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「――は……い」
高貴さと威圧感を感じさせる緑の瞳に見つめられると拒否できない。
私は頷いた。

「なあ。俺はあんたの婚約者に似てるだろ?」
「……はい」
こくりと頷くと、エドは少し眉を顰めた。
「じゃあ、大公には?」
「――目が、そっくりです」
ふくよかな面立ちをすっきりさせ、若返らせたら多分、エドの顔になるのだろう。
けれどその瞳は今の大公様と同じだった。
(でも、どうして? まさか……)
ある可能性がよぎった私の視界に、チャリという音とともに金色の輝きが入った。

「これは俺の母親が、父親から貰った指輪だそうだ」
金のチェーンの先には指輪が下げられていた。
金の台座に刻印された、それは見間違うはずもない。
「大公家の紋章……」
まさか、本当にこの人は。
エドをまじまじと見つめる。

でも、確かに――。
アレク様の兄弟だと、言われれば誰もが素直に信じられるだろう。
(でも……)
「どうして……」
「俺の母親は下級貴族の娘で、城で働いていた時に公太子だった父親のお手つきになったらしい。それが婚約者に知られて城を追い出された後、妊娠を知ったそうだ」
指輪を見つめながらエドは言った。
「これは城を出るときに父親から渡されたものだ。困った時は頼れと」

その後、エドの母親は父親の分からない子供を身籠ったと家族に責められ、家も追い出されたという。
そうして独り、苦労しながらエドを育てていたが心労が重なり、幼いエドを残して亡くなってしまったのだと。

「……大公様に頼らなかったのですか?」
「子供がいると知られたら妃に何をされるか分からないんだと。こんな紋章入りじゃ売ることも出来ないしな」
気の強い、お妃様の顔を思い出す。
――確かにあの方は……大公様をとても愛していて、他に妃を持つことを決して許さないと聞いたことがある。

「父親が大公だなんて、信じてはいなかったけどな。顔が似てると言われることが何度かあって。それで一度、公太子が視察に来たのを見に行ったことがある。確かに似ていたよ、向こうは豪華な服を着て大勢を従えて、領民達に頭を下げさせて――母親が違うってだけで何でこんなに差があるんだと恨めしく思ったさ」
「……もしかして義賊になったのは……」
「平気で妊婦を追い出す貴族に恨みを抱かないわけはないだろう?」
大公様と同じ瞳が私を見つめた。

「それに親もいないしこの顔だ、まともな仕事にはつけなかったよ」
「……ずっと苦労していたのですね」
貴族の娘が家を出されて、一人で生きていくのがどれほど大変なのか、しかも身重で、エドを産み育てて……その苦労は想像もつかなった。

エドは特殊だとしても、親を亡くした子が飢えることなく育ち、ちゃんとした仕事につけるようになって欲しい。
それはアレク様も望んでいて、そのためによく視察に赴き学んでいた。
私もそのお手伝いができれば――ああ、でもそれももう叶わないのか。


「姫さんは優しいな」
大きな手が私の頭を撫でた。
「俺みたいなのに同情してくれる」
「……あなたは被害者ですから」
盗みはよくないけれど……生まれた環境のせいで、そういう道を選ばざるを得ない者がいるのが現実なのだ。

「なあ。俺があんたを奪ったら公太子はどう思うだろうな」
「え?」
エドの言葉を一瞬理解できなかった。
(奪うって……それは、まさか)

「あっちは金も地位も何でも持っているんだ。俺だって一つくらい貰ってもいいよな」
「――私……なんか、奪っても……」
きっと。
「アレク様は……困らないと思います」
「え?」
「私なんか……むしろいない方が」
「姫……ルイーズ?」
温かな、大きな手が心地よくて。
目頭が熱くなる。

私はどうして馬車に乗っていたのか、これまでの経緯をエドに話してしまった。



「なるほどね、親子揃って同じ事をしてんだ。で、逆に婚約者のあんたが追い出されたと」
エドの言葉がずきりと胸に刺さる。
「しかしシャンピオン子爵ねえ、ろくな噂を聞かないが」
「……そうなのですか?」
「成り上がりの貴族の中でもあの家は特に……いや、待てよ」
エドはしばらく何か思案していたが、再び私を見た。

「まあ、いずれにせよ。こんなに美人で優しい婚約者に酷い仕打ちをする男なんだな、公太子ってのは」
「――私にも至らない部分があったんだと思います」
「だとしても、やりようってものがあるだろう」
「……あなたも優しいのですね」
私の言葉にエドは目を見開いて――すぐにその目を細めた。

「そうだな。だから俺にしろよ」
「え?」
「俺はあんたに優しくするし大切にする。だから俺のものになれ」
「それは……」
「まあ、嫌だと言われても家には戻せないがな」

「え……」
「あんたを連れてのこのこ出て行ったら、俺たちがあんたを攫ったと思われるだろう。濡れ衣で捕まりたくはないからな」
「命の恩人を捕まえるなんてそんなこと……!」
「そんなことをするのが貴族だ。それにあんただって、戻った所で領地に押し込められるんだろう」
「それ、は……」

(そうだ。私は――)
もう城に行かなくともいい、いらない人間なんだ。

「これからは侯爵家の娘じゃなくてただのルイーズとして自分のために生きればいい。俺が守ってやるから、な」
こめかみに優しい口づけが落ちる。
アレク様に似た……けれどずっと甘い声と温もりが、私の心にゆっくりとしみ込んでいった。
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