記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました

冬野月子

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第五章 令嬢は真実を知る

08

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あの日。
記憶をなくす前日の夜。

私は部屋に来たテオドーロに告白をされた。
それを拒否すると、テオドーロはふいに私の口の中に何かを放り込んだのだ。

突然の事に思わずそれを飲み込んでしまう。
口内に広がる苦味と…レモンの香り。


「っ何をしたの?!」
「薬だよ、姉上がこの家から出ていかないための」
「…え…?」

「これを飲むとね、身体が麻痺するんだ。最初は熱が出るから辛いかもしれないけど我慢して」
もう一粒、口の中にねじ込まれた。
吐き出そうとした私の口を手で塞ぎ、もう片方の手で傍にあった水差しを手に取ると、テオドーロは水差しから直接水を口に含み———私に口移しで飲ませた。

「けほっ。…麻痺って…」
「熱は下がるけど麻痺は残るんだ。身体が不自由になれば学園にも行かれないし、婚約だって解消されるよね」
私は目を見開いてテオドーロを見た。

「大丈夫、姉上の面倒は僕が一生見るから。だから二人でこの家で暮らそう?」
背筋が寒くなった。
「な…に馬鹿な事言ってるの…」
「だって姉上が僕を拒むから。こうするしかないじゃないか」

テオドーロの態度は、弟としては近すぎると思っていた。
でもそれは、実の家族に冷遇されてきた彼が、寂しさから愛情を求めているのだと…そう思っていたのに。

「愛しているんだ、シア」
「テオ…駄目よこんな事…っ」
ふいに身体の奥が熱くなった。


「ああ、薬が効いてきた?」
ふらついた私の上体をテオドーロが支えた。

「や…熱い…」
体内を駆け巡る熱に恐怖心を覚える。

「ごめんね、少しだけ我慢して」
耳元でテオドーロの声を聞きながら、私は意識を手放し———記憶を失ったのだ。





「この薬に記憶をなくす効果があるとは思わなかったよ」

テオドーロは私の口に薬を押しつけながらそう言った。
「シア。もう一度全部忘れようよ。そうして今度は僕の事を好きになって」

こんなの…狂ってる———
目の前の、仄暗い光を帯びた瞳は…とても恐ろしくて。

こんなの…こんな考え…まるでヤンデレみたいな…

ドクン、と心臓が跳ねた。




『その隠しルートっていうのがね、まずパトリックを選択するの。でも攻略しないで最後婚約者と仲直りするように持っていくでしょ、そうすると二年目が始まって隠しキャラが出てくるの』
『へえ』
『で、隠しキャラっていうのが、クラスメイトでパトリックの婚約者の弟なんだって。シスコンでヤンデレなのよ』
『うわー』

『お姉さんが婚約者と仲良くなったのが許せなくて最初はヒロインを恨むんだけど、だんだんヒロインに執着していくようになるのよね』
『何それ怖い。何でそんなキャラ攻略しないといけないの?!』
『そういうのが好きな人向けなの』
『えー無理…』

『ちなみにその隠しキャラのバッドエンドは身体が麻痺する毒を飲まされて歩けなくなった挙句監禁されるの』
『ひいっ』
『その毒は王子ルートに出てきたやつで、犯人に毒を渡したのも彼…ってこれはネタバレか…』


前世の友人の言葉がよぎる。
———そうだ、テオドーロは…彼が……



「っ」
テオドーロが指を私の口へ差し込んだ。
無理やり指をねじこみ、空いた隙間から薬を押し込む。

「テオっ」
あの時と同じように、強引に水と共に薬を飲み込まされる。
レモンの香りが強くなった。

「…その水…も…」
「ああ、気がついた?薬の元になる草を水に浸すと弱い効果が出せるんだよね」
「それで…熱を…」
かあっと胃の中が熱くなった。
この感覚は…あの時と一緒…

「もう効いてきた?何度も飲ませたからかな」
テオドーロは笑顔でそう言うと、もう一粒を口の中に押し込めた。

「ね、全部忘れて。僕だけのシアになって———」

悪魔のようなその笑顔がぼやけて…闇の中に消えた。
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