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2.悔悟の念
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「———下…。殿下。エルネスト殿下」
何度も名前を呼ばれて、ようやくエルネストは顔を上げた。
「どうした、ステファノ」
「いい加減休憩にしませんか。もう昼食の時間をかなり過ぎていますよ」
「…いや、まだいい」
再び目の前の書類に向かい…エルネストは気づいたように顔を上げた。
「腹が減ったなら勝手に休憩してくれ」
「———殿下」
側近のステファノ・パストーレは大袈裟にため息をついた。
「この一週間、仕事漬けじゃないですか。しっかり休まないと身体を壊しますよ」
「…仕事をしていると余計な事を考えなくて済むんだ」
「殿下」
再び書類へと視線を落としたエルネストを、ステファノはじっと見つめた。
「そんなに後悔するなら、何故ルーチェ嬢に婚約破棄など宣言したのです」
ピクリ、とペンを持つ手が震えた。
「どうして…あんな事をしてしまったか、分からないんだ」
ペンを置き、掌で顔を覆うとエルネストは深くため息をついた。
「それは婚約破棄の事ですか。それともアンジェリカ嬢との事ですか」
「……どちらもだ」
何よりも大切にしていた筈なのに。
一つ歳下の婚約者の事を。
ガーランド王国の王子エルネストと、ルーチェ・ドゥランテ侯爵令嬢が婚約したのはエルネストが十歳の時だった。
政略的な婚約だったが、見た目も愛らしく穏やかなルーチェの事をエルネストはすぐ好きになった。
ルーチェもエルネストを慕い、厳しいお妃教育にも弱音を吐く事もなく、婚約者としての務めを果たしてきていたのだが。
半年前、エルネストの前に一人の少女が現れてからその関係は崩れてしまった。
元々平民だったという子爵令嬢アンジェリカ・タルティーニ。
貴族らしくない奔放で明るい性格に魅せられたエルネストは、ルーチェを放ってアンジェリカと親しくするようになっていった。
ルーチェや彼女の兄弟達、それにエルネストの周囲からの苦言や非難に耳を貸すこともなく、アンジェリカとの距離は近くなり。
そして一週間前のエルネスト十八歳の誕生日を祝うパーティーの席で、エルネストはルーチェに婚約破棄を言い渡したのだ。
あの時のルーチェの姿は、はっきりとエルネストの脳裏に焼き付いている。
エメラルド色の瞳は大きく見開き、白い肌を青ざめさせ———全ての感情がその顔から消え失せた。
そして彼女はその場に崩れ落ちたのだ。
…もしも隣にいた兄のルキーノが抱き止めていなかったら頭を打っていたかもしれない。
あのルーチェの顔を見た瞬間。
エルネストの頭の中で何かが弾けたような感覚を覚えた。
まるで冷や水を浴びせられたように、急速に冴えていく頭と冷えていく心。
何故。
どうして。
自分はルーチェにあんな態度を取ってしまったのだ。
半年前までは確かに、心から愛しいと———大切だと思っていたのに。
その心は…今も、この胸の中にあるのに。
不思議な事に、アンジェリカに抱いていた愛情は全くといっていいほど消えていた。
あれほど熱を上げていた自分が他人事に思えるくらい彼女に心はないし、会いたいとも思わない。
エルネストにあるのは、ただルーチェへの想いと彼女を傷つけてしまった事への罪悪感と己への嫌悪だけだ。
———本当に、どうしてあんな事をしてしまったのだ。
この一週間、執務室に籠り仕事をしながら考え続けていたけれど、いくら考えてもこの半年間の自分の行動が理解できなかった。
何度も名前を呼ばれて、ようやくエルネストは顔を上げた。
「どうした、ステファノ」
「いい加減休憩にしませんか。もう昼食の時間をかなり過ぎていますよ」
「…いや、まだいい」
再び目の前の書類に向かい…エルネストは気づいたように顔を上げた。
「腹が減ったなら勝手に休憩してくれ」
「———殿下」
側近のステファノ・パストーレは大袈裟にため息をついた。
「この一週間、仕事漬けじゃないですか。しっかり休まないと身体を壊しますよ」
「…仕事をしていると余計な事を考えなくて済むんだ」
「殿下」
再び書類へと視線を落としたエルネストを、ステファノはじっと見つめた。
「そんなに後悔するなら、何故ルーチェ嬢に婚約破棄など宣言したのです」
ピクリ、とペンを持つ手が震えた。
「どうして…あんな事をしてしまったか、分からないんだ」
ペンを置き、掌で顔を覆うとエルネストは深くため息をついた。
「それは婚約破棄の事ですか。それともアンジェリカ嬢との事ですか」
「……どちらもだ」
何よりも大切にしていた筈なのに。
一つ歳下の婚約者の事を。
ガーランド王国の王子エルネストと、ルーチェ・ドゥランテ侯爵令嬢が婚約したのはエルネストが十歳の時だった。
政略的な婚約だったが、見た目も愛らしく穏やかなルーチェの事をエルネストはすぐ好きになった。
ルーチェもエルネストを慕い、厳しいお妃教育にも弱音を吐く事もなく、婚約者としての務めを果たしてきていたのだが。
半年前、エルネストの前に一人の少女が現れてからその関係は崩れてしまった。
元々平民だったという子爵令嬢アンジェリカ・タルティーニ。
貴族らしくない奔放で明るい性格に魅せられたエルネストは、ルーチェを放ってアンジェリカと親しくするようになっていった。
ルーチェや彼女の兄弟達、それにエルネストの周囲からの苦言や非難に耳を貸すこともなく、アンジェリカとの距離は近くなり。
そして一週間前のエルネスト十八歳の誕生日を祝うパーティーの席で、エルネストはルーチェに婚約破棄を言い渡したのだ。
あの時のルーチェの姿は、はっきりとエルネストの脳裏に焼き付いている。
エメラルド色の瞳は大きく見開き、白い肌を青ざめさせ———全ての感情がその顔から消え失せた。
そして彼女はその場に崩れ落ちたのだ。
…もしも隣にいた兄のルキーノが抱き止めていなかったら頭を打っていたかもしれない。
あのルーチェの顔を見た瞬間。
エルネストの頭の中で何かが弾けたような感覚を覚えた。
まるで冷や水を浴びせられたように、急速に冴えていく頭と冷えていく心。
何故。
どうして。
自分はルーチェにあんな態度を取ってしまったのだ。
半年前までは確かに、心から愛しいと———大切だと思っていたのに。
その心は…今も、この胸の中にあるのに。
不思議な事に、アンジェリカに抱いていた愛情は全くといっていいほど消えていた。
あれほど熱を上げていた自分が他人事に思えるくらい彼女に心はないし、会いたいとも思わない。
エルネストにあるのは、ただルーチェへの想いと彼女を傷つけてしまった事への罪悪感と己への嫌悪だけだ。
———本当に、どうしてあんな事をしてしまったのだ。
この一週間、執務室に籠り仕事をしながら考え続けていたけれど、いくら考えてもこの半年間の自分の行動が理解できなかった。
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