上 下
30 / 62
第4章 もう一つの魔力

01

しおりを挟む
「ロゼ、もういいから。…ロゼ!」
ハッとしてロゼは手を止めた。

「あ…すみません、つい夢中になってしまって…」
手にしていた針と布をテーブルの上に置く。

「私も本を読みだすと止まらなくてね、よく食事の時間を忘れては怒られていたよ」
笑ってそう言うと、ランドは置かれた布を手に取った。

「やっぱり魔力を感じるね」
布にはロゼが刺した花柄の刺繍があった。
「刺繍をしている時のロゼからも、少しだけど魔力を感じた」
「本当ですか」
「無心になって集中していると魔力が出てくるんだろう。…という事は普段はあえて魔力を封じているという事だろうな」
「…私は何も…」

「無意識にやっているんだろう」
ランドは布を置くとロゼに向いた。
「意識して魔力を出せるようになれればいいんだけど」
「はい…」
「確か子供の時は量が多すぎて自分では手に負えなかったんだな」
こくりとロゼは頷いて、自分の手のひらを見た。

ベッドから離れられるようになった頃———今思えばあれがランドの祖父だったのだろう、魔力をコントロールする指導を受けた事があった。
だがどうしても自身の体内を巡る魔力を制御する事ができず、制御しようとすればするほど魔力が溢れて高熱を出してしまい、出来なかったのだ。
あの時の苦しさと怖さは、今も覚えている。


「———ロゼ、魔力が怖いと思っている?」
ぎゅっと手を握りしめたロゼを見つめてランドは言った。
「…はい……」
「その恐怖心で普段は魔力を封印しているんだろうな。好きな刺繍に熱中している時は忘れていられるんだろう」
「恐怖心…」
ロゼは顔を上げた。
「魔力は本来怖いものではない。我々色持ちの身を守るものだ。君の身体の一部なんだから怖がらずに仲良く付き合ってあげて。ね」
優しい眼差しでランドは言った。

「…はい」
「ロゼの魔力は優しくていい魔力なんだから」
頷いたロゼの頭をくしゃりと撫でた。



「ところで今日はルーチェは来られないのか?」
「…来る予定なんですけれど」
「殿下が足止めでもしてるか」
ふ、とランドは笑みをもらした。
「あの殿下が目をつけるとは、やっぱり彼女は〝光の乙女〟なんだろうね」

ロゼがヴァイスと街へ出かけていた日、ルーチェがユーク付きの侍女になったと聞かされた。
ロゼの事でフェールに意見している所を聞いたユークが、ルーチェの事を気に入ったらしい。

(確か…ゲームの時は、執務室付きから王太子付きに変わると一気に好感度が上がったのよね…)

いつも周囲に甘やかされていたユークは、正義感が強く身分が上でも臆さず意見するヒロインに興味を持ち、自分付きにする。
そして自身に対しても態度を変えないヒロインに惹かれていき、それまで我儘だった態度を改め、良き王になろうとしていくのだ。

(殿下も変わってくれるかしら)

ユークに振り回されている兄やオリエンスを思い浮かべていると、扉をノックする音が聞こえた。



「遅くなりました…」
疲れた表情のルーチェが顔を覗かせた。

「やあ、ちょうど君の話をしていたんだ。殿下に足止めされているんじゃないかって」
「———そうですね…」
部屋に入ってきたルーチェはため息をついた。
「昨日から、今日はこちらに用があると伝えていたのに、聞いていないだの下らない命令を次から次へと入れようとするんで…」
そう言うとルーチェは右手を上げて指を握りしめた。

「思わず拳骨入れてきました」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。  無言で睨む夫だが、心の中は──。 【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】 4万文字ぐらいの中編になります。 ※小説なろう、エブリスタに記載してます

殿下には既に奥様がいらっしゃる様なので私は消える事にします

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のアナスタシアは、毒を盛られて3年間眠り続けていた。そして3年後目を覚ますと、婚約者で王太子のルイスは親友のマルモットと結婚していた。さらに自分を毒殺した犯人は、家族以上に信頼していた、専属メイドのリーナだと聞かされる。 真実を知ったアナスタシアは、深いショックを受ける。追い打ちをかける様に、家族からは役立たずと罵られ、ルイスからは側室として迎える準備をしていると告げられた。 そして輿入れ前日、マルモットから恐ろしい真実を聞かされたアナスタシアは、生きる希望を失い、着の身着のまま屋敷から逃げ出したのだが… 7万文字くらいのお話です。 よろしくお願いいたしますm(__)m

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

『完結』人見知りするけど 異世界で 何 しようかな?

カヨワイさつき
恋愛
51歳の 桜 こころ。人見知りが 激しい為 、独身。 ボランティアの清掃中、車にひかれそうな女の子を 助けようとして、事故死。 その女の子は、神様だったらしく、お詫びに異世界を選べるとの事だけど、どーしよう。 魔法の世界で、色々と不器用な方達のお話。

悪役令嬢の幸せは新月の晩に

シアノ
恋愛
前世に育児放棄の虐待を受けていた記憶を持つ公爵令嬢エレノア。 その名前も世界も、前世に読んだ古い少女漫画と酷似しており、エレノアの立ち位置はヒロインを虐める悪役令嬢のはずであった。 しかし実際には、今世でも彼女はいてもいなくても変わらない、と家族から空気のような扱いを受けている。 幸せを知らないから不幸であるとも気が付かないエレノアは、かつて助けた吸血鬼の少年ルカーシュと新月の晩に言葉を交わすことだけが彼女の生き甲斐であった。 しかしそんな穏やかな日々も長く続くはずもなく……。 吸血鬼×ドアマット系ヒロインの話です。 最後にはハッピーエンドの予定ですが、ヒロインが辛い描写が多いかと思われます。 ルカーシュは子供なのは最初だけですぐに成長します。

夫に離婚を切り出したら、物語の主人公の継母になりました

魚谷
恋愛
「ギュスターブ様、離婚しましょう!」 8歳の頃に、15歳の夫、伯爵のギュスターブの元に嫁いだ、侯爵家出身のフリーデ。 その結婚生活は悲惨なもの。一度も寝室を同じくしたことがなく、戦争狂と言われる夫は夫婦生活を持とうとせず、戦場を渡り歩いてばかり。 堪忍袋の緒が切れたフリーデはついに離婚を切り出すも、夫は金髪碧眼の美しい少年、ユーリを紹介する。 理解が追いつかず、卒倒するフリーデ。 その瞬間、自分が生きるこの世界が、前世大好きだった『凍月の刃』という物語の世界だということを思い出す。 紹介された少年は隠し子ではなく、物語の主人公。 夫のことはどうでもいいが、ユーリが歩むことになる茨の道を考えれば、見捨てることなんてできない。 フリーデはユーリが成人するまでは彼を育てるために婚姻を継続するが、成人したあかつきには離婚を認めるよう迫り、認めさせることに成功する。 ユーリの悲劇的な未来を、原作知識回避しつつ、離婚後の明るい未来のため、フリーデは邁進する。

処理中です...