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38.エピローグ(シャルロット視点)
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今日は私の十六歳の誕生日。
大人になる日。そして———あの方に嫁ぐ日。
「アルフィン様…」
その名を口にするだけでドキドキしてしまう。
どれほど今日が来るのを待ち望んでいただろう。
———自分がこんなに幸せな気持ちで大人になる日が来るなんて、一年前には想像もつかなかった。
あの日、好まない婚約者の元を訪れた帰り道。私は絶望の中にいた。
王女という存在が政治の道具になる事くらいは知っている。
王族や貴族の結婚は、互いに愛情などなくても成り立つ事も。
それでも一生あの男の側にいなければならないという事実は残酷過ぎた。
山の麓道を走る馬車が突然止まった。
馬の嘶く声、男達の怒号…。
盗賊に襲われたのだ。
恐怖の中で…わずかな救いを感じていた。
———このまま殺されてしまえばあの王子と結婚しなくてもいいのに、と。
一際大きな、悲鳴のような声が飛び交うと、突然馬車の外が静かになった。
やがて開いた扉から入ってきたのは一頭の獣だった。
真っ白な毛並みと、真っ赤な瞳を持つ、大きくて美しい獣。
不思議と恐怖はなかった。
しばらく私を見つめた後、その獣はそっと私に身体を擦り付けた。
まるで安心させるようなその行動と体温の温かさに…知らず涙が溢れ、私は彼に自分の境遇を語っていた。
一方的に喋り続ける私を見つめるその瞳は、全て受け入れてくれるようで。
思わずこのまま連れ去って欲しいなどど———今思えば突拍子もない事を口走っていた。
獣は困ったように首を傾げると…私に近づき、首元を舐めた。
そのざらついた舌に触れた箇所から———身体中に広がった未知の感覚。
それはあまりにも刺激的過ぎて、私は意識を失ってしまった。
目を覚ました時は自分の部屋のベッドの上で…あれは夢だったのかとぼんやりしていると、様子を見に来た侍女が悲鳴を上げた。
私の胸元に奇妙な模様が現れていたのだ。
鏡に向かって改めて印を眺める。
最初は得体が知れなかったこの印も…今ではすっかり愛おしいものになってしまった。
アルフィン様と夫婦になるとこの印は消えてしまうらしいのが少し残念かも…。
名残惜しくて鏡を見つめながら印を指でなぞっていると、侍女が今日の招待客が到着した事を告げた。
「シャルロット!お誕生日おめでとう!」
従姉妹のフローラと、婚約者のラウル様が部屋に入ってきた。
「フローラ!ありがとう…」
二人でぎゅっと抱き合う。
本来なら王女が成人を迎える誕生日は盛大に行うものだけれど、私は王女でなくなるし…貴族の中にはアルフィン様に対し悪い感情を持つ者も多い。
せっかくの場に不穏な空気はふさわしくないとお父様が配慮して下さって、今日の祝いの席は家族とアルフィン様、それにフローラ達だけで行う事になった。
フローラはとても綺麗で…不思議な娘だ。
初めて会った時、彼女は顔を隠した魔女として現れた。
私の身体に現れた模様が、あの時私を助けてくれた霊獣が私を花嫁にするために付けた印だと教えてくれて…しかもその霊獣———アルフィン様とは長い付き合いがあるという。
…正直、フローラがいなかったらアルフィン様との結婚は嬉しさよりも不安の方が大きかったと思う。
彼女が色々と教えてくれたり助けてくれたお陰で今日という日を迎えられたのだ。
彼女は見た目はお人形のように…いえそれ以上に儚げで美しいけれど、中身はとても気さくで優しくて、面倒見が良くて。
表情豊かで、笑顔はもちろん拗ねた顔なんて私でもドキリとしてしまうくらいとても可愛くて…お兄様を初めとして多くの殿方が夢中になってしまうのも良く分かる。
そういう殿方からフローラを護るラウル様は大変だと思うけれど、世界一の魔導師と謳われる方だけあって上手くこなしているようだった。
「これは結婚のお祝いよ」
フローラからリボンがかけられた小さな箱を手渡される。
箱を開けると中から出てきたのは水色と赤い色の…
「便箋?」
「そう、この便箋には魔法がかかっているの。手紙を書いて空に投げるとね、鳥になって水色の便箋は私に、赤はティーナの所まで飛んでいくの。困った事があったらすぐに送ってね」
ラウルに作ってもらったの。
フローラはそう言うとラウル様と顔を見合わせて微笑んだ。
「フローラ…ありがとう」
目頭が熱くなって思わずフローラに抱きつく。
「慣れるまで大変でしょうけれど…身体には気を付けてね」
———王宮を離れ、一人山の中へ嫁ぐ私の事をいつも心配してくれる従姉妹の優しさが…とても嬉しい。
しばらくフローラ達から山の生活について色々教わっていると、アルフィン様が到着した。
人間になったアルフィン様は本当に素敵で———初めてこの姿でお会いした時は思わず泣いてしまった。
あまりにも素敵な方だったのと…自分なんかでいいのかという不安。
私が一方的にお願いしたのに———アルフィン様は私を欲しいと言ってくれて…キスまでしてくれた。
とても優しくて、強くて…本当に私は幸せなの。
「シャルロット」
アルフィン様は私の前まで来ると、大きな身体を屈めて頬にキスをしてくれた。
…触れられた所から、あっという間に熱が顔中に広がってしまう。
心臓がドキドキして…もう駄目、アルフィン様のお顔が見られない。
「シャルロットはまだアルフィンに慣れないの?」
フローラがそんな私の様子を見ながら微笑む。
「今日からアルフィンとずっと一緒なのよ?大丈夫?」
———それは考えないようにしていた事だった。
お顔を見るだけでもドキドキしてしまうのに…常に一緒だなんて…私耐えられるのかしら。
「大丈夫じゃないわ…」
どうしよう。
「ねえフローラ、一緒に来て…」
「———それはさすがに…ねえ」
困ったような顔をしてフローラはラウル様と顔を見合わせる。
「まあ、初夜を迎えれば嫌でも慣れるから大丈夫だよ」
「ラウルっ!何て事言うの!」
「本当の事だし、ねえアルフィン」
「そうだな」
「もうアルフィンまで!」
ますます赤くなっていく私をフローラが抱きしめてくれる。
フローラにぎゅっとされると落ち着くのに…。
「ずいぶん賑やかだな」
お兄様が顔を覗かせた。
途端にラウル様が私からフローラを引き離すと自分へと抱き寄せる。
「そんなに警戒しなくともいいだろう」
「警戒するような事をいつもするからです」
笑顔のお兄様と険しい顔のラウル様が睨み合い、フローラがため息をつく。
…この光景を見るのは何度目だろう。
最初はラウル様にフローラを取られた嫌がらせなのかなと思ったのだけれど…どうもお兄様は本気でまだフローラの事を想っているらしいのだ。
———自分だって最近他国の王女様と婚約が決まったのだし、いい加減フローラの事は諦めればいいのに。
「相変わらずだな」
不意に頭の上からアルフィン様の声が聞こえて———肩に温かくて大きな…手?!
動けないでいると両肩に乗せられた手が前に伸びていき…背後からすっぽりと包まれるように抱きしめられてしまった。
ドキドキする…けれど伝わるアルフィン様の体温は温かくて…しばらくそうしている内に心臓の鼓動も落ち着いてきたようだった。
「やっと一緒に暮らせるな」
耳元で囁かれたその言葉に…アルフィン様も今日の日を待ち望んでいてくれていたのだと気づいた。
「……はい」
恥ずかしさを堪えて…アルフィン様の手に自分の手を重ねると私を抱きしめる腕に力がこもった。
嬉しさと恥ずかしさで頭がふわふわしてくる。
「何だもうイチャイチャしてるじゃん」
「ジェラルド様…眉間にシワが寄りすぎです」
聞こえてくる言葉も気にならないくらい…私は幸せに包まれていた。
おわり
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