記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました

冬野月子

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第三章 令嬢はゲームに巻き込まれる

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「姉上」
何とか無事に殿下とのダンスを終え、フロアの外に出るとテオドーロがやってきた。

「顔が疲れているよ」
「…そう…?」
「そうだね、流石に三曲続けては大変だったかな」
殿下も私の顔を覗き込んで言う。
「休憩しようか…」
「レオポルド様」
冷たさを含んだ声が響いた。

「ブリジット」
「お疲れでしょう、あちらに飲み物を用意しましたの」
ブリジットは殿下の腕を取ると、邪魔だと言わんばかりに私を睨んだ。

「…テオドーロ、アレクシアは任せたよ」
「はい」
「それじゃあアレクシア、踊れて楽しかったよ」
ブリジットに引きずられるように、殿下は去っていった。

「…本当に意地の悪い女だな」
テオドーロは呟くと私の肩に手を乗せた。
「向こうに座れる場所があるから行こう」


「テオドーロは踊ったの?」
「まだだよ。…誰が最初に踊るかでずっと揉めてるから逃げてきた」
「モテるのも大変ね」
将来有望な男子には既に婚約者がいる場合が多い。
だからフリーのテオドーロに人気が集中するらしい。

「全く。迷惑だよ」
「テオも早く婚約すればいいのに。お話はいくつも来ているのでしょう」
テオドーロは立ち止まると私を見た。


「———姉上って。時々残酷だよね」
「え…?」

「僕が…」
ぐっと拳を握りしめると、顔を背けてテオドーロは再び歩き出す。
壁際まで来ると、空いていた椅子の一つに私を座らせた。


「何か飲み物持ってくるよ」
「ありがとう」
「いい、他の男が声を掛けてきても相手しちゃ駄目だからね」
「心配性ね」

「姉上が心配なんだよ」
私の頬を軽く撫でると、テオドーロは飲み物を探しに行った。




「…はあ」
天井を見上げてため息をつく。
確かに疲れた…

学園内とはいえ、初めての夜会。
本格的なドレスにダンス。
庶民の記憶しかない私には華やかすぎて目が眩みそうだ。

視線を天井から戻すとテオドーロの背中が見えた。

「残酷か…」

それはテオドーロの私への気持ちの事だろうか。
…だけど、まだ私は家族の誰からもテオドーロが義理の弟だという事を教えられていない。
忘れているのか、大した問題じゃないのか…いずれにしても。
私にとってテオドーロは弟。
姉として、弟の結婚相手を心配しているだけ。
それに私にはパトリックがいる。
残酷と思われても…どうしようもない事なのに。

そういえば…パトリックはどこにいるのだろう。
周囲を見渡すと、こちらへ向かってくる女性の姿が見えた。
…あの人はどこかで見た事のある…



「アレクシア・ベルティーニさんね」
彼女は私の目の前で立ち止まった。

「…はい」
「私はマルゲリット・バルニエ。生徒会で書記を務めておりますの」
灰色の瞳が私を見据える。

ああ、思い出した。
この人は———パトリックルートのライバル令嬢だ。



パトリックルートでは、婚約者は出てこない代わりにライバルキャラとして三年生のマルゲリットが出てくる。
パトリックと同じ公爵家の令嬢で幼馴染。
幼い時からパトリックが好きで少しでも彼と一緒にいたいと生徒会にまで入ったのだ。

長年パトリックに片思いし続けているマルゲリットは、当然パトリックと親しくなるヒロインが気に食わない。
中々熾烈な性格で…そう、パーティーでのイベントでも一悶着起きるのだ。

「全く。見苦しいわね」
マルゲリットは私を見下ろして眉をひそめた。
「パトリック様に相手にされないからって、記憶をなくして同情を引こうなんて」

……ええ…

そういえばこの人は思い込みが激しくて、意味の分からない因縁をつけて絡んでくるんだよな。
ゲーム内でも結構面倒くさかった記憶がある。
…まさか現実でも絡まれるとは。


どうしよう…
テオドーロはまだ帰ってこないのかな。
パトリックはどこにいるんだろう。
彼らの姿を探すように視線を泳がせると、突然バチン、と大きな音が響いた。

「身分が上の私が話しかけているのによそ見をするなんて。本当に見苦しいですわね」
両手に扇子を持って、マルゲリットは不快感を露わに私を見下ろしていた。
…今の音は扇子を鳴らした音なのか。
扇子…あ、ヤバイかも。
ゲームの記憶が蘇る。

「…申し訳ございません」
とりあえず私は立ち上がるとドレスの裾を摘んで頭を下げた。

早く行ってくれないかな。
せめてその扇子をしまって欲しい。


「まったく」
私の願いとは裏腹に、マルゲリットは更に私へ近づいてくる。

「最近のパトリック様は事あるごとにアレクシアアレクシアと。今まで全く見向きもしなかったのに…どんな卑怯な手を使ったのかしら」
何もしていないです!
そう返したかったけど…下手に言い訳するとマルゲリットの怒りは更に増すのだ。

「何とか言ったらどうなの?」
「…私は…そんな…」
「口ごたえしないで!」
…もう、本当に理不尽…

相手は公爵令嬢。
逆らってはいけないんだけどダンマリを決め込んでも責められるし…
ゲームではどう凌いだんだっけ。
何でヒロインじゃないのに私が…
逃げ出したくて、泣きたくなってくる。
…涙が滲んできた。
バチン、と耳元で扇子が鳴りびくりと身体が震えてしまう。

「そうやってパトリック様に泣き脅しをかけたのかしら」
恐る恐る顔を上げると…怒りに満ちた瞳。

「本当に忌々しい顔ですこと」
あ、駄目だ。

悟った瞬間、激しい衝撃が走った。
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