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「え…あの…」
戸惑うイザベラの手を取りソファに座らせると、メイナードはすぐ隣へと腰を下ろした。

「殿下が…パトロンなのですか…?」
「そうだよ、嫌か?」

「いや…などと…」
イザベラはふるふると小さく首を横に振った。
「びっくりしてしまって…」

全く想像だにしていなかった。

それまでメイナードとは全くといっていいほど接点がなかった。
このオーキッドハウスに来てからは、外交関係で接待を行う時やその打ち合わせで顔を合わせていたし、それ以外でも何度か客として来た時に接客した事はある。
だがいつも仕事仲間としての付き合いで、パトロンになるなど…そんな気配は全く感じなかったのに。


「君はね、私の理想的な存在なんだ」
メイナードは言った。

「理想?」
「私が妃を持てないのは知っているね」
「…はい…」

メイナードの母親は愛妾だった。
前国王が最も寵愛していたが身分は低く、政治的な後ろ盾もなかった。
メイナードもまた父王に愛されており、そんな彼を次期国王にさせたくないと、正妃派に命を狙われた事もあった。
だが兄である現国王はメイナードを可愛がっており、彼の取りなしで王位継承権を放棄し兄に忠誠を誓う事でその身の安全を得る事となった。
そして万が一現王の子供達と王位争いが起きないよう、王太子が定まるまでは妃を娶る事も子供を作る事も禁じられたのだ。


「結婚できない事自体は構わないんだけど、外交に行った時にパートナーがいないと不便な場面が多くてね…」
困ったようにメイナードは眉を下げた。

夜会などに出席する時は、パートナーを連れて行くのが基本だ。
出来れば数ヵ国語を話せて政治や外交を理解し、そして貴族のマナーを知っているパートナーが欲しい。
たが条件に合う者はなかなかおらず、諦めかけていた所に出会ったのがイザベラだった。

シヴォリ王国接待での差配振りは見事だった。
彼女が考案した浸漬酒は今、社交界でも人気が出ていてレディントン王国の名物として外交の場でも役立っている。
未だ十八歳と思えないほど堂々とした振る舞いや語学力、そして容姿。
メイナードが望んでいたものをイザベラは全て持っていたのだ。

すぐにオーナーに、イザベラへのパトロンの話は全て断るよう話を付けた。
そうしてこの四ヶ月近く、仕事や客として来た時にイザベラの性格や能力を観察してきたのだ。

「それで確信したんだ、パートナーとして君以上に最適な女性はいないと」
「…それはつまり…私は今後、殿下のパートナーとして外交にお供をするという事ですか?」
イザベラは首を傾げた。
「ああ」
「ですが…私のような…娼婦が殿下のパートナーなど…」


「オーキッドハウスの『花』とパトロンとの関係は国外でも有名だ。君は私以外の男には触れさせない。中には口さがない事を言う者もいるだろうが、雑音として気にしなくていい」
メイナードはイザベラの手を取った。
「それにいずれは王家を出て爵位を得る予定だ。その時は君を妻にする、問題ない」
「妻…?」
「このネックレスは、父が母に贈るために作らせた特注品だ」
空いた手でイザベラの胸元を飾るサファイアに触れる。

「私が最愛を見つけた時に渡すよう、母から譲り受けたものだ」
「…さ、最愛…?」
「すっかり君に惚れ込んでしまったよ」
目を細めると、メイナードはイザベラの腰に手を回し抱き寄せた。


「本当は根回しを済ませてからパトロンになりたかったのだが、君のパトロンになりたい者が多いから早く決めてくれとオーナーに急かされてね」
「根回し…?」
「オルブライト侯爵が反対しているんだ。彼は君が客を取る前に家に取り戻したいと望んでいるからね」
「…お父様が…」
「だが君の相手は私ただ一人だ。他の客は取らせないとオーナーとも契約した。…それに」
長い指がイザベラの顎をそっとなぞった。

「早く君が欲しくてたまらなかったんだ」


(ひゃあ…!)

色気のある表情で間近に見つめられ、イザベラは心の中で悲鳴を上げた。
今までずっと仕事の相手として接してきたメイナードに、突然甘い言葉や態度を示されたのだ。
恥ずかしさで身体がむずむずしてくる。


(でも…嫌では…ないかも…)

パトロンを選ぶ権利はイザベラにはないのは分かっていたし、相当な地位と財力がないとなれないので相手が年配の場合もあると覚悟していたのだ。
メイナードはまだ二十代と若く、それに彼の仕事ぶりを間近で見てきたイザベラにとって、彼は尊敬できる存在だった。

恋心といったものは未だないけれど…彼ならばこの身を預けても大丈夫だろう。
そう思えた。

(パートナーとか妻とか…それは想定外過ぎたけど)

娼館に入った自分がそんな立場になっていいのだろうか。

「イザベラ?」
ぐ、と腰に回された手に力が入る。
「どうした?」
「…本当に…私のような者でいいのでしょうか」
思った事を口にすると、メイナードは一瞬目を見開きすぐにまた細めた。


「君は知らないだろうけれど、今社交界で君は大人気なんだよ」
「え?」
「婚約者の第一王子に追放され娼館に入れられたのに、国のために外交に努める聖女のような女性だと」

「…ええっ?!」
思いがけない言葉にイザベラは絶句した。
ただ接待の仕事が楽しいから頑張っていただけで、国のためとか…そんな事全く考えていなかったのに。


「君が私のパートナーになる事は、兄上も喜んでいたよ」
「…陛下が?」
「反対するのはオルブライト侯爵くらいじゃないかな。イザベラは何も心配しなくていいから」
メイナードの顔が動くと、頬に何かが触れる感触があった。

「っ…」
「それでね、イザベラ」
頬に口付けられて赤くなったイザベラの耳元に、メイナードは口を寄せた。

「早速初夜を迎えたいんだけど…いい?」

「しょ…え…ぅあ…」
「駄目といっても聞かないけど」
さらに顔を真っ赤にしたイザベラを抱き上げながら立ち上がると、メイナードは奥にある寝室へと歩いていった。
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