虹の瞳を継ぐ娘

冬野月子

文字の大きさ
上 下
16 / 66
第2章 王都と学園

04

しおりを挟む
「イリス!大丈夫か」
休息室で薬草の入ったお茶を飲んでいるとクリストファーが駆け込んで来た。
「突然倒れたと…」
「倒れていないわ。レナルドが大袈裟なの」
口を尖らせるとイリスは兄を見上げた。

「大袈裟ではない。現に熱を出しただろう」
「少しだけよ、もう何ともないもの」
「謎の光には襲われるし…」
「光?」
「…もう本当に大丈夫よ。帰りましょうお兄様」
立ち上がるとイリスはレナルドに向いた。

「それじゃあレナルド。今日はありがとう。明後日は入学前試験があるのよね」
「明日見舞いに行くよ」
「もう、本当に何ともないの。大丈夫だから…」
「イリスに会いたいから、明日行くよ」
イリスの手を取り抱き寄せると、レナルドはその頬に口付けた。

「…それじゃあ、明日ね」
レナルドの背中に手を回して軽く抱きしめると強く抱きしめ返された。




「それで何があったんだ」
屋敷に戻り、イリスと向き合ってソファーに腰を下ろすとクリストファーは尋ねた。

「———声を聞いたの」
「声?」
「大神ユーピテルよ」
クリストファーは目を見開いた。
「何故…」
「私に話があるって」

イリスは大神殿での出来事をクリストファーに話した。
聞き終えるとクリストファーは長い息を吐いた。
「…神の声が聞こえた事を、他の者に知られた可能性は?」
「分からないわ…でも加護の光に包まれてしまったから、疑われてはいるかも」
「———大神殿に行くべきではなかったな」
「でも行かなければ分からなかったわ、女神があれ以来眠り続けているなんて…」
「…百年の眠りか」

女神は疲れたのだ、とユーピテルは言った。
それはかの国の王に失望したからなのか、それとも…自分達にも伝わっていない、何かがあったのだろうか。




レナルドは物見塔から城下を見下ろしていた。
夜の闇の中で小さな灯りが無数に煌めくその光景は、レナルドのお気に入りだった。
———イリスにも見せたいな。
昼間、ここから目を輝かせて眺めていた姿を思い出す。

イリスが王都に来るのを待ち望んでいた。
この五年間、そのために頑張ってきた。

将来は騎士になり王を支えるのだと事あるごとに周囲に伝えてきた。
イリスを伴侶に望むのも、彼女が好きという理由だけでなく、王妃とするには身分も後ろ盾も弱い相手を選ぶ事で王位争いには関わらないという意思表示の意味もある。

取り巻きも作らなかったが、伯父の助言を聞いてクリストファーとは関わりを持つようにしてきた。
伯父のオドラン家と、イリスのオービニエ家。
二つの伯爵家だけが付いているレナルドは王にはなれないだろうと、貴族達には認識されているはずだ。

そのクリストファーには未だ剣で勝てていないが、卒業するまでに勝てればいいと思っているから焦ってはいない。
イリスとの関係も良好に築けている。

ここまで予定通りのはずなのに。
———なぜ心の奥に不安感がくすぶっているのだろう。

その不安を探ろうとすると、イリスの瞳が脳裏に浮かんだ。
青空のような、キラキラした澄んだ瞳に———ここから大神殿を見下ろしていた時に浮かんでいた、あの色は何を意味していたのだろう。
それにその大神殿での出来事。
突然光に包まれたイリス。
光が消えた直後、覗き込んだイリスの瞳には幾つもの色が混ざり合っていた。
すぐに元の青い瞳に戻ったけれど…あの瞳を見た瞬間、ひどく不安な気持ちに襲われたのだ。
この不安は…そうだ、きっと、自分が知らないイリスの姿を見せられたからだ。

「イリス…君の全てが知りたいんだ」
呟かれた言葉は夜の闇に溶けていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者は、今月もお茶会に来ないらしい。

白雪なこ
恋愛
婚約時に両家で決めた、毎月1回の婚約者同士の交流を深める為のお茶会。だけど、私の婚約者は「彼が認めるお茶会日和」にしかやってこない。そして、数ヶ月に一度、参加したかと思えば、無言。短時間で帰り、手紙を置いていく。そんな彼を……許せる?  *6/21続編公開。「幼馴染の王女殿下は私の元婚約者に激おこだったらしい。次期女王を舐めんなよ!ですって。」 *外部サイトにも掲載しています。(1日だけですが総合日間1位)

【完結】子爵令嬢の秘密

りまり
恋愛
私は記憶があるまま転生しました。 転生先は子爵令嬢です。 魔力もそこそこありますので記憶をもとに頑張りたいです。

婚約破棄られ令嬢がカフェ経営を始めたらなぜか王宮から求婚状が届きました!?

江原里奈
恋愛
【婚約破棄? 慰謝料いただければ喜んで^^ 復縁についてはお断りでございます】 ベルクロン王国の田舎の伯爵令嬢カタリナは突然婚約者フィリップから手紙で婚約破棄されてしまう。ショックのあまり寝込んだのは母親だけで、カタリナはなぜか手紙を踏みつけながらもニヤニヤし始める。なぜなら、婚約破棄されたら相手から慰謝料が入る。それを元手に夢を実現させられるかもしれない……! 実はカタリナには前世の記憶がある。前世、彼女はカフェでバイトをしながら、夜間の製菓学校に通っている苦学生だった。夢のカフェ経営をこの世界で実現するために、カタリナの奮闘がいま始まる! ※カクヨム、ノベルバなど複数サイトに投稿中。  カクヨムコン9最終選考・第4回アイリス異世界ファンタジー大賞最終選考通過! ※ブクマしてくださるとモチベ上がります♪ ※厳格なヒストリカルではなく、縦コミ漫画をイメージしたゆるふわ飯テロ系ロマンスファンタジー。作品内の事象・人間関係はすべてフィクション。法制度等々細かな部分を気にせず、寛大なお気持ちでお楽しみください<(_ _)>

婚約相手と一緒についてきた幼馴染が、我が物顔で人の屋敷で暮らし、勝手に婚約破棄を告げてきた件について

キョウキョウ
恋愛
 カナリニッジ侯爵家の一人娘であるシャロットは、爵位を受け継いで女当主になる予定だった。  他貴族から一目置かれるための権威を得るために、彼女は若いうちから領主の仕事に励んでいた。  跡継ぎを産むため、ライトナム侯爵家の三男であるデーヴィスという男を婿に迎えることに。まだ婚約中だけど、一緒の屋敷で暮らすことになった。  そしてなぜか、彼の幼馴染であるローレインという女が一緒についてきて、屋敷で暮らし始める。  少し気になったシャロットだが、特に何も言わずに受け入れた。デーヴィスの相手をしてくれて、子作りを邪魔しないのであれば別に構わないと思ったから。  それからしばらく時が過ぎた、ある日のこと。  ローレインが急に、シャロットが仕事している部屋に突撃してきた。  ただの幼馴染でしかないはずのローレインが、なぜかシャロットに婚約破棄を告げるのであった。 ※本作品は、少し前に連載していた試作の完成版です。大まかな展開や設定は、ほぼ変わりません。加筆修正して、完成版として連載します。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

〖完結〗私は旦那様には必要ないようですので国へ帰ります。

藍川みいな
恋愛
辺境伯のセバス・ブライト侯爵に嫁いだミーシャは優秀な聖女だった。セバスに嫁いで3年、セバスは愛人を次から次へと作り、やりたい放題だった。 そんなセバスに我慢の限界を迎え、離縁する事を決意したミーシャ。 私がいなければ、あなたはおしまいです。 国境を無事に守れていたのは、聖女ミーシャのおかげだった。ミーシャが守るのをやめた時、セバスは破滅する事になる…。 設定はゆるゆるです。 本編8話で完結になります。

傷物令嬢シャルロットは辺境伯様の人質となってスローライフ

悠木真帆
恋愛
侯爵令嬢シャルロット・ラドフォルンは幼いとき王子を庇って右上半身に大やけどを負う。 残ったやけどの痕はシャルロットに暗い影を落とす。 そんなシャルロットにも他国の貴族との婚約が決まり幸せとなるはずだった。 だがーー 月あかりに照らされた婚約者との初めての夜。 やけどの痕を目にした婚約者は顔色を変えて、そのままベッドの上でシャルロットに婚約破棄を申し渡した。 それ以来、屋敷に閉じこもる生活を送っていたシャルロットに父から敵国の人質となることを命じられる。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

【完結】復讐は計画的に~不貞の子を身籠った彼女と殿下の子を身籠った私

紅位碧子 kurenaiaoko
恋愛
公爵令嬢であるミリアは、スイッチ国王太子であるウィリアムズ殿下と婚約していた。 10年に及ぶ王太子妃教育も終え、学園卒業と同時に結婚予定であったが、卒業パーティーで婚約破棄を言い渡されてしまう。 婚約者の彼の隣にいたのは、同じ公爵令嬢であるマーガレット様。 その場で、マーガレット様との婚約と、マーガレット様が懐妊したことが公表される。 それだけでも驚くミリアだったが、追い討ちをかけるように不貞の疑いまでかけられてしまいーーーー? 【作者よりみなさまへ】 *誤字脱字多数あるかと思います。 *初心者につき表現稚拙ですので温かく見守ってくださいませ *ゆるふわ設定です

処理中です...