ゲームには参加しません! ―悪役を回避して無事逃れたと思ったのに―

冬野月子

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19 ローズリリーの姫君

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家に帰ると、私は殿下から借りた絵本を開いた。
この絵本は留学先で、私へ贈ってくれたローズリリーの髪飾りと共に買ったものだという。

『ドラゴンと姫君』のあらすじはこうだ。
継母によって塔に閉じ込められていた姫君の元に、ある夜、迷子になったドラゴンが現れる。
無事帰れたドラゴンは、その後も時々塔を訪れては姫君と語らい、ふたりは親交を深めていく。そうして花を見たことがないという姫君に、ドラゴンはローズリリーを贈りいつか一緒に見に行こうと約束するのだ。
だがやがて戦争が始まり、塔の周辺も兵士が増えてきてドラゴンは訪れなくなる。
姫君は独り塔の中で、それでもドラゴンと再会できる日を待ち続けていたが、とうとう敵の兵士が塔の中へと攻め込んできてしまう。
もうダメだと思ったその時、ドラゴンが現れると姫君を救い出し、ふたりは約束したローズリリーの花畑へとたどり着く。初めて花の群生を見た姫君が涙を流すのをドラゴンが優しく見守る。
そうして自由になった姫君とドラゴンは遠い地で幸せに暮らしましたと絵本は締めくくられる。

この物語はこの国ではあまり有名ではないが、ローズリリーの産地である殿下の留学先の国では人気のある作品で、かの国では物語にちなんで誓いを立てる時にローズリリーを贈るのだという。
『今は咲く季節ではないから代わりにこれを』と指し示されたのは、ローズリリーの花びらを押し花にした栞だった。
二枚の花びらを重ねて紙に漉き込んだ栞は、恋人や好きな相手への贈り物として人気だという。

(ローズリリーの姫かあ)
絵本の姫君は不幸な立場であっても純真さと信じる心を失わない少女だ。私とは似ても似つかない。
(殿下は……私のよそゆきの顔しか知らないから)
本当はソファに寝転がってしまうし、行儀も悪い。こんな私でも……好きだと思うだろうか。
そう思うと、殿下の唇が触れたこめかみに熱を感じ……同時に胸の奥が少し暗くなったように感じた。

「……好きな人、か」
栞を見つめてため息がもれる。
(私は殿下のこと……どう思っているのかな)
好意はある、でもこれは恋ではないと思うけれど……。
(どう思うにしても……そろそろ婚約者は決めないとならないのよね)
私ももう十七歳。級友たちも、その多くに婚約者がいる。

貴族にとって結婚相手が好きな相手とは限らないし、家柄の釣り合いや関係性で決められることが多いが、それでも相性が合わない相手と無理に婚約させられることは少ないし、恋愛結婚する者もそれなりにいる。
私の相手の可能性は今のところ殿下以外だと、好意を寄せられているのはエディーになる、けれど。
(やっぱり弟、なのよねえ)
血の繋がりが薄いとはいえ、エディーは私にとって『弟』だ。
好意を持たれていると知ってもその意識は変わらないし、どうしても彼に家族以外の愛情を持てる気がしない。
(他に可能性ってあるのかしら)
のんびり過ごしたいだのここはゲームの世界だしと思いつつも、あのまま王太子妃になるのだとなんとなく思っていたから。他の可能性が思いつかないわ。



「あら、婚約の打診ならたくさん来てるのよ」
お母様に聞いてみると、思いがけない言葉が返ってきた。
「たくさん?」
「だってクリスティナは容姿、家柄、能力全て持っているでしょう。お嫁に欲しいという人は多いわよ」
……よく娘のことを恥ずかしげもなく褒められるわよね。
「でも全て一旦お断りしているのよ」
「え、どうして?」
「内密な話だけど、王家に頼まれているの。王太子殿下との復縁の可能性がある限り他の人との婚約はしないで欲しいって」
「……そんな話になっていたの?」
「あなたがどうしてもこの人がいいという相手がいるなら別だけど。どうせあなたは結婚相手探しよりも本を読んでる方が優先でしょう」
う……さすがお母様。

「それで、殿下とはどうなの?」
「どうって……」
「王宮でお会いして、お話はちゃんとしたの?」
「ええ」
「婚約をこのまま本当に解消するにしても、再婚約するにしても。しっかり話し合って、相手を理解して。後悔しないように、納得できる結論を出すのよ」
「……はい」
「あなたならちゃんと、選択できるから」
お母様は微笑んだ。
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