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第一章 令嬢は記憶を失う
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「シア。歩けるようになったのか」
応接室で待っていたパトリックは、私の姿を見て嬉しそうに目を細めた。
目を覚まして十五日ほど経ち、ようやく足に力が入るようになってきた。
とは言ってもずっと寝たきりだったため、筋力も体力も落ちてしまい、階段を使う時は侍女の手を借りないとならないし、すぐに疲れてしまう。
それでも自分の足で歩ける事は嬉しかった。
「はい。いつもお見舞いありがとうございます」
パトリックの側まで行くと、私はドレスの裾を摘み、軽く膝を折って礼をした。
———見舞いに来るとの先触れを受けて、母に令嬢としての挨拶の仕方を教わったのだ。
きちんと出来るか不安だったけれど…どうやら記憶はなくとも身体は覚えていたらしく、形がきれいだと褒めてもらえた。
「ああ」
顔を上げると、優しい眼差しが私を見つめていた。
その———私の胸元で光るペンダントと同じ輝きを持つ瞳にドキリとしてしまう。
本当に、どうして私はこの人を嫌っていたのだろう。
パトリックに会う度にその疑問が大きくなる。
婚約してから二年間もの間、私に嫌われていたというのに…それを恨む事なく私の事を大切にしてくれる、とても優しい人なのに。
「シア、ここへ」
テーブルを挟んだ向かいのソファに座ろうとすると、パトリックは自分の隣を示した。
促されるまま隣へ腰を下ろすと、そっと手を握りしめられた。
「食事も普通のものに戻ったと聞いたから、今日は菓子を持ってきた」
パトリックの言葉に合わせて侍女がテーブルに置かれていた箱を開くと、ふわりとほのかに甘い香りと共に様々な色や形の焼き菓子が現れた。
「可愛い…」
「街で人気のある店だそうだ。好みが分からなかったから色々用意した」
そういえば、目覚めてから果物は食べていたけれど、お菓子は食べていなかった。
お菓子は見覚えのあるようなものもあれば、初めてだと思うようなものもあって。
けれどどれも美味しそうで目移りしてしまう。
「ありがとうございます」
思わず笑顔になってそう言うと、パトリックは目を見開いて———すぐに破顔させた。
「シア。外でお茶をしようか」
「外…ですか?」
「今日は暖かいし風もない。建物から出た事は?」
「…いいえ…まだです」
部屋のバルコニーには出たけれど、まだ建物からは出てはいなかった。
「庭がいいだろう。準備してくれ」
侍女達に命じて立ち上がると、パトリックは突然私を抱き上げた。
「きゃ…」
思わず目の前の首にしがみついてしまい…すぐ目の前のエメラルドの瞳と視線が重なる。
そのあまりの距離の近さに、かあっと顔に血が昇るのを感じた。
慌てて身体を離そうとしたが、逆に深く抱き抱えられてしまう。
「下ろして…」
「まだ歩くのが大変なのだろう。連れていくよ」
「で、でも…重いですし…」
「シアは羽のように軽いから遠慮しなくていい」
笑顔でそう言うと、パトリックは私を抱き抱えたまま応接室から出た。
「———何してるんだよ」
廊下へ出ると背後から冷たい声が聞こえた。
険しい顔でパトリックを睨み付けるテオドーロと、驚いたような表情の父が立っていた。
「今日は天気が良いから庭に行こうとな。シアも外の空気を吸った方が良いだろう」
「何で姉上を抱えてるんだ」
「まだ歩くのが大変そうだからな」
「姉上を下ろせっ」
「待てテオドーロ」
掴みかかりそうな気迫のテオドーロの肩を父が押さえた。
「そう怒るな」
「父上」
「———婚約者なのだから。仲が良い事はいい事だろう」
そう言うと、父はパトリックに向いた。
「テオドーロがすまないな」
「いえ」
「ゆっくりしていってくれ」
「はい。失礼します」
父に軽く頭を下げてパトリックは再び歩き出した。
応接室で待っていたパトリックは、私の姿を見て嬉しそうに目を細めた。
目を覚まして十五日ほど経ち、ようやく足に力が入るようになってきた。
とは言ってもずっと寝たきりだったため、筋力も体力も落ちてしまい、階段を使う時は侍女の手を借りないとならないし、すぐに疲れてしまう。
それでも自分の足で歩ける事は嬉しかった。
「はい。いつもお見舞いありがとうございます」
パトリックの側まで行くと、私はドレスの裾を摘み、軽く膝を折って礼をした。
———見舞いに来るとの先触れを受けて、母に令嬢としての挨拶の仕方を教わったのだ。
きちんと出来るか不安だったけれど…どうやら記憶はなくとも身体は覚えていたらしく、形がきれいだと褒めてもらえた。
「ああ」
顔を上げると、優しい眼差しが私を見つめていた。
その———私の胸元で光るペンダントと同じ輝きを持つ瞳にドキリとしてしまう。
本当に、どうして私はこの人を嫌っていたのだろう。
パトリックに会う度にその疑問が大きくなる。
婚約してから二年間もの間、私に嫌われていたというのに…それを恨む事なく私の事を大切にしてくれる、とても優しい人なのに。
「シア、ここへ」
テーブルを挟んだ向かいのソファに座ろうとすると、パトリックは自分の隣を示した。
促されるまま隣へ腰を下ろすと、そっと手を握りしめられた。
「食事も普通のものに戻ったと聞いたから、今日は菓子を持ってきた」
パトリックの言葉に合わせて侍女がテーブルに置かれていた箱を開くと、ふわりとほのかに甘い香りと共に様々な色や形の焼き菓子が現れた。
「可愛い…」
「街で人気のある店だそうだ。好みが分からなかったから色々用意した」
そういえば、目覚めてから果物は食べていたけれど、お菓子は食べていなかった。
お菓子は見覚えのあるようなものもあれば、初めてだと思うようなものもあって。
けれどどれも美味しそうで目移りしてしまう。
「ありがとうございます」
思わず笑顔になってそう言うと、パトリックは目を見開いて———すぐに破顔させた。
「シア。外でお茶をしようか」
「外…ですか?」
「今日は暖かいし風もない。建物から出た事は?」
「…いいえ…まだです」
部屋のバルコニーには出たけれど、まだ建物からは出てはいなかった。
「庭がいいだろう。準備してくれ」
侍女達に命じて立ち上がると、パトリックは突然私を抱き上げた。
「きゃ…」
思わず目の前の首にしがみついてしまい…すぐ目の前のエメラルドの瞳と視線が重なる。
そのあまりの距離の近さに、かあっと顔に血が昇るのを感じた。
慌てて身体を離そうとしたが、逆に深く抱き抱えられてしまう。
「下ろして…」
「まだ歩くのが大変なのだろう。連れていくよ」
「で、でも…重いですし…」
「シアは羽のように軽いから遠慮しなくていい」
笑顔でそう言うと、パトリックは私を抱き抱えたまま応接室から出た。
「———何してるんだよ」
廊下へ出ると背後から冷たい声が聞こえた。
険しい顔でパトリックを睨み付けるテオドーロと、驚いたような表情の父が立っていた。
「今日は天気が良いから庭に行こうとな。シアも外の空気を吸った方が良いだろう」
「何で姉上を抱えてるんだ」
「まだ歩くのが大変そうだからな」
「姉上を下ろせっ」
「待てテオドーロ」
掴みかかりそうな気迫のテオドーロの肩を父が押さえた。
「そう怒るな」
「父上」
「———婚約者なのだから。仲が良い事はいい事だろう」
そう言うと、父はパトリックに向いた。
「テオドーロがすまないな」
「いえ」
「ゆっくりしていってくれ」
「はい。失礼します」
父に軽く頭を下げてパトリックは再び歩き出した。
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