4 / 14
04
しおりを挟む
「――は……い」
高貴さと威圧感を感じさせる緑の瞳に見つめられると拒否できない。
私は頷いた。
「なあ。俺はあんたの婚約者に似てるだろ?」
「……はい」
こくりと頷くと、エドは少し眉を顰めた。
「じゃあ、大公には?」
「――目が、そっくりです」
ふくよかな面立ちをすっきりさせ、若返らせたら多分、エドの顔になるのだろう。
けれどその瞳は今の大公様と同じだった。
(でも、どうして? まさか……)
ある可能性がよぎった私の視界に、チャリという音とともに金色の輝きが入った。
「これは俺の母親が、父親から貰った指輪だそうだ」
金のチェーンの先には指輪が下げられていた。
金の台座に刻印された、それは見間違うはずもない。
「大公家の紋章……」
まさか、本当にこの人は。
エドをまじまじと見つめる。
でも、確かに――。
アレク様の兄弟だと、言われれば誰もが素直に信じられるだろう。
(でも……)
「どうして……」
「俺の母親は下級貴族の娘で、城で働いていた時に公太子だった父親のお手つきになったらしい。それが婚約者に知られて城を追い出された後、妊娠を知ったそうだ」
指輪を見つめながらエドは言った。
「これは城を出るときに父親から渡されたものだ。困った時は頼れと」
その後、エドの母親は父親の分からない子供を身籠ったと家族に責められ、家も追い出されたという。
そうして独り、苦労しながらエドを育てていたが心労が重なり、幼いエドを残して亡くなってしまったのだと。
「……大公様に頼らなかったのですか?」
「子供がいると知られたら妃に何をされるか分からないんだと。こんな紋章入りじゃ売ることも出来ないしな」
気の強い、お妃様の顔を思い出す。
――確かにあの方は……大公様をとても愛していて、他に妃を持つことを決して許さないと聞いたことがある。
「父親が大公だなんて、信じてはいなかったけどな。顔が似てると言われることが何度かあって。それで一度、公太子が視察に来たのを見に行ったことがある。確かに似ていたよ、向こうは豪華な服を着て大勢を従えて、領民達に頭を下げさせて――母親が違うってだけで何でこんなに差があるんだと恨めしく思ったさ」
「……もしかして義賊になったのは……」
「平気で妊婦を追い出す貴族に恨みを抱かないわけはないだろう?」
大公様と同じ瞳が私を見つめた。
「それに親もいないしこの顔だ、まともな仕事にはつけなかったよ」
「……ずっと苦労していたのですね」
貴族の娘が家を出されて、一人で生きていくのがどれほど大変なのか、しかも身重で、エドを産み育てて……その苦労は想像もつかなった。
エドは特殊だとしても、親を亡くした子が飢えることなく育ち、ちゃんとした仕事につけるようになって欲しい。
それはアレク様も望んでいて、そのためによく視察に赴き学んでいた。
私もそのお手伝いができれば――ああ、でもそれももう叶わないのか。
「姫さんは優しいな」
大きな手が私の頭を撫でた。
「俺みたいなのに同情してくれる」
「……あなたは被害者ですから」
盗みはよくないけれど……生まれた環境のせいで、そういう道を選ばざるを得ない者がいるのが現実なのだ。
「なあ。俺があんたを奪ったら公太子はどう思うだろうな」
「え?」
エドの言葉を一瞬理解できなかった。
(奪うって……それは、まさか)
「あっちは金も地位も何でも持っているんだ。俺だって一つくらい貰ってもいいよな」
「――私……なんか、奪っても……」
きっと。
「アレク様は……困らないと思います」
「え?」
「私なんか……むしろいない方が」
「姫……ルイーズ?」
温かな、大きな手が心地よくて。
目頭が熱くなる。
私はどうして馬車に乗っていたのか、これまでの経緯をエドに話してしまった。
「なるほどね、親子揃って同じ事をしてんだ。で、逆に婚約者のあんたが追い出されたと」
エドの言葉がずきりと胸に刺さる。
「しかしシャンピオン子爵ねえ、ろくな噂を聞かないが」
「……そうなのですか?」
「成り上がりの貴族の中でもあの家は特に……いや、待てよ」
エドはしばらく何か思案していたが、再び私を見た。
「まあ、いずれにせよ。こんなに美人で優しい婚約者に酷い仕打ちをする男なんだな、公太子ってのは」
「――私にも至らない部分があったんだと思います」
「だとしても、やりようってものがあるだろう」
「……あなたも優しいのですね」
私の言葉にエドは目を見開いて――すぐにその目を細めた。
「そうだな。だから俺にしろよ」
「え?」
「俺はあんたに優しくするし大切にする。だから俺のものになれ」
「それは……」
「まあ、嫌だと言われても家には戻せないがな」
「え……」
「あんたを連れてのこのこ出て行ったら、俺たちがあんたを攫ったと思われるだろう。濡れ衣で捕まりたくはないからな」
「命の恩人を捕まえるなんてそんなこと……!」
「そんなことをするのが貴族だ。それにあんただって、戻った所で領地に押し込められるんだろう」
「それ、は……」
(そうだ。私は――)
もう城に行かなくともいい、いらない人間なんだ。
「これからは侯爵家の娘じゃなくてただのルイーズとして自分のために生きればいい。俺が守ってやるから、な」
こめかみに優しい口づけが落ちる。
アレク様に似た……けれどずっと甘い声と温もりが、私の心にゆっくりとしみ込んでいった。
高貴さと威圧感を感じさせる緑の瞳に見つめられると拒否できない。
私は頷いた。
「なあ。俺はあんたの婚約者に似てるだろ?」
「……はい」
こくりと頷くと、エドは少し眉を顰めた。
「じゃあ、大公には?」
「――目が、そっくりです」
ふくよかな面立ちをすっきりさせ、若返らせたら多分、エドの顔になるのだろう。
けれどその瞳は今の大公様と同じだった。
(でも、どうして? まさか……)
ある可能性がよぎった私の視界に、チャリという音とともに金色の輝きが入った。
「これは俺の母親が、父親から貰った指輪だそうだ」
金のチェーンの先には指輪が下げられていた。
金の台座に刻印された、それは見間違うはずもない。
「大公家の紋章……」
まさか、本当にこの人は。
エドをまじまじと見つめる。
でも、確かに――。
アレク様の兄弟だと、言われれば誰もが素直に信じられるだろう。
(でも……)
「どうして……」
「俺の母親は下級貴族の娘で、城で働いていた時に公太子だった父親のお手つきになったらしい。それが婚約者に知られて城を追い出された後、妊娠を知ったそうだ」
指輪を見つめながらエドは言った。
「これは城を出るときに父親から渡されたものだ。困った時は頼れと」
その後、エドの母親は父親の分からない子供を身籠ったと家族に責められ、家も追い出されたという。
そうして独り、苦労しながらエドを育てていたが心労が重なり、幼いエドを残して亡くなってしまったのだと。
「……大公様に頼らなかったのですか?」
「子供がいると知られたら妃に何をされるか分からないんだと。こんな紋章入りじゃ売ることも出来ないしな」
気の強い、お妃様の顔を思い出す。
――確かにあの方は……大公様をとても愛していて、他に妃を持つことを決して許さないと聞いたことがある。
「父親が大公だなんて、信じてはいなかったけどな。顔が似てると言われることが何度かあって。それで一度、公太子が視察に来たのを見に行ったことがある。確かに似ていたよ、向こうは豪華な服を着て大勢を従えて、領民達に頭を下げさせて――母親が違うってだけで何でこんなに差があるんだと恨めしく思ったさ」
「……もしかして義賊になったのは……」
「平気で妊婦を追い出す貴族に恨みを抱かないわけはないだろう?」
大公様と同じ瞳が私を見つめた。
「それに親もいないしこの顔だ、まともな仕事にはつけなかったよ」
「……ずっと苦労していたのですね」
貴族の娘が家を出されて、一人で生きていくのがどれほど大変なのか、しかも身重で、エドを産み育てて……その苦労は想像もつかなった。
エドは特殊だとしても、親を亡くした子が飢えることなく育ち、ちゃんとした仕事につけるようになって欲しい。
それはアレク様も望んでいて、そのためによく視察に赴き学んでいた。
私もそのお手伝いができれば――ああ、でもそれももう叶わないのか。
「姫さんは優しいな」
大きな手が私の頭を撫でた。
「俺みたいなのに同情してくれる」
「……あなたは被害者ですから」
盗みはよくないけれど……生まれた環境のせいで、そういう道を選ばざるを得ない者がいるのが現実なのだ。
「なあ。俺があんたを奪ったら公太子はどう思うだろうな」
「え?」
エドの言葉を一瞬理解できなかった。
(奪うって……それは、まさか)
「あっちは金も地位も何でも持っているんだ。俺だって一つくらい貰ってもいいよな」
「――私……なんか、奪っても……」
きっと。
「アレク様は……困らないと思います」
「え?」
「私なんか……むしろいない方が」
「姫……ルイーズ?」
温かな、大きな手が心地よくて。
目頭が熱くなる。
私はどうして馬車に乗っていたのか、これまでの経緯をエドに話してしまった。
「なるほどね、親子揃って同じ事をしてんだ。で、逆に婚約者のあんたが追い出されたと」
エドの言葉がずきりと胸に刺さる。
「しかしシャンピオン子爵ねえ、ろくな噂を聞かないが」
「……そうなのですか?」
「成り上がりの貴族の中でもあの家は特に……いや、待てよ」
エドはしばらく何か思案していたが、再び私を見た。
「まあ、いずれにせよ。こんなに美人で優しい婚約者に酷い仕打ちをする男なんだな、公太子ってのは」
「――私にも至らない部分があったんだと思います」
「だとしても、やりようってものがあるだろう」
「……あなたも優しいのですね」
私の言葉にエドは目を見開いて――すぐにその目を細めた。
「そうだな。だから俺にしろよ」
「え?」
「俺はあんたに優しくするし大切にする。だから俺のものになれ」
「それは……」
「まあ、嫌だと言われても家には戻せないがな」
「え……」
「あんたを連れてのこのこ出て行ったら、俺たちがあんたを攫ったと思われるだろう。濡れ衣で捕まりたくはないからな」
「命の恩人を捕まえるなんてそんなこと……!」
「そんなことをするのが貴族だ。それにあんただって、戻った所で領地に押し込められるんだろう」
「それ、は……」
(そうだ。私は――)
もう城に行かなくともいい、いらない人間なんだ。
「これからは侯爵家の娘じゃなくてただのルイーズとして自分のために生きればいい。俺が守ってやるから、な」
こめかみに優しい口づけが落ちる。
アレク様に似た……けれどずっと甘い声と温もりが、私の心にゆっくりとしみ込んでいった。
45
お気に入りに追加
1,588
あなたにおすすめの小説
愛する人の手を取るために
碧水 遥
恋愛
「何が茶会だ、ドレスだ、アクセサリーだ!!そんなちゃらちゃら遊んでいる女など、私に相応しくない!!」
わたくしは……あなたをお支えしてきたつもりでした。でも……必要なかったのですね……。
かわいそうな旦那様‥
みるみる
恋愛
侯爵令嬢リリアのもとに、公爵家の長男テオから婚約の申し込みがありました。ですが、テオはある未亡人に惚れ込んでいて、まだ若くて性的魅力のかけらもないリリアには、本当は全く異性として興味を持っていなかったのです。
そんなテオに、リリアはある提案をしました。
「‥白い結婚のまま、三年後に私と離縁して下さい。」
テオはその提案を承諾しました。
そんな二人の結婚生活は‥‥。
※題名の「かわいそうな旦那様」については、客観的に見ていると、この旦那のどこが?となると思いますが、主人公の旦那に対する皮肉的な意味も込めて、あえてこの題名にしました。
※小説家になろうにも投稿中
※本編完結しましたが、補足したい話がある為番外編を少しだけ投稿しますm(_ _)m
いっそあなたに憎まれたい
石河 翠
恋愛
主人公が愛した男には、すでに身分違いの平民の恋人がいた。
貴族の娘であり、正妻であるはずの彼女は、誰も来ない離れの窓から幸せそうな彼らを覗き見ることしかできない。
愛されることもなく、夫婦の営みすらない白い結婚。
三年が過ぎ、義両親からは石女(うまずめ)の烙印を押され、とうとう離縁されることになる。
そして彼女は結婚生活最後の日に、ひとりの神父と過ごすことを選ぶ。
誰にも言えなかった胸の内を、ひっそりと「彼」に明かすために。
これは婚約破棄もできず、悪役令嬢にもドアマットヒロインにもなれなかった、ひとりの愚かな女のお話。
この作品は小説家になろうにも投稿しております。
扉絵は、汐の音様に描いていただきました。ありがとうございます。
愛する人と結婚して幸せになると思っていた
よしたけ たけこ
恋愛
ある日イヴはダニエルと婚約した。
イヴはダニエルをすきになり、ダニエルと結婚して幸せになれるものだと思っていた。
しかしある日、イヴは真実を知った。
*初めてかいた小説です。完全に自己満足で、自分好みの話をかいてみました。
*とりあえず主人公視点の物語を掲載します。11話で完結です。
*のちのち、別視点の物語が書ければ掲載しようかなと思っています。
☆NEW☆
ダニエル視点の物語を11/6より掲載します。
それに伴い、タグ追加しています。
全15話です。
途中、第四話の冒頭に注意書きが入ります。お気を付けください。
愛されない花嫁はいなくなりました。
豆狸
恋愛
私には以前の記憶がありません。
侍女のジータと川遊びに行ったとき、はしゃぎ過ぎて船から落ちてしまい、水に流されているうちに岩で頭を打って記憶を失ってしまったのです。
……間抜け過ぎて自分が恥ずかしいです。
その愛情の行方は
ミカン♬
恋愛
セアラには6歳年上の婚約者エリアスがいる。幼い自分には全く興味のない婚約者と親しくなりたいセアラはエリアスが唯一興味を示した〈騎士〉の話題作りの為に剣の訓練を始めた。
従兄のアヴェルはそんなセアラをいつも見守り応援してくれる優しい幼馴染。
エリアスとの仲も順調で16歳になれば婚姻出来ると待ちわびるセアラだが、エリアスがユリエラ王女の護衛騎士になってしまってからは不穏な噂に晒され、婚約の解消も囁かれだした。
そしてついに大好きなエリアス様と婚約解消⁈
どうやら夜会でセアラは王太子殿下に見初められてしまったようだ。
セアラ、エリアス、アヴェルの愛情の行方を追っていきます。
後半に残酷な殺害の場面もあるので苦手な方はご注意ください。
ふんわり設定でサクっと終わります。ヒマつぶしに読んで頂けると嬉しいです。
2024/06/08後日談を追加。
初恋をこじらせたやさぐれメイドは、振られたはずの騎士さまに求婚されました。
石河 翠
恋愛
騎士団の寮でメイドとして働いている主人公。彼女にちょっかいをかけてくる騎士がいるものの、彼女は彼をあっさりといなしていた。それというのも、彼女は5年前に彼に振られてしまっていたからだ。ところが、彼女を振ったはずの騎士から突然求婚されてしまう。しかも彼は、「振ったつもりはなかった」のだと言い始めて……。
色気たっぷりのイケメンのくせに、大事な部分がポンコツなダメンズ騎士と、初恋をこじらせたあげくやさぐれてしまったメイドの恋物語。
*この作品のヒーローはダメンズ、ヒロインはダメンズ好きです。苦手な方はご注意ください
この作品は、小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる