記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました

冬野月子

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第二章 令嬢はモブである事を思い出す

01

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「姉上。緊張してるの?」
向かいに座ったテオドーロが私を眺めながら言った。

「…それは…緊張するわよ」
そう指摘されるとますます緊張が高まってしまい、膝の上に乗せた手をギュッと握りしめた。

「大丈夫だよ、僕と同じクラスなんだし」
テオドーロは腰を上げ、私の隣へと移動した。
「そんなに力を入れないの」
私の手を取ると、握りしめた指を開いていく。
「姉上は僕が守るから心配しないで」
そう言ってテオドーロは広げた私の手の甲へと口付けた。

「…そういう事をしないでって…」
「二人きりの時しかやらないよ」
睨んだ私に、悪びれる風もなくそう答えて再び手の甲に唇を寄せるテオドーロに私はため息をついた。



私達は馬車に乗り、学園へと向かっていた。
今日は入学式。
記憶をなくしてから外に出るのは初めてなので街の様子を眺めるつもりだったのだが、馬車が動き出したとたん、強い緊張に襲われてそれどころではなくなってしまったのだ。

「ほら、学園の敷地に入ったよ」
テオドーロの声に、私は窓の外を見た。

大きな並木が続く広い一本道。
木々の向こうには建物や運動場らしき広場が見える。
———ああ、まただ。
パトリックやレオポルド殿下と初めて会った時のような既視感。
この景色をどこかで…そう、あの小さな〝スマホの画面〟で見たんだ。

木々の間から覗いた塔を見てふいに心がざわりとした。
———そうだ、あの教会が映ると映像が変わって登場人物が現れて、それから…ゲームタイトルが———

ゲーム?

ああ、そうだ。
ここは…この学園は———

大事な事を思い出しそうになった瞬間、馬車が止まった。




「ここが…」
馬車から降りて、見上げた白亜の建物は確かに見覚えがあった。
…そう、ここから始まるんだ。
入学式の朝、期待に胸を膨らませて校舎を見上げていると、誰かが…

「シア!」
腕を強く引かれ、テオドーロへと引き寄せられたすぐ傍を男子生徒が走り抜けていった。

「…危ないな。大丈夫?」
「ええ…」
…ここで走り抜けていく誰かとぶつかり、転んでしまう。
恥ずかしくて立ち上がれない〝主人公〟に救いの手が差し伸べられるのだけれど、それは…

「アレクシア」
顔を上げると、三日前に会った人が立っていた。


「レオポルド殿下…」
「おはよう、会えて良かった」
…そう、ここで三人の内二人と出会う。
自ら主人公に手を貸し、立ち上がらせてくれた王子と…

「アレクシアは覚えてないだろうから改めて紹介するよ」
殿下は後ろに立っていた金髪の青年を示した。
紫色の瞳がじっと私を見つめている。
「彼はリアム・リコッティ。私のお目付役だ」
「…は、はじめまして」
どう挨拶したらいいのか分からずそう言って私は頭を下げた。

「———本当に覚えていないのか」
「ああ」
表情の乏しい顔でそういうリアムの隣で殿下が少し寂しげな顔を見せた。
そう、リアムは最初は愛想が全くなくて———

って、あれ?
ここでこの二人と会うのは私じゃなくて…

ふと視界の端に赤い色が入る。
そうだ、攻略対象と出会うのは緋色の髪の…
「…ヒロイン?」
思わず呟いた私に赤髪の少女が振り返った。


大きな琥珀の瞳が私を捉える。

ああ。
ここは、この学園は、この世界は———



「姉上。学園長室に行くよ」
テオドーロの声に我に返った。

「学園長室?」
殿下が首を傾げた。
「寄るように言われているんです。姉はその、特例なので」
「ああ」
頷くと殿下は笑顔を向けた。
「私が案内しよう」
「え?いえそのような事は…」
王子様自ら案内とか恐れ多すぎるんですけれど!

「二人とも学園の事は分からないだろう。先輩として案内するよ」
笑顔でそう言って、殿下は歩き出した。
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