上 下
20 / 38

20.少女の初恋

しおりを挟む
「おかえり」
「わあ!」
家の扉を開けようとして———ドアノブに手を掛ける直前に扉が開き、掛けられた声に私は驚いた。
見上げるとラウルが目を丸くして私を見下ろしていた。
「あ……そうね、あなたがいたんだったわ」
一人じゃない事をすっかり忘れていたわ。

「どうしたの?疲れた?」
私の顔を覗き込むように近づいたラウルの顔に———思わずジェラルド様にされた事を思い出して顔を背けてしまった。
まずい、顔が赤くなってきたのを感じる。

「———フローラ様」
ラウルの声に急に空気が冷えた気がした次の瞬間、私の体は宙に浮いた。
「ラウル?!」
「とりあえず洗おうか」
私を抱き上げるとラウルはにっこりと———目は冷たいままで———笑いかけた。
「顔と口をね」
何で?!まさか今のでバレたの?!
有無を言わさず洗面所まで連れてこられて、背後にラウルの冷たい視線を感じながら私は顔を洗った。
「ちゃんとうがいもしてね」
怖い。怖くて逆らえない。
いつもよりも丁寧に顔を洗うと再び抱き上げられてリビングへと運ばれ———私を抱えたままラウルはソファに腰を下ろした。
自然とラウルの膝の上に座る格好になる。
「あ、あの…」
「次は消毒しないと」
ラウルの唇が私のそれを塞いだ。



「厄介な王子様だね」
私はラウルの腕の中でぐったりしていた。
いつも以上に濃厚な———丁寧で執拗な口付けを与えられ、更にジェラルド様との会話とされた事を洗いざらい説明させられたのだ。

「勝手にフローラ様を好きになるのはいいけど。そういう事されると困るんだよね」
私の髪を撫でる手はとても優しいけれど…声は怖い。
「フローラ様は俺のものなのに」
……あなたのものになった覚えもないの。

ラウルには強引に襲われ続けているのだけれど。
拒みきれないのは…彼に甘えたい気持ちがあるからなのだと思う。

多分…私はお師匠様とラウルを重ねているのだ。
似たような、研究に没頭しやすい性格で、同じ黒髪と黒い目を持つ二人。
お師匠様は私の家族で、大好きな…初恋の人だった。
———あれ?恋?

お師匠様に恋していたのは自覚しているけれど…ラウルには?
ラウルも私にとっては家族で…好きだけれど…この好きは家族の好き?恋?
…恋ってどういう気持ちだったっけ?

「フローラ様…何考えているの」
知らずシワが寄っていたのだろう、ラウルが私の眉間をぐりぐりと指で押し回す。
「———色々…」
「色々って?」
「昔の事とか…今の事とか…」
「ふうん」
長い指が私の顔を上げさせる。
正面に私を見つめるラウルの顔があった。

切れ長の瞳を宿した、冷たさを感じさせる整った顔立ち。
美しいジェラルド様とも、逞しいアルフィンとも違う———お師匠様とも、顔は似ていないのよね。
冷たいけれど笑うと子供みたいに無邪気に見える所もあって…きっとモテるんだろうな。
…モテる……。
「ラウルは…どこでああいうのを覚えたのかしら」
「え?」
しまった、思った疑問が口から出てしまった。
「…ああいう…キスの仕方とか……」
顔を見ていられなくて視線を逸らす。

「———ひどいなフローラ様。俺は貴女一筋なのに」
怒りというよりは呆れた声だった。
「フローラ様とアデル様以外に触れた事なんかあるはずないでしょ」
知らないわよそんなの。
大体、男性なんだもの…欲があるとか、それを発散する場所があるとか…知ってるんだからね。
ラウルだって…もういい歳なのだから…。
「もしかして勝手に想像して妬いてるの?」
「そういうんじゃないわよ」
ただあのキスの仕方をどうやって身に付けたのかふと疑問に思っただけよ。
「そんなに俺のキス、気持ちいい?」
「なっ…」
一気に顔に血がのぼる。
「それともフローラ様が感じやすいとか?」
———最低!ひどい!
他に経験ないとか信じてあげないんだから!
抗議するようにラウルの腕から抜け出そうとして、逆に抱きしめられた。

「本当だよ、俺は初めてアデル様に会った時から…貴女しかいないんだ」
抱きしめるというよりは縋るように。
「アデル様が死んだ後は…ただ貴女の呪いを解く事しか考えられなかった。———貴女だけなんだよ」
いつも私を真っ直ぐに見つめていた、幼いラウルの顔が心に浮かんた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~

こひな
恋愛
市川みのり 31歳。 成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。 彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。 貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。 ※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

異世界でお金を使わないといけません。

りんご飴
ファンタジー
石川 舞華、22歳。  事故で人生を終えたマイカは、地球リスペクトな神様にスカウトされて、異世界で生きるように言われる。  異世界でのマイカの役割は、50年前の転生者が溜め込んだ埋蔵金を、ジャンジャン使うことだった。  高級品に一切興味はないのに、突然、有り余るお金を手にいれちゃったよ。  ありがた迷惑な『強運』で、何度も命の危険を乗り越えます。  右も左も分からない異世界で、家やら、訳あり奴隷やらをどんどん購入。  旅行に行ったり、貴族に接触しちゃったり、チートなアイテムを手に入れたりしながら、異世界の経済や流通に足を突っ込みます。  のんびりほのぼの、時々危険な異世界事情を、ブルジョア満載な生活で、何とか楽しく生きていきます。 お金は稼ぐより使いたい。人の金ならなおさらジャンジャン使いたい。そんな作者の願望が込められたお話です。 しばらくは 月、木 更新でいこうと思います。 小説家になろうさんにもお邪魔しています。

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

家庭の事情で歪んだ悪役令嬢に転生しましたが、溺愛されすぎて歪むはずがありません。

木山楽斗
恋愛
公爵令嬢であるエルミナ・サディードは、両親や兄弟から虐げられて育ってきた。 その結果、彼女の性格は最悪なものとなり、主人公であるメリーナを虐め抜くような悪役令嬢となったのである。 そんなエルミナに生まれ変わった私は困惑していた。 なぜなら、ゲームの中で明かされた彼女の過去とは異なり、両親も兄弟も私のことを溺愛していたからである。 私は、確かに彼女と同じ姿をしていた。 しかも、人生の中で出会う人々もゲームの中と同じだ。 それなのに、私の扱いだけはまったく違う。 どうやら、私が転生したこの世界は、ゲームと少しだけずれているようだ。 当然のことながら、そんな環境で歪むはずはなく、私はただの公爵令嬢として育つのだった。

【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。

なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。 本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!

処理中です...