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自宅まで送ってくれたニールが王宮で起きた事を説明すると、父親は呆然とし、母親は号泣してしまった。
デートから帰ってきたモーリスも激怒している。
イザベラは彼らを宥めるのが大変だった。

「お母様…そんなに泣かないで下さい」
母親の背中をさすりながらイザベラは言った。

「私、殿下と結婚するくらいなら娼館に行く方がよっぽどいいんですから」
「…そんなに嫌だったとは…」
今度は父親が涙を滲ませた。
「すまない…もっと早く婚約を解消していれば……」

「過ぎた事を言っても仕方ないですわ。大丈夫、私は立派な娼婦になりますから」
「———何でそんなに積極的なんだよ」
姉の態度に、怒りを通り越して呆れ顔のモーリスが言った。

「だって本当に嫌だったんですもの」
「だからって…」

「ああ、この家から娼婦を出したなんてなったら家の恥ね」
気づいたようにイザベラはぽん、と手を打った。
「お父様、今のうちに私を勘当して下さい」

「出来るわけないだろう!」
叫んで、侯爵は気づいたようにその顔を引き締めた。


「そうだ、今のうちに組合に手紙を出しておこう」
「組合?」
「娼館を管理する組合だ。イザベラが娼婦になどならないよう、身の保全を頼まないと…」
「…そんな事しなくても…」
何故かやる気満々の娘を一瞥すると、侯爵は手紙を書くために慌てて出て行った。



「———イザベラ」
父親の出て行った扉を見送っていたイザベラに、モーリスが声をかけた。

「本当に、王子妃より娼婦の方がいいと思っている?」
「ええ」
この国しか知らないモーリスにも…家族にも、分からないだろう。
イザベラだって、本当は好き好んで見知らぬ男達に身体を売るような事はしたくない。
けれどあのクリストファーの妃と娼婦、どちらがマシかと言われれば———後者の方を選ぶのだ。



「そう…」
ぽん、とモーリスはイザベラの頭に手を乗せた。

「俺、ヴィンセント殿下に付くよ」
「え?」
「クリストファー殿下は失脚させるから」
その瞳の奥に不穏な光を宿してモーリスは言った。


第二王子ヴィンセントは十一歳。
側妃の子供だが、優秀と評判は高い。
女に騙されるような第一王子よりも王太子に相応しいと、そんな声も陰で囁かれていると聞く。


「…ありがとう、モーリス」
ゲームでは家族の誰一人、イザベラの娼館行きを嘆かなかった。
けれど今、皆イザベラの事を嘆き、怒ってくれている。
それが嬉しかった。





翌日、再びニールが迎えにきた。

「申し訳ありません…殿下に考え直すように伝えたのですが、頑として聞き入れてもらえなくて…」
「人の話を聞くような人だったらそもそもこんな事にならないわ」
そう答えて、イザベラは玄関ホールに集まった家族を見渡した。

「それでは。どうか皆様お元気で」


「イザベラ…どうか…身体にだけは気を付けて…」
「陛下が帰国したらすぐに帰れるようにするからな」
昨日から泣きっぱなしで目が真っ赤になった母親の肩を抱いて侯爵が言った。

「あの男への復讐は任せておけよ」
「…程々にね」
悪い笑顔の弟に笑顔で返すと、イザベラはもう一度家族を見渡し馬車へと乗り込んだ。
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