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第3章 呪い
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それは以前この神殿で聞いた声だった。
(…ユーピテル様…?)
『よくないものが王子に取り憑き、我の加護を侵食してきているのだ』
(よくないものとは…?)
『異国の神よ。邪神ともいう。あの小娘に取り憑いていたものが王子を狙っておるのだ』
「邪神?」
「イリス?」
思わず声に出してしまったイリスを、レナルドが訝しげに見た。
「どうした」
「あ…ええと…」
『早く王子をここへ連れてこないと手遅れになるぞ』
(でも…どこにいるのですか?)
「イリス様」
祭司長がイリスの前に立った。
「今、〝邪神〟と言われましたか」
「…異国の…邪神が…アルセーヌ殿下に取り憑こうとしているって…」
「何?」
「早く…ここに連れてこないと…手遅れになると…」
「———何故そんな事がお分かりに?」
「…声が…頭の中で…」
『巫女よ、そなたの力を貸せ。神の弓と呼んでおる神器がある。それが王子の元へ導こう』
「〝神の弓〟を貸して下さい!」
イリスの言葉に祭司達が騒ついた。
「すぐに持ってこい」
「…はっ」
祭司長の命に二人、慌てて部屋を出て行く。
「イリス」
レナルドはイリスの肩を掴んだ。
「どういう事だ?アルセーヌが取り憑かれる?」
「ええ…」
「誰がそんな事を言った?」
「———ユーピテル様よ」
「ユーピテル?」
「…つまり、イリス様は大神の声が聞こえたという事ですか」
祭司長の言葉に、イリスはこくりと頷いた。
「あの…アルセーヌ殿下と一緒にいた令嬢が…邪神に取り憑かれているって。それで、次は殿下を狙っていると…」
「祭司長」
祭司の一人が小声で囁いた。
「本当でしょうか、神の声を聞いたなど…」
「だが〝神の弓〟の存在を知っているのは祭司だけだ」
存在はしているけれど、使う事も、使い道も分からない、古より伝わる道具。
神の弓はそんな神器の一つだ。
大神殿の中でも見た事がある者の少ない、王族ですら知らないその存在を、伯爵令嬢が知っているはずもない。
「お持ちしました」
しばらくして箱を抱えた祭司達が戻ってきた。
それは白い、武器として使うには小さい弓だった。
弦は張られておらず、硬い、石のような素材で弾力もない。
「これをどうなさるのですか」
「…お借りします」
イリスは嵌めていた腕輪を外すと、弓を左手に取り、天井へと向けた。
右肘を曲げ後ろに引き手を握り、弓矢を構える姿勢を取る。
『我の言葉は神の言葉』
凛とした声が響いた。
『光よ。ユーピテルの矢となり、翼となれ』
イリスの右手が光ると、そこに白い矢が現れた。
『ユーピテルが加護するアランブールの王が長子アルセーヌの元へ導け!』
握り込んだ手を開くと弓で放たれたかのように矢が飛び、宙で白い鳥へと変化した。
「何…?」
「これは…」
「この鳥がアルセーヌ殿下の元へ導きます」
ざわめく周囲を見渡してイリスは告げた。
「間に合わなくなる前に、早く追って下さい。…なるべく大勢の方がいいと思います」
「神官戦士達を向かわせろ!」
ふわりと鳥が部屋の外へと出て行くと、数人の神官達が後を追った。
「…僕の護衛も連れて行け!」
レナルドは叫んでクーパーを見た。
「王都で捜索中の騎士達も合流させろ」
「はっ!」
「———っ…」
室内が慌ただしくなる中、激しい目眩を覚えてイリスは目の前が真っ暗になるのを感じた。
「イリス様!」
オレールの声に振り返ったレナルドが、大きくふらついたイリスの身体を慌てて抱き留めた。
「イリス!大丈夫か!」
「…魔力…使いすぎて…」
「イリス!」
腕の中で意識を手放したイリスを、レナルドは強く抱きしめた。
(…ユーピテル様…?)
『よくないものが王子に取り憑き、我の加護を侵食してきているのだ』
(よくないものとは…?)
『異国の神よ。邪神ともいう。あの小娘に取り憑いていたものが王子を狙っておるのだ』
「邪神?」
「イリス?」
思わず声に出してしまったイリスを、レナルドが訝しげに見た。
「どうした」
「あ…ええと…」
『早く王子をここへ連れてこないと手遅れになるぞ』
(でも…どこにいるのですか?)
「イリス様」
祭司長がイリスの前に立った。
「今、〝邪神〟と言われましたか」
「…異国の…邪神が…アルセーヌ殿下に取り憑こうとしているって…」
「何?」
「早く…ここに連れてこないと…手遅れになると…」
「———何故そんな事がお分かりに?」
「…声が…頭の中で…」
『巫女よ、そなたの力を貸せ。神の弓と呼んでおる神器がある。それが王子の元へ導こう』
「〝神の弓〟を貸して下さい!」
イリスの言葉に祭司達が騒ついた。
「すぐに持ってこい」
「…はっ」
祭司長の命に二人、慌てて部屋を出て行く。
「イリス」
レナルドはイリスの肩を掴んだ。
「どういう事だ?アルセーヌが取り憑かれる?」
「ええ…」
「誰がそんな事を言った?」
「———ユーピテル様よ」
「ユーピテル?」
「…つまり、イリス様は大神の声が聞こえたという事ですか」
祭司長の言葉に、イリスはこくりと頷いた。
「あの…アルセーヌ殿下と一緒にいた令嬢が…邪神に取り憑かれているって。それで、次は殿下を狙っていると…」
「祭司長」
祭司の一人が小声で囁いた。
「本当でしょうか、神の声を聞いたなど…」
「だが〝神の弓〟の存在を知っているのは祭司だけだ」
存在はしているけれど、使う事も、使い道も分からない、古より伝わる道具。
神の弓はそんな神器の一つだ。
大神殿の中でも見た事がある者の少ない、王族ですら知らないその存在を、伯爵令嬢が知っているはずもない。
「お持ちしました」
しばらくして箱を抱えた祭司達が戻ってきた。
それは白い、武器として使うには小さい弓だった。
弦は張られておらず、硬い、石のような素材で弾力もない。
「これをどうなさるのですか」
「…お借りします」
イリスは嵌めていた腕輪を外すと、弓を左手に取り、天井へと向けた。
右肘を曲げ後ろに引き手を握り、弓矢を構える姿勢を取る。
『我の言葉は神の言葉』
凛とした声が響いた。
『光よ。ユーピテルの矢となり、翼となれ』
イリスの右手が光ると、そこに白い矢が現れた。
『ユーピテルが加護するアランブールの王が長子アルセーヌの元へ導け!』
握り込んだ手を開くと弓で放たれたかのように矢が飛び、宙で白い鳥へと変化した。
「何…?」
「これは…」
「この鳥がアルセーヌ殿下の元へ導きます」
ざわめく周囲を見渡してイリスは告げた。
「間に合わなくなる前に、早く追って下さい。…なるべく大勢の方がいいと思います」
「神官戦士達を向かわせろ!」
ふわりと鳥が部屋の外へと出て行くと、数人の神官達が後を追った。
「…僕の護衛も連れて行け!」
レナルドは叫んでクーパーを見た。
「王都で捜索中の騎士達も合流させろ」
「はっ!」
「———っ…」
室内が慌ただしくなる中、激しい目眩を覚えてイリスは目の前が真っ暗になるのを感じた。
「イリス様!」
オレールの声に振り返ったレナルドが、大きくふらついたイリスの身体を慌てて抱き留めた。
「イリス!大丈夫か!」
「…魔力…使いすぎて…」
「イリス!」
腕の中で意識を手放したイリスを、レナルドは強く抱きしめた。
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