記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました

冬野月子

文字の大きさ
上 下
45 / 59
第五章 令嬢は真実を知る

02

しおりを挟む
昼休み。
パトリックに連れてこられたのは生徒会室だった。
———ゲームでは見た事があるけれど、中に入るのは初めてだ。

広々とした室内には執務用だろう、シンプルだけれど重厚感のある机がコの字に並んでいる。
その部屋を通り抜けて、パトリックは奥の扉を開けた。

扉の向こうにはソファやテーブル席が置かれた、前の部屋よりは柔らかな雰囲気の部屋があった。
ここは確か、生徒会のメンバーが休憩したり来客と応対する部屋だ。


テーブルの上には二人分の食事が既に並べられていた。

「ここに運んでもらう時は料理は自由に選べないんだ。食べられないものはある?」
「いえ、大丈夫です」

ゲーム内でもそうだったが、パトリックは食堂で昼食を食べる事が少ない。
生徒会の仕事をしながら取る事が多いのだ。

「ごめんなさい…忙しいですよね」
「今日は昼にする事はないよ、だから誰もいないだろう」
パトリックはそう答えた。
前世のように始業式があるわけでもなく、夏期休暇明けはしばらく行事もないので割と暇らしい。



「それで、話とは?」
向かい合って昼食を食べ、ソファへと移動して並んで座り、食後のお茶を飲み始めた所でパトリックが尋ねた。

「…はい…殿下の事です」
そう答えるとパトリックは私の手を握り、自身の膝の上へと乗せた。


「聞かせて?」
パトリックの体温が伝わってくる。
向き合っても話しにくいけれど、すぐ隣に座られるのも…言いづらい。

でも、言わなければ。

「殿下と私は…誓いを立てていたそうです」

殿下との事、テオドーロに求婚された事。
彼らに言われた事を全て話した。



パトリックは口を挟む事もなく、黙って私の話を聞いてくれた。
…殿下に襲われそうになった事を伝えた時は、その手に力が入ったけれど。


「———話してくれて良かった」

全てを話し終えて、しばらく沈黙が続いた後。
パトリックは口を開いた。

「…あの夜会の時の様子から、そんな気はしていた」
手を引かれ、パトリックを見やる。

「君の婚約者は俺だ」
「…はい」
「過去に誰と何があろうとも、誰が君を好きであろうと。俺は誰にも譲らない」
「———はい」
頷くと、私を見つめるエメラルドの瞳が細められた。

「愛しているよ、シア」
パトリックの顔が近づいた。
目を閉じると柔らかなものが唇に触れる。
温かくて…心地が良くて。

———ああ、やっぱり私はこの人が好きだ。
心の中の不安がゆっくりと溶けていくのを感じた。




「…シア」
長い口付けを交わして、パトリックは口を開いた。

「来年俺が卒業したら、すぐに結婚したい」
「え…?」
「卒業したら領地にも頻繁に帰らなければならないし、今まで以上に会えなくなる。あの二人が君を狙っているんだ…不安なんだ」
「でも、私が好きなのはリックです」
「君の心が彼らになくても、…いや、ないからこそ彼らが君に何をするか分からないだろう」
「…それ…は…」
殿下にされそうになった事を思い出してぞっとした。

「ベルティーニ伯爵にも話をする。学園を退学しなければならなくなるが…」
貴族の女子は結婚する年齢が早いため、退学する事は珍しくはないらしい。
五歳年上の婚約者を持つ同じクラスの子も、一年が終わったら退学して結婚すると言っていた。

「シア。結婚してくれるか」
不安の色をにじませた瞳が私を見つめた。



「はい」
エメラルドの瞳を見つめ返して私は答えた。
ほっとしたように、パトリックの表情が緩んだ。

「シア」
そっと抱きしめられて…私もパトリックの背中へと手を伸ばす。

前世でも高校を卒業できなくて。
また今世でも中退するのは残念に思うけれど。


テオドーロから離れた方がいいと思う。
家や学園で殿下に会う度に…不安に付きまとわれるだろう。
そして、何よりも。
パトリックと会えない事が寂しいのだ。

「…リックが…領地に帰っている間、寂しかったです」
思わず心の声がもれてしまった。

会いたいと、毎日思っていた。
あのエメラルドの瞳が見たいと…私を見て欲しいと。
寝る前に、パトリックから貰ったネックレスを握りしめるのが癖になっていた。
その後は枕の下に忍ばせて…朝起きたら最初にまた握りしめて。
そんな事をしても、寂しさは消えないのだけれど。


「ああ。俺もシアに会えなくて寂しかった」
耳元で響くパトリックの声はとても心地良い。
…そういえば前世でも、パトリックの声が好きだったな。
ふとそんな事を思い出した。
しおりを挟む
感想 70

あなたにおすすめの小説

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

願いの代償

らがまふぃん
恋愛
誰も彼もが軽視する。婚約者に家族までも。 公爵家に生まれ、王太子の婚約者となっても、誰からも認められることのないメルナーゼ・カーマイン。 唐突に思う。 どうして頑張っているのか。 どうして生きていたいのか。 もう、いいのではないだろうか。 メルナーゼが生を諦めたとき、世界の運命が決まった。 *ご都合主義です。わかりづらいなどありましたらすみません。笑って読んでくださいませ。本編15話で完結です。番外編を数話、気まぐれに投稿します。よろしくお願いいたします。 ※ありがたいことにHOTランキング入りいたしました。たくさんの方の目に触れる機会に感謝です。本編は終了しましたが、番外編も投稿予定ですので、気長にお付き合いくださると嬉しいです。たくさんのお気に入り登録、しおり、エール、いいねをありがとうございます。R7.1/31

【完結】断罪された悪役令嬢は、全てを捨てる事にした

miniko
恋愛
悪役令嬢に生まれ変わったのだと気付いた時、私は既に王太子の婚約者になった後だった。 婚約回避は手遅れだったが、思いの外、彼と円満な関係を築く。 (ゲーム通りになるとは限らないのかも) ・・・とか思ってたら、学園入学後に状況は激変。 周囲に疎まれる様になり、まんまと卒業パーティーで断罪&婚約破棄のテンプレ展開。 馬鹿馬鹿しい。こんな国、こっちから捨ててやろう。 冤罪を晴らして、意気揚々と単身で出国しようとするのだが、ある人物に捕まって・・・。 強制力と言う名の運命に翻弄される私は、幸せになれるのか!? ※感想欄はネタバレあり/なし の振り分けをしていません。本編より先にお読みになる場合はご注意ください。

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。

公爵令嬢は、どう考えても悪役の器じゃないようです。

三歩ミチ
恋愛
*本編は完結しました*  公爵令嬢のキャサリンは、婚約者であるベイル王子から、婚約破棄を言い渡された。その瞬間、「この世界はゲームだ」という認識が流れ込んでくる。そして私は「悪役」らしい。ところがどう考えても悪役らしいことはしていないし、そんなことができる器じゃない。  どうやら破滅は回避したし、ゲームのストーリーも終わっちゃったようだから、あとはまわりのみんなを幸せにしたい!……そこへ攻略対象達や、不遇なヒロインも絡んでくる始末。博愛主義の「悪役令嬢」が奮闘します。 ※小説家になろう様で連載しています。バックアップを兼ねて、こちらでも投稿しています。 ※以前打ち切ったものを、初めから改稿し、完結させました。73以降、展開が大きく変わっています。

あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。

ふまさ
恋愛
 楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。  でも。  愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。

裏切り者として死んで転生したら、私を憎んでいるはずの王太子殿下がなぜか優しくしてくるので、勘違いしないよう気を付けます

みゅー
恋愛
ジェイドは幼いころ会った王太子殿下であるカーレルのことを忘れたことはなかった。だが魔法学校で再会したカーレルはジェイドのことを覚えていなかった。 それでもジェイドはカーレルを想っていた。 学校の卒業式の日、貴族令嬢と親しくしているカーレルを見て元々身分差もあり儚い恋だと潔く身を引いたジェイド。 赴任先でモンスターの襲撃に会い、療養で故郷にもどった先で驚きの事実を知る。自分はこの宇宙を作るための機械『ジェイド』のシステムの一つだった。 それからは『ジェイド』に従い動くことになるが、それは国を裏切ることにもなりジェイドは最終的に殺されてしまう。 ところがその後ジェイドの記憶を持ったまま翡翠として他の世界に転生し元の世界に召喚され…… ジェイドは王太子殿下のカーレルを愛していた。 だが、自分が裏切り者と思われてもやらなければならないことができ、それを果たした。 そして、死んで翡翠として他の世界で生まれ変わったが、ものと世界に呼び戻される。 そして、戻った世界ではカーレルは聖女と呼ばれる令嬢と恋人になっていた。 だが、裏切り者のジェイドの生まれ変わりと知っていて、恋人がいるはずのカーレルはなぜか翡翠に優しくしてきて……

【完結】記憶喪失になってから、あなたの本当の気持ちを知りました

Rohdea
恋愛
誰かが、自分を呼ぶ声で目が覚めた。 必死に“私”を呼んでいたのは見知らぬ男性だった。 ──目を覚まして気付く。 私は誰なの? ここはどこ。 あなたは誰? “私”は馬車に轢かれそうになり頭を打って気絶し、起きたら記憶喪失になっていた。 こうして私……リリアはこれまでの記憶を失くしてしまった。 だけど、なぜか目覚めた時に傍らで私を必死に呼んでいた男性──ロベルトが私の元に毎日のようにやって来る。 彼はただの幼馴染らしいのに、なんで!? そんな彼に私はどんどん惹かれていくのだけど……

処理中です...