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最終章 令嬢は彼との未来を望む
02
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「こっちの果物入りも美味しいよ、食べてみる?」
殿下が切ったドーナツの一切れをブリジットの皿へと乗せていた。
殿下も一連の件で色々と思う事があったらしく、ブリジットと向き合ってみると言われた。
これまで私ほどではないけれど、ブリジットに心を開く事はなかった殿下だが最近は二人で過ごす時間や会話がかなり増えたという。
そのおかげかブリジットも心に余裕ができたようで性格も穏やかになり、顔立ちもキツさが和らいできた。
美形の殿下とブリジット、二人が並ぶ姿はとてもお似合いだと思う。
「このパンは何故こんなにふわふわしているのだ?」
「粉の違いです。パンよりも粘り気が少ない粉を使っているので…」
ドーナツを食べながら首をかしげるリアムにレベッカが説明をしている。
———この二人は更に親密さを増したようだけれど、その会話には甘さといったものはあまりなく…勉強の事や政治的な話などが多いらしい。
色恋の駆け引きが苦手なリアムには、自分が得意な分野の話を聞いてくれるだけでなく、意見のやりとりもできるレベッカのような相手が一番良いのだろう、と殿下が言ってきた。
あまり色っぽい雰囲気のない二人だが…それでも時折、リアムの言葉にレベッカが顔を赤らめたりしていて、いい雰囲気になっている時もある。
レベッカがネックレスを貰う日も近いだろう。
ネックレスといえば…殿下から二回貰ったサファイアのネックレスは返却した。
戻った記憶の整理が自分の中でついた後、殿下とパトリックの三人で会ったのだ。
———本当は殿下と二人で話したかったのだが、パトリックはそれを許してくれなかった。
そしてその場で、私は殿下に誓いは守れないと…心変わりした事を謝罪した。
殿下の事を嫌いになった訳ではない。
今でも大切な人である事に変わりはない。
けれど…それ以上に、私にとってはパトリックの存在の方が大きくなっていたのだ。
「———そう。分かった」
殿下は私の話を聞き終えると、そう言ってテーブルに置かれたネックレスを手に取った。
「じゃあこれはまた預かっておくね」
…また?預かる?
「私のシアへの気持ちはすぐ消えるものでもないし。何があるか分からないからね、またシアが私の所へ戻ってくるかもしれないだろう」
「それはありません」
隣に座ったパトリックは私の手を握りしめた。
「何があってもシアは絶対に手放しませんから」
「シアは私が大事にしてきた宝物なんだ」
パトリックを見据えて殿下は言った。
「傷つけるような事があればすぐに返してもらうからね」
「肝に銘じておきます」
殿下を見返してパトリックはそう答えた。
「殿下…本当にごめんなさい」
私は頭を下げた。
あの時、確かに私達は互いの愛を誓いあった。
何があっても愛すると、そう約束したのに。
「シア。顔を上げて」
促され顔を上げると、優しい色をした瞳が私を見つめていた。
「謝らないで。あれは…あの誓いは私の我儘だ。シアを他の男に渡したくなくて…せめて心だけでも私のものでいてほしくてシアを縛り付けたんだ。———だけど、本当にシアの事を思うならば、シアが幸せになれるよう願わないとならなかったんだ」
「…殿下…」
「階段から落ちた時…このままシアは死んでしまうのではないかと恐ろしかった。私の我儘のせいで、私は一番大切なものを失う所だったんだ」
それは初めて見る殿下の表情だった。
「シア」
あの時の事を思い出していると、パトリックが声をかけてきた。
「ほら口開けて」
促されるまま口を開くと、パトリックの食べかけのドーナツを口に放り込まれた。
「こっちも美味しいだろう」
私が口に入れられたドーナツをもぐもぐと食べ、頷いて飲み込むのを見届けるとパトリックは笑みを浮かべた。
「ああ、砂糖がついてしまったな」
ふいにパトリックの顔が近付くと———口端をぺろ、と舐められた。
え?!
「…生徒会長」
ガタン、と音を立てて殿下が立ち上がった。
「私の目の前でそういう事をするとはいい度胸だな」
「羨ましいですか」
悪びれる様子もなくそう返して、パトリックは指先で私の口端を拭うと…今度は赤い舌を覗かせてその指を自分で舐めた。
「エッロ…」
「…私、胸焼けがしてまいりましたわ」
半目になるレベッカとブリジット。
リアムは黙々とドーナツを食べているけれど…その耳が少し赤くなっている。
殿下はますます目が据わって…あ、これヤバイやつだ。
「殿…レオポルド様」
私は新たなドーナツを手に取ると殿下に差し出した。
殿下は一瞬瞠目すると…すぐにその顔を綻ばせ、身を乗り出してドーナツを一口かじった。
「…シアに食べさせてもらうと更に美味しくなるね」
満面の笑みでそう言う殿下を見ると…胸の奥がちくりと痛む。
———この痛みが消える日は…来るのだろうか。
殿下が切ったドーナツの一切れをブリジットの皿へと乗せていた。
殿下も一連の件で色々と思う事があったらしく、ブリジットと向き合ってみると言われた。
これまで私ほどではないけれど、ブリジットに心を開く事はなかった殿下だが最近は二人で過ごす時間や会話がかなり増えたという。
そのおかげかブリジットも心に余裕ができたようで性格も穏やかになり、顔立ちもキツさが和らいできた。
美形の殿下とブリジット、二人が並ぶ姿はとてもお似合いだと思う。
「このパンは何故こんなにふわふわしているのだ?」
「粉の違いです。パンよりも粘り気が少ない粉を使っているので…」
ドーナツを食べながら首をかしげるリアムにレベッカが説明をしている。
———この二人は更に親密さを増したようだけれど、その会話には甘さといったものはあまりなく…勉強の事や政治的な話などが多いらしい。
色恋の駆け引きが苦手なリアムには、自分が得意な分野の話を聞いてくれるだけでなく、意見のやりとりもできるレベッカのような相手が一番良いのだろう、と殿下が言ってきた。
あまり色っぽい雰囲気のない二人だが…それでも時折、リアムの言葉にレベッカが顔を赤らめたりしていて、いい雰囲気になっている時もある。
レベッカがネックレスを貰う日も近いだろう。
ネックレスといえば…殿下から二回貰ったサファイアのネックレスは返却した。
戻った記憶の整理が自分の中でついた後、殿下とパトリックの三人で会ったのだ。
———本当は殿下と二人で話したかったのだが、パトリックはそれを許してくれなかった。
そしてその場で、私は殿下に誓いは守れないと…心変わりした事を謝罪した。
殿下の事を嫌いになった訳ではない。
今でも大切な人である事に変わりはない。
けれど…それ以上に、私にとってはパトリックの存在の方が大きくなっていたのだ。
「———そう。分かった」
殿下は私の話を聞き終えると、そう言ってテーブルに置かれたネックレスを手に取った。
「じゃあこれはまた預かっておくね」
…また?預かる?
「私のシアへの気持ちはすぐ消えるものでもないし。何があるか分からないからね、またシアが私の所へ戻ってくるかもしれないだろう」
「それはありません」
隣に座ったパトリックは私の手を握りしめた。
「何があってもシアは絶対に手放しませんから」
「シアは私が大事にしてきた宝物なんだ」
パトリックを見据えて殿下は言った。
「傷つけるような事があればすぐに返してもらうからね」
「肝に銘じておきます」
殿下を見返してパトリックはそう答えた。
「殿下…本当にごめんなさい」
私は頭を下げた。
あの時、確かに私達は互いの愛を誓いあった。
何があっても愛すると、そう約束したのに。
「シア。顔を上げて」
促され顔を上げると、優しい色をした瞳が私を見つめていた。
「謝らないで。あれは…あの誓いは私の我儘だ。シアを他の男に渡したくなくて…せめて心だけでも私のものでいてほしくてシアを縛り付けたんだ。———だけど、本当にシアの事を思うならば、シアが幸せになれるよう願わないとならなかったんだ」
「…殿下…」
「階段から落ちた時…このままシアは死んでしまうのではないかと恐ろしかった。私の我儘のせいで、私は一番大切なものを失う所だったんだ」
それは初めて見る殿下の表情だった。
「シア」
あの時の事を思い出していると、パトリックが声をかけてきた。
「ほら口開けて」
促されるまま口を開くと、パトリックの食べかけのドーナツを口に放り込まれた。
「こっちも美味しいだろう」
私が口に入れられたドーナツをもぐもぐと食べ、頷いて飲み込むのを見届けるとパトリックは笑みを浮かべた。
「ああ、砂糖がついてしまったな」
ふいにパトリックの顔が近付くと———口端をぺろ、と舐められた。
え?!
「…生徒会長」
ガタン、と音を立てて殿下が立ち上がった。
「私の目の前でそういう事をするとはいい度胸だな」
「羨ましいですか」
悪びれる様子もなくそう返して、パトリックは指先で私の口端を拭うと…今度は赤い舌を覗かせてその指を自分で舐めた。
「エッロ…」
「…私、胸焼けがしてまいりましたわ」
半目になるレベッカとブリジット。
リアムは黙々とドーナツを食べているけれど…その耳が少し赤くなっている。
殿下はますます目が据わって…あ、これヤバイやつだ。
「殿…レオポルド様」
私は新たなドーナツを手に取ると殿下に差し出した。
殿下は一瞬瞠目すると…すぐにその顔を綻ばせ、身を乗り出してドーナツを一口かじった。
「…シアに食べさせてもらうと更に美味しくなるね」
満面の笑みでそう言う殿下を見ると…胸の奥がちくりと痛む。
———この痛みが消える日は…来るのだろうか。
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