・・」
「お前には何かと手回しを任せたし、面倒もかけた。騎士や侍従たちにも迷惑をかけた。そのことはすまないと思っている。が、俺は昨夜のことを後悔はしていない」
シメオンはアークレイの強い言葉に息を飲む。
それほどまでにアークレイは強い想いを抱いているのだ。
シメオンは今朝のことを思い出し、深く深く息を吐き出した。
朝の西宮に、天変地異が起きたかというほどの衝撃が走った。
そもそもの始まりは、シルフィアの部屋からだ。
朝を告げる一つ目の鐘が鳴っても、シルフィアは寝室から出て来なかった。
しかし昨日の騒動のこともあり、侍女たちは起こすことを控えることにした。
念のためシルフィアの様子を伺おうと、レーヌが寝室に入ったのだが。
寝台は、もぬけの殻。
そこに眠っているはずのシルフィアが居なかった。
しかも、シルフィアにとって大切な剣を残したまま。
普段は冷静なレーヌもさすがに驚愕して慌てふためき、サラとともに部屋の中を探し回るが、やはりシルフィアは部屋のどこにも居ない。
扉の前で警護をしていた騎士に確かめても、シルフィアは部屋を出てはいなかった。
シルフィアの部屋を最後に出て行ったのはアークレイだが、再び部屋に戻ってはいないし、以降、誰も部屋に入ることはなかった。
部屋の窓は全て閉まっており、誰かが侵入した形跡もない。
西宮の周辺も夜通し騎士たちが巡回して警備をおこなっているし、シルフィアの部屋は3階なので、外から入ることは容易なことではない。
だが、シルフィアは部屋から忽然と姿を消してしまった。
もしや、昨日暗殺者が捕らえられたことと何か関係があるのでは。
すわ一大事と大騒ぎになったシルフィア仕えの者たちは、侍女頭のマルヴェーレのもとへと駆け込んだ。
事情を聞き、マルヴェールもさすがに顔色を無くしたが、このことをまずは、国王であるアークレイに報告せねばと冷静に判断した。
既に起床し、朝議のための支度をしているであろうアークレイに報告するため、マルヴェーレはアークレイの部屋へと向かったのだが。
そこでアークレイ付の侍従長ロディオスから意外な話を聞く。
実はアークレイがまだ起きてこないのだ、と。
普段は一つ目の鐘が鳴るのとほぼ同時に目覚め、侍従が起こしにいかなくとも自ら寝室から出てくるのだが、今朝はまだ起きてこない。
昨夜部屋に戻って来たアークレイから、疲れもあり少し長く休みたいから、二つ目の鐘が鳴るまでは起こさないように言われているのだと。
しかし、今は火急の用事である。
そう考えて部屋へ入ることを決めた。
ロディオスとマルヴェーレの2人で、アークレイの寝室の扉を叩いた。
だが返事はなく、声をかけるがやはり答えは返ってこなかった。
意を決し、扉を開いて寝室へと入る。
音もなく開いた扉の奥には、灯りのない、しん・・・・・と静まり返った薄暗い部屋。
厚いカーテンが引かれた窓から朝陽が薄っすらと差込んでいたため、真っ暗というわけではなかった。
広い王の寝室。
その中央に座していたのは天蓋付きの大きな寝台だった。
この寝台で眠ることが許されているのは、国王と正妃のみ。
たとえアークレイの妃といえども、ロージアとセレナ、2人の妃はこの寝台に入ることは許され無いのだ。
故に、部屋に鎮座するその寝台に眠っているのは、国王であるアークレイだけの筈だった・・・のだが。
ロディオスとマルヴェーレは、目の前に広がる光景に唖然と口を開き、言葉も発することができず、直立不動のまま立ち尽くしてしまった。
絨毯が敷かれた床に散乱するアークレイのものと思われるブーツ、シャツなどの衣服、それと、明らかにアークレイのものではない室内靴。
たったそれだけでも異様なのだが、寝台の上は更に凄いことになっていた。
乱れたシーツ。
乱暴に投げ出されたアークレイの剣。
無造作に転がった、何かの液体が入った赤い硝子瓶。
あちらこちらに散逸する衣服。
しかもアークレイのものだけではない。
それが誰のものなのか考えるだけで、マルヴェーレは眩暈で倒れそうになった。
そして、シーツに潜りこみ、抱きあうように眠るのは上半身裸の2人。
下半身はシーツの中だから見えないが、この衣服の散乱ぶりから、互いに全裸であろうことは容易に想像できた。
アークレイに肩を抱かれて眠るその人は、美しい白金の髪の少年。
部屋から消えて行方が知れないと捜索をしていた、ここに居るはずのないシルフィアだった。
まさか、と目を疑いたくなった。
ありえない、馬鹿な、という思いで発狂しそうになり、マルヴェーレは『落ち着け』と自分自身を叱咤した。
だが一向に動揺は収まらず、だらだらと嫌な汗が背中を流れ落ちる。
どこか退廃的であり、蕩けるような甘さも含んだ空気が漂う寝室。
昨夜この部屋で何があったのか、誰が見ても明白だった。
アークレイとシルフィアが一夜を共にしたのは1週間ほど前にもあったことだが、あのときは言葉どおり一夜を共にしただけで、2人の間には何もなかったはず。
しかし今回は違う。
明らかに、2人の間には性行為があった。
乱れたシーツの惨状が、それを物語っている。
数代に渡り国王に仕えてきて、何事にも動じない冷静なロディオスとマルヴェーレでさえ、言葉を無くして茫然自失となってしまった。
2人を現実へと戻したのは、誰あろうアークレイだ。
気配に聡いアークレイは、2人が部屋に入ってきたときから気づいていたようだ。
むっくりと起き上がったアークレイに、思わず叫びそうになるくらい大きく身体を震わせた2人は、不機嫌そうな顔で手招きをされ、ますます身体を強張らせる。
「・・・・・・確か俺は、二つ目の鐘が鳴るまで起こすなと言ったはずだが?」
片膝をたて右手で髪をかきあげたアークレイは、眉根を寄せて鋭い視線でロディオスを射抜く。
「申し訳ございません」
「・・・・・・まあ、いい。理由はわからなくもないからな」
ふう・・・とため息をもらしたアークレイの視線が、ふとマルヴェーレへと向けられて苦笑が浮かぶ。
「そのような顔をするな。おまえの言いたいことはわかっている」
「陛下・・・・・・」
アークレイの隣で深い眠りに落ちているシルフィア。
あどけないその寝顔だけ見れば、まるで少女のような愛らしさだ。
アークレイはふわりと柔らかな笑みを浮かべ、愛しげに白い頬を指でなぞる。
それだけで、アークレイがシルフィアを大切に想い、深く愛しているのがわかった。
「湯の用意をしてくれ」
「は」
「俺の服と、シルフィアの分も手配を頼む」
「かしこまりました。殿下付きの者を呼びますか?」
「・・・・・・いや、いい」
「は。では、失礼いたします」
先ほどまでの動揺ぶりが嘘のように、いつもの冷静さを取り戻したロディオスは、頭を深々と下げて寝室を出て行った。
それを追っていたアークレイの視線が、今度はマルヴェーレへと向けられる。
「・・・・・・シルフィアが部屋に居ないということで騒ぎになり、おまえが呼ばれたのだろう?」
「左様でございます」
「それを知る者は?」
「はい。殿下仕えの騎士や侍従は全員、宮殿騎士団長、それと3階仕えの者は半数近く・・・口外せぬように申し伝えます。皆、信頼できる者でございますので問題ございません」
1ヶ月という短い期間ではあるが、西宮に仕える者の多くが、今やすっかりシルフィアの信望者だ。
気高く、美しく、賢く、優しく、誰に対しても公平に接するシルフィアに、下働きの者から騎士までもが老若男女問わず惹かれてやまない。
シルフィアにとって不利益になることをする者はいないだろう。
「そうか、頼む」
大きく頷いたアークレイは、清々しささえ感じる笑みを浮かべていた。
「それと、シメオンを呼んでくれないか」
「ローランリッジ宰相でございますか?」
「ああ。予定が狂ってしまうからな・・・・・・あいつには悪いが、動いてもらわねばならん」
今日の午前中、シルフィアは両親であるセンシシア国王夫妻と会うことになっている。
確かにこの様子ではそれも叶わず、予定を変更せねばならないだろう。
実際、その予定は午後に延期されることになったのだが。
その後のアークレイの行動にも驚かされた。
自らシルフィアを抱いて浴室へと運び、その身体を清め、衣服まで着せるという甲斐甲斐しさ。
国王にそのようなことをさせるわけにはいかないと、侍従たちが声をかけてもそれを断り、誰にも触らせようとしなかった。
シーツが取り替えられた寝台に横たえられたとき、ようやく目が覚めたシルフィアの身体を強く抱きしめて、羞恥で薄紅色に染める頬や耳、額に幾度も口づけを落とし愛を囁く甘々ぶり。
しかもマルヴェーレやロディオスなど、側仕えが部屋にいるにもかかわらずだ。
恥かしがりながらも微笑むシルフィアの笑顔に、彼らのほうも自然と笑みを浮かべ、幸せそうな恋人たちの姿を見守っていた。
一方、西宮に呼び出されたシメオンは、事の顛末をマルヴェーレから聞かされ、あまりの衝撃に腰が抜けそうになった。
まさか、アークレイがそのような行動に出るなど一体誰が予想できただろう。
シルフィアを休ませろと言ったのは、誰あろうアークレイ自身ではないか。
アークレイの部屋へと足を踏み入れてそこで見た異様な光景に、シメオンは再び度肝を抜かされた。
居間の中央に置かれたソファに並んで腰掛け、用意された朝食を仲良く摂る2人。
しかも、シルフィアのためにカップへ紅茶を注いだり、果物などを皿に盛るという、国王としてあるまじきアークレイの姿だった。
何故あのようなことをさせているのかとマルヴェーレに問い詰めても、何度も止めさせようとしたのだがアークレイがそれを許さないのだと、諦めたような苦笑が返ってきただけだった。
ならば自分が、とアークレイに近づくシメオンだったが、振り向いたアークレイに視線だけで制されてしまった。
「シメオン」
「は」
決して口調は鋭いものではないし口元は微かに笑みを浮かべていたが、有無を言わせない圧力のようなものを薄っすらと感じた。
今の今までシルフィアに見せていた柔らかな視線ではない。
「センシシア国王夫妻との会見を、午後に変更するように手配をしてもらえるか。おまえに任せる」
それは、依頼ではなく命令だった。
変更の理由付けもシメオンで考えろ、ということだ。
「は・・・・・・かしこまりました」
深々と頭を下げるシメオンの耳に、戸惑うシルフィアの声が飛び込んでくる。
「陛下、私は大丈夫ですから・・・・・・」
「シルフィア、無理をいたすな。折角のご両親との再会なのだから、途中で体調を崩すわけにもいかないだろう?先ほどのように、俺に抱え上げられてもよいのか?」
シメオンに対するときとはまるで別人のような甘い声に、シルフィアはうっすらと頬を染め、拗ねたように上目遣いでアークレイを睨む。
「陛下・・・・・・」
「そのような顔をしても可愛いだけだと、何度言わせれば気が済むのだ?」
恥ずかしい言葉を平然と並べるアークレイを横目で見ながら、「そうさせたのは陛下ご自身ではございませんか」と突っ込みたかったが、自制して心の中で毒づくだけで終わらせた。
昨夜、散々アークレイに愛されたらしいシルフィアは、案の定、腰が抜けて自力で立つこともままならず、アークレイに抱かれて寝室から居間へと運ばれたらしい。
経験者としてシメオンもその辛さはよくわかるので、身体の負担を考えると、確かに会見は午後に延ばしたほうがよいだろう。
幸せそうに微笑み、その美貌が更に増したようなシルフィアを見ていると、先ほどまでのアークレイに対する剣呑な気持ちも薄れていく。
確かに驚きはしたが、アークレイがこれほどまでにシルフィアを愛してくれていることは、シメオンにとっても喜ばしいことだった。
決して一方的な行為ではなかった筈だ。
絡み合う2人の視線の熱さが如実にそれを表している。
立場や性別を超えた2人の愛情に、シメオンは羨ましささえ覚えてしまうほどだ。
そんなアークレイとシルフィアの為にと、シメオンは調整に走り回ることになる。
大宰相にはアークレイから許可を得て事の全てを話したが、対外的にはシルフィアが『怪我と疲労からくる体調不良』を原因として、午前中は大事をとって休むと布令を出した。
午後に公の場へ復帰して両親との会見を行い、その後アークレイとともに来賓の方々へ挨拶に回るという段取りを、シメオンはわずか1刻足らずで済ませてしまった。
誰しもが昨日の謁見の間での凶事を知っているため、シルフィアの体調を心から心配し、何度も気遣う言葉をいただいた。
御礼を返すたびに表面上は穏やかな笑みを浮かべたシメオンだったが、「陛下が原因ですけどね・・・・・・」と心の中では苦笑いしていた。
午後に入ってようやく、センシシア国王夫妻とシルフィアとの会見がとりおこなわれた。
元々シルフィアの部屋でという話だったが、本来、西宮へは特別な許可がなければ身内といえども入城できない。
王族との面会は、本宮と西宮を結ぶ廊下の中央にある『蒼天の間』『月天の間』いずれかにておこなわれるのが通常だ。
そのことを知ったセンシシア国王夫妻は、シルフィアの両親だからといって特別扱いは不要、慣例に則った対応をと申し出たため、結局『蒼天の間』での会見となった。
午後には体調も元通りとなったシルフィアは、アークレイに導かれて『蒼天の間』へと入り、1ヶ月ぶりに両親と再会を果たし、無事な姿に涙を流す母親ときつくきつく抱きあっていた。
そんな彼らを、僅かに離れた場所から見守るアークレイとシメオン。
背にシメオンの視線を感じながらも、ずっと無言を通していたアークレイが、ようやく口にした言葉が「すまなかった」だった。
「別に私は陛下を責めているわけではございません。陛下のシルフィア様を想うお気持ちも十分わかっております。貴方様に愛されて殿下もお幸せそうですし、よろしかったのではないでしょうか」
「シメオン・・・・・・」
「ですが、今後は殿下の体調のことを、少しは気遣って差し上げてくださいませ」
ふんっと鼻を鳴らして顔を逸らせば、アークレイは口元に右拳をあて、肩を揺らしながらくくっと笑った。
「そうだな、善処しよう。ウォーレンのように見境なく抱いて、朝議の間も気だるそうに何度もため息を吐き出し、集中力も無く、上の空状態のシメオンのようになられては困るからな」
「なっ!!」
顔を戻したシメオンはかっと顔を紅潮させ、目を大きく見開いてアークレイを見上げた。
「何をおっしゃっているのですか!わ、私がいつ!?」
「ウォーレンがランディン砦へ向かう前の晩のことだ。翌日、ウォーレンが自慢げに俺に語ったぞ?」
「え・・・・・・」
「最高によかった、1ヶ月会えない分堪能させてもらった。シメオンもいつにも増して感じまくって善がりま」
「へっ、陛下!!」
「はは。なにを恥かしがることがある。良いではないか。おまえも、1ヶ月もの間ウォーレンと離れなくてはならなかったのだ。寂しかったのだろう?」
「陛下・・・・・・」
思いもかけないアークレイの言葉に、シメオンは振りかざした手の力を緩めた。
「俺は今までおまえたちの関係を認めてはいたが、頭で理解していただけで、心では理解していなかったようだ。男である俺が男を愛することはないだろうと思っていたし、そのようなこと考えたこともなかった。だが、求め合う気持ちも、愛し合う気持ちも、口づけたいと抱きたいと思う気持ちも、男だからとか女だからとか、性別などは全く関係ないのだな。シルフィアと出会って・・・・・・俺はようやくそのことに気づけたようだ」
アークレイはシルフィアの方へと向き直り、再び両手を後ろに組む。
「・・・・・・そういう意味も含めて、おまえにはすまなかったと俺は思っているのだ」
「陛下・・・・・・」
シメオンは体中が熱くなっていくのを抑えられず、ぎゅっと胸元をきつく握り締めた。
男同士という関係が、世間の常識から外れていることはわかっている。
ウォーレンを想う気持ちは紛れもないものだが、声を大にして言うことは憚れる関係だ。
国王であるアークレイが2人の関係を知っても、蔑むことなく認めてくれたことは何よりも心強く在り難かったが、同性同士が愛し合うという感情そのものを、アークレイは完全に理解していないだろうことはシメオンも気づいていた。
それでも、アークレイ自身が関わることはないのだから問題はないと思っていたのだが。
シルフィアという王子が現れたことで、アークレイはようやく理解をしたようだった。
人を心から愛するということを。
愛することに、性別は関係ないのだということを。
そして、ウォーレンとシメオンの関係が、決して歪なものではないのだということも。
「陛下、ありがとうございます・・・・・・」
ぽつりとつぶやいたシメオンの言葉を聞き取ったかどうかはわからないが、目を伏せたアークレイの口元には穏やかな笑みが浮かんでいた。
開口一番、アークレイから放たれた言葉はそれだった。
両手を後ろに組んでシメオンの斜め前に立ち、こちらを見ることなく、アークレイの視線は真っ直ぐ前へと向けられていた。
視線の先には、感動的な再会を果たす、センシシア国王夫妻とシルフィアの姿がある。
国王夫妻とともにシルフィアを囲むのは、シルフィアの実兄であるオスカー、それともう一人、エルガスティン王国の末王子だという少年だ。
シルフィアと抱き合って再会を喜ぶその少年は、綺麗な顔立ちをしており、シルフィアとはまた違った意味でどこか惹きつけられる魅力があった。
彼らの様子を伺っていたシメオンは、アークレイを見上げてふう・・・と肩を落とす。
「『すまなかった』と・・・それは、私に対するお言葉であると考えてよろしいでしょうか?」
わずかに強い口調で問えば、アークレイは瞳だけをこちらに向けて眉を顰めた。
口を閉ざし、無言を貫くアークレイに、シメオンはあからさまなほどに大きなため息を漏らす。
「陛下、恐れながら申しあげます。昨日、陛下自らが仰ったお言葉を、よもやお忘れになられたわけではございませんよね?」
「・・・・・・」
眉を顰めたまま、だがやはりアークレイは沈黙を続ける。
こちらに向けられた背が、シメオンの言葉に『それ以上は言うな』と言っているようにも見える。
だが、シメオンは黙っているつもりはなかった。
「覚えておられますか?陛下は殿下に対してこのように仰りました。『後のことは任せてゆっくり休まれよ』と・・・・・・」
シメオンはこめかみを指で押さえて頭を振り、呆れたように肩を竦めた。
「私は臣下として、常々、陛下は常識的な感性と節度ある紳士だと思っておりました。いえ、今でもそのように思っております・・・・・・それがまさか、貴方様が・・・・・・」
「もうよせ、シメオン」
アークレイが言葉を遮るように右手を挙げた。
「お前に言われるまでもなく、俺が一番わかっている。だが・・・・・・」
ゆっくりと振り返ったアークレイの顔が、ようやくシメオンに向けられる。
「俺は後悔などしていない」
その視線はまっすぐにシメオンをとらえ、よく通るアークレイのその声は、淀みなくゆるぎないものだった。
「俺はシルフィアを失いたくなかった。生きている証を確かめたかった。だから俺はシルフィアを求め、シルフィアも俺を求めてくれた。故に、何を畏れる必要がある?」
「陛下・・・・・・」
「お前には何かと手回しを任せたし、面倒もかけた。騎士や侍従たちにも迷惑をかけた。そのことはすまないと思っている。が、俺は昨夜のことを後悔はしていない」
シメオンはアークレイの強い言葉に息を飲む。
それほどまでにアークレイは強い想いを抱いているのだ。
シメオンは今朝のことを思い出し、深く深く息を吐き出した。
朝の西宮に、天変地異が起きたかというほどの衝撃が走った。
そもそもの始まりは、シルフィアの部屋からだ。
朝を告げる一つ目の鐘が鳴っても、シルフィアは寝室から出て来なかった。
しかし昨日の騒動のこともあり、侍女たちは起こすことを控えることにした。
念のためシルフィアの様子を伺おうと、レーヌが寝室に入ったのだが。
寝台は、もぬけの殻。
そこに眠っているはずのシルフィアが居なかった。
しかも、シルフィアにとって大切な剣を残したまま。
普段は冷静なレーヌもさすがに驚愕して慌てふためき、サラとともに部屋の中を探し回るが、やはりシルフィアは部屋のどこにも居ない。
扉の前で警護をしていた騎士に確かめても、シルフィアは部屋を出てはいなかった。
シルフィアの部屋を最後に出て行ったのはアークレイだが、再び部屋に戻ってはいないし、以降、誰も部屋に入ることはなかった。
部屋の窓は全て閉まっており、誰かが侵入した形跡もない。
西宮の周辺も夜通し騎士たちが巡回して警備をおこなっているし、シルフィアの部屋は3階なので、外から入ることは容易なことではない。
だが、シルフィアは部屋から忽然と姿を消してしまった。
もしや、昨日暗殺者が捕らえられたことと何か関係があるのでは。
すわ一大事と大騒ぎになったシルフィア仕えの者たちは、侍女頭のマルヴェーレのもとへと駆け込んだ。
事情を聞き、マルヴェールもさすがに顔色を無くしたが、このことをまずは、国王であるアークレイに報告せねばと冷静に判断した。
既に起床し、朝議のための支度をしているであろうアークレイに報告するため、マルヴェーレはアークレイの部屋へと向かったのだが。
そこでアークレイ付の侍従長ロディオスから意外な話を聞く。
実はアークレイがまだ起きてこないのだ、と。
普段は一つ目の鐘が鳴るのとほぼ同時に目覚め、侍従が起こしにいかなくとも自ら寝室から出てくるのだが、今朝はまだ起きてこない。
昨夜部屋に戻って来たアークレイから、疲れもあり少し長く休みたいから、二つ目の鐘が鳴るまでは起こさないように言われているのだと。
しかし、今は火急の用事である。
そう考えて部屋へ入ることを決めた。
ロディオスとマルヴェーレの2人で、アークレイの寝室の扉を叩いた。
だが返事はなく、声をかけるがやはり答えは返ってこなかった。
意を決し、扉を開いて寝室へと入る。
音もなく開いた扉の奥には、灯りのない、しん・・・・・と静まり返った薄暗い部屋。
厚いカーテンが引かれた窓から朝陽が薄っすらと差込んでいたため、真っ暗というわけではなかった。
広い王の寝室。
その中央に座していたのは天蓋付きの大きな寝台だった。
この寝台で眠ることが許されているのは、国王と正妃のみ。
たとえアークレイの妃といえども、ロージアとセレナ、2人の妃はこの寝台に入ることは許され無いのだ。
故に、部屋に鎮座するその寝台に眠っているのは、国王であるアークレイだけの筈だった・・・のだが。
ロディオスとマルヴェーレは、目の前に広がる光景に唖然と口を開き、言葉も発することができず、直立不動のまま立ち尽くしてしまった。
絨毯が敷かれた床に散乱するアークレイのものと思われるブーツ、シャツなどの衣服、それと、明らかにアークレイのものではない室内靴。
たったそれだけでも異様なのだが、寝台の上は更に凄いことになっていた。
乱れたシーツ。
乱暴に投げ出されたアークレイの剣。
無造作に転がった、何かの液体が入った赤い硝子瓶。
あちらこちらに散逸する衣服。
しかもアークレイのものだけではない。
それが誰のものなのか考えるだけで、マルヴェーレは眩暈で倒れそうになった。
そして、シーツに潜りこみ、抱きあうように眠るのは上半身裸の2人。
下半身はシーツの中だから見えないが、この衣服の散乱ぶりから、互いに全裸であろうことは容易に想像できた。
アークレイに肩を抱かれて眠るその人は、美しい白金の髪の少年。
部屋から消えて行方が知れないと捜索をしていた、ここに居るはずのないシルフィアだった。
まさか、と目を疑いたくなった。
ありえない、馬鹿な、という思いで発狂しそうになり、マルヴェーレは『落ち着け』と自分自身を叱咤した。
だが一向に動揺は収まらず、だらだらと嫌な汗が背中を流れ落ちる。
どこか退廃的であり、蕩けるような甘さも含んだ空気が漂う寝室。
昨夜この部屋で何があったのか、誰が見ても明白だった。
アークレイとシルフィアが一夜を共にしたのは1週間ほど前にもあったことだが、あのときは言葉どおり一夜を共にしただけで、2人の間には何もなかったはず。
しかし今回は違う。
明らかに、2人の間には性行為があった。
乱れたシーツの惨状が、それを物語っている。
数代に渡り国王に仕えてきて、何事にも動じない冷静なロディオスとマルヴェーレでさえ、言葉を無くして茫然自失となってしまった。
2人を現実へと戻したのは、誰あろうアークレイだ。
気配に聡いアークレイは、2人が部屋に入ってきたときから気づいていたようだ。
むっくりと起き上がったアークレイに、思わず叫びそうになるくらい大きく身体を震わせた2人は、不機嫌そうな顔で手招きをされ、ますます身体を強張らせる。
「・・・・・・確か俺は、二つ目の鐘が鳴るまで起こすなと言ったはずだが?」
片膝をたて右手で髪をかきあげたアークレイは、眉根を寄せて鋭い視線でロディオスを射抜く。
「申し訳ございません」
「・・・・・・まあ、いい。理由はわからなくもないからな」
ふう・・・とため息をもらしたアークレイの視線が、ふとマルヴェーレへと向けられて苦笑が浮かぶ。
「そのような顔をするな。おまえの言いたいことはわかっている」
「陛下・・・・・・」
アークレイの隣で深い眠りに落ちているシルフィア。
あどけないその寝顔だけ見れば、まるで少女のような愛らしさだ。
アークレイはふわりと柔らかな笑みを浮かべ、愛しげに白い頬を指でなぞる。
それだけで、アークレイがシルフィアを大切に想い、深く愛しているのがわかった。
「湯の用意をしてくれ」
「は」
「俺の服と、シルフィアの分も手配を頼む」
「かしこまりました。殿下付きの者を呼びますか?」
「・・・・・・いや、いい」
「は。では、失礼いたします」
先ほどまでの動揺ぶりが嘘のように、いつもの冷静さを取り戻したロディオスは、頭を深々と下げて寝室を出て行った。
それを追っていたアークレイの視線が、今度はマルヴェーレへと向けられる。
「・・・・・・シルフィアが部屋に居ないということで騒ぎになり、おまえが呼ばれたのだろう?」
「左様でございます」
「それを知る者は?」
「はい。殿下仕えの騎士や侍従は全員、宮殿騎士団長、それと3階仕えの者は半数近く・・・口外せぬように申し伝えます。皆、信頼できる者でございますので問題ございません」
1ヶ月という短い期間ではあるが、西宮に仕える者の多くが、今やすっかりシルフィアの信望者だ。
気高く、美しく、賢く、優しく、誰に対しても公平に接するシルフィアに、下働きの者から騎士までもが老若男女問わず惹かれてやまない。
シルフィアにとって不利益になることをする者はいないだろう。
「そうか、頼む」
大きく頷いたアークレイは、清々しささえ感じる笑みを浮かべていた。
「それと、シメオンを呼んでくれないか」
「ローランリッジ宰相でございますか?」
「ああ。予定が狂ってしまうからな・・・・・・あいつには悪いが、動いてもらわねばならん」
今日の午前中、シルフィアは両親であるセンシシア国王夫妻と会うことになっている。
確かにこの様子ではそれも叶わず、予定を変更せねばならないだろう。
実際、その予定は午後に延期されることになったのだが。
その後のアークレイの行動にも驚かされた。
自らシルフィアを抱いて浴室へと運び、その身体を清め、衣服まで着せるという甲斐甲斐しさ。
国王にそのようなことをさせるわけにはいかないと、侍従たちが声をかけてもそれを断り、誰にも触らせようとしなかった。
シーツが取り替えられた寝台に横たえられたとき、ようやく目が覚めたシルフィアの身体を強く抱きしめて、羞恥で薄紅色に染める頬や耳、額に幾度も口づけを落とし愛を囁く甘々ぶり。
しかもマルヴェーレやロディオスなど、側仕えが部屋にいるにもかかわらずだ。
恥かしがりながらも微笑むシルフィアの笑顔に、彼らのほうも自然と笑みを浮かべ、幸せそうな恋人たちの姿を見守っていた。
一方、西宮に呼び出されたシメオンは、事の顛末をマルヴェーレから聞かされ、あまりの衝撃に腰が抜けそうになった。
まさか、アークレイがそのような行動に出るなど一体誰が予想できただろう。
シルフィアを休ませろと言ったのは、誰あろうアークレイ自身ではないか。
アークレイの部屋へと足を踏み入れてそこで見た異様な光景に、シメオンは再び度肝を抜かされた。
居間の中央に置かれたソファに並んで腰掛け、用意された朝食を仲良く摂る2人。
しかも、シルフィアのためにカップへ紅茶を注いだり、果物などを皿に盛るという、国王としてあるまじきアークレイの姿だった。
何故あのようなことをさせているのかとマルヴェーレに問い詰めても、何度も止めさせようとしたのだがアークレイがそれを許さないのだと、諦めたような苦笑が返ってきただけだった。
ならば自分が、とアークレイに近づくシメオンだったが、振り向いたアークレイに視線だけで制されてしまった。
「シメオン」
「は」
決して口調は鋭いものではないし口元は微かに笑みを浮かべていたが、有無を言わせない圧力のようなものを薄っすらと感じた。
今の今までシルフィアに見せていた柔らかな視線ではない。
「センシシア国王夫妻との会見を、午後に変更するように手配をしてもらえるか。おまえに任せる」
それは、依頼ではなく命令だった。
変更の理由付けもシメオンで考えろ、ということだ。
「は・・・・・・かしこまりました」
深々と頭を下げるシメオンの耳に、戸惑うシルフィアの声が飛び込んでくる。
「陛下、私は大丈夫ですから・・・・・・」
「シルフィア、無理をいたすな。折角のご両親との再会なのだから、途中で体調を崩すわけにもいかないだろう?先ほどのように、俺に抱え上げられてもよいのか?」
シメオンに対するときとはまるで別人のような甘い声に、シルフィアはうっすらと頬を染め、拗ねたように上目遣いでアークレイを睨む。
「陛下・・・・・・」
「そのような顔をしても可愛いだけだと、何度言わせれば気が済むのだ?」
恥ずかしい言葉を平然と並べるアークレイを横目で見ながら、「そうさせたのは陛下ご自身ではございませんか」と突っ込みたかったが、自制して心の中で毒づくだけで終わらせた。
昨夜、散々アークレイに愛されたらしいシルフィアは、案の定、腰が抜けて自力で立つこともままならず、アークレイに抱かれて寝室から居間へと運ばれたらしい。
経験者としてシメオンもその辛さはよくわかるので、身体の負担を考えると、確かに会見は午後に延ばしたほうがよいだろう。
幸せそうに微笑み、その美貌が更に増したようなシルフィアを見ていると、先ほどまでのアークレイに対する剣呑な気持ちも薄れていく。
確かに驚きはしたが、アークレイがこれほどまでにシルフィアを愛してくれていることは、シメオンにとっても喜ばしいことだった。
決して一方的な行為ではなかった筈だ。
絡み合う2人の視線の熱さが如実にそれを表している。
立場や性別を超えた2人の愛情に、シメオンは羨ましささえ覚えてしまうほどだ。
そんなアークレイとシルフィアの為にと、シメオンは調整に走り回ることになる。
大宰相にはアークレイから許可を得て事の全てを話したが、対外的にはシルフィアが『怪我と疲労からくる体調不良』を原因として、午前中は大事をとって休むと布令を出した。
午後に公の場へ復帰して両親との会見を行い、その後アークレイとともに来賓の方々へ挨拶に回るという段取りを、シメオンはわずか1刻足らずで済ませてしまった。
誰しもが昨日の謁見の間での凶事を知っているため、シルフィアの体調を心から心配し、何度も気遣う言葉をいただいた。
御礼を返すたびに表面上は穏やかな笑みを浮かべたシメオンだったが、「陛下が原因ですけどね・・・・・・」と心の中では苦笑いしていた。
午後に入ってようやく、センシシア国王夫妻とシルフィアとの会見がとりおこなわれた。
元々シルフィアの部屋でという話だったが、本来、西宮へは特別な許可がなければ身内といえども入城できない。
王族との面会は、本宮と西宮を結ぶ廊下の中央にある『蒼天の間』『月天の間』いずれかにておこなわれるのが通常だ。
そのことを知ったセンシシア国王夫妻は、シルフィアの両親だからといって特別扱いは不要、慣例に則った対応をと申し出たため、結局『蒼天の間』での会見となった。
午後には体調も元通りとなったシルフィアは、アークレイに導かれて『蒼天の間』へと入り、1ヶ月ぶりに両親と再会を果たし、無事な姿に涙を流す母親ときつくきつく抱きあっていた。
そんな彼らを、僅かに離れた場所から見守るアークレイとシメオン。
背にシメオンの視線を感じながらも、ずっと無言を通していたアークレイが、ようやく口にした言葉が「すまなかった」だった。
「別に私は陛下を責めているわけではございません。陛下のシルフィア様を想うお気持ちも十分わかっております。貴方様に愛されて殿下もお幸せそうですし、よろしかったのではないでしょうか」
「シメオン・・・・・・」
「ですが、今後は殿下の体調のことを、少しは気遣って差し上げてくださいませ」
ふんっと鼻を鳴らして顔を逸らせば、アークレイは口元に右拳をあて、肩を揺らしながらくくっと笑った。
「そうだな、善処しよう。ウォーレンのように見境なく抱いて、朝議の間も気だるそうに何度もため息を吐き出し、集中力も無く、上の空状態のシメオンのようになられては困るからな」
「なっ!!」
顔を戻したシメオンはかっと顔を紅潮させ、目を大きく見開いてアークレイを見上げた。
「何をおっしゃっているのですか!わ、私がいつ!?」
「ウォーレンがランディン砦へ向かう前の晩のことだ。翌日、ウォーレンが自慢げに俺に語ったぞ?」
「え・・・・・・」
「最高によかった、1ヶ月会えない分堪能させてもらった。シメオンもいつにも増して感じまくって善がりま」
「へっ、陛下!!」
「はは。なにを恥かしがることがある。良いではないか。おまえも、1ヶ月もの間ウォーレンと離れなくてはならなかったのだ。寂しかったのだろう?」
「陛下・・・・・・」
思いもかけないアークレイの言葉に、シメオンは振りかざした手の力を緩めた。
「俺は今までおまえたちの関係を認めてはいたが、頭で理解していただけで、心では理解していなかったようだ。男である俺が男を愛することはないだろうと思っていたし、そのようなこと考えたこともなかった。だが、求め合う気持ちも、愛し合う気持ちも、口づけたいと抱きたいと思う気持ちも、男だからとか女だからとか、性別などは全く関係ないのだな。シルフィアと出会って・・・・・・俺はようやくそのことに気づけたようだ」
アークレイはシルフィアの方へと向き直り、再び両手を後ろに組む。
「・・・・・・そういう意味も含めて、おまえにはすまなかったと俺は思っているのだ」
「陛下・・・・・・」
シメオンは体中が熱くなっていくのを抑えられず、ぎゅっと胸元をきつく握り締めた。
男同士という関係が、世間の常識から外れていることはわかっている。
ウォーレンを想う気持ちは紛れもないものだが、声を大にして言うことは憚れる関係だ。
国王であるアークレイが2人の関係を知っても、蔑むことなく認めてくれたことは何よりも心強く在り難かったが、同性同士が愛し合うという感情そのものを、アークレイは完全に理解していないだろうことはシメオンも気づいていた。
それでも、アークレイ自身が関わることはないのだから問題はないと思っていたのだが。
シルフィアという王子が現れたことで、アークレイはようやく理解をしたようだった。
人を心から愛するということを。
愛することに、性別は関係ないのだということを。
そして、ウォーレンとシメオンの関係が、決して歪なものではないのだということも。
「陛下、ありがとうございます・・・・・・」
ぽつりとつぶやいたシメオンの言葉を聞き取ったかどうかはわからないが、目を伏せたアークレイの口元には穏やかな笑みが浮かんでいた。
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