18 / 35
17 気づかなかった思い
しおりを挟む温室を出ると、そろそろ日が暮れるのだろう、少し冷たい風が吹いていた。
(殿下も……私が好きだったの?)
そんなの、全然知らなかったんですけど!
「クリスティナ嬢」
殿下の言葉を思い出して頭の中がぐるぐるしながら外廊下を歩いていると、声をかけられた。
「……ラウル様」
振り返ると、書類らしき紙の束を抱えたラウルが立っていた。
「お帰りですか」
「ええ……ラウル様は何をなさっているのですか」
「勉強を兼ねて父上の手伝いに、というのは建前で」
さすが未来の宰相、と感心しかけていると、ラウルは私へ近づき声をひそめた。
「エディーに頼まれたんだ。様子を見てきてって」
「え?」
「今、殿下と会ってたんでしょ」
私をじっと見てそういうと、ラウルはにっこりと笑って身体を離した。
「クリスティナ嬢、よかったら書類整理を手伝ってもらえますか」
「え……ええ」
「こちらです」
身を翻したラウルの後についていくと、政務官たちの部屋が集まるエリアの一部屋へとたどり着いた。
「ねえ、あなた知ってたの?」
壁一面に作り付けの本棚がある、小さな書庫のような部屋に入ると私はラウルに尋ねた。
「何が?」
「エディーが……その、私のことを好きだって……」
「ああ、うん」
「いつから?」
「最初の試験のあと、僕のところに来て『勉強を教えて欲しい』って言われて。それならお義姉さんに聞けばって返したら、『あいつより出来るようになりたい』って。その顔を見て、ああ好きなんだなって分かった」
「え、そんなので分かるの?」
「花奈姉ちゃんには分からないだろうね」
どや顔がちょっとムカつくんですけれど。
「前世からそうだよね。花奈姉ちゃんのこと好きだって人、僕、二人知ってたよ」
「……は?」
え、誰?
「好きって……告白なんかされたことないわ」
「アプローチしてるのに全く反応がないから脈がないと思ってたんだろうね。エディーも嘆いてたよ、婚約解消してから態度とか変えてるのに全然気づかないって」
態度? ……もしかして。
「……婚約解消されたの気遣って優しくしてくれてるんだと思ってた」
「だろうね。そう思ったから、遠回しじゃなくて直接言わないと伝わらないと思うよって言っておいた」
「そうだったの……」
それで告白をしてきたの。
「それで、殿下とは何の話をしたの?」
「え、ええと……」
一瞬躊躇ったが、私はラウルに殿下とのやりとりを話すことにした。
「ふうん」
話を終えると、ラウルはじと目で私を見た。
「殿下に対しての態度が薄情だなと思ってたけど、殿下に思われていたことも気づいてなかったんだ」
「え、だってそんなの思わないじゃない」
「何で?」
「だって、私が婚約者になったのって王妃様が決めたことだし……まだ十歳の時だったのよ」
「婚約した時はそうじゃなかったとしても、時間が経てば好きになってくのは普通にあり得るでしょ」
「それに、ゲームでは……」
「あのね、姉ちゃん」
ラウルは私の言葉を遮った。
「確かにここはゲームの世界と同じだけど、それを知ってるのは僕たちだけだ。殿下や他の人たちにとってはそんなこと関係ないんだよ」
「……それは……そうだけど」
「姉ちゃんはゲームに囚われすぎて、婚約破棄された時のことを気にするあまり現実にいる殿下とちゃんと向き合ってこなかったでしょ」
う……心に刺さるなあ。
でも……本当に、殿下やエディーが私のことを好きだなんて、全く気がつかなかったんだもの。
「もうヒロインもいなくなったんだから。ちゃんと現実を見て選んでね」
「選ぶ?」
「殿下なのかエディーなのか、それとも他の人なのか。クリスティナ嬢は誰を選ぶの?」
「選ぶって……」
「父上たちは、クリスティナ嬢に王太子妃になって欲しいと望んでる。僕も国のためを思えばそれがいいとは思うけれど、友人に幸せになってもらいたい気持ちもある。でも選ぶのはクリスティナ嬢自身だ。……前世の分も含めて幸せにならないとね」
優しげな笑顔を浮かべてラウルはそう言った。
「お帰り」
家について馬車の扉が開くとエディーが立っていた。
「……ただいま」
手を差し出してきたのでそれを取って馬車から降りる。
「遅かったな」
「そう? ……ラウル様に会ったんだけど。あなたに頼まれたって」
「俺は同行できないからな」
「わざわざ探りを入れなくても……」
「それで、王太子殿下には会ったのか」
「……会ったわよ」
そう答えると、エディーはぎゅっと私の手を握りしめた。
「何て言われた」
手を握られたまま、私はエディーの部屋へと連れてこられた。
「……私に妃になってほしいって」
「それで、何て返した」
「考えさせてくださいって」
「もういいんじゃなかったのか?」
「うん……そう思って一度はお断りしたんだけど。もう一度チャンスが欲しいって言われたから」
顔がやつれるほど反省した殿下の真剣な眼差しを見てしまったら、拒否するのも申し訳ない気持ちになった。
それに、そのあとラウルに言われて……確かに私自身にも反省すべき点があると気づいたのだ。
私はゲームを気にするあまり、殿下とあまり親しくしなりすぎないようにしていた。
ラウルの言うように、私の態度はゲームを知らない殿下に対して失礼だったし……そのせいで殿下もヒロインと親しくしてしまったのだとしたら、私にも婚約解消の責任があるのだと。
「それで、学園が始まったら改めて交流していこうということになったの」
「ふうん」
鼻を鳴らすとエディーは私の腕を取り、自分へと引き寄せた。
「負けないから」
私を抱きしめてエディーは言った。
(殿下も……私が好きだったの?)
そんなの、全然知らなかったんですけど!
「クリスティナ嬢」
殿下の言葉を思い出して頭の中がぐるぐるしながら外廊下を歩いていると、声をかけられた。
「……ラウル様」
振り返ると、書類らしき紙の束を抱えたラウルが立っていた。
「お帰りですか」
「ええ……ラウル様は何をなさっているのですか」
「勉強を兼ねて父上の手伝いに、というのは建前で」
さすが未来の宰相、と感心しかけていると、ラウルは私へ近づき声をひそめた。
「エディーに頼まれたんだ。様子を見てきてって」
「え?」
「今、殿下と会ってたんでしょ」
私をじっと見てそういうと、ラウルはにっこりと笑って身体を離した。
「クリスティナ嬢、よかったら書類整理を手伝ってもらえますか」
「え……ええ」
「こちらです」
身を翻したラウルの後についていくと、政務官たちの部屋が集まるエリアの一部屋へとたどり着いた。
「ねえ、あなた知ってたの?」
壁一面に作り付けの本棚がある、小さな書庫のような部屋に入ると私はラウルに尋ねた。
「何が?」
「エディーが……その、私のことを好きだって……」
「ああ、うん」
「いつから?」
「最初の試験のあと、僕のところに来て『勉強を教えて欲しい』って言われて。それならお義姉さんに聞けばって返したら、『あいつより出来るようになりたい』って。その顔を見て、ああ好きなんだなって分かった」
「え、そんなので分かるの?」
「花奈姉ちゃんには分からないだろうね」
どや顔がちょっとムカつくんですけれど。
「前世からそうだよね。花奈姉ちゃんのこと好きだって人、僕、二人知ってたよ」
「……は?」
え、誰?
「好きって……告白なんかされたことないわ」
「アプローチしてるのに全く反応がないから脈がないと思ってたんだろうね。エディーも嘆いてたよ、婚約解消してから態度とか変えてるのに全然気づかないって」
態度? ……もしかして。
「……婚約解消されたの気遣って優しくしてくれてるんだと思ってた」
「だろうね。そう思ったから、遠回しじゃなくて直接言わないと伝わらないと思うよって言っておいた」
「そうだったの……」
それで告白をしてきたの。
「それで、殿下とは何の話をしたの?」
「え、ええと……」
一瞬躊躇ったが、私はラウルに殿下とのやりとりを話すことにした。
「ふうん」
話を終えると、ラウルはじと目で私を見た。
「殿下に対しての態度が薄情だなと思ってたけど、殿下に思われていたことも気づいてなかったんだ」
「え、だってそんなの思わないじゃない」
「何で?」
「だって、私が婚約者になったのって王妃様が決めたことだし……まだ十歳の時だったのよ」
「婚約した時はそうじゃなかったとしても、時間が経てば好きになってくのは普通にあり得るでしょ」
「それに、ゲームでは……」
「あのね、姉ちゃん」
ラウルは私の言葉を遮った。
「確かにここはゲームの世界と同じだけど、それを知ってるのは僕たちだけだ。殿下や他の人たちにとってはそんなこと関係ないんだよ」
「……それは……そうだけど」
「姉ちゃんはゲームに囚われすぎて、婚約破棄された時のことを気にするあまり現実にいる殿下とちゃんと向き合ってこなかったでしょ」
う……心に刺さるなあ。
でも……本当に、殿下やエディーが私のことを好きだなんて、全く気がつかなかったんだもの。
「もうヒロインもいなくなったんだから。ちゃんと現実を見て選んでね」
「選ぶ?」
「殿下なのかエディーなのか、それとも他の人なのか。クリスティナ嬢は誰を選ぶの?」
「選ぶって……」
「父上たちは、クリスティナ嬢に王太子妃になって欲しいと望んでる。僕も国のためを思えばそれがいいとは思うけれど、友人に幸せになってもらいたい気持ちもある。でも選ぶのはクリスティナ嬢自身だ。……前世の分も含めて幸せにならないとね」
優しげな笑顔を浮かべてラウルはそう言った。
「お帰り」
家について馬車の扉が開くとエディーが立っていた。
「……ただいま」
手を差し出してきたのでそれを取って馬車から降りる。
「遅かったな」
「そう? ……ラウル様に会ったんだけど。あなたに頼まれたって」
「俺は同行できないからな」
「わざわざ探りを入れなくても……」
「それで、王太子殿下には会ったのか」
「……会ったわよ」
そう答えると、エディーはぎゅっと私の手を握りしめた。
「何て言われた」
手を握られたまま、私はエディーの部屋へと連れてこられた。
「……私に妃になってほしいって」
「それで、何て返した」
「考えさせてくださいって」
「もういいんじゃなかったのか?」
「うん……そう思って一度はお断りしたんだけど。もう一度チャンスが欲しいって言われたから」
顔がやつれるほど反省した殿下の真剣な眼差しを見てしまったら、拒否するのも申し訳ない気持ちになった。
それに、そのあとラウルに言われて……確かに私自身にも反省すべき点があると気づいたのだ。
私はゲームを気にするあまり、殿下とあまり親しくしなりすぎないようにしていた。
ラウルの言うように、私の態度はゲームを知らない殿下に対して失礼だったし……そのせいで殿下もヒロインと親しくしてしまったのだとしたら、私にも婚約解消の責任があるのだと。
「それで、学園が始まったら改めて交流していこうということになったの」
「ふうん」
鼻を鳴らすとエディーは私の腕を取り、自分へと引き寄せた。
「負けないから」
私を抱きしめてエディーは言った。
47
お気に入りに追加
2,177
あなたにおすすめの小説
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】
私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。
その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。
ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない
自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。
そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが――
※ 他サイトでも投稿中
途中まで鬱展開続きます(注意)
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜
福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。
彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。
だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。
「お義姉さま!」 . .
「姉などと呼ばないでください、メリルさん」
しかし、今はまだ辛抱のとき。
セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。
──これは、20年前の断罪劇の続き。
喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。
※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。
旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』
※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。
※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。
妹ばかり見ている婚約者はもういりません
水谷繭
恋愛
子爵令嬢のジュスティーナは、裕福な伯爵家の令息ルドヴィクの婚約者。しかし、ルドヴィクはいつもジュスティーナではなく、彼女の妹のフェリーチェに会いに来る。
自分に対する態度とは全く違う優しい態度でフェリーチェに接するルドヴィクを見て傷つくジュスティーナだが、自分は妹のように愛らしくないし、魔法の能力も中途半端だからと諦めていた。
そんなある日、ルドヴィクが妹に婚約者の証の契約石に見立てた石を渡し、「君の方が婚約者だったらよかったのに」と言っているのを聞いてしまう。
さらに婚約解消が出来ないのは自分が嫌がっているせいだという嘘まで吐かれ、我慢の限界が来たジュスティーナは、ルドヴィクとの婚約を破棄することを決意するが……。
◆エールありがとうございます!
◇表紙画像はGirly Drop様からお借りしました💐
◆なろうにも載せ始めました
◇いいね押してくれた方ありがとうございます!
婚約破棄をされた悪役令嬢は、すべてを見捨てることにした
アルト
ファンタジー
今から七年前。
婚約者である王太子の都合により、ありもしない罪を着せられ、国外追放に処された一人の令嬢がいた。偽りの悪業の経歴を押し付けられ、人里に彼女の居場所はどこにもなかった。
そして彼女は、『魔の森』と呼ばれる魔窟へと足を踏み入れる。
そして現在。
『魔の森』に住まうとある女性を訪ねてとある集団が彼女の勧誘にと向かっていた。
彼らの正体は女神からの神託を受け、結成された魔王討伐パーティー。神託により指名された最後の一人の勧誘にと足を運んでいたのだが——。
乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?
シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。
……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。
【完結】私の望み通り婚約を解消しようと言うけど、そもそも半年間も嫌だと言い続けたのは貴方でしょう?〜初恋は終わりました。
るんた
恋愛
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」
色とりどりの春の花が咲き誇る我が伯爵家の庭園で、沈痛な面持ちで目の前に座る男の言葉を、私は内心冷ややかに受け止める。
……ほんとに屑だわ。
結果はうまくいかないけど、初恋と学園生活をそれなりに真面目にがんばる主人公のお話です。
彼はイケメンだけど、あれ?何か残念だな……。という感じを目指してます。そう思っていただけたら嬉しいです。
彼女視点(side A)と彼視点(side J)を交互にあげていきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる