記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました

冬野月子

文字の大きさ
上 下
29 / 59
第三章 令嬢はゲームに巻き込まれる

08

しおりを挟む
「どう?」
くるりと回ると、ドレープをたっぷり入れた裾が大きく広がった。

「…綺麗だけど…」
「けど?」
「———そのドレスを用意したのがあいつだってのがムカつく」
テオドーロは不快そうに眉をひそめた。


今日は夜会の日。
私はパトリックから贈られたドレスに身を包んでいた。
レースをふんだんに使ったクリーム色のドレスは花のように愛らしい。
イヤリングとネックレスはエメラルドとダイヤを組み合わせたもの。
アップにした髪にはドレスと同じ色の花飾りを散らした。

普段も前世の記憶からすればドレスのような装いだけれど、やはりパーティー用の盛装は違う。
コルセットは苦しいし、背中が大きく開いているのは少し恥ずかしいけれど…お姫様のような格好に気分が高揚してしまう。



本来ならばパートナーであるパトリックに迎えに来てもらうものなのだが、生徒会の仕事があるので先に会場に行かなければならず、学校へはテオドーロと一緒に行く事になった。

「このまま僕がエスコートしようか」
馬車に揺られながらテオドーロが言った。
「ああでもそれならアクセサリーを変えないと。あいつの目の色なんて駄目だ」
「…そんな事言ってないで。ダンスの相手は決まったの?」
「うん、姉上と踊る」
「私以外でよ」

「———適当に決めるよ」
窓の外に視線を移して、テオドーロはため息をついた。
夜会は授業の一環なので、少なくとも二人以上と踊らないとならない決まりだ。
その相手を選ぶのも勉強なのだ。


「テオ…誰か気になる人はいないの?」
入学して三ヶ月。
それなりにテオドーロは女生徒達と交流しているけれど、まだ特定の親しい相手はいないようだった。

「いる訳ないよ」
窓を見つめたままそう答えて、テオドーロは私へと向いた。
「それよりも姉上、ダンスの時足を踏まないようにね」
「う…それは…」
「その靴で踏まれると結構痛いから」
「…ごめんなさい」


記憶をなくして、ダンスも忘れてしまった。
基本的な姿勢といったものは身体が覚えていたけれど…ステップなどは忘れてしまっており、踊るのはままならなかった。

体力が回復してから練習をしていたけれど、家を出る前にこのドレスを着てテオドーロを相手に最後の練習をしたらいつもより長くて重いドレスに苦戦して、何度か相手の足を踏んでしまった。
その時のテオドーロの顔…よほど痛かったのだと思う。

「あいつの足は思い切り踏んでいいけどね」
そう言ってテオドーロはくすりと笑った。





「シア」
馬車の扉が開くと、パトリックが立っていた。

「待っていたよ」
そう言って手を差し出す。
私を馬車から降ろすと、パトリックは私の姿をつくづくと眺めた。

「とても綺麗だね、シア。よく似合っている」
「…ありがとうございます。リックも…とても素敵です」
黒の夜会服に身を包んだパトリックは、いつもより髪を丁寧に撫でつけていて大人びて見える。
タイを留めるサファイアのブローチは、ネックレスのお礼をするよう母に言われて私が贈ったものだ。

「生徒会長はお忙しいのでしょう。わざわざ出迎えなくても大丈夫ですよ」
馬車から降りたテオドーロが冷めた口調と眼差しでそう言った。
「今日は後は挨拶をするだけだ。シアは俺が付き添うから、君は君と話をしたいと思っている子達の所に行ってくればいい」
テオドーロにそう返すと、パトリックは私に腕を差し出した。

その腕に手を添えると、私達は会場に向かって歩き出した。
しおりを挟む
感想 70

あなたにおすすめの小説

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

願いの代償

らがまふぃん
恋愛
誰も彼もが軽視する。婚約者に家族までも。 公爵家に生まれ、王太子の婚約者となっても、誰からも認められることのないメルナーゼ・カーマイン。 唐突に思う。 どうして頑張っているのか。 どうして生きていたいのか。 もう、いいのではないだろうか。 メルナーゼが生を諦めたとき、世界の運命が決まった。 *ご都合主義です。わかりづらいなどありましたらすみません。笑って読んでくださいませ。本編15話で完結です。番外編を数話、気まぐれに投稿します。よろしくお願いいたします。 ※ありがたいことにHOTランキング入りいたしました。たくさんの方の目に触れる機会に感謝です。本編は終了しましたが、番外編も投稿予定ですので、気長にお付き合いくださると嬉しいです。たくさんのお気に入り登録、しおり、エール、いいねをありがとうございます。R7.1/31

【完結】断罪された悪役令嬢は、全てを捨てる事にした

miniko
恋愛
悪役令嬢に生まれ変わったのだと気付いた時、私は既に王太子の婚約者になった後だった。 婚約回避は手遅れだったが、思いの外、彼と円満な関係を築く。 (ゲーム通りになるとは限らないのかも) ・・・とか思ってたら、学園入学後に状況は激変。 周囲に疎まれる様になり、まんまと卒業パーティーで断罪&婚約破棄のテンプレ展開。 馬鹿馬鹿しい。こんな国、こっちから捨ててやろう。 冤罪を晴らして、意気揚々と単身で出国しようとするのだが、ある人物に捕まって・・・。 強制力と言う名の運命に翻弄される私は、幸せになれるのか!? ※感想欄はネタバレあり/なし の振り分けをしていません。本編より先にお読みになる場合はご注意ください。

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。

公爵令嬢は、どう考えても悪役の器じゃないようです。

三歩ミチ
恋愛
*本編は完結しました*  公爵令嬢のキャサリンは、婚約者であるベイル王子から、婚約破棄を言い渡された。その瞬間、「この世界はゲームだ」という認識が流れ込んでくる。そして私は「悪役」らしい。ところがどう考えても悪役らしいことはしていないし、そんなことができる器じゃない。  どうやら破滅は回避したし、ゲームのストーリーも終わっちゃったようだから、あとはまわりのみんなを幸せにしたい!……そこへ攻略対象達や、不遇なヒロインも絡んでくる始末。博愛主義の「悪役令嬢」が奮闘します。 ※小説家になろう様で連載しています。バックアップを兼ねて、こちらでも投稿しています。 ※以前打ち切ったものを、初めから改稿し、完結させました。73以降、展開が大きく変わっています。

あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。

ふまさ
恋愛
 楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。  でも。  愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。

裏切り者として死んで転生したら、私を憎んでいるはずの王太子殿下がなぜか優しくしてくるので、勘違いしないよう気を付けます

みゅー
恋愛
ジェイドは幼いころ会った王太子殿下であるカーレルのことを忘れたことはなかった。だが魔法学校で再会したカーレルはジェイドのことを覚えていなかった。 それでもジェイドはカーレルを想っていた。 学校の卒業式の日、貴族令嬢と親しくしているカーレルを見て元々身分差もあり儚い恋だと潔く身を引いたジェイド。 赴任先でモンスターの襲撃に会い、療養で故郷にもどった先で驚きの事実を知る。自分はこの宇宙を作るための機械『ジェイド』のシステムの一つだった。 それからは『ジェイド』に従い動くことになるが、それは国を裏切ることにもなりジェイドは最終的に殺されてしまう。 ところがその後ジェイドの記憶を持ったまま翡翠として他の世界に転生し元の世界に召喚され…… ジェイドは王太子殿下のカーレルを愛していた。 だが、自分が裏切り者と思われてもやらなければならないことができ、それを果たした。 そして、死んで翡翠として他の世界で生まれ変わったが、ものと世界に呼び戻される。 そして、戻った世界ではカーレルは聖女と呼ばれる令嬢と恋人になっていた。 だが、裏切り者のジェイドの生まれ変わりと知っていて、恋人がいるはずのカーレルはなぜか翡翠に優しくしてきて……

【完結】記憶喪失になってから、あなたの本当の気持ちを知りました

Rohdea
恋愛
誰かが、自分を呼ぶ声で目が覚めた。 必死に“私”を呼んでいたのは見知らぬ男性だった。 ──目を覚まして気付く。 私は誰なの? ここはどこ。 あなたは誰? “私”は馬車に轢かれそうになり頭を打って気絶し、起きたら記憶喪失になっていた。 こうして私……リリアはこれまでの記憶を失くしてしまった。 だけど、なぜか目覚めた時に傍らで私を必死に呼んでいた男性──ロベルトが私の元に毎日のようにやって来る。 彼はただの幼馴染らしいのに、なんで!? そんな彼に私はどんどん惹かれていくのだけど……

処理中です...