上 下
14 / 62
第2章 再会と出会い

06

しおりを挟む
「え…ひかり?」

初めて王宮を訪れてから十日後。
再び王宮を訪れ、フェールの会議が終わるまで待つよう通された父親と兄の仕事場である政務室の休憩室で、出迎えたルーチェの姿を見てロゼは目を丸くした。

「政務室配属になりました、ルーチェ・ソレイユです」
ルーチェはロゼに向かって頭を下げた。
「ロゼ様が王宮を訪れた時にはお世話をするよう、任じられております」
「お世話…」

「というか、話し相手ね」
砕けた口調になると、ルーチェはにっこりと笑みを浮かべた。
「まだこの世界に友人はいないからって」
「そう…なの」
確かにロゼは王宮に来る以外はずっと家にこもりきりで、家の者以外と会う機会はなかったけれど、それはまだ貴族社会の風習やマナーに慣れていないからだと気にしてはいなかった。



「フェール様は、ロゼ様が大人し過ぎるから他の令嬢たちに会わせるのは不安なんですって」
ソファに座ったロゼの前にお茶と菓子を並べながらルーチェは言った。
「…は?」
「凄い過保護よね、お兄様もお父様も」
ルーチェは口角を上げた。
「時間があれば〝雫〟の話を聞きたがるのよ。好物とか、苦手なものとか。あと男関係ね」
「おと…」
「変な男が言い寄ってきた時は私が撃退してたって言ったらとても感謝されたわ。これからも頼むって」
「…はは…」
美人の雫に好意を抱く者は多かったが、人見知りな上に異性が苦手だった雫はいつもひかりに盾になってもらっていた。


「ふふ、懐かしいなあ。いつも雫と一緒だったから思い出は沢山あるものね」
目を細めたルーチェを見て、ロゼは彼女がもう十八年もこの世界で生きている事を思い出した。
ロゼにとっては最近の出来事でも、ルーチェには遠い昔の思い出なのだ。

「ねえひか…ルーチェ」
ロゼはルーチェを見上げた。
「あなたは元の世界に帰りたいと思う?」


「……十八年ここで生きているから、そういうのはもうないかな」
ルーチェは答えた。
「雫の事はよく思い出しているわ、また会いたいなあって。あとゲームの事も」
「そういえば…」
ひかりは何者かにゲームの世界に転生して欲しいと頼まれたのだっけ。
思い出して、ルーチェはある事に気付いた。

「もしかしてルーチェ。お兄様のルートになったの?」
「うーん、それはちょっと考えたけど…違う気がするのよね」
ゲームでは五人の攻略対象がいたが、一度に攻略できるのは一人だけだった。
最初に五人それぞれと出会うイベントがあり、その中から攻略したい一人をプレーヤーが選ぶのだ。
侍女見習いとして王宮に入ったヒロインは、攻略相手を決める事でその配属先が変わる。
例えばユークとその側近のオリエンスならば王太子の執務室なのだけれど、宰相の政務室に配属という事は、つまり。

「そもそも、私フェール様以外の攻略対象とまだ会っていないのよ」
「そうなの?」
「出会いだってゲームとは違うし、ここに配属されたのもロゼ様のためだし…」
ルーチェは首を捻った。
「それに…フェール様のルートは多分ないわ」
「どうして?」
「ゲームだと、フェール様は子供の時に妹を亡くして以来心を閉ざしていたの。その心をヒロインが開かせる事で攻略できるのよ」
ルーチェはロゼを見つめた。
「でも亡くなったはずの妹のロゼ様はこうやって生きていて、フェール様も変わりつつある。だから私の…ヒロインの出番はないんじゃないのかな」

「そうなの…」
雫はフェールルートはまだ手をつけていなかったので、そういうストーリーだったとは知らなかった。
「じゃあ…ルーチェは誰を選ぶの?」


「それは…分からないわ。他の方とはお会いしていないし、それに…」
「それに?」
「ゲームの時は気にしなかったけれど、実際にこの世界で生きているとね、殿下や公爵家の御曹司と結ばれるなんてあり得ないと思うの」
ふ、とルーチェは自虐的な笑みを浮かべた。
「住む世界が違うわ」

「でも同じ貴族なのでしょう」
「うちはしがない貧乏子爵よ、貴族といっても下の方だわ。本来だったらこうやってロゼ様と気軽に口を聞く事もできないわ」
「そういうものなの…」
十日前にユークから対等だと言われた事も気になって、兄にこの国の貴族制度について詳しい説明を受けてはいた。
元々王家と公爵家の五家は同等で、その中から王を立てるという時にフールス家を選んだという。
そして万が一フールス家が絶えた時は、公爵家の中から新たな王を立てる事になっているのだと。
また外交などで王家の代わりに公爵家の者が出る事もあり、対外的には王族として扱われるという。
だから自分の身分がかなり高いというのは分かるのだけれど。

「でも向こうの世界では王族や皇族の人が庶民と結婚するというのはよくある話よね…?」
「ここの身分制度はもっとシビアよ。封建社会だもの。———ロゼ様もそのうち嫌でも実感できるわ」
納得いかなそうな表情のロゼにそう言うと、ルーチェはだからこういう事もしちゃいけないの、と言いつつロゼの頭を撫でた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~

イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」   どごおおおぉっ!! 5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略) ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。 …だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。 それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。 泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ… 旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは? 更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!? ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか? 困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語! ※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください… ※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください… ※小説家になろう様でも掲載しております ※イラストは湶リク様に描いていただきました

悪役令嬢、第四王子と結婚します!

水魔沙希
恋愛
私・フローディア・フランソワーズには前世の記憶があります。定番の乙女ゲームの悪役転生というものです。私に残された道はただ一つ。破滅フラグを立てない事!それには、手っ取り早く同じく悪役キャラになってしまう第四王子を何とかして、私の手中にして、シナリオブレイクします! 小説家になろう様にも、書き起こしております。

家庭の事情で歪んだ悪役令嬢に転生しましたが、溺愛されすぎて歪むはずがありません。

木山楽斗
恋愛
公爵令嬢であるエルミナ・サディードは、両親や兄弟から虐げられて育ってきた。 その結果、彼女の性格は最悪なものとなり、主人公であるメリーナを虐め抜くような悪役令嬢となったのである。 そんなエルミナに生まれ変わった私は困惑していた。 なぜなら、ゲームの中で明かされた彼女の過去とは異なり、両親も兄弟も私のことを溺愛していたからである。 私は、確かに彼女と同じ姿をしていた。 しかも、人生の中で出会う人々もゲームの中と同じだ。 それなのに、私の扱いだけはまったく違う。 どうやら、私が転生したこの世界は、ゲームと少しだけずれているようだ。 当然のことながら、そんな環境で歪むはずはなく、私はただの公爵令嬢として育つのだった。

異世界で悪役令嬢として生きる事になったけど、前世の記憶を持ったまま、自分らしく過ごして良いらしい

千晶もーこ
恋愛
あの世に行ったら、番人とうずくまる少女に出会った。少女は辛い人生を歩んできて、魂が疲弊していた。それを知った番人は私に言った。 「あの子が繰り返している人生を、あなたの人生に変えてください。」 「………はぁああああ?辛そうな人生と分かってて生きろと?それも、繰り返すかもしれないのに?」 でも、お願いされたら断れない性分の私…。 異世界で自分が悪役令嬢だと知らずに過ごす私と、それによって変わっていく周りの人達の物語。そして、その物語の後の話。 ※この話は、小説家になろう様へも掲載しています

二度目の結婚は異世界で。~誰とも出会わずひっそり一人で生きたかったのに!!~

すずなり。
恋愛
夫から暴力を振るわれていた『小坂井 紗菜』は、ある日、夫の怒りを買って殺されてしまう。 そして目を開けた時、そこには知らない世界が広がっていて赤ちゃんの姿に・・・! 赤ちゃんの紗菜を拾ってくれた老婆に聞いたこの世界は『魔法』が存在する世界だった。 「お前の瞳は金色だろ?それはとても珍しいものなんだ。誰かに会うときはその色を変えるように。」 そう言われていたのに森でばったり人に出会ってしまってーーーー!? 「一生大事にする。だから俺と・・・・」 ※お話は全て想像の世界です。現実世界と何の関係もございません。 ※小説大賞に出すために書き始めた作品になります。貯文字は全くありませんので気長に更新を待っていただけたら幸いです。(完結までの道筋はできてるので完結はすると思います。) ※メンタルが薄氷の為、コメントを受け付けることができません。ご了承くださいませ。 ただただすずなり。の世界を楽しんでいただけたら幸いです。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

悪役令嬢は二度も断罪されたくない!~あのー、私に平穏な暮らしをさせてくれませんか?~

イトカワジンカイ
恋愛
(あれって…もしや断罪イベントだった?) グランディアス王国の貴族令嬢で王子の婚約者だったアドリアーヌは、国外追放になり敵国に送られる馬車の中で不意に前世の記憶を思い出した。 「あー、小説とかでよく似たパターンがあったような」 そう、これは前世でプレイした乙女ゲームの世界。だが、元社畜だった社畜パワーを活かしアドリアーヌは逆にこの世界を満喫することを決意する。 (これで憧れのスローライフが楽しめる。ターシャ・デューダのような自給自足ののんびり生活をするぞ!) と公爵令嬢という貴族社会から離れた”平穏な暮らし”を夢見ながら敵国での生活をはじめるのだが、そこはアドリアーヌが断罪されたゲームの続編の世界だった。 続編の世界でも断罪されることを思い出したアドリアーヌだったが、悲しいかな攻略対象たちと必然のように関わることになってしまう。 さぁ…アドリアーヌは2度目の断罪イベントを受けることなく、平穏な暮らしを取り戻すことができるのか!? 「あのー、私に平穏な暮らしをさせてくれませんか?」 ※ファンタジーなので細かいご都合設定は多めに見てください(´・ω・`) ※小説家になろう、ノベルバにも掲載

処理中です...