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08 学園生活の始まり
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「まあ、素敵な建物!」
馬車を降りて校舎を正面から見上げ、思わず声が出た。
蔦が絡まるレンガ造りの三階建ての建物は、ゲームで見ていた学園そのものだ。
この王立学園は、王侯貴族が十六歳から二年間、学ぶことができる。
広大な敷地内には他に、一部の裕福な平民の子供が学ぶ校舎、さらに卒業後に進むことができる騎士団の養成施設や各種研究所、また王立図書館や博物館なども併設されていて、さながら学園都市だ。
ヒロインはここで多くの人物と出会い、進む道を決めるのだ。
(とうとう始まるのね……)
今日は入学式。これから二年間、本当にゲームのようなことが起きるのだろうか……。
「人前で呆けた顔してるなよ」
校舎を見上げながらゲームのことを思い出していると、先に馬車を降りていたエディーに小突かれた。
「学園では気を緩めるなよ、『花姫様』」
「……その呼び方どうにかならないのかしら」
半年前に婚約者である王太子アルフレッド殿下が三年間の留学を終えて帰ってきて以来、私は殿下と共に公の場に出ることが多くなった。
その時は殿下の希望で花の髪飾りをつけることが多い。種類はユリやバラ、ダリアなど様々で、その時のドレスに合わせて選んでいる。
そうして気づいたら周りから『花姫様』と呼ばれていたのだ。何でもいつもそうやって花を身につけているのと、植物が好きな王太子の婚約者だかららしい……正直恥ずかしい。
それに『花姫』とは、かつて王妃様が母国で呼ばれていた愛称だ。
あの、完璧で美しい、本物の姫君だった王妃様と同じだなんて畏れ多すぎる。
ちなみにこんな呼び方はゲームにはない。ゲームでのクリスティナは花よりも宝石の方が好きで、学園にも豪華なネックレスや大きなイヤリングをつけてきていた。
「クリスティナ」
名前を呼ばれて振り返ると、殿下が立っていた。
「おはようございます、殿下」
「おはよう。その髪飾り、つけてきてくれたんだ」
「はい」
今日は以前もらった、ローズリリーの髪飾りをつけてきた。大きいので髪がまとまりやすく便利なのだ。
「一緒に教室に行きたいんだけど、これから入学式のことで学園長室に行かないとならなくてね」
「入学生代表の挨拶の件でしょうか」
「ああ。それじゃあ二人とも、これから二年間よろしくね」
「はい」
「こちらこそよろしくお願いいたします」
殿下が校舎内に入るのを見届けると、私はエディーを振り返った。
「さすがに殿下の前では丁寧な口調になるのね」
普段は貴族らしくない口調なのに。
「当たり前だろ。そういうクリスティナは、逆に婚約者のくせに丁寧過ぎるよな」
「……婚約者でも、相手は王太子なのよ」
「それにしたって何か他人行儀だよな」
「……そんなことないわよ」
エディーは、変に鋭いところがある。
確かに私は殿下とは親しくなり過ぎないよう、意識して距離を保っている。――それはここが、ゲームの世界だからだ。
おそらく今日、ヒロインも入学してくるだろう。
彼女がどんな進路を選ぶのかは分からない。けれど、もしも殿下やエディーと恋愛関係になることがあれば……私にも関わりが出てくる。
エディーはまだいい。姉として弟の恋の行く末を見守っていればいいのだから。
問題は殿下だ。私はゲームのクリスティナのようにヒロインと張り合ったり、嫌がらせをするつもりはない。もしも殿下がヒロインを選ぶというのなら――大人しく譲るつもりだ。
五年も婚約者でいるのにこう思うのは、薄情かもしれない。
けれど、ここがゲームの世界で、私は主人公ではないのならば……無理に戦わず、逃げるのも自分の身を守るために必要な選択の一つだと思っている。
私は頑張って戦ってまで、王太子妃になりたいとは思っていないのだから。
そう、殿下は優しくて素晴らしい方だと思うけれど。正直……何がなんでも結婚したいとまでは思っていない。
(そうよ、私の願いは田舎暮らしなんだし)
人生、なるべく平穏に暮らしたい。
捨てきれない願いを改めて思いながら、私は校舎へと入っていった。
馬車を降りて校舎を正面から見上げ、思わず声が出た。
蔦が絡まるレンガ造りの三階建ての建物は、ゲームで見ていた学園そのものだ。
この王立学園は、王侯貴族が十六歳から二年間、学ぶことができる。
広大な敷地内には他に、一部の裕福な平民の子供が学ぶ校舎、さらに卒業後に進むことができる騎士団の養成施設や各種研究所、また王立図書館や博物館なども併設されていて、さながら学園都市だ。
ヒロインはここで多くの人物と出会い、進む道を決めるのだ。
(とうとう始まるのね……)
今日は入学式。これから二年間、本当にゲームのようなことが起きるのだろうか……。
「人前で呆けた顔してるなよ」
校舎を見上げながらゲームのことを思い出していると、先に馬車を降りていたエディーに小突かれた。
「学園では気を緩めるなよ、『花姫様』」
「……その呼び方どうにかならないのかしら」
半年前に婚約者である王太子アルフレッド殿下が三年間の留学を終えて帰ってきて以来、私は殿下と共に公の場に出ることが多くなった。
その時は殿下の希望で花の髪飾りをつけることが多い。種類はユリやバラ、ダリアなど様々で、その時のドレスに合わせて選んでいる。
そうして気づいたら周りから『花姫様』と呼ばれていたのだ。何でもいつもそうやって花を身につけているのと、植物が好きな王太子の婚約者だかららしい……正直恥ずかしい。
それに『花姫』とは、かつて王妃様が母国で呼ばれていた愛称だ。
あの、完璧で美しい、本物の姫君だった王妃様と同じだなんて畏れ多すぎる。
ちなみにこんな呼び方はゲームにはない。ゲームでのクリスティナは花よりも宝石の方が好きで、学園にも豪華なネックレスや大きなイヤリングをつけてきていた。
「クリスティナ」
名前を呼ばれて振り返ると、殿下が立っていた。
「おはようございます、殿下」
「おはよう。その髪飾り、つけてきてくれたんだ」
「はい」
今日は以前もらった、ローズリリーの髪飾りをつけてきた。大きいので髪がまとまりやすく便利なのだ。
「一緒に教室に行きたいんだけど、これから入学式のことで学園長室に行かないとならなくてね」
「入学生代表の挨拶の件でしょうか」
「ああ。それじゃあ二人とも、これから二年間よろしくね」
「はい」
「こちらこそよろしくお願いいたします」
殿下が校舎内に入るのを見届けると、私はエディーを振り返った。
「さすがに殿下の前では丁寧な口調になるのね」
普段は貴族らしくない口調なのに。
「当たり前だろ。そういうクリスティナは、逆に婚約者のくせに丁寧過ぎるよな」
「……婚約者でも、相手は王太子なのよ」
「それにしたって何か他人行儀だよな」
「……そんなことないわよ」
エディーは、変に鋭いところがある。
確かに私は殿下とは親しくなり過ぎないよう、意識して距離を保っている。――それはここが、ゲームの世界だからだ。
おそらく今日、ヒロインも入学してくるだろう。
彼女がどんな進路を選ぶのかは分からない。けれど、もしも殿下やエディーと恋愛関係になることがあれば……私にも関わりが出てくる。
エディーはまだいい。姉として弟の恋の行く末を見守っていればいいのだから。
問題は殿下だ。私はゲームのクリスティナのようにヒロインと張り合ったり、嫌がらせをするつもりはない。もしも殿下がヒロインを選ぶというのなら――大人しく譲るつもりだ。
五年も婚約者でいるのにこう思うのは、薄情かもしれない。
けれど、ここがゲームの世界で、私は主人公ではないのならば……無理に戦わず、逃げるのも自分の身を守るために必要な選択の一つだと思っている。
私は頑張って戦ってまで、王太子妃になりたいとは思っていないのだから。
そう、殿下は優しくて素晴らしい方だと思うけれど。正直……何がなんでも結婚したいとまでは思っていない。
(そうよ、私の願いは田舎暮らしなんだし)
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捨てきれない願いを改めて思いながら、私は校舎へと入っていった。
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