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第二章
09
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「嬉しいわ、巫女がこの場所にいるなんて」
「やはり場の空気が引き締まるな」
嬉しそうなエレンの隣で大司祭が目を細めた。
建国祭三日目は、月の宮殿にある礼拝所で神事が行われる。
巫女の私が執り行っていた儀式で、私が死んだ後は大司祭が行っていたという。
参加者はエレンとその夫のブレイク、フィンに大司祭。王族とその伴侶のみ出席する私的なものだ。
「サラは巫女ではない」
「サラはサラでしょう。魔力がなくても巫女だった事実は変わらないわ」
「サラ」
相変わらずのフィンとエレンを尻目に、大司祭は私へ向いた。
「まさかこうして再び会えるとは。長生きはするものだな」
「……あなたも元気そうで良かったわ」
「なに、もういつ迎えが来てもおかしくない」
「そんなことを言わないで」
大司祭は王子ではあったが、身分の低い侍女が産んだ子だった。
そのため王位継承権は与えられず、成人すると同時に教会に入り司祭となった。
幼い頃はフィンたちのように私に懐き、よく私の部屋を訪ねてきていたのだ。
「それで、今年はサラが祈祷をするのか?」
「え、私?」
「サラは巫女ではないと言っているでしょう」
大司祭の言葉にフィンは眉をひそめた。
「いいじゃない、巫女じゃなくても。お兄様だってサラの祈祷が聞きたいでしょう?」
「――」
黙り込んだフィンに、にやりとした笑みを浮かべると、エレンは私を見た。
「ね、サラ。お願い」
私がやっていいのか確認するように大司祭を見ると頷いたので、私は祭壇の前に立った。
(でも二十三年ぶり……覚えているかしら)
そう思ったが、口を開くと自然と言葉が出てきた。
この儀式は王族と女神の絆を深く結びつけるためのもので、一年の無事と健康に感謝し、引き続きの加護を願うのだ。
祈祷の唱えことばは古い時代の言葉を使い、節をつけて歌うように語る。
(そういえば、子供の頃のフィンやエレンは一緒になって歌っていたな)
デタラメな言葉だったけど、二人はとても楽しそうだった。
無事に祈祷を終えて祭壇に一礼すると私は振り返った。
「やっぱりサラの歌は素敵ね!」
エレンが声を上げた。
「話は聞いていましたが……心が洗われるようですね」
「でしょう」
ブレイクの言葉に、何故かエレンがどや顔で応えた。
「女神も喜んでおられるようだな。空気が変わった」
大司祭が言った。
「空気が?」
「ああ、澄んだ良い空気だ」
「私も感じたわ。……このムーンストーンに似た魔力を感じるの」
エレンは胸元に手を当てた。一昨日渡した石を早速ペンダントにしたのだという。
「きっと女神もサラの歌を喜んでいるのね」
「……そうだといいわね」
私には魔力を感じることはできない。
いまここに女神もいるのかもしれないが、他の人間に姿を見せるわけにはいかないのだ。
儀式が終わると、大司祭は明日の儀式の準備があると帰ってしまった。エレンとブレイクも建国祭に参加してくれた海外からの来客への対応があり、私たちは暇になる。
――本当はフィンも久しぶりの王都なので面会希望が多いらしいのだが、煩わしいからと全て断っているそうだ。
「お時間があるなら、騎士団の訓練を見にいきませんか」
護衛のブルーノが言った。
「訓練? 建国祭中もやっているの?」
「ええ、身体を鈍らせないために軽くですが。閣下が顔を出せば皆喜びますよ」
「……そうだな。行くか? サラ」
「ええ」
頷いて、私たちは王宮の敷地内にある訓練場へと向かった。
「閣下!」
集まっていた十数名ほどの騎士が、私たちの姿を見るとわっと駆け寄ってきた。
「お久しぶりです!」
「ああ、皆息災か」
嬉しそうにフィンを囲む騎士たちの姿を見ていると、いかにフィンが慕われていたかが伝わってくる。
まだ十代だったフィンにとって戦場は過酷だったはずだし、『死神』などと言われていたけれど。共に戦った部下たちからは慕われていたのは良かったと思う。
「こちらが婚約者の方ですか」
「団長の言ってた通り、超美人ですね!」
一通りフィンに挨拶をすると、こんどは私の方に集まってきた。
(やっぱり圧が……)
十人以上の騎士に囲まれるとさすがにちょっと怖い。
「お前たち、そうサラに近づくな。怯えているだろう」
私の内心に気づいたのか、フィンが騎士たちを遠ざけてくれた。
「それじゃあ手合わせを始めてもらおうか。元将軍の前だ、張り切れよ」
副団長であるブルーノの掛け声で騎士たちが散っていったので、私もフィンに案内されながら見学席へと向かった。
騎士たちは二人一組となり、号令と同時にあちこちで剣のぶつかる音が響いた。
「……あれは本物の剣なの?」
とても激しくて早くて、斬られてしまわないか不安になってしまう。
「いや、訓練用の模擬剣だ。といっても当たれば怪我をするがな」
「早くて動きが見えないわ」
「閣下の剣はもっと早いですよ」
ブルーノが言った。
「サラ様は見たことがありますか」
「いいえ、まだないの」
公爵領での訓練にはフィンも参加しているけれど、私も何かと忙しくてまだ見にいかれていないのだ。
巫女だった頃も外に出ることはなかったから、フィンの腕前については人からの話で聞くばかりだ。
「では今度の剣技大会で是非見てください」
「そうね、楽しみだわ」
「見ると言えば、サラ様は建国祭は初めてですか」
「ええ」
「では城下の祭りもご覧になったことがない?」
「ええ……とても賑やかだと聞いています」
王都では今日から三日間、市民たちの祭りが開かれる。
出店が並びあちこちで演奏会や展覧会などのイベントが開かれ国中から観客が集まってくるのだという。
明日教会へ行くときに馬車の中から見るのが楽しみだ。
「建国祭は人も多くて大変ですが、国が安定している証でもあるので。毎年無事に迎えられることを感謝しているんです」
「……そうですね」
そうだ、戦争中は規模を小さくしたり開催できない年もあった。
(本当に戦争が終わって平和になったのね)
改めてそのことを実感して嬉しくなった。
「やはり場の空気が引き締まるな」
嬉しそうなエレンの隣で大司祭が目を細めた。
建国祭三日目は、月の宮殿にある礼拝所で神事が行われる。
巫女の私が執り行っていた儀式で、私が死んだ後は大司祭が行っていたという。
参加者はエレンとその夫のブレイク、フィンに大司祭。王族とその伴侶のみ出席する私的なものだ。
「サラは巫女ではない」
「サラはサラでしょう。魔力がなくても巫女だった事実は変わらないわ」
「サラ」
相変わらずのフィンとエレンを尻目に、大司祭は私へ向いた。
「まさかこうして再び会えるとは。長生きはするものだな」
「……あなたも元気そうで良かったわ」
「なに、もういつ迎えが来てもおかしくない」
「そんなことを言わないで」
大司祭は王子ではあったが、身分の低い侍女が産んだ子だった。
そのため王位継承権は与えられず、成人すると同時に教会に入り司祭となった。
幼い頃はフィンたちのように私に懐き、よく私の部屋を訪ねてきていたのだ。
「それで、今年はサラが祈祷をするのか?」
「え、私?」
「サラは巫女ではないと言っているでしょう」
大司祭の言葉にフィンは眉をひそめた。
「いいじゃない、巫女じゃなくても。お兄様だってサラの祈祷が聞きたいでしょう?」
「――」
黙り込んだフィンに、にやりとした笑みを浮かべると、エレンは私を見た。
「ね、サラ。お願い」
私がやっていいのか確認するように大司祭を見ると頷いたので、私は祭壇の前に立った。
(でも二十三年ぶり……覚えているかしら)
そう思ったが、口を開くと自然と言葉が出てきた。
この儀式は王族と女神の絆を深く結びつけるためのもので、一年の無事と健康に感謝し、引き続きの加護を願うのだ。
祈祷の唱えことばは古い時代の言葉を使い、節をつけて歌うように語る。
(そういえば、子供の頃のフィンやエレンは一緒になって歌っていたな)
デタラメな言葉だったけど、二人はとても楽しそうだった。
無事に祈祷を終えて祭壇に一礼すると私は振り返った。
「やっぱりサラの歌は素敵ね!」
エレンが声を上げた。
「話は聞いていましたが……心が洗われるようですね」
「でしょう」
ブレイクの言葉に、何故かエレンがどや顔で応えた。
「女神も喜んでおられるようだな。空気が変わった」
大司祭が言った。
「空気が?」
「ああ、澄んだ良い空気だ」
「私も感じたわ。……このムーンストーンに似た魔力を感じるの」
エレンは胸元に手を当てた。一昨日渡した石を早速ペンダントにしたのだという。
「きっと女神もサラの歌を喜んでいるのね」
「……そうだといいわね」
私には魔力を感じることはできない。
いまここに女神もいるのかもしれないが、他の人間に姿を見せるわけにはいかないのだ。
儀式が終わると、大司祭は明日の儀式の準備があると帰ってしまった。エレンとブレイクも建国祭に参加してくれた海外からの来客への対応があり、私たちは暇になる。
――本当はフィンも久しぶりの王都なので面会希望が多いらしいのだが、煩わしいからと全て断っているそうだ。
「お時間があるなら、騎士団の訓練を見にいきませんか」
護衛のブルーノが言った。
「訓練? 建国祭中もやっているの?」
「ええ、身体を鈍らせないために軽くですが。閣下が顔を出せば皆喜びますよ」
「……そうだな。行くか? サラ」
「ええ」
頷いて、私たちは王宮の敷地内にある訓練場へと向かった。
「閣下!」
集まっていた十数名ほどの騎士が、私たちの姿を見るとわっと駆け寄ってきた。
「お久しぶりです!」
「ああ、皆息災か」
嬉しそうにフィンを囲む騎士たちの姿を見ていると、いかにフィンが慕われていたかが伝わってくる。
まだ十代だったフィンにとって戦場は過酷だったはずだし、『死神』などと言われていたけれど。共に戦った部下たちからは慕われていたのは良かったと思う。
「こちらが婚約者の方ですか」
「団長の言ってた通り、超美人ですね!」
一通りフィンに挨拶をすると、こんどは私の方に集まってきた。
(やっぱり圧が……)
十人以上の騎士に囲まれるとさすがにちょっと怖い。
「お前たち、そうサラに近づくな。怯えているだろう」
私の内心に気づいたのか、フィンが騎士たちを遠ざけてくれた。
「それじゃあ手合わせを始めてもらおうか。元将軍の前だ、張り切れよ」
副団長であるブルーノの掛け声で騎士たちが散っていったので、私もフィンに案内されながら見学席へと向かった。
騎士たちは二人一組となり、号令と同時にあちこちで剣のぶつかる音が響いた。
「……あれは本物の剣なの?」
とても激しくて早くて、斬られてしまわないか不安になってしまう。
「いや、訓練用の模擬剣だ。といっても当たれば怪我をするがな」
「早くて動きが見えないわ」
「閣下の剣はもっと早いですよ」
ブルーノが言った。
「サラ様は見たことがありますか」
「いいえ、まだないの」
公爵領での訓練にはフィンも参加しているけれど、私も何かと忙しくてまだ見にいかれていないのだ。
巫女だった頃も外に出ることはなかったから、フィンの腕前については人からの話で聞くばかりだ。
「では今度の剣技大会で是非見てください」
「そうね、楽しみだわ」
「見ると言えば、サラ様は建国祭は初めてですか」
「ええ」
「では城下の祭りもご覧になったことがない?」
「ええ……とても賑やかだと聞いています」
王都では今日から三日間、市民たちの祭りが開かれる。
出店が並びあちこちで演奏会や展覧会などのイベントが開かれ国中から観客が集まってくるのだという。
明日教会へ行くときに馬車の中から見るのが楽しみだ。
「建国祭は人も多くて大変ですが、国が安定している証でもあるので。毎年無事に迎えられることを感謝しているんです」
「……そうですね」
そうだ、戦争中は規模を小さくしたり開催できない年もあった。
(本当に戦争が終わって平和になったのね)
改めてそのことを実感して嬉しくなった。
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